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2011.11.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今週月曜日、たまっていた休日出勤の振替を今月中に取得しなさいと上から命令が。

というわけで、日曜から月曜に掛けて島原・雲仙、そして里帰りとやってきた。

日曜、熊本港から オーシャンアロー に乗って30分、島原外港に到着、小雨の降る中島原市、南島原市(旧加津佐町・有家町・有馬町・深江町・口之津町が合併)を散策した。
こどもの頃、天草からフェリーで30分の距離のこの島原は、「日帰りできるちょっと都会」(長崎市内は超都会!)と言う感覚でよく遊びに来たものだ。

島原 がまだすドーム
島原 がまだすドーム posted by (C)次元大介1972

恐らく、日本中のほとんどの人が知っているだろう。
今から20年前、ここ島原は未曾有の大災害に被災している。

当時、俺は広島で学生だったんだが、実家に帰省するたびに形の変わる雲仙に、海の向こうからびっくり・恐怖したものだ。
そして、1991年6月3日に発生した火砕流は、島原南部を流れる水無川を時速100キロという早さで駆け下り、死者行方不明者約50人という、最大の犠牲を出してしまった。

写真の「雲仙災害記念館:がまだすドーム」はそんな災害の記録と記憶、恐ろしさ、そして20年でここまで復興できたみなさんへの感謝を館内一杯に展示してある。
内部は撮影禁止なので写真はないのだが、特に心に残ったのが前述の火砕流に巻き込まれてしまった日本テレビカメラマンの最後の映像。
被災17年ぶりに見つかった泥だらけのテレビカメラに残っていたテープから、奇跡的に修復されたものだ。
当時はニュースにも特番にもなったよね。
館内にはそのカメラと一緒に映像がエンドレスで流れていた。
胸がず~んと痛くなる映像だった…

そこから車で5分とかからない、水無川の河口口に今は道の駅「みずなし本陣ふかえ」ができている。
ここには、被災家屋11棟が当時のまま保存されてる。

土石流被災家屋
土石流被災家屋 posted by (C)次元大介1972


一階部分は土砂で埋まり、二階部分が顔をのぞかせるだけ。
今、町並みは普通の田舎町なんだけど、当時はこんな感じだったんだ。
20年の月日は、人に消えない心の傷と、いつも通りの町並みを作ったようだ。

さて、気持ちを切り替えて、島原の郷土料理でも食べに行こうか!
島原の郷土料理は、天草の郷土料理につながるものがある。


具雑煮
具雑煮 posted by (C)次元大介1972

島原の郷土料理といえば、なんと言っても具雑煮が一番メジャーだろう。
島原城近く、具雑煮で有名な 姫松屋 に、数十年ぶりに行ってみた。
老舗の有名店なので、観光客も多く、パックツアーには必ずここでの昼食が組まれるくらいだ。
お昼時間をちょっと過ぎていたため、店内は空席もちらほら、待たずに座ることができた。
具雑煮ってのは、具がたくさん入った雑煮のことで、正月はもちろんのこと、祝いの席には必ず出されるお祝い膳みたいなもんだ。
元々は家庭料理なので、中に入る具は色々変わってくるが、あご(トビウオ)出汁のすまし汁が共通。
姫松屋の具雑煮は、穴子や鶏肉なんかも入って、かなりの豪華バージョン!
お値段もそれなりに(笑)
島原で具雑煮を食べたいけど、たくさんお店があってどこに行け良いかわからない!って人、一度姫松屋に行ってみてはいかがかな?
そうそう、余談。
何度かブログにも書いたけど、餅が嫌いな俺、注文の時に

(´・ω・`)「すみません、餅は少なくしてもらっていいですか?」
(*゚ー゚)「…はぁ。いいですけど…」

お前は雑煮を食いに来たちゃうんか!?と言いたかったんだろうな~(笑)

具雑煮を食った後は、腹ごなしにすぐ隣の島原城へ行ってみる。

島原城
島原城 posted by (C)次元大介1972

ちなみに、天草・島原の乱の舞台になった「原城」と「島原城」は別物だ。
よく勘違いする人がいるんで一応説明すると、元々島原のお城は日野江城というお城だったんだ。
原城はその日野江城の支城にあたる。
江戸時代初期、港も近く便が良かった現在の島原城にお城を移築し、一国一城令もあって日野江城は廃城、同時に原城も廃城となった。
島原の乱では、そのうち捨てられた廃城「原城」が舞台となり、キリシタン農民最期の地となった。
その後、丹波松平(忠房)をはじめとする徳川譜代大名が治める地となり、荒廃した島原を復興することになる。

話はそれたが、島原城の中はご多分に漏れず歴史資料館となっており、色々なものが展示してある。
さらにお城の敷地には、平和祈念像で有名な北村西望氏の塑像も飾ってあり、アート公園のようになっている。
島原の歴史に触れた瞬間だった。

一日目はこれでおわり。
夜はビジホに泊まり、二日目へ。
次の日は、前日の天気が嘘のように快晴!
前日は雲と霧で全く見えなかった雲仙岳がはっきり見える!

というわけで、本来は始発のフェリーで口之津から天草へ渡るつもりだったんだけど、予定を変更して雲仙ロープウェイにこれまた数十年ぶりに乗ってみることにした。

武家屋敷
武家屋敷 posted by (C)次元大介1972

写真は途中で立ち寄った武家屋敷。
島原は長崎の小京都と言われるくらい、古い町並みとそれを整備して整えられた街なんだ。

さて、本命の雲仙岳は。

雲仙山頂からの平成新山と普賢岳
雲仙山頂からの平成新山と普賢岳 posted by (C)次元大介1972

これは、ロープウェイで昇った妙見だけからの景色。
左側、雲のかかってる方が普賢岳。
右側の尾根がぎざぎざで崩れたような山が平成新山だ。
この平成新山が、前述の災害で噴火してできた山。
ニュース映像で見た人もいるだろう、溶岩ドームはこの平成新山の部分で形成されていたんだ。(あのぽっこりしたキノコのような部分)
押し出されるマグマで崩れて火砕流になったって寸法なんだよ。
今は当時の荒々しさはなく、荒涼としているものの平穏な風景。
平地より遙かに寒い雲仙岳は、すでに紅葉のシーズン真っ盛りだった。

(´・ω・`)「ブログネタに、紅葉でもいっちょ…って、あれ?」

携帯電池切れ…
そりゃ~、元々天草に帰る途中にふと立ち寄っただけナンで、携帯充電もしてないし、デジカメはアパートに置いて来ちゃったし。
とにかく!雲仙は今が紅葉の見頃。
ちょっと寒いので、上に羽織るものをもって是非ロープウェイで山頂へ昇ってみて欲しい。
きれいだったぞ~ε-(´∀`*)

ちなみに、さらに寄り道して 雲仙地獄 で温泉卵も食べてきた(笑)

実に尻切れトンボチックになってしまった島原小旅行レポ、いかがでしたか?
今年は、あの災害から20年の節目と言うこともあり、あちらこちらで復興記念(感謝)イベントをやっているようだ。
ちょうど今週は飛び石連休で、休みを取っている方もいるのではないかな?
予定が未だ立ってない人、復興した島原を訪れてみてはいかがだろうか。

ではまた!

PS.
またしても記事を書いてる途中で寝ちゃったよ…(´・ω・`)
最近晩酌すると飲み過ぎていかんな~





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最終更新日  2011.11.02 12:58:51
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