まんがよみ日記

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カテゴリ: 批評
 女優EにDMをもらって芝居に行く。

 最初にパンフレットを読み開演を待つ。

 挨拶からただようイイヒト感←幸先良くない。イイヒトは、クリエーターに向かない。他のスタッフをなだめすかしだますセンス。文章から滲む悪意こそ客への責任感のあらわれである。

 スタッフたちがやりたいことと錯覚させて演出家のやりたいことへと向けさせる悪意。はったりでもいいから書いてほしいのだが。

 さて内容。

 水上勉「越前竹人形」をベースにしたストーリー。

 ざらついたさまざまな生成りの布素材。空間をきりとるように配置されたアジアンテイストな舞台装置。

 鳴り響くテクノとそれにあわせたライティング。

 狂言回しとしての白●(←すみません言い換えるとヘンですこの場合)の女。



 とんがったビジュアルは挑戦的。野心を感じる。

 個々の仕事はみえる。

 ・・・ただし、セリフが京ことばでなければ。

 ことばが京都である以上、否定しようがやはりルール(束縛)はある。

 原文がそうであれ、京のことばがうまくいかされていたかといえば疑問。イントネーションよりもセリフのぶつかりあいに難がみえた。はずまない会話←居心地が悪い。

 劇場の広さを考慮しないセリフだし。白●の女がときどきだす意味不明な唸り。ノイズまみれの空間←悪い意味で。

 「はずした」つもりが「はずれている」のである。ミスマッチの失敗。

 目の悪い私は耳で芝居を観る。力量をさしひいても言語世界の広がらない芝居は受け付けない。

 タランティーノは「キルビル」について、

 これは日本ではない。ボクの世界なんだ。

 と言い切っていた。



 言うなら言うで、扱う材料への距離をみせなければいけない。距離、それは批評精神である。素材を確信犯で調理するセンスである。

 たとえば演技であればある役者は暑苦しくなりきり、ある役者は冷めて演じていた。

 結局、

 点はあっても線がない

 多くの実験的作品が陥る罠にはまりこんでいた。



 どこかで、

 「これは演劇的実験、冒険だからいいんだ」という傲慢さがあるなら、それは実験ではない。古典とは違った動脈硬化である。

 表現への誠意はみえるだけに惜しい。 女優E前回の活動 (♂)





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最終更新日  2004年08月10日 08時27分24秒


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