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人生で成功をしたいこう思う人は超いっぱい(←超いっぱいってなんか凄く子供みたいな言い方w)いると思うのですが、ってか地球上でなんらかの欲求のある人は全て該当するのでほぼ全員ですよね。でも成功ってむずかしい。何が難しいっていつ成功すれば良いのかが難しい。人生の最後?来週?それとも今?小局的に成功して大局的には失敗でも良いのか、成功の尺度は人それぞれいっぱいあるだろうから一回も成功しないって事はないだろうけど(恋、金、食欲、仕事とか色々)いつってのは難しいんだな。だってさ。
Feb 28, 2006
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どーも、フェロモン太@ファイナルアンサーです。今の会社に勤め始め早一年弱になりますが、IT業界になかなかなじめないながらも右往左往しながらなんとかここまでやってこれました。僕が悠々自適なプチリタイヤ生活を送っている時には全く感じられなかった事でありまた、前職に就く前つまり学生時代にも感じた事のなかった事なのです。しかし一回目二回目とも職に就き半年を越えたあたりからであろうか足が普通にスンゲェ臭くなるのです。もうね、ネットで匂い配信できるものならみんなにちょっとだけおすそ分けしたい位です。←試しにこすって嗅いでみてください。(なんか露出狂ってこんな気持ちなのかもしれない『恥ずかしいんだけど見て欲しい』みたいな。ヤッベやっぱ蝕まれてる。)で、なんというか手前味噌のようで照れを禁じえないのですが、靴下を脱いだ後必ず自分で嗅ぎたくなります。(労いの意味も込めて。なのか?)もちろん嗅いだらオエッってなり、涙目になりますけど。。。(ある意味オエツですよ。)以前『女性のおならに価値がある』みたいな話をした回に通ずるものがありますが、匂いを嗅ぎたくなるというのは動物の本能なのでしょうか。『嗅ぎたくなる』響き的にもちょっと、ってかかなり頭悪いですよね。(「うっひょー!嗅~ぎてぇ~」←とか)でも特に自分の足とか自分の許容範囲内にある悪臭って嗅ぐとなんだか安心しちゃうんですよね。なんつーの?ミルキー的な感じ?学生の時に激しく足の臭い友達がいて公衆の面前にもかかわらず「スメル」「スメル」なんて気軽に彼を呼ばせていただいてたのですが(本名はススム)いやはや、何てことないムジナ of 同じ穴だった訳です。まぁ同じ人間、ちょっと引いた視点から見たらそこまで激しくスペックは違わないって事ですよね。あの頃はそんな事に全く気付かずにデリカシーが不足してましたこのみはカメラマン。反省します。ゴメンッ!スメルッ!!!
Feb 27, 2006
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僕には兄が一人いるのですが、今でこそ別段仲が悪い事はないのですが中学高校とあまり仲良くなく一日一言も会話を交わさないなんてことは日常茶飯事でしたし最高で話しても「ン」の一文字をお互い交わす程度でした。これはどんな状況かと言うと目が合っただ合わないだのつまらない理由でお互いボディブローを喰らわせ合って僕・兄「ンーッ!!」(P屋良的な)とかなる訳ではなく普通もしくはチョイ低めなテンションで僕 「ン」 (兄に掛かってきた電話を取ってしまい子機を渡す瞬間)兄 「ン」 (受け取る瞬間)もしくは逆の状況と、兄弟のコミュニケーションはこんな有様でした。(2文字/日)有名なよく紹介される日本で一番短い会話のキャッチボールが「か?(食うか?)」「く(食う)」「め?(うめえか?)」「めぇ(うめえ)」ですが、これでは計4文字なので、最低でも会話が成立している「か?」「く」だけもしくは「め?」「めぇ」だけを取れば僕ら兄弟の会話と同じく計2文字になります。そして一見すべて同じ一文字に見えます。しかし、ローマ字にした瞬間、驚愕ではない事実が!!あちらさんの「KA」「KU」「ME」などに対しknight兄弟(空飛べた人たちみたい)の会話を見てみるとそこに母音は存在していないので「N」と、1文字な訳です。これもしかしてギネスじゃないですか?kight兄弟ノーベルギネス賞受賞じゃないですか?
Feb 24, 2006
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昨日の日記の続きと言うか補足になってしまうのですが、というのも昨日の日記のコメントでいつもコメントをくだすっているタイコさんがとても大切な事を仰っていたのでそれに乗っからせていただきたいと思います。そのコメントとは『(共通の敵を作る事で)次に自分が標的にされるといや』というような内容であった思います。(全然違ってたらゴメンなさい)確かにその通りで嫌いな人と仲良くなるためとは言え(共通の敵が人間であるなら)他人のことを悪く言うわけですから次回は自分が標的になるかもしれないというリスクを背負う事になります。『共通の敵話』が思いのほか盛り上がってしまいそれによって人を悪く言う事に慣れ悪口を乱発してしまうと『あの人いつも人の文句ばっかり言ってるよね』と逆に自分が標的になってしまう可能性大です。敵とは言ってもあくまで仲良くなるために共通の敵を作るわけですから必ずしも激しくネガティブな扱いにはしなくてもいいとおもうのです。そういう意味では『共通の敵』でなく『共通の目的』と言い換えるとより過激さが減りマイルドになるとは思いますが昨日申し上げましたとおり『共通の目的』であると広義すぎて当てはまらないケースがでてくるのです。だって、考えても見てくださいよ偶然もともと二人がシブガキ隊の大ファンでホシガキ隊のメンバーだったから意気投合とか何か『○○ずきがたまたま一致した』から突如意気投合するようになったとかならまだしも嫌いな人と共通の目的をわざわざ作ろうとなんて難しいじゃないですか。(そりゃ好きな女子が相手なら話は別ですよいくらでも合わせますよ、好きでもないパラパラ習ってみたりね。)だからこそこういう場合は『共通の敵』を作る事が一番手っ取り早く一番しっくり来る訳です。とはいえ、嫌い合っている状態でいきなり『共通の敵』の過激な悪口を言ってもそのままチクられ足を引っ張られる材料になってしまう可能性があります。確かに逆に一気に急接近する可能性も秘めているわけですがこれはある意味危険な賭けだと言えます。ケースバイケースで柔軟に過激レベルの調整が必要になってきます。という事で『あの人いつも人の文句ばっかり言ってるよね』とならない事を言い、なおかつ『共通の敵』本人に聞かれたとしてもギリセーフくらいの事を言うのがいいかもしれませんね。とは言っても上記のようにあまりに漠然だと僕の意図するイメージが伝わりにくいと思いますのでそのイメージを伝えるためにケーススタディチックに簡単な説明をしたいと思います。(話は全て架空のフィクションです。)登場人物A君=嫌いな奴 部長=敵になっちゃう人(ある意味生贄)夕方の社内響き渡るほどの声でエリ足の長いA君が部長に怒られています(チャンス到来)。へこんだのかムカついたのか席に戻ったエリ足の長い小太りのA君は押し黙っています。(以前だったらここで『怒られてやんの、ニヤニヤ』で終了) 仲良くなるためにはここですかさずA君に言います。「部長チョー短気じゃね?全然大した事ないのに。自分なんかいっつも鼻毛出してるくせにな!」このように、人を慰める事でその人との親密度を上げるというのは昔からの常套手段と言えますが、このケースの場合ただ慰めているだけで無しに『共通の敵』を逆にやり玉に挙げる事でA君の慰められ効果は1,8倍更にそこで、終わってしまうともったいないので、その1,8倍の効果を継続させるために『鼻毛』が役に立っているわけです。それ以降部長がどんなに襟足君を怒っても、どんなに泣けるいい話をしたとしても、笑いをこらえる為に『鼻毛野郎』を直視することが厳しく鼻毛が出ている限りは全てが戯言になってしまうのです。こうなると怒られる事も楽しみになってしまうほどで怒られている最中にもかかわらず横を向いて『ナッ!』と主人公の内藤とアイコンタクト取ってしまうほど懇ろな関係にまで発展する事は説明するまでもありませんね。上記のケーススタディのポイントになっているのは一緒に上司にプチ反抗する仲間になるという事と具体的に攻める何か(今回は鼻毛)を共有する事ですが、これって『嫌な奴と友達になる』がテーマでしたがそうでない状況でも十分応用が利くんじゃないかと思います。※注 ホシガキ隊なぞ実在しません。
Feb 23, 2006
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こっちがあいつを嫌いだと向こうもこっちの事が嫌いこれって今更僕が言うまでも無い事ですが人間の不思議の一つですよね。(一方通行の愛情とそれに対する嫌悪感のように当てはまらないケースもありますけど。)で、嫌いな人っていうのは自分にストレスを与えるだけなので二度と会わないか仲良くなるように努力するこうするしかないと思うのですがただ、いきなり二度と会わないというのも味気ないので仲良くなるように努力したほうがいいと思うんです。(お得なケースもままあるので)で、どうすればいいのかというと良いか悪いかは抜きにして一番手っ取り早いのが共通の敵をつくるということです。『共通の目的』と幅広い言い方をしてもいいのですがそうすると、中には難しいものもでてきてしまうので共通の敵がベターな選択かと思われます。敵といってしまうと大袈裟かもしれませんが日本人ならみんな小さい時から身近にそういう体験をしてきているはずです。例えばクラスの中で喧嘩があってもクラス対抗戦から手を取り合うようになったそして、クラス対抗が学校対抗になると自分の学校を応援しそしてそれが、自分の町、市、県と規模が大きくなり、甲子園やサッカー、春高バレーなどで自分の県の高校が優勝するとちょっぴり嬉しくなったり今回は振るいませんがオリンピックになればやっぱり自国を応援してメダルを取ればちょっと位嬉しくなったりしてると思うのです。上の事を簡単に言うと『昨日の敵は今日の友』になれるということです。更に国民という取り留めのつかない程の大人数が一丸となる事ができる証明をしている以上、より人数が少なければよりチャンスだという事が容易に分るはずです。共通の”敵”や”解決しなければいけない問題”を持つ事で一丸となる口実ができ、その際に嫌い以外の感情も芽生えることが多いのです。(『あっあれ?こ、こいつこんなにかわいかったっけ』とボーイズビーみたいに。)するとどうでしょうその嫌い以外の感情に拭い去られるようにその人に対する嫌悪感は消えていくのです。ただ、最後に、一つ気を付けなければいけないのは一緒に着手したプロジェクトが大失敗に終わり何も得るものが無かった場合二者間の関係は余計険悪になったりしますけど・・・「あの野郎のせいでよぉ」って。そういう場合はしょうがないって事ですね。
Feb 22, 2006
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サンデージャポンを見ながらふと思った飯島愛はすごい。彼女の様々な経歴は今更ここに書く必要もないと思うのですっ飛ばしますが経歴云々(先入観的なもの)は無しにして、すごいと思いました。ってかすごいからこそ今までの経歴があるんですよね。サンデージャポンという番組の中で彼女はレギュラーのコメンテーターとしてテリー伊藤、ダンカン、デーブスペクター、弁護士の人などと出演していて話題になっている時事問題の犯人などに対してあーでもないこーでもないと言いたい事を言い合っているんですが、飯島愛さんが発言してもめちゃくちゃな事を言うもんだから結構シカトされてるんですね。でも彼女はくじけない。もはや独り言の域なのですがおんなじことを2度でも3度でも言ってシカトされ続けているのが(マイクで)拾われています。ここまでだと、ただ単に僕が彼女をバカにしてるんじゃん!って読む事もできるだろうし、実際にバカにしながら『そうだよなそうだよな』って読まれている方も多いと思うんです。でも、そうじゃなくて、好き嫌いは抜きにしてですが純粋に『この人すげーわ』とその時は思ったのです。で、彼女は一体サンジャポの中でどんな役割分担なのか?!それは、明らかに空気を読めないキャラな訳です。すると、空気を読めていない事による彼女へ対する批判的な洗礼(『あいつバカだよねー』という会話からネット上での『氏ね!』的なものまで)こういったものが世間にはあふれ返ります。彼女も当然それはわかっているはずなんですね。にもかかわらずその世間の悪意(しかも毎週増殖する)を全て受け止めるがごとくくる週もまたあくる週も一人番組内で暴走して(つっぱしって)いる訳です。他にもいますよ様子がおかしい事になっている人たち単発、単発で見れば結構いますが、編集が入っている時点でそれはお笑い用に作り変えられているといっても過言ではない訳です。それにそういう人たちはなんらかの理由に守られてるんですよね。アイドルだからとか打たれすぎちゃってるからとか。だからそういう人達はもう全然違うんですよね、ぬる過ぎるんですよね。毎週、レギュラーで、そして生で、叩かれるためにでてくるこれは器がでかいな、と。一見、素だろうなと思うでももしかしたら、台本どおりなのかもしれないし彼女自身の計算で演じているのかもしれません(かぶるキャラがいないように)。毎週、レギュラー、そして生放送でシカトされにやってくる空気の読めない女演技だろうとそうでなかろうといずれにしても一週間が始まる日本中を安心させる出来事にはかわりありません。
Feb 21, 2006
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来週友人の結婚式で余興のご指名が入っているので今日はその打ち合わせに行ってきます。メンバーは3人なのですが当初は姉歯と堀江とRGに扮してセグウェイで入場してあとは適当にグダグダと出オチ的な内容(セグウェイで事故りまくるとか『高砂にドーン』って)でいいんじゃないかなって思っていたのですが、「出番一番最後だから色んな意味で本当に頼むね。」と、念を押されてしまったので一からの練り直しです。さて、どうしたものでしょうか。方向性としては基本ヘリウムで行こうと思うんですけど・・・
Feb 19, 2006
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非常に困っています。文字でもって鼻息音が表現できないのです。具体的に言うとンフーンフー的な音を表現したいのですが↑のフではないんです。かといってフンガーだと興奮し過ぎだし鼻から抜ける感じの音、鼻でフンと言う時のフとンの中間音というんでしょうか、どの音か、分ってもらえるでしょうか。ンフンー?これじゃあ何か絵文字みたい・・・やっべぇ提出期限明日なのに、、、さて、男と女のラブゲームまたしてもある法則(というほどの物では無いけど)を発見してしまいました。あらかじめ言っておくともちろん例外も数多く存在するでしょうが・・・だから、法則というか傾向といったほうが適切かもしれません。が、あえて法則といわせていただきます。(あ、法則って言えば僕の友達で兄貴が法雄ノリオで弟も則夫ノリオって言う『法則兄弟』なんて呼ばれる珍しい兄弟がいませんでした。嘘じゃない様で本当の話です。)付き合う寸前のプレカップルや付き合いたてのカップルで「私達共通点が多いの」とみんなに触れ回っているカップルは早くに別れる可能性が高い。かと言って逆の場合は長続きするとかそういう話ではないのですが、これを次の学会もしくは学級会で発表しようと考えておる訳です。で、なに故にそんな悲しい結末が訪れてしまうのかというと。を説明しますです。チャッチャと終わるか心配。引き返すなら今です(お互い)。確かに共通点が多いという事は『付き合う』を目的にしそれを達成するためには多ければ多いほどいい事かもしれません。カップルにおけるプレ期から初期においては彼、彼女と『おんなじ』であるという事が嬉しいのは当然だと言えます。これはなかなか理性では止められないでしょう。どうしようもない、しかし、そこが落とし穴なのです。その喜びを見つけすぎてしまうと足元がお留守になってしまうという事です。つまり、そこが悲しいバッドエンドに向かう隙になってしまい悲しい色の大阪ベイに向かって一直線でブルースな訳です。先にも述べたように多くの場合においてこの嬉しい気持ちは理性でどうこうなるものでもないので共通点が多い時点で結構しょうがないのです。人間の欲望はどうしてもエスカレートするもので共通点や思考が一致している間は満足しているですがそこにズレが生じた時に悲しいかな不満を覚えるのです。おんなじだと思っていた物が別物だと気付くとそこに大きなリバウンドが生じカップルという名の合体ロボは虚像であることに気付かされ遺憾ではありますが、それぞれ単体ロボ(ロボっていうかもうむしろメカ)に戻ってしまいます。しかし、考えても見てください。人間がペアないしグループでいる以上は目的が同じサークルであっても趣味・嗜好・思考が一致し続ける事はありえませんよね。平時であれば誰にでも分かる簡単な公式が有事(ラブラブ期)には見えません。そもそもペアやグループというのは目的が一緒でも考え方やスペックが違うからこそ補いやすくバランスが取りやすくなるのです。それはドラクエ(3~)をやっている人なら容易に想像つきますよね。長い文章を読んでいただきとても残念なお知らせなのですがこの法則を知っていて別れが訪れたからといって「やっぱ(別れた)ね」という位にしかならないのであーる。とはいえ、世の中にいる多くのカップルにはこの法則に対抗してゴールイン(ある意味スタート)して頂きたいものです。
Feb 17, 2006
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口は災いの元という言葉の体感率が人よりも多いのではないかと思います。沈黙に耐えかねた結果余計なことだとはわかってはいても思わず口をついてしまい後々深い反省を余儀なくさせられます。反省する反面、残念なことに『沈黙恐怖症』を患っている僕にとってそういった災いさん達がしばしば発生するというのは致し方の無い事だと割り切っております。逆に僕があまりにも発言ができない場にずっといたりそういう場に連れ出されたりするとどうなるかというと気絶します。「おいっ!」とかゆっさゆっさ(肩の辺りを)と、人に喝を入れられる事でどーにかこーにか意識を取り戻せますけど。。。
Feb 15, 2006
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人によっては必ずしもそうという訳ではないかもしれませんが音楽や匂いというのは時に物凄く力強いトリガーとなり人の心を大きく揺さぶることがある。その引き金は具体的な思い出をフラッシュバックさせることもあればなんとなくマルだったとかバツだったとか、また、なんとなく心地良かったとかちょっとブルーだったとか感覚的な思い出を呼び覚ます事もある。そういうトリガー的な役割を果たすもので空気(読む方じゃない)ってのも一つの要素でこれは物凄く微妙で毎日温度も湿度も変わるけれどその微妙に違う天気や気候が時に色々なものを思い出させてくれる。こういう話をすると結構あまずっぱい的な思い出を胸に馳せキュンってなる人一杯いると思います。僕もあのキュンが気持ちよくて大好きです。(←この人大丈夫?)僕のくせに生意気ですが思い出の引き出しはそこそこ多い方なのではないかと思います。自分では持っていない古い曲を有線とかで聞くと結構その頃打ってた台(パチ&スロ)を店の有線のその曲のリズムにノリノリで打ってたのをしばしば思い出します。本当は今日の気候で甘酸っぱい方を思い出したんですけどここにそれを書くのはあまりにキショく確実に多くの人を不機嫌にさせてしまうので無難なパチの話にしときました。
Feb 9, 2006
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一人じゃない時に地震がおこるとちょっとした一体感が生まれます。ある人は鬼の首を取ったかのように一番を狙い「あ、地震!今揺れてるよね」と、言い、またある人はそれに対して同意します。人によっては地震で身内を亡くされた方もいるだろうし、その時に感じている地震が他方では震度7級で同じ瞬間に被害にあっている人がいるかもしれません。そういう意味では地震の際に生まれる妙な盛り上がりはすごく不謹慎と言えない事もありません。しかし、それでもやっぱり地震を感じた時に生まれるあの一体感は禁じえないでしょう。遺族や被害者の親戚でもないのに逆にそこで真面目ぶって『不謹慎だよ!』なんて言ってる人のほうが引かれる可能性が高いです。身障者の話でこっちはすごく不謹慎かもしれません。僕は身障者をよほどの事が無い限り助けてあげません。それは彼、彼女の為とかそういう格好いい優しい心からではなくてただ単に面倒な事になったらやだから、触れないでいる訳ですがみんなきれい事は言っても大抵の人はそうなんじゃないかと思います。たぶん本当はみんな最初は身障者に対してもっと優しかったかもしれませんが大人になるにつれ、その芽はじょじょに摘まれていくんだろうと思います。小学校低学年の時クラスにかっちんというあだ名の仲の良い友達がいました。その時はあまり気にしなかったというか彼は人とちょっと違うな位の違和感しか感じていなかったのですがかっちんは軽度の知的障害者で年齢も僕より上でした。今考えると別に小学生の遊びをするのには差し支えない程度だと思えるし小学校の低学年にとっては知的障害者だからどうとかってそんな事あんまり関係ないじゃないですか。ある時いつも通り休み時間にみんなで遊んでいたらなんかの拍子にかっちんが転んでしまって泣いてそのまま家に帰ってしまいました。すると、かっちんの母ちゃんが烈火のごとき怒りをあらわに職員室に怒鳴り込んできて、当然一緒に遊んでいた僕らが呼び出されるわけでかっちんは、「転んで痛くて泣いて家に帰った」なんて普通の論理的な説明はできなかったと思うし彼が僕らの事を攻めているなんて事は100%無いと分っていました。事の経緯を僕らが話すとかっちんの母ちゃんは僕らに謝りながら今度はかっちんを攻めました。(何で転んだくらいで泣くの!みたいに)かっちんとはすごく仲良かったんですがその事件以来完全に腫れ物的な存在になってしまいまた訳が分らない理由で怒られる事があると嫌なので僕らのグループはやむなく彼と一緒に遊ぶ回数は減ってしまいました。(かっちんの母ちゃんは嫌われ者になったけど)大人の目から見た身障者に対する『不謹慎』っていうのは時によってはそっちの方が本人にとっては不謹慎だったりしますよね。道徳の授業や先生・大人に聞けばもちろん口をそろえて『身障者は助けてあげなければいけない』とは言うものの実際の生活の中ではまったく実行されておらずむしろ『線引きが物凄く難しいから逆に触れるな』的なこういう教育のもとに大半の人が育つのでますます社会的な居場所がなくなるのもしょうがないですね。あ、誤解の無いように言っておきますと別にこれを見てくれた人に身障者に対してどうこう考えて欲しいわけじゃなくて(実際僕自身ももうどうにもならないだろうし)僕がただ単にかっちんを思い出しただけです。かっちん生きてっかな。
Feb 8, 2006
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物事を一方向的に(主観で)しか考えられない人っていますよね。身近な人間で例を出すのであれば真っ先に思い浮かぶのが結構僕とかそうかもしれないのですが。(いやぁテレテレそれ程でもないですよ)人は熱くなればなるほどそうなってしまう可能性が高くなると思います。僕自身を例に挙げるならば平常時には『熱くなればなるほど冷静になれよ俺!』と、キモい事に小説の主人公に近づくべく自分に言い聞かせますが実際に熱くなると実行は伴わないようです。もちろん理想は一つの事象に対して様々な角度(可能性)から物事を捉え考えられるという事でしょうそしてその反対、主観オンリーで物事を考えたり、発言したりすると大変な事になります。(ある意味しごく漢らしいかもしれませんが、、、)人を人と思わないデリカシーの無い発言とかって本来はいけないと思うのですが特に恋というやつはしばしばそういう人間の悪い部分を引き出します。つまりそれは同時に恋愛というものは人をより熱くさせるものだという証明な訳ですが。娘さんが恋に落ちた時彼女らの父親はしばしばこう言います。(ここで恋に落ちた人の話が来ると思った人は要注意←ウザいね、おでこの辺りグーでパンチしちゃって下さい→ヽ(´▽`)/へへっ)で、こう言います。『どこの馬の骨~~』とか『悪い虫が~~』とか『ホンコン』などと。これらはあまりに使い古された表現であるのでかえって実際に口ではそう言わなくなってしまっているかもしれないけど頭にはちょっとはよぎっているはずです、きっと。でもまぁ少なくとも彼ら父親の感情はそういう方向にベクトライズされているはずです。しかし、娘さんの彼氏にも両親がいて祖父母がいて兄弟や友達がいるわけです。彼らがそれを聞いたら悲しいわけです、だって人間だもの。と、このように時に主観とは他人(人間)を『馬の骨』や『悪い虫』などと人間である事を否定します。極端な例ではありましたがそれが主観の危険性であることは確かです。主観とは一つの情報を得てそれを全て鵜呑みにすることも含めます。(上の例では父親相当キレてますが、本当は彼氏いないのに娘が見栄張っちゃってる可能性もあると言う事です。)こういう事って学校では突き詰めて学習はしてきませんでしたが生きていくうえで結構大切な事なんじゃないでしょうか。ここまでの話を踏まえるとつまりはこういう事なのです。ライブドア関連の事件でみんなやいのやいのゆーとりますが、超ひょっとしたら一連の事件は実は全て政府ぐるみの大スペクタクルドッキリで堀江貴文容疑者(33)は彼自身で作った(とは言ってももちろんゴーストライター)シナリオに沿って壮大なダイエット企画を遂行している真っ最中でみんなを『ドキッ!』っとさせようとしている可能性もあるという事です。(しかもポロリ有り)痩せて出てきて第一声が「ビビッたっしょ?ドッキリドッキリ、これただのドッキリ」って。
Feb 7, 2006
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学生の時分大好きなうどん屋さんがありました。味は可もなく不可もなく普通だったのですが腰の低ーいおやっさんが一人で営むお店で、、、とは言っても年に数回行く程度だったのですが。。。学生客が少なかったせいなのか僕らが行くと不思議と覚えていてくれて「あぁ!どうもどうもお久しぶりです」(90度のお辞儀)とか言って僕ら学生相手にもかかわらず本当に、本当に腰の低いおやっさんだったんです。はっきりいって僕が今まで見た中で一番腰が低い人です。もう手とか普通にこすり合わせちゃってるし、、、あるバイトの現場帰りに立ち寄った時ひとりだけ注文したものが出てくるのがちょっと遅かったのとバイトで疲れてしまったのとで彼(N君)、寝ちゃたんです。座りながら。で、程なくしておやっさんができたうどんを運んで来たものの机につっぷして寝てしまっているものだからとりあえず「どうも、すいませーん遅くなりましてすいませーん」とか言ってみるんですが全然起きないので僕らが「おい!どんうー来たぞ!!どんうー」とか言って代わりに起こすとおやっさんはサル(秀吉)のように片膝でうどんのお盆を差し出しながら「どーもすいません、もうどんどん寝ちゃってください」とか言っちゃうほどの器の持ち主ですよ。聞いた時は耳を疑ってしまい「え、えぇ!!?」って言ったら(もちろん二度見で)もう一回「えぇ、もうどんどん寝ちゃって下さい」言い直すのです。この腰の低さに『このおやじスゲー器でけっ。』っと感心した覚えがあります。爆笑は抑えられませんでしたが・・・ある時は、うどんの売り上げの調子が芳しくないのか新メニューを出す事になったそうで、偶然にも調度お披露目してすぐ、という頃に店に行きました。うどん屋なのに新メニューはラーメンでした。あまりに嬉しそうにその事を話してくるので(「ラーメン始めたんですよ」って)仕方なくあえてうどんを注文しました。そんな中グループで行くと場の空気の読めない奴がいるもんですよね。一人だけラーメンを注文してしまったのですがそれはやっぱり我らがT氏でした。(逆にそれが結果的にお手柄だったのですが)頼んだものを運んでくるとT氏しかラーメンを注文しないにもかかわらずおやじは大喜びで語ります。「チャーシューにこだわりがありまして、大手某ラーメンチェーンの人が来て『チャーシューの秘密教えてくれ』って言ってきたんですが教えませんでしたよ、うひうひうひひ。このチャーシューはねぇ、実はバラ肉なんですよ、んでもって蜂蜜をふんだんに使ってるのが秘密なんですよ。これをね、『言え言え』って言ってきたんですがこれは教えらんない。最後まで教えませんでしたよ。」って全部僕らにしゃべっちゃってて、さすが、若い時に借金の保証人になって借主にバックレられた経歴の持ち主です。ようやく人の借金を返し終わって今度は自分で借金をしてこの店を出しただけの事はあります。とにかく器がでかいんです。こういう経験豊富な人の話を聞くのは当時学生だった僕らにはとても新鮮でいつもおっちゃんの話を聞くのが楽しみでした。それからしばらくしてまた行ってみると店の名前とスタッフは全くの別物に変わっていました。行列でした。腰が低いだけじゃやっぱりダメなんですね。客商売って難しいですね。
Feb 6, 2006
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書こうと思っていたトピックを何気なく眺めていたブログやウェブサイトで書かれていたりテレビの番組で流れていたりすると内容は違うにしてもそのお題による日記をなんとなく封印してしまう人意外と結構いると思うのですが(何かの感想を交換や共感がしたい場合は除いて)例えばこれがクローズドな自分だけの日記であるとしたらためらわずにそのまま書いているかもしれない現実の社会でいえば部屋着は穴の空いたジャージの人でも外に出る時は万人の中に埋もれてしまうにもかかわらず(人に見られる見られない関係無しに)やっぱり『ある程度きれいにしていなきゃ』と思う、そういう意識にも似ているのかもしれない。日記に話をもどすと、自己顕示欲が旺盛だろうとなかろうと人の目に触れる事を少しでも意識するとなるとたかだか自分の日記を書くにもスピードが求められる時代になってしまったと言う事ですね。僕がまだ母親のお腹の中でニートをしていた頃には全く考えられなかった事です。ドッグイヤー恐るべし。
Feb 2, 2006
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