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世界的絵本作家、 飛鳥 童さんの 『わらべの楽苦画 記』文芸社を読んだ。そして、大いに 勇気づけられた。著者がとにかく逞しいのだ!
同時に、この日本社会の閉塞感の中を、一陣の風がさっと吹き抜けるような爽快感も感じた。
【差別や苦難との闘い】
著者の飛鳥童さんは、一歳半の時の病気が原因で、脚に障害をもった。そのために、幼稚園から高校まで差別を受けた。それだけではない。大人になって海外で暮らようになってからも、アジア人に対する人種差別も経験した。
著者の苦難は、差別だけにとどまらない。成功に至るまでの過程で、多くの挫折も経験している。まず、最初の海外渡航計画が頓挫。それを乗り越え、再び、海外での武者修行を開始するが、ロンドンの画廊に騙された事から、創作意欲を失い、心身ともにダメージを受けて、一旦、日本に帰国した。しかし、またしても著者は困難を克服して、再度、海外進出。外国暮らしでは、常に‘当たって砕けろ’の精神で、いくつもの壁に挑戦していく。
彼はへこたれないのである。そして、どこかにユーモアを漂わせ、鋭い批判精神も垣間見せながら、腕を磨き、成長し続け、ついに、世界的絵本作家としての成功を手にする。
【各国の社会情勢が映し出される】
この本が面白いのは、著者が経験した出来事には、その時代の 世界や社会の情勢が映し出されていることである。
1960 年台の日本社会では、昭和の温かさとでもいうような人情が描かれ、 60 年代末から 70 代初頭のヨーロッパでは、東欧の社会主義社会の裏が描かれ、中欧チェコでは「プラハの春」の後の長い冬を垣間見せ、 70 年半ばの、パリとイギリスでの生活には、当時の世界情勢が映し出されている。そして南欧スペインでは、著者は、そこで現出した混淆した文化に触れ、新しい境地を開いていくのである。
【カナダで】
1979 年、著者は、いよいよ大成功を収めることになるカナダに入る。
カナダでの暮らしを描く本書の第5章では、日本ではほとんど知られていない、第二次世界大戦中に日系カナダ人が受けた、財産没収、収容所生活などの苦難の歴史にも、触れている。
だが、 「日系3世弁護士との出会い」の項には、恨みを乗り越え、前向きに人生を歩む日系3世の姿が紹介される。この章は、現在を生きる我々にも、学ぶべきことが多いと思った。
この新しいカナダの地で、著者は彼の一貫した「街の公園は都市の縮図」のテーマを展開し、さらに新しいモチーフや発想を得て、素晴らしい作品を次々と生んでいく。
ついに、カナダで、著者はその才能が花開く機会に恵まれた。出版する絵本が次々と成功。世界的絵本作家として、その評価を確立する。
環境を変えること、困難を糧にすること、新しい人々との出会いが、いかに大切かを、読者は知らされる。
【日本デビュー】
90 年初頭、大成功を果たした著者は、日本へ逆輸入デビュー。そして全国で凱旋展を展開する。
この展覧会には、当時の紀宮清子さまが皇后美智子様の御名代としてお出でになり、さらに、高円宮御一家もおいでになった。これがきっっかけとなり、久子妃殿下原作、飛鳥童絵の、名絵本が誕生する。この章は、妃殿下が、どんなに生物や生態にお詳しいかも描かれていて、とてもすてきな章だ。
2000 年代、著者は中国での出版や日中幼児国際交流の活動を始める。このエピソードには、中国の独特な特徴が描かれていて、中国社会の一端が垣間見えておもしろかった。
【現代とのリンク】
この本が、一人のアーティストの成功物語にとどまらないのは、内容が、現在の社会とリンクし、我々に多くの示唆を与えてくれている ことである 。
まず、著者の父君の出征にあたっての「遺志」の中に、妊娠中の若い妻と幼い子を残して戦地へ向かう若い父親の姿が、今現在も世界各地で、同じ境遇にある家族を思い起こさせた。
さらに、高円宮妃殿下との共著『氷山ルリの大航海』は、地球規模で、今、我々が直面している環境問題に、これからも長く意識を向け続けさせてくれるだろうと確信させた。
もう一つ、今を生きる私たちにリンクするのが、本書の テーマの一つの「差別」である。本書を読んで、著者が過酷な差別を乗り越えられた要因の一つが、見えた気がした。それは、著者が、御祖母や近所の人々からの愛情と人情に満ちた中で育まれたことではなかろうかと、私は思った。愛情豊かな生育環境が、差別にめげない強靭さを著者の中に育んだのではないだろうか。著者自身も、「私の想像力と創造性の原点は、そんな素朴な環境にたっぷり浸って過ごした体験に大きな影響をうけているように思う」と、書いている。
ここまでいろいろ書いてきたが、飛鳥童さんについては、 C W ニコルさんがピッタリ言い当てている、と思う。ここではもう書ききれないので、その部分も含めて、まずはこの本をみなさんに、読んでいただきたい!
読後の感想を交換したいと願っている。
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