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2004年11月13日
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カテゴリ: 批評
 先日12日録画しておいたものを鑑賞。

 ファンとして、現場の製作者として、プロデューサーとして、ハリウッドの監督として、それぞれのゴジラを語るという充実の内容。

 私個人としては小さいころテレビでやっているのをよく観ていたぐらいでそれほどの思い入れはないのだが、だれもが知っている日本が生んだキャラクターというのは語るだけで現代史になるというのは面白かった。

 あるファンは日本の政治の季節のころに観たため擬似戦争体験としてのゴジラ映画と解釈する。やがて政治運動へとのめりこみながらいつかみたゴジラの風景と重ねあわせる。

 ある製作者は自らの満州引き上げ体験からとらえた風景への想いを画面に乗せる。初代スーツアクターはキングコングとの戦いの曖昧なラストをアメリカとの戦いとその勝利ととらえる。

 すべては高度成長期のなにかととらえるのは安易といえなくもないが、時代がもっていた成長への熱の反動として破壊衝動が映画を動かしていったのは間違いない。

 技術的な話もとりあげていて、感動。目はリモコン、尻尾はピアノ線で、本体は人間。それを息をあわせてやるというローテクかつ日本人らしいこまやかなしかけに驚く。特撮監督の動きにあわせて撮影がすすむにつれて生き物になっていく様子は直接の連動性はないものの文楽と同じ。ガイジンにはできまい。

 現在のスーツアクターは撮影にはいるまで仕込みを見ないという。破壊するまでにたくさんのヒトが精魂こめてセットをつくっているのを1度みてしまうと動けなくなってしまうからだとか。

 ハリウッド版の監督はあくまで日本のものはマニアのものであると日本人の批判を承知でいう。だからこそ巨大なイグアナとして描いたと。これもまた愛のかたちか。いやだけど。



 プロデューサーは「ゴジラはすべてを超越した神である」とまで言い切っていた。それくらいで考えないとこの作品はつくれないと。伝統の重みというか、キャラクターへの愛情がいい。

 いろいろな立場の思い入れが築いてきたものは尊い。たとえマンネリとかコドモ向けとか言われたとしても。

 ゴジラの身長が現代の日本においては脅威でなくなっているという発見が製作者を悩ませるくだりも時代を感じさせた。たしかにゴジラより高いビルはいくらでもある。破壊そのものが説得力がないというのは時代の流れだ。ましてや911のような出来事があれば、なおさら映像での「脅威」はつくりづらくなっているだろう。

 番組はゴジラ登退場シーンでつかわれた撮影所のプールが解体されるところで終わる。CGでなんとかなるということでの決断らしい。

 映画シリーズそのものもまた今回で封印だとか。全盛期の半分の動員数。家族で観にいくものがかわいいものへとシフトしているという。

 なにかこの国がエネルギーというか「おおいなるもの」を失っているような気がするのは私だけだろうか。(♂)





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最終更新日  2004年11月13日 23時48分24秒


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