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もう、5月ですね・・・。青葉が眩しい風薫る5月・・・でも 今日はもの凄い強風に大雨・・珍しいGWです。 今年は随分と寒くて桜が遅かったような気がしました・・・ でも季節は少しずつ、確実に巡っていて 我が家でも、無事らー様が高校生になり・・毎日毎日慌しい生活がスタートしてなーんも変わりないモロモロな日々が過ぎて行きます そこにレオが居ない事以外は・・・・・・・・。 今年のお正月依頼、ずっとPCを避けてましたずっと・・・・ あーっ報告しないとナ・・・・って思いながらもPCの前を通るとなんとなく気分が落ちてきて・・・自然に体がPCに向かうのを避けていました。 でも、コノブログはレーチンが来てから始まったブログでタイトルもご覧の通りなわけで 報告しないといけないような使命感がどこかにあって避けては通れない、通りたくない気持ちがあります。 なので、最後かも知れないけど最後じゃないかもしれないけどとにかく、報告をしたいと思ってます。 レオが天国に行ってしまったことを・・・。 かなりの詳細・長文なので読んでいただける方はレオとさよならしました・・・の件名から読んであげてください・・・・。
May 3, 2012

日曜日の朝そうちゃんとパパが試合なので夕方、近くのお寺にて法要と火葬をしてもらうことにしました。レオがみんなの居る休みの日になくなったって事は皆で送り出して貰いたかったからの様な気がしました。午前中、らーと折り鶴を沢山おりました。レーチンの好きなたまごちゃんのおもちゃと美味しそうなおやつ、ご飯、牛乳、さいごまで食べていたミカンを添えました。ママの臭いいっぱいのタオルと毛布を敷いて一番暖かい、カッコいいブルゾンを着せてあげましたみんなと映っている写真とその裏にはお手紙を書きました。大好きなぬいぐるみも一緒に寝せてあげました。これで、寂しくないかな?天国で沢山遊んでね、向こうで彼女作って幸せになってね。家を出る前は、家中のレーチンの好きな場所を抱っこして回り見せてあげました。そして、賑やかに飾ったレーチンの大好きなダンボールに乗って安らかに、家族に見送られながら天国に行きました。... こんな簡単な文章でまとめられるほど簡単でもないけれど文章にかくとこんなに簡単にまとまっちゃうのが辛いけどこんな感じのあっという間の8日間であったことは間違いありません。 今でもアチコチで毎日毎日レオの気配を感じては涙の繰返しですこんな短い文章を書くにも、辛くて何回も途中でやめたりしているうちにもう1ヶ月も過ぎてしまいました。(1ヶ月過ぎに書き溜めた文です)ふと何気なく見下ろしたじゅうたんが妙に綺麗で......辛くなります。あんなに毎日コロコロしていて大変だったのに、毛だらけのじゅうたんが懐かしく妙に綺麗なじゅうたんを眺めているだけで涙が流れます。 ある晩には、TVを見ながら絨毯に寝転んだら、ふとレオの臭いがしました...チョッピリ香ばしいような、わんこ特有のにおいだけど...・普段なら、お掃除スプレーで掃除しなきゃって思うような臭いだけど...無償に懐かしい臭いで、レオを感じるにおいで、何度も何度も嗅いでしまってそこから離れられませんでした。ソファーに横になりながら腕を下にたらしていた時に何故か指先がピクっとしました。まるでレオに鼻で指を押されたかのようなあの懐かしい感触が...しましたレオが触ったみたいな気がしたよって子供たちに話したら笑ってました。ある日会社から帰った日には 階段を昇りながら、ほんの1ヶ月前のように『ただいまーー!!レーチン』っと帰って来ました。何処かの部屋からダッシュでレオが駆け込んでくるような気配がしました居ないけど・・毎日、何気ないふとした行動の中に改めて「レオが居ないんだとな」と思い知らされることが毎日毎日少しづつあって...都度涙します。でもその動作を2回目にする時は不思議と涙は出なくてなります。全ての動作にレオはいないんだって感じが終わった時に...やっと涙が止まるのかな・・って感じます・上手くいえないけど。無事にらーの入試が終わって、ホットした瞬間にも...ここにレオが居たらな~言うことないな~って思って涙が溢れました。らーと2人で携帯に溜まっている写真や動画を見ては涙する夜もしばしばです・・・。結構らーもやばいくらいに毎晩泣いているそうですもう写真の中のレオにしか会えないのが辛いです。。。これからもずっとずっと生活の中にレオを感じて過ごしていくことは間違いないです。家族それぞれ、その瞬間は違うけど、それぞれのフトした瞬間にレオを思ってレオを感じているようです。家族だから...レオが大好きだから
May 3, 2012

土曜日...・発症から8日目 最後の日になりました。朝8時半、らーを塾へ送って行きました。レーチンはおとなしくソファに寝ていました。夕べもママのベッドで隣に寝ました。朝方からはチョット寝てくれたので昨晩はママも少し寝れました。そうさんはパパと試合に行きました。朝9時過ぎレーチンは日向ぼっこをかねて、いつものお気に入りのそうちゃんの部屋の日のあたる外の見える場所に連れて行き寝かせてあげました。レオの目線からは遠くの畑と青いお空が眺められます...・おとなしく寝てくれていて息も粗くなさそうでママは安心して部屋中のお掃除とトイレ掃除を済ませることが出来ました。午後はリヴィングのソファーで寝かせてあげ、隣でママはうたた寝していました。陽だまりの中、レーチンをなでなでしながら、とても静かで穏やかな時間が流れていました。いつもなら、ここで大の字になってスヤスヤ寝ているはずのレーチンなのになと思いながら...。午後、パパが早く帰ってきてくれたので、レーチンのなでなでをチェンジしてくれました。午後からは少しレオの息がハッハッハッと荒くなってきていました...夜中もこのような感じの荒い息は続いていたのでさほどきにもせず午後3時ごろ、唯一食べてくれるミカンを4房ぐらいと子犬用牛乳をストローでお口にたらしました。口がチョット開けっ放しの状態になってきては居て心配していましたが、奥歯の隙間辺りにミカンを持っていくとペロペロと舌を出して飲み込んでくれました。ストローで垂らす牛乳もお猪口に半分ぐらいの量飲んでくれました。その後ママは眠くて眠くて...・床にウトウトしていました。「ハフッハフッハフッ」って声にならない声で何回かレーチンが鳴いたけど「レオー!何~?? ママはここにいるよ~」って寝ながらの返事しかしてあげられませんでした。その10分後でしたパパの突然の「レオ?」と呼ぶ声がてして飛び起きました...・レオ!レオ?レオーーーーーーーーー大きな声で何回ぐらい叫んじゃったかな...レオ!レオ!レオ......レオ!レオ!レオ...・・叫んでも、泣いても、頬擦りしてもレーチンはそのままでした。可愛い顔で、艶々な毛並みで...・ちっちゃなあんよでちっちゃな体で...・・レーチンは本当に眠っているように逝ってしまいました。一緒に最後の写真をとりました。ママに抱っこされて、久々に腰を抱えて縦抱きしました。いつもと変わらない可愛いレオの写真でした。だけど、すごく苦しかったのかな...・って考えるたびに、胸が苦しくなちゃって息が出来なくて苦しかったのかな?って...・パパはそんなに苦しそうでもなかったヨって言ってくれたけどおとなしく、我慢強いレーチンの苦しみは誰にもわからないよねごめんね、ごめんね、ごめんね...・ごめんねじゃないよ、ありがとうって言おうよってパパが言ってもママの口からはゴメンネしか出てきません。頑張ったねっていいながらももっと一緒に居たかったよって思っちゃうし最後の最後の時にママがなでてあげられなくて...・苦しくて辛くてママを呼んでたのかな?って思うと一層辛くてなんで起きててあげなかったんだろって辛くて何を思っても、どう苦しんでもレーチンはもう戻ってきてくれません。レオは息をしていないけれど、その他はまったく普通なので病院へ行きました。先生にちゃんと判断してもらわないと納得できませんでした。こんなに可愛い顔をしているのに...・。でも子供たちが夕がた帰って来たことには、レオがだんだん硬くなってきちゃってもう、どうにもならなくて・・。泣き叫ぶ子供たちをぼーっとみていました。らーはずーっと亡骸をお腹に乗せて寝ていました。その間、足の肉球から出ていたボーボーだけど綺麗な毛をカットしました。ブラシで毛並みを整えました...・耳の垢と、お口の消毒もしてあげました。こんなにおとなしく、言うことをきいてさせてくれたのは初めてだねレーちんおヒゲはパパの希望で残して置きました。かわいいからって。チャームポイントの耳の黒い挿し毛も綺麗に整えました。そして、大好きな大好きな、ソファーの上にみんなが見えるようにねせてあげました。代わる代わる、子供たちが撫でてあげていました。私はレ-チンのここが好き、俺はここが好き、ママはここ...・最後の晩...すっかり硬く、冷たくなった亡骸とともに一緒のベッドで眠りました。寒くないようにママの毛布も掛けてあげました。何度も頭やマズルのあたりを撫でながら、一緒に寝ました。
May 3, 2012
金曜日...発症から7日目朝方5時パパとチェンジをして、らーのお弁当をつくり、らーを無事送り出した後にはホットして...・レオもなぜか朝になってからスヤスヤ寝ていました。ありがとう辛かったのに、良く頑張ってくれたね...。レオにはただただ感謝でした。試験が終わり、夕方には又子供たちを塾に送って行った後、病院へ行っておしっこを出してもらって来ました。院長先生からパパがオシッコを出す方法を教えてもらい、パパは「明日からは俺が出してやるからな!」と張り切っていました。そして夜中苦しそうにしている事を告げたらお守りに座薬を!と1個出してもらいました。前足が利かないしレベル1なんですと告げたら、前足をつねりました。レオは痛かったらしく振り返ってキャンって泣きました。ゴメンネ、でも感じてくれて嬉しいよと院長先生は話していました。その帰り、念願のクーチャンに会いに行きました。大好きなオバーちゃんにも会いました。レーチャンは目がとても嬉しそうに輝いていました。くーちゃんは恐る恐る近づいたけど、驚いている様子でオバーちゃんの後ろに隠れて様子を伺っていました。レーチンどんなにか、しっぽフリフリして飛び掛って行きたかったことか~なんで体がこんなに動かないんだろう、どうして痛いんだろうって思っていたのだろうに辛くて辛くてどうしようもなかったです。子供たちが塾から帰ってきた夜の11時、子供たちにいよいよ告知をしました。先日の病院での診断結果、これから何時なんどき、レオがどうなるか・・の覚悟、最後になるかもしれない時間を大切にして欲しい事驚いた子供たちの衝撃はもの凄いものでした。特に憔悴しきったらーの様子を見ると、本当に試験前に何事も起こらずに良かった。昨日の朝無事に送り出してあることが出来て、レオの頑張り感謝感謝です。2人とも交互にレオに頬擦りしながら離れることなく寄り添って声をかけていました。ずっとずっと泣いていました。
May 3, 2012
木曜日発症6日目、らーの試験前日絶対にレオの結果を隠すため、おじいちゃんおばあちゃんにも話しませんでした。でも、おじいちゃんはレオが入院せずに帰って来た時点でうすうす感じていたようです。私は1日おじちゃんにレオを頼み、会社へ行っても携帯で様子を聞いていました。お水屋さんが来て少しほえたこと、頭をさすれとクンクン泣くこと、さするのを少しでも辞めると又クンクンさすれと泣くことだんだん贅沢になってきたんだよな~と笑っていました。そして夕方帰ってから、いつもの掛かりつけの先生のところへいって昨日の向こうの病院の様子を話してきました。そして、お腹を押してたまっているおしっこを出してもらいました。その晩、明朝まで、らーが試験に出発するまでの間もしものことがないようにお祈りしながらあと12時間、あと10時間、あと8時間...・・と祈りながら時間との戦いでした。どうか明日の朝までらーに気付かれることなく、心配することなく試験に迎えますように...もしも朝までにもしもの事があったときには下に連れて行ってチョットの間おじいちゃんに隠していてもらい子供たちには病院に連れて行ったことにしようと、パパと相談してありました。夜中じゅう、ママと一緒に添い寝しました。初めてママのベッドで隣に寝たレーチン嬉しかったかな?頭をなでてないとクンクンなくのでずっと撫でていました。鼻と鼻を突き合わせて寝ているので、何度も私の鼻をペロペロ舐めていました。逆にママがレオに励まされているかの様で涙が溢れてきました。夜中じゅうずっと、小さな声で『明日の朝元気に、らーちゃんを試験に送り出してあげようね!』『明日らーちゃんの試験が終わったら、夕方大好きなクーちゃんに会いに行こうね』と、一晩中励まし続けました。レオは夜中中苦しそうに息を粗くしながらもよく頑張ってくれました...・ママはずっとレーチンの頭をなで続けました...。
May 3, 2012

水曜日 発症から5日目・・今までもパパと2人でそれぞれが犬の椎間板ヘルニアの専門医のHPを探し回っていましたが、私が見つけた練馬の病院と、パパの見つけた神奈川の厚木付近お病院の二つに絞り上げ神奈川の病院ならばMRIも独自で供えられている病院で院長先生も椎間板ヘルニアの名医らしいとのことで、朝一で電話連絡を取ってみることにしました。電話で今までの経緯をお話した後、院長のいる11日の土曜日に診察の為に伺うことを予約しました...しかし、遠方ではあるが、診察は早いに越したことはないと応対してくれた女医先生がおっしゃっていたことが頭に引っ掛かり...いてもたってもいられずパパに仕事の予定を無理やり空けて欲しい、今日の午後にでも行って診てもらいたいと我がままをいいました。そしてパパの仕事が2時で終われるように配慮してもらい今まで診てもらっていた掛かりつけの先生へ連絡して紹介状をFAXしておいてもらい、11日に予約をしていた東京のキャミックで行うMRIをキャンセルしてもらって急遽午後2時半へ厚木まで出発しました。考えてみるとコレがレオとお出かけする最後のドライブでした。途中水を飲みながら、おとなしく往復5時間近く頑張って耐えてくれました。東名の厚木インターから5分にある愛甲石田動物病院には5時に到着、受付を済ませる間待合室でずっとだっこしてました。毛布に包まれたレオは他のお客さん(飼い主さん)にキョロキョロしていると、その方はレオをみて、かわいいねって微笑んでくれました。レオはどこに行っても可愛いねって言われたよね...・。この病院にて、しばらくの間 検査→入院→手術→入院となるだろうと覚悟の上に訪れたのだったけど今日でしばらくレオとも離れ離れになるのかと考えただけでも涙が止まらずもし何かあってもすぐには駆けつけてあげられないし何故か置いていくのが忍びなく、離れたくないと抱いたままズット泣いていました。受付を済ませてすぐに朝電話で話した女医さんに説明を受けました。そして、まずCTを採る為に少し検査をするとの事でレオを預け3,40分待っていました。その後詳細な説明を受けました。CTを採るに当たって、事前に少し検査をしたとの話まず血液検査は、数日の強めのステロイド注射のため肝機能の値が多少高いけどは問題ありませんでした。次に麻痺感覚のテスト後ろ足2本はレベル0で感覚が全くなし、前足2本も通常でしたらレベル3,4の値のところレベル1しか感覚がありませんでした。続いてチックと呼ばれるようなヒクッヒクッという症状が稀に出ている事また、目の瞬膜という皮が1/3上がってきている事...レオの声がもうかすれて出なくなっている・事この様な症状、状態から院長先生と携帯で連絡を取り合い相談しながら出してくださった見解はもしかしたら椎間板ヘルニアになった時に同時に発症する 進行性脊髄軟化症の疑いも見込まれるとの判断でした。進行性脊髄軟化症とはヘルニア発症と同時に起きる病気で脊髄の神経が下半身からどんどん壊死してきてしまい、最後には呼吸する筋肉まで...壊死して呼吸が途絶えてしまうそうです。そんなはずはないと思ってた数%の病気であると...。そしてこの病気の場合には手術をする前にとるMRIやCTを採る為の全身麻酔を行う場合のリスクが非常に高いとの説明を受けました。ややもすると、全身麻酔した場合そのまま意識が戻ってこなくなる場合も考えうるとの判断でした。それでも手術を、検査をしてくれと申されれば行いますが、あとは飼い主様の判断ですと言われ椎間板ヘルニアについての話しやその他30分近く詳しい説明をしてくださりました。もちろんそのようなリスクを負ってまで手術をするはずもなくレオは又私たちと一緒に我が家に帰って来ました。ただ辛い話ですが、もし仮に軟化症であったとするならば、発症から最長2週間で命がなくなってしまう場合が殆どであるとのお話をされ。多分この時点でこの女医さんは軟化症であることをホボ確信されていたのでしょうが、もし2週間たつ途中で進行が止まる場合が稀にありますので、その時は又手術の為の検査をしましょう...・と最後まで私たちに望みを持たせてくれたような気がしました。掛かりつけの病院からもらった詳しい経緯のFAXの御礼と又レオのおしっこを毎日通って出してもらったほうが良いとアドバイスをもらいました。そして、最初の処置についてですが、ここの厚木の病院でも同じ処置をしたでしょうとの話もしてくださいました。ただ今日は水曜日...・発症から土曜日で丁度1週間になるなと、このままこの病院を訪れずにキャミックにてMRIを取る為に全身麻酔を行っていたならば、どうなっていたのだろうか?もしかしたら麻酔をした時点で・・と考えたら複雑でした。あともう一つ、らーの受験日が金曜日...あと数日に迫っています。どうしてもこの動揺を子供たちに与えてはならないと...何がなんでも隠し通してそしてレオが1日でも長生きするようひたすらパパと2人で神様にお祈りするしかありませんでした。ここへ来るまでは軟化症ではないと思っていただけに、この結果には呆然としてしまいました途中で寄ったSAでも歩いている足に力が入らず...・ただただボーーッとしていました。厚木の帰りレオをつれたまま、10時に子供たちを塾にお迎えに行きました。レオを見た子供たちは何の疑いもなく、手術は今は強い注射の副作用でリスクが高い為2週間たったら行うんだよと話して、その話しを疑うことなくレオにお帰り~と...話しかけていました...。
May 3, 2012
病院4日目(火曜日)強い注射3回目椎間板ヘルニアについて色々ネットで情報を得ました。手術したら良くなるらしい、リハビリをして歩いている子が多い...発症から48時間に手術をしなければ助からないという神話も崩れ最近では時間がたっても大丈夫だとの情報も調べたり、先生にも聞いて確認をとったりしましたが手術を考えると、とても怖いのと、東京へ検査に行かないといけないし、今週は娘の受験が控えているので、一体どうしたらいいのだとうと迷いに迷い、注射で良くなる子もいますよとの先生の言葉に、もしかしてと望みをもったりしていましたが様子を見ていても、毎日良くなるとどことか、悪化しているように思えて辛くて...・。今日が約束の3日目だし、手術するかの判断をしなければならない。ただ、手術するにもお世話になっている、この町医者よりヘルニアの手術の症例の多い、ヘルニアの名医に診せてあげたい出来る限りの事を...。それには東京か神奈川...県外へ行かないといけない。まずはMRIなのか、あっ らーの受験が終わるのを待っていては間に合わないのか。。。どうしたら~どうしたら~どうしたら~と迷う中夕方家に帰ってくると、レオは少し横になっているので安心していたら、おばあちゃんが昨日まではお尻で方向転換していたのに今日は一向に動かず、ズット寝ている、元気もない様子で...って慌てて、病院へ注射に連れ出すも、助手席でクターっとしている様子がまるで、前足に力が入らずに立てなくなって横になっているように思え運転中ずっと泣きながら前足を握っていました。もうすでに、後ろ足は全くもって、感覚が感じられないようでしが、まさか?前足まで????と無償に不安になりました。1%か2%にレオが入るわけない...と。そんな病気になるわけないと。今日は院長先生でした。ついた途端、前足が利かないみたいなんです!と訴えましたしかしまだ感覚があるから大丈夫と...、抱っこして前足だけをテーブルに載せると慌てて這い上がるような仕草をした、なので大丈夫という判断でした。脊髄の病気(進行性脊髄軟化症)はあってもわずか3,5%だから大丈夫でしょうと...発症4日目でもこの判断でした。私も手術は免れないが後遺症は残っても治るんだと信じました。そして強い3回目の注射を打ってもらい。先生に胸のうちを説明してきました。手術はしてあげたい...でも大変申し訳なく失礼で心苦しいが...、手術となるとやはり症例の多い病院でやってあげたい。紹介をしてもらえるだろうか...もし、よそで手術をしても今までどおり、リハビリやその他の事でもここで又お世話になれるだろうかなど話してみた・・。先生は『うちは所詮町医者だし、他がよければ紹介状も書くし、術後のリハビリも受け入れます』『もし、この病院の関連のある東京大学付属病院や日大病院であれば尚良いが、それには予約で2週間先になってしまう場合もある』との話しでしたのでまずは手術を前提で東京にある検査センターキャミックへMRIの予約を土曜日に行うように入れてもらい、その後考えることに決めて帰って来ました。そして明日血液検査とレントゲンを採りましょうと...明日で病院に行って5日目、そこで始めて注射以外の検査が行われる予定でした。
May 3, 2012
病院3日目(月曜)強い注射2回目...・月曜の朝は後ろ髪引かれながら仕事に行きました、おじいちゃんおばあちゃんに事情を話し様子を見てもらっていました。子供部屋の窓際にレーチンの大好きな場所へ暖かくして寝せて来ました。仕事中おじいちゃんから電話があり、お尻で方向転換をするけど窓の外を見ていると大丈夫だと連絡が入りました。出来る限りおじいちゃんも子供部屋に居てくれました。夕方、慌てて帰ると少し横になるような仕草を見せました。チョット元気になっているような感じもしましたが...でも今までのように、シッポもすることもなく、もちろん仰向けに喜ぶこともなく...お座りしたままの状態でした...・。ただ高くしたクッションにしな垂れかかるようにおとなしく体を預けていました。強い注射2回目を打ちました、昨日の晩にドッグフードを半分食べたこと、でも元気があまりなくお座りしたまま寝ていることおしっこウンチも全くでないこと...・先生に状態を説明しましたが、おしっこもウンチもそのままで、様子を見ましょうとのことでした。もし、手術するにもMRIを取る必要があり、そのMRIは県内には1ヶ所もなく、東京へ行かないとならないといわれていました。正直東京か、って思いました。そして金曜日に控えている娘の受験の事も心配で...・こちらも何せ始めての経験なので心配だらけでした。頭の中はぐるぐるでした。
May 3, 2012
病院2日目(日曜日)状態を話すと、酷くなっているので、これから3日間強めのお注射を打ちますと、このまま良くなる子も居ます、それであれば問題ないのですが。。。もしかして手術になる場合もあります。それは3日後に判断しましょう。そして、まれに、本当に1,2%の割合で同時に発症する脊髄がやられて壊死ししていく病気にかかる子が居ますが、それは本当に1.2%ですから!と励まされ私は泣きながら戻ってきました、この時は歩けなくなってしまったレオを見るのが辛くて泣いてばかりいて、まさか、先生も私もその数%掛かる病気などではないと思っていました。しかしその晩には...お座りをした状態のまま、横になろうとしません。何度横にして寝かそうとしてもダメで、お座りした状態で鼻先を上に上げて、苦しそうに上を向いて息をしている感じでした。夜中に目を覚ましても、ずーっとお座り状態のままでいます。寒いのになんでそんな格好を...と又悲しくて何で?何で横になった方が楽なのに何でなの? 何となく胸騒ぎがしました...でも家族は皆、この方がレオが楽だから取っている体制なんだよというのでその意見に従い私も黙って様子を伺っていました。日曜の晩、ワンチャン用のオムツを買って充てました。おしっこはそこに自然と流れ出ています。可哀相で、辛くて、何が起こっているのか、何故歩けないのか、何故こんなに痛いのかどんなにレオは辛いのかと思うと、涙が止まらず、でもどうしてあげたら良いのかわからずにアタフタ不安な夜でした。
May 3, 2012
2月3日節分の夜でしたあの晩までは、家中元気にはしゃいで走り回っていたのに...「さあ寝るよ」ってハウスに入れようとしているのに、はしゃいで駆けずり回りらーの部屋まで飛び出していっちゃって...何をそんなにはしゃいでいるの?もう夜中の1時だよ、寝なさいって笑っていたのに...レオが思い切り、嬉しそうに走り回れたのは、その時が最後でした...・・翌朝7時、とっくに起きてパパの朝ごはんをご相伴している時間なのにママのベッドの足元で悲しい泣き声がして...私は目が覚めました。慌てて起きたら、歩こうとしないレオがどうしたの?どうしたの?って尋ねても、つらそうに、前足ししか動きません慌てて『パパー!!パパー!!』と叫んでリヴィングに連れて行ったけど、ようやく後ろ足を引きずって歩くレオ朝一でおしっこもうんちもする良い子なのに、一向にしようとしません何だかとっても心配で10時に病院へ連れて行きました。「椎間板ヘルニア」 の疑いがあるとの診断軽めのお注射をして、良くなれば明日はお薬に変えて様子をみましょうもし同じだったら、又お注射しましょうと言われ帰宅その後も一向にオシッコもウンチもせず...心配していました。数時間後、らーが『ママおしっこでたよ!』っていう声で行ってみるとそうちゃんの机の下でしちゃった様子。ウンチもトイレシートに行くまでに出ちゃった様子...レーチン本人は頑張ってトイレシートには居たのはいたけど頑張っておトイレまで歩いたんだね...・偉いね...って声を掛けると大きく震えていて、よだれをイッパイ出していて・・。痛かったんでしょう、辛かったんでしょう、それがレオが歩いたそれも前足だけで最後だったのかな...・その晩は、お尻からゆっくりバッグしながらわずかな距離を異動しながらも殆ど動かなくなっていました。元気もなく、ご飯も食べずに、おしっこも我慢しているのかまったく出しません。きっと自分でも自分の体の変化に戸惑って辛かったのでしょう
May 3, 2012
レオ・・とお別れしました。レオが2月11日に天国へ逝ってしまいました。それはあまりにも突然のことで...・たった一週間の出来事で...・何が何だかわからない、夢だったら、夢じゃないか?って今でも思うときが。ただ、今言えることは、『レオごめんね』の言葉しか出てきません。家中、どこに居ても私の足元にはレオが居る様で何をしていても気配を感じてしまうけど、実際レオはどこにも居なくってもう一度、あの綺麗な毛並のカワイイ尻尾をフリフリする姿を見たくてもあの可愛い短な足で、窓から外を見ている後る姿を見たくても、もう二度と見る事が出来ません。帰ってくると階段のところで、いい顔(クシャクシャな顔)をしながら待っているレーチンリヴィングに入るとジュウタンでお腹をさらけ出し、早くいいこ、いい子擦れってキャベツを刻んでいると、どこからかすっ飛んできて、頂戴チョウダイおねだり刻んだキャベツを落としたときには、どちらが先に拾うか、競争だったね、今、何を落としても、急いで拾いにくるレオが居なくて...・今にも拾いにきそうな気配はあるのにPCするときは必ず隣に座らせろと私の隣を陣取ってスヤスヤ寝ていたね朝、ベッドを整えている時は窓からずっとお外を眺めていたね...寒いのに何が見えたの?パパのご飯中はオコボレ狙って一時も足元を離れず...お仕事へいくときは何故か物分り良く、階段までお見送りしてくれたね毎日毎日、四六時中レオとの生活があまりにも当たり前になっているママはレオの居ない生活が不自然でなりません。どうしようもなく辛くて、寂しくて、寂しくて、悲しくて、レオに会いたい。TVをみる時隣に寝ているレーチンをなでなですることが出来ず、辛くて寂しくて...・まだ、5年と10ヶ月...・しか一緒に居てないのに人間で言うと40歳になるかならないかぐらいの若さで...・まだまだ10年は一緒に居られるねって話していたばかりだったのに顔も全然若くて、毛並みも人一倍トゥヤトゥヤで...・綺麗だったのに。レオが居なくなっちゃいました...・どうして良いのか分かりません。...・レオに会いたい。レオは突然、本当にある朝突然...歩けなくなりました。そしてそれからたったの1週間で・・私たち家族の前から居なくなっちゃいました。恐ろしく辛いことで、考えると気分が悪く戻してしまいそうなぐらい辛いことで、でも現実の出来事で私はレオに何一つしてあげることが出来なかったと、悔やんでも悔やみきれませんでも今出来ることと言えば、この病気を1人でも多くの飼い主さんにしってもらって注意してもらって、いつまでも長生きしてもらうために...・レオの死をムダにさせないためにも、これはけっして他人事ではないんだということを知ってもらうことが私の出来ること...・・なのかなレオの病気は椎間板ヘルニア発症にともなう進行性脊髄軟化症でした。それは今の医学では何の治療も何の処置もありません、発症から最長でもわずか2週間で死に至る病気。だそうです。
May 3, 2012
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