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祇園祭の本番前の祭りの行事が始まりました。
【山鉾巡行くじ取り式】で、長刀鉾は一番は、定着していますが、
その次の順番が「くじ取らず」を除いて24基がくじを引き
今年は【郭巨山】 (かっきょやま)が【山一番】をひきあてました。
中国の二十四孝の【郭巨の得釜】(かっきょのとくふ)
母と妻と三人貧しい暮らしの上に子供一人加わり、3歳に成長したとき、
それまで、母は自分の食べ物を減らし孫にあたえていました。
あまりの貧しい暮らしに、郭巨は母を大切にするため、妻に子供と、共に地中に
埋まって欲しいと涙ながらに了承、穴を深く掘っていると「光るもの」金の釜が
現れました。天の救いで親孝行のまごころが通じたという故事です。
【詩仙堂】(しせんどう) 曹洞宗大本山【永平寺】の末寺
開基 石川丈山 山号 六六山
松ヶ崎より白川通りを南下、東に坂を登りますと、「宮本武蔵」
と「吉岡門下」との「一乗寺下がり松決闘地跡」を眺めつつ、
更に登りますと、「詩仙堂」の小さい門に辿り着きます
。過っては、皇太子殿下浩宮様が推奨されて、英国の
故・元英国皇太子妃ダイアナ妃が訪れられた写真が悲しくも
飾られています。
古びた歴史を感じる「山荘」も落ち着きますが、自然で構成
された庭も趣が深いです。四季折々に咲く花を愛でて心が
和みます。



庭園
額縁に【酔花醒月】(すいかせいげつ)と丈山の隷書で書かれ
ています。花の美しさに酔っている内に、何時しか月が出て
目が醒めました。

獅子脅し
有名な 【僧都】(添水)(そうず)一般に「ししおどし」の元祖
が此処に有ります。水の流れに従って竹筒に水が溜まると
重さで、傾き、水を吐き出します。反動で置かれた石を叩く音で
、野性のししを脅して退散させたという事ですが、近代では、
静寂を強調するように、テレビの対話するシーンで部屋の
前の庭にセットされるように成りました。
「蓮華寺」の庭園も造園された【石川丈山】が寓居された山荘
でもあり、仏間も有ります。
59歳の時造営、90歳で亡くなられました。三河の国の出身で、
三河武士として25歳のとき駿府城火災の際に、徳川家康の
第11子「頼房(のちの水戸藩主)」当時5歳と乳母を救出した
功労も有りましたが、大阪夏の陣で家康より「一番乗り」を禁じ
られていたにも拘わらす、決行してしまい。33歳で蟄居(ちっきょ)
を命じられてしまいました。そして髪を切って「妙心寺」に出家、
禅僧の修行をしました。
幼い頃より、自然の美しさ特に「富士山」の霊姿が心に焼き
つき漢詩を残しました。そして此処一乗寺村に小さな庵を建て、
好きな詩と自然の風景、 観月
も含め一生を過ごしました。
「詩仙堂」の名の由来は、中国の三十六歌仙を一室に、
肖像画は、「狩野探幽」が画き、「詩仙の間」を中心に呼ばれる事
に成りました。
入り口の額には、 【蜂腰】(ほうよう)
蜂の腰は曲げて居ます
。
謙虚を表わすようです。
仏間は、比叡山根本中堂の様に、僧の礼拝される場所を低く
して、仏と私たちは同じ高さから拝めるようになっています。
仏間の前に、台所で働く人への注意書 ,【六勿銘】(ろっこつめい)
の掲示板が懸けられていました。その裏には、
【既飽】(きほう) の字が書かれ、既に満腹、腹八分目の大切さを
説いて居られる様です。
【六勿銘】 【火の用心】【戸締り用心】【早起き】【粗食】
【倹約・勤勉】【清潔・掃除】
一例を記しますと、
「勿妄丙王」(丙王を妄(みだ)りにする勿(なか)れ)
「火を粗末に取り扱うな」の意です。
【嘯月楼】(しょうげつろう)
一説には幕府に敵対する怪しい者の見張りが、何時しか
観月詩歌を詠まれ自然を謳歌されるように成ったと言われています。