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吉村先生のお話、さらに反芻。出産の話と並行しながら、吉村先生の根底にあるのはつねに、「死を覚悟して生きる」ということのようだった。毎日フル回転の先生は、話されているときは宇宙大に広がってとっても大きく見えるのだけれど、ひとりでぽつんとされてるときなどは、ほんとにそのまま逝ってしまわれても不思議ではないほど小さく見える。でも、一瞬一瞬を(愛する女たちのために?)命がけで生きる毎日は「ほんとに気持ちがいいですぞ」なのだそう。そうして、お産のたびに新たな涙を流される先生。過激な発言をしながらも、だれかからちょっとつつかれるとすぐに反省したりして、なんだかかわいくもあるのだった。「死を覚悟して生きる」メメント・モリ。かたちを変え、繰り返し、いつもつきつけられているテーマ。
2005.11.30
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このあいだの土・日、長野の別所温泉近くにある女神山ライフセンターというところに行き、吉村正先生という産婦人科医のお話を聞いてきました。久々のお泊まり。女神山ライフセンターはとっても素敵な、スピリチュアルなワークショップ専用の施設です。連れ合いの昔の知り合いである大森仁さんと経子さん夫妻が運営されています。にぶにぶの私にも、なんだか精霊の存在が感じられるような気に満たされた場所。建物も手作りで、とにかくくつろぎ、自分に向かえるようにとの配慮がいっぱい。吉森先生は自然出産を手がけて(?)こられた方で、愛知県の岡崎市に「お産の家」という出産をするための家をつくられてもいます。古い茅葺き家屋を移築して、内部はすべて日本の木を使って江戸時代風に作られた家。妊婦さんたちはそこで薪割りをし、雑巾掛けをし、散歩を1日3時間、スクワットを300回などなど、とにかくからだを使います。そしてみんなで、かまどで炊いたご飯と野菜中心のおかずを食べます。よけいなことは考えず、たくさん笑って……。早産する人はいないそうです。そうして、光を落とした畳の部屋で、その人その人のタイミングとかたちでゆったりと産まれてくる赤ちゃん。助産婦さんは手助けしますが、先生はよっぽどのことがないかぎり後ろから見守るだけ。スライドを見せていただきましたが、赤ちゃんがみな、産まれたてでもとにかくきれいなのにびっくりしました。それから赤ちゃんはすぐにおかあさんの胸の上に置かれてしばらく泣いたあと、目をしっかり開いてあたりを見回し、完全にくつろいで眠ってしまったり。4日もかかって産まれたという赤ちゃんもいましたが(!)、なんともゆったりと、幸せそうな顔をしていて、見ているこちらもうっとりでした。そしておかあさんとなった人や、それを見守る人たちの顔の、なんて美しく輝いていること!先生のお話はとっても濃くて刺激的で、そのうえ久々にたくさんの人の集まりに出たこともあって、なんだか頭がオーバーヒート気味。いま、少しずつ反芻しているところです。ここでの自分の在り方などを、あらためてとらえなおすきっかけにもなってよかったです。いまの病院のやり方に疑問を持っていらっしゃる助産師さんたちもたくさんいらしていて、心強く思えたりもしました。まことに残念ながら私にはもう無理みたいだけれど、これからがチャンスという女のひとたちには、ぜひぜひあの出産を経験してもらいたいなぁ! からだで動いて感じてみる。やはりここからなのだろうな、と。わかったふりはしないでね。とりあえず、夕方久々に散歩してみたら、私ってばもう、素敵な場所にいるではないですか(^^;(どうもしばらく前から、タイトル部分のサイズが変なのか、全体の表示がくずれてるような……なんででしょ?)
2005.11.29
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うれしい。あなたが、そこにいてくれて。
2005.11.24
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いま読んでる小説。主人公の名前が、とくにいまの時期にはあまり思い出したくない人の姓名と、カタカナではひと文字ちがい、漢字だと同じにも読めてしまう。。。よくある姓とかならわかるけど、そうじゃない。私がいままでその姓を持つ人と出会ったのは、その人だけ。そのうえ名前まで、音は同じ、漢字がひと文字ちがうだけなんて。う~ん。これってなんなの。いろいろ思うところ大だったり。お話自体はなかなかおもしろいのですけど。。。ちょっと複雑。
2005.11.22
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わんこの飲み水が凍る今日この頃。ただいま外はマイナス2度。冷気が刺さってきますです。星はとってもきれいですけど。書こうと思うことをぼんやり思いながら、毎日が過ぎていってしまっています。いろいろをまんべんなくというのは、なかなかむずかしいです。知り合いから借りっぱなしの『前世ソウルリーディング』、ジャン・スピラー著。占星術で、生まれたときの地球と月の軌道のふたつの接点のうち、上昇する点をドラゴンヘッドと呼び、前世のパターンや今生でのテーマを示してくれるらしいのですが(うろ覚えの知識なのでまるでちがっているかもしれませんが(^^;)。自分のドラゴンヘッドのところ、なかなか向き合いづらくて読めずにいたのを、ようやく読める気分になったので読んでみたら、なんだかひとつ、扉が開いたような感じです。どうやらやっぱり、人とかかわることが大事なようです。いまさらながらではありますが。ぼちぼち行きます。思いを重くしないようにして。 ☆唐突ですが、こないだの夢。目医者で順番待ちをしていて、ようやく自分の番になると思ったら、「先生は眼がかゆいそうなのでもう少しお待ちください」と看護師さん。えぇぇ~なんだかやだなー帰ろうかなーと思っていたら、名前を呼ばれてしまいました。仕方なく診察室に入ってみると、なんと先生というのは、ネットでのお知り合いのS倉さんではないですか(リアルなご本人にはお会いしたことないわけですが……(^^;)。なにやら雑談してるうちに目がさめました。えーと、ご無沙汰してますお元気でしょうか。。。無意味な私信みたいですみません。 ☆Qちゃんって、すごいですね。なんかちょっと、やられちゃいました。
2005.11.20
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世界のここかしこにいらっしゃるであろう今日お誕生日のだれかさん、おめでとうございます~。このブログ、もう完全にマイペースだわ(^^;西暦2005年11の月、パワフルな片づけ大王が我が家に降臨。よどんでいた部屋に清浄な気を流してくれたばかりか引っ越して以来ほとんど存在を隠されていた縁側(というか廊下)をみごとに表出させてくださいました。感謝。しかし、ものには気持ちが付随していることをしっかり実感。それはもう、心から喜んでしかるべきだというのに、私ときたら腰まであった髪を突然ばっさりショートカットにされたみたいに(したことないですが(^^;)知らず知らずのうちに抱えていた重荷を突然取り払われてたしかにうれしくはあるのだけどその一方では、ただただ茫然というありさまなのでありました。。。そして、ぶたさんのぬいぐるみ一個を死守(恥)。あとでもうひとつだけ~とクマさんを取り戻そうとしたのですがどうしても見つかりませんでした(不思議)。執着、捨てろってことですかね。でもそのうちどっかから出てくるかもー。。。なぜか代々のねこたちのなぐさみものにされてきたむかしUFOキャッチャーでとった、眉毛つきのねこのあみぐるみは大王のおめがねにもかなったらしく、棚に飾られていました。なにもかも捨てはしないところが、なかなかにくいですな。しかしこれで動きだせるなー。残されたところが、早くこっちも~と主張してますし。自分のなかがいろいろ見えもしてますですよ。いやいや、ありがとうごぜぇますだ。やってもらっておきながら、あんまり感激しなくてごめんね。今度こそ自分でもやろうっと。それにしても、私のおともだちには男前のおんなのひとが多いなー。素敵な人たちとつながる運にはほんとに恵まれているなー。……と、あらためて思ったしだいでありまする。さぁ、これで金運も上昇してくるかな~♪
2005.11.08
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昨日(というか今日)、夜中に外に出たら、てっきり曇ってると思ったのに晴れていて、星がたくさん、きんきんに光っていた。ひときわ明るい火星は、こないだはそんなでもないなと思ったのだけれどさすがに明るくて、釣り針を引っかけたら引っ張ってこれそうだった。引っ張ったらピーッと、夜空から手元まで光の線が引かれそう。小さい頃、家族みんなでのお出かけで電車に乗って、窓から外を見ているとき、あのたくさんの家のひとつひとつにみんなだれかが住んでいて、毎日を暮らしてるんだと思うと気が遠くなりそうだった。なんでか、私はそのみんなをちゃんと知ってなくちゃいけないような気がしてた。知らないところでアパートとか空き家とかを見ると、自分がそこに住んだらどんなだろう、といつも一瞬だけ考えたりする。毎日みんなが、それぞれの場所でそれぞれの暮らしを送っていることが、ときどきとても不思議で、置いてきぼりにされたような気がするのはなんでなのかな。昨日はバザーに行って、ホテルで使ってたテレビと山水のレコードプレーヤーとキッチンワゴンを買ってきました。全部で1,200円。テレビとプレーヤーはどっちも100円。テレビは、いままでうちにあったのは、前にも書いたような気がするけれど85年製の、昔人が拾って使ってたのをさらに譲り受けたチャンネルがちゃがちゃ式14型。うつりはとってもよかったのだけれど、こないだDVDデッキをいただいたら、うちのテレビには想定外の品物でつなぐところが合わなくて(^^;今度来たのは90年代のもっと大きいやつだけれど、DVDはまだつないで見てません。今度のテレビは違うけれど、ここのバザーの家電や家具のたいていは、老人ホームで亡くなられたお年寄りが使われていたものなんでした。素敵な桐の着物箪笥が3,000円で売られてました。朝テレビを見ていたら、昭和30年代の子供だった私があこがれていた未来の暮らしをしている人たちが、昔の私たちの暮らしをあこがれていた。光のあったかさがうれしい、いま。お仕事がいっぱい。ゆっくり写真を撮れたらなぁ。いっぺんにやりたがってひとつも進まないような。
2005.11.04
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