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2004年04月24日
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カテゴリ: 行事
 本日母の筝の演奏会の手伝い。

 といっても仕事は1曲目の筝をとっぱらうのとビデオ撮影だけである。あとはうちあげ要員。スタッフの顔をしながら客になって過ごした数時間であった。小さい会場なのに客も入ってそれなりにあったかな雰囲気に包まれる。客が場をつくっている不思議な時間であった。

 古典は面白い。しっかり演奏すると神が降りてくる。なぜ古典が古典たりえるか?というのがよくわかる。古典になれない駄目曲は滅びて今日にいたるのだろう。

 このへんシェイクスピアなどにも通じる部分である。余計なネタに走らず、忠実に。テンポだけを気にしつつ、セリフに変な解釈&思い入れをいれずふつうに喋ることで役者、そして客は神に出会う。台詞という情報を正しく伝えることで想像力はかぎりなく刺激される。

 筝もまたしかり。ふつうにやることがいちばんいいのだ。そしてそれはいちばん難しい。大切なのは聞かせてやるというより聞いていただくという謙虚さ←なんでもそうなのかもしれないが。そういえば以前東儀秀樹が「いろいろ音譜を無視して宮廷音楽を演奏しようとしても、結局シンプルな形が一番いいんだという結論になるんです」といっていた。おそるべし古典。時間の重さよ。

 うちあげで出演していただいた尺八の先生に「昔筝が嫌いだったでしょ?母が筝をやっていた私はそうだったよ。なんか友達に言うのは恥ずかしくて」と言われて笑う。
「嫌いではなかったけど真面目に聴くのをあえて封印して過ごしてました」と答える。勉強や睡眠の邪魔だったからである。家で音楽が流れる家は子供はどっちかになる(断言)。
「結局尺八という筝に近い世界でやっているというのは面白いですね」といったら
「親の演奏ではしびれなかったけど、ある人の演奏をきいてやろうとおもいました」との答え。なんでも出会いなのね。すきか嫌いかになるのは。






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最終更新日  2004年04月25日 00時48分03秒
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