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☆あなはたどんな暖房器具を使ってますか?私は実は、暖房があまり好きではないのです。かなり寒くてもぶるぶると震えながら、キーボードを打つのが好きです。というのは、暖かさは欲しいのですが、あの「乾燥」があまり得意ではないのです。つけてちょっと暖まるとすぐに消してしまいます。(エコなお姉さんでしょ?)朝起きた時は、ガスファンヒーターをつけて着替えます。ガスは立ち上がりが早くて便利です。そして、暖かさの柔らかい電気式ヒーターにチェンジ。事務所では、ふだん足元の電気ストーブのみです。ちょっと熱くなりますが、「頭寒足熱」ということで使用。☆暖房の歴史暖房器具によって暖かさが違うと思いませんか?昔、むか~し、田舎の親戚には、囲炉裏がありました。炭かしら?くべていたのは・・・。夜になると、灰をかぶせた囲炉裏を囲んで、皆でふとんを敷いて寝ました。火は消えているのに、ずーっと朝までぬくもりがありました。子供のころは学校にダルマストーブがありました。石炭をくべるのですよね。ストーブ当番がありました。火を眺めていると、ぼうっとして授業中によく居眠りしました。おなじみコタツ!冬と言えばコタツでした。試験勉強と言えばこれ。でも横になると速攻眠りましたっけ。上にはおみかんと勉強道具が散乱していました。そして、ぬく~い顔をして猫がコタツから出てきました。今は全然使用していません。ピアノの練習のときは、石油ストーブでした。消した時に、ちょっと石油の匂いがするのが難点。電気毛布は暖かいのですが、熱くなりすぎます。朝、起きた時のどがカラカラになっていることがあります。あの暖炉!あこがれますよね。サンタさんが来るのはやはりこの暖炉の煙突から、というイメージ。火もぱちぱちして、一番人肌に近い暖かさがありそうです。でもよく知らないのよ。あこがれの暖炉。いつか山小屋風の別荘を建てることがあったら、こんな暖炉を据え付けてコニャックでも飲みたいものです。☆快適、猫暖房やはり冬の夜の暖房器具と言えば!そう、猫暖房!!自然発熱でからだに優しく、穏やかな暖かさがあります。しかし、難点は、1.いつの間にか枕を乗っ取られ、私が端っこで寝ている。2.足元に暖房器具(猫)がいてけっとばすと、ひっ掻かれる恐れがある。3.知らない間に、暖房器具(猫)がいなくなり、寒い思いをする。ことです。でも、一番の自然の暖かさは・・・春の太陽の暖かさ。ガラス戸越しに、光を浴びていると、光合成をする植物の気持ちがわかるようです。(って何を言っているのかわかりませんね。一応植物の精・フェアりー(妖精)ですから、わたくし)
2010.01.24
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☆「春の歌」が聴きたい私には一人の娘がいます。もうそろそろお年頃。昔で言われる「適齢期」。私の友人のお嬢さんが「結婚」というお話もちらほら聞かれるのに、娘にはまったくその「気配」がないようです。彼氏がいたらいたで、親としてもやきもきしてしまうし、また、彼氏がいなかったらいなかったで、そわそわしてしまう。まったく親と言うものは・・・、やっかいなものです。今日の頭の中にはメンデルスゾーンの「春の歌」が流れています。この曲は、静かな春の光を讃えた美しいピアノ曲です。まだ冬まっ盛りで寒~い日が続いているのですが、日の光には、もう春の明るさが感じられますよね。☆家庭内通訳娘と父親は最近会話をしなくなりました。同じリビングにいても、食卓を家族で囲んでいるのに、すーっと夫は席を離れ、座卓へと移ってしまいます。まるで怒っているみたい。そして一人でぼそぼそしゃべっています。夫「○子に食器を洗っておけ、と言ってくれ」と私に云います。私は娘に私「お父さんが、食べた後の後片付けをしなさい、って言ってるわよ」夫→私「仕事はどうするんだ?」私→娘「仕事はどうするんだ?って言ってるわよ」娘「ちゃんと考えているから心配しないで」私→夫「ちゃんと考えているから、大丈夫だって」夫「無言」同じ部屋にいて、二人しているのに、ちゃんと会話すればいいのに、何で私が二人の間に入って「通訳」しなくちゃいけないわけ?夫は娘と話すのがめんどうくさい(照れくさい?)のかしら。娘は娘で、父親と話すのがうっとうしい(気恥かしい?)のかしら。小さい時は、二人でつるんでパフェ食べたり、ラーメン食べたりつい最近まで、向かい合って将棋をさしてたりしたのに・・・。あの頃の仲むつまじさは今いずこ?☆「春の声」が聴きたい昨日も、私がひとしきり「きれいだったわよ」「すてきだったわよ」と友人の結婚式のことを話したあと、夫が私に言いました。このときは娘はいませんでしたが。夫「○子には、彼氏がいないのか?」夫「結婚をする気があるのかないのか?」夫「どこかに、お見合いさせてくれるところはないのか?」こんなこと娘に言ったら怒るぞー。「私だって考えてるわよっ」って。夫が娘を思いやる気持ちはわかるけれど、どうして、父親って愛情表現が「下手」なんだろう。私だって内心、娘に素敵な彼氏ができて、早く結婚してくれたらいいのにと思っています。あぁ、早く「春の声」が聴きたい。この曲は春の訪れを高らかに歌うヨハン・シュトラウスの祝祭の音楽です。
2010.01.23
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☆昨日のショックから立ち直ろうメルマガ、ひょっとして待って下さっている方もいるかもしれません。ちょっと元気回復しましたので、また折を見て書かせて頂きますね。☆こういうときは義母との会話が一番!私はよくお米を切らしてしまうのですが・・そんなときは、義母に甘えてしまいます。私「お母さん、米びつの底が尽きちゃった~」そうすると義母「あぁ、いいよ、配給のお米があったと思うから、それをあげるよ」私は一瞬目の前が暗くなり、いきなり、戦時中の灯火管制をしいている時代へワープしました。ひょっとして「認知症が~~~」、と思いましたが、前後の会話からそうではないのが見てとれたので、ほっ。きっと「米びつ」ということばに義母の「バック・トゥー・ザ・パスト」へのスイッチが入ったのでしょう。私と義母は、底が見えた米櫃をのぞきこみ、明日のごはんを心配している嫁と姑になりました。私「お母さん、配給の米はもうこれだけなの?」義母「そうだよ、明日山へ行って芋づるとか取ってこようね」二人「今日もB29の爆撃がなくてよかったね」☆義母の昔話ここからえんえんと昔の話が始まります。食べたいものが食べられなかった戦中戦後の東京生活。色々と配給品があったけど、家族のだれも飲まない「赤ワイン」がコップ半分ほど配給になり、それを黙って一人で飲んでしまったことなど。新潟で疎開していた先で、近所のいなかの子にいじめられたこと。おふろを借りるのがはずかしかったこと。小5のとき、3歳になるおとうとをおんぶして病院に通ったこと。お米の産地だから食べるお米は「山」ほどあったけど、おかずが全然なかったこと。毎日、塩とかみそをつけて食べたこと。それでも姉弟7人で、結構楽しかったこと。☆お米が食べられる幸せこうして私は、お米を切らすと義母にもらう娘になりました。義母は何でもくれようとします。母と言うのは食べさせたい人種なのでしょう。何だか実家の母がなつかしくなって、電話しました。私「お母ちゃん、お母ちゃんの作った梅干し、あの塩っ辛いの、送って~~~」実母「ええでー、今年は野菜がよう生っとるで、一緒にじゃがいもも送ったるわ」子供のころはおいしくなくて、全然食べなかった母の手作りの食べ物が大人になった今、懐かしく思い出され、ときどき食べたくなるのです。
2010.01.16
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☆消してしまいました~。今日は新月ということで、メルマガを書いていました。で、まぐまぐに直接入力していて放置していたら、全部消えてしまいました~。はぁ、あぁ、残念。バレンタインデーの星座別「勝ちパターン」を書いたのに~。1月18日にうお座に入る「木星からのメッセージ」を書いたのに~。そう、今年の最大幸運星座はうお座。ちょっと立ち直れません。ごめんなさい、「どんな内容だったか?」をお知りになりたい方は、直接私に訊いて下さいませ。
2010.01.15
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☆昨日は「2010年はショパンで開運」講座でした。寒い中、お集まりいただきありがとうございました。ショパンの「舟歌」による、寝ころんでの瞑想はいかがでしたか?土星は「サターン・リターン」でも有名な惑星です。サターンは本当はSaturnであり、ローマ神話の農耕の神でギリシャ神話ではCronosです。これはサタンSatan悪魔ではないのですが、どうも意味がごっちゃになっているようです。こういうような脱線気味の話もさせていただきましたが、興味を持っていただけましたでしょうか?☆3分間占いは、いかがでしたか?この際だから、全員占わせていただきましたが、どうぞ占いの結果を「当てて」いただいて、2010年の幸運をつかんで下さいね。☆オオタニでの新年会講座終了後にいつものオオタニで新年会をしました。私は、がっつり食べて(飲んで)しまいましたが、皆さん満足されましたか?ワインソムリエ氏にもおなじみになってしまいましたね。それにしても、オオタニのワインのセレクトは良いと思います。たくさん食べてたくさん飲んで、千鳥足で帰宅しました。でも、その後「〆」のラーメンを食べてしまいました・・・。(持つべきは、強健な胃袋と肝臓)☆今度の日曜は1月17日は「エッセンシャル占星術講座」です。お勉強も、しっかりいたしましょう!先ほど、17日の「占星術テキスト」書けましたよ。朝早いのですが、お目にかかるのを楽しみにしています。あ~~~っ、でも、「大虎」になったのが、ばれちゃったー。(まだとらにとらいしています)妖精なのに~~~っ。でも、麦と葡萄のジュースと思うことにしましょう。
2010.01.12
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☆ふと小首を傾げると「食べたいもの」が浮かぶ昨日は何だか、「チキンラーメン」が無性に食べたくなりました。それも子供のころ最初のチキンラーメンが出始めのころの、割と固いヤツ。それにぬる目のお湯をかけて、3分待たないでヌードルの固いまま食べたい。こういう細かい指定付きで、思い浮かびました。(ちなみに私はときどき、伸びきったカップラーメンが食べたくなります)そんな願望が一気にわいてきて、どうしようもなくなり、会えなかった恋人のもとに急いで行くように、近所のスーパーへ買いに走りました。さっそく作って食べてみたのですが、あの頃の味がしないのです。東京と関西のチキンラーメンは違う味がしますが、あの頃はもっとおいしかったと思うのです。あらら、何だかがっかり・・・。☆さっきは、チョコレートがパソコンの字を眺めていたら、急にチョコレートが食べたくなりました。でまた、さっそく近所のスーパーに急行。ロッテの「クランキーチョコ」を買って、さっそくむしゃむしゃと全部食べてしまいました。ぜ~んぶ3分以内で食べてしまいました。食べたいものがあるのはいいことだと思うのだけど、この偏向した食欲は異常よね。どうしたのだろう?ほんとうは「チロルチョコレート」が食べたかったのだけど、売ってなかったからクランキーに変更。過去に食べたことのある味が、一瞬小首を傾げた途端、立ち上がり、食べずにはいられなくなるのです。「勝間さんも朝起きてチョコ食べるっていうし、ま、いいか」甘いものは頭の働きを良くするって言うしね。確かに、ぼーっとして原稿を眺めている視界が広がり、目と頭がすっきりしたような気がします。でも、1枚全部は多いよね。でもいっかー。あくまで反省しないヒロコさん。「そこらへんを一周してきたら、きっと消化してくれるでしょう」と楽観的・客観的に自分の肉体の吸収効率を計算しています。☆、トマトシチューが食べたいそして、また小首を傾げたら、今度はトマトシチューが食べたくなりました。って、トマトシチューって食べたことがないのですが・・未知の料理が食べたくなるってどういうことなのかしら?トマトを欲する私の肉体ってどういう状態なのかしら?こういう不思議な食欲に襲われることってありませんか?
2010.01.09
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☆きっとおわかりの人も多数いらっしゃると思いますが・・・そう映画『寅さんシリーズ』!!お正月に2本観てしまいました。栄えある第一作『男はつらいよ』第二作『続・男はつらいいよ』デジタルリマスター版なので少々お高かったけれど、画面がくっきりと見え第一作の最後にをしている場所が何と私の生まれた「天橋立」だったのでびっくり仰天。「わたくし生国と発しまするところ、柴又帝釈天で産湯をつかい・・・姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と申します」(ちょっとあやふや)☆今でも口上が好き寅さんシリーズは、ストーリーがわかりやすく、こうなってこうなるだろうし、その通りに終わるので安心してげらげら笑いながら観ることができます。昔は、寅さんの映画って全然面白くなかったのになぁ。今はあの映画の開始と同時に始まる、山本直純氏のテーマ曲「ター、タリらリラリラらーん」と始まると、何だか浮き浮きとしてくるのです。年取ったからかしら。若いころはあの「演歌的」な映画作りが嫌だったのだけど、だんだんと好きになってきました。やはり日本人だからかしら。今でも近くの寺社の縁日などで、テキ屋さんが口上をしているとまん前に座って見ていることがあります。「よってらっしゃい、みてらっしゃい」という九星気学の暦屋さんが「五黄の寅の女は気が強い」などという内容もさることながらそのよどみない口ぶり、芸達者ぶりに、見惚れていることがあります。口上って惹きこまれますよね。で、そこから、私、占い師になったのかしら。
2010.01.04
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☆「坂の上の雲」新年、明けましておめでとうございます。NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」、見ました?第二部は今年の12月で、第三部は来年だそうですね。壮大なスケールで描く大河期ドラマだと思います。阿部寛さん、すてきですね。私は本木雅弘が食べている「豆」が気になって仕方がありませんでした。かりかりぽりぽりと、彼は神経を集中するときに齧っていました。この本のタイトルは、明治人たちの気概、「 のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」と前向き、というか、上向き志向の生き方から採られています。著者である司馬遼太郎氏が、日本の欧米的に進む近代国家を「坂の上にたなびく一筋の雲」に例え、憧憬をこめてつけた本の題名なのです。☆それのもじりではないのだけど・・・私は子供のときから、山の頂上から見る海が好きでした。小学校のとき、よく裏山に一人で登りました。登り切ると、そこに小さな社があり、お参りをして後ろを振り向くと、大江山連邦の向こうに遠く、天橋立を含む海がキラキラと光っているのが見えました。青い青い海が青い青い空をつながっている!里ではもちろん海は見えません。でも、海辺へ行かなくても海が見える!高い所に昇れば、それは当たり前のことなのですが、そのことが嬉しく有り難く、とても感動したのを覚えています。☆「山の上の海」そこから見る海は青く光ったサファイアのようでした。小1時間ほど登った苦しさ辛さはそれで帳消しになりました。山は男性原理や障害物の象徴。または、人間。海は女性原理や無意識の象徴。または、混沌としたもの。私は山の向こうにある海が好きでした。このことは、人間存在から透けてみる「光り」を見ることが好きであることに通じます。そうなのです。私は、人から放たれる光り、明るいものを見るのが好きなのです。占いや日常生活を通して、接する人から感じることのできる宝石のような「キラキラと輝くもの」を見つけるのが好きなのです。それは誰にでもあり、誰にでも見つけることができると思います。「山の上に登れば」そう、人間を愛することができれば。きっと。すべての人にある「美しいもの」。☆今年の抱負私の人生の抱負、と言ってもいいかもしれません。私は人間の心の奥深さ、そして、その可能性と将来性を信じようと思っています。どんなに暗いように見えても、ちょっと見方を変えれば、違う風景が広がるのではないかしら。新しい未来が広がるのでは?と考えています。今年も、多分これからもずっと私は人間について学び続けたいと思います。どうぞ一緒に山に登りましょう。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2010.01.01
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