日本情緒豊かなユーミンの曲とブラコン(ブラック・コンテンポラリー)を融合した天使の歌声。 A.S.A.P.(As Soon ps Possible)は、89年、アメリカ・ロサンゼルスで200人以卜の黒人女性ヴオーカリストの中から選ばれたスーパー・ヴオーカリスト・グループである。当初のメンバーはダイアン、デニーサ、キャサリンの3人で、90年3月にアルバム『GRADUATION』でデビュ一した。『GRADUATION』は、ユーミンの「卒業写真」をブラック・コンテンポラリー風にアレンジしてカバーしたものだが、あくまで日本的なユーミン節とブラコンのミスマッチさがウケてか、いきなり大ヒットしてしまう。アメリカだけでなく、日本でも”「卒業写真」をアメリカンにした1枚”と大絶賛され、ついにはゴールド・ディスクを獲得。続く2nd、3rdアルバムもビッグ・セールスを続け、洋楽としては異例の大ヒットとなる。新人アーティストが1枚目のアルバムでゴールド・ディスクを獲得するということはかなり珍しいことなのだが、それだけ、A.S.A.P.の音楽と聴き手のニーズがリンクしたということだろう。では、なぜA.S.A.P.はこれほどまでに大ブレークしたのだろうか?答えは簡単だ。あくまでも日本的で情緒豊かなユーミンの曲と、それまで日本人にはあまり馴染みのなかったブラコン--この2つの音楽を融合することの意外さ、面白さ、を彼女たちが教えてくれたからだ。これまで、日本の音楽は欧米にかなり劣っているといわれてきた。だがそれはあくまで技術的なことであり、音楽的な面(メロディー・ラインの素晴らしさや情緒的な歌詞)は決して劣っていなかったはずだ。しかし、メロディー・ラインや歌詞云々というのは一番根底にあるものだけに、パッと聴いたときにその良さが伝わりにくい。だから技術やアレンジの方に耳がいってしまぅて、”日本の歌は暗い”というレッテルを貼られてしまったのではないだろうか。さらに言えば、今まで日本人が外国人アーティストの曲をコピーすることはあっても、外人が日本人の曲をカバーすることはまずなかった。”所詮日本の音楽はダメだ”という先入観が、外国人アーティストだけでなく日本人にもあったからなのだが、そんなレッテルを見事に引き剥がしてくれたのが彼女たち“A.S.A.P."であり、彼女たちは、日本の音楽は素晴らしいものである、と世界に知らしめる懸け橋となったのだ。彼女たちがユーミンの曲をカバーし成功したことによって、日本音楽界はさらに陛界に目を向け、飛躍的進歩を遂げることになったのである。さて、話をA.S.A.P.に戻すが、彼女たちはその後も日本人アーティストの曲をカバーし続け、ユーミンの曲オンリーの『シンデレラ・エクスプレス』や、クリスマス・ソングを集めた『MERRY X'MAS WISH IN NEW YORK』などを発表し、日本のアーティストたちの曲に新たな可能性を与え続けた。95年現在、A.S.A.P.は既に解散してしまっているが、彼女たちの歌声は未だに色褪せてはいないし、聴き手だけでなく日本音楽界にとっても、まさに“天使の歌声"だったと言えるのではないだろうか。(富澤一誠) 卒業写真(Graduation Photograrh) 雨のステーション(Rainy Station) 冷たい雨(Gentle Rain) 海を見ていた午後(I See The Sea) あの日に帰りたい(Those Were The Days(Nothing Stays The Same)) 中央フリーウェイ(Chuo Freeway)