まんがよみ日記

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2006年04月24日
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カテゴリ: 家庭
 シェイクスピア「リチャード3世」再読中。ただし日本語訳。

 自分が1●年前にはじめて出た芝居の戯曲を読むのはいまだになんだか気恥ずかしくなる。というわけで、そのとき使用した翻訳とは違うモノを読む。それでも恥ずかしい。へたくそで自意識過剰だったあのころがフラッシュバック←じゃあ読むなよ。

 もう亡くなったが自分の実家の選挙区から出た政治家が「シェイクスピアを読めば政治の糧になる」と言っていた。どういう意味だか聞いてみたかったところだ。人間の性について言ったのか、それとも論法を言ったのか。「聖書をよめばなにかがわかる」という言い方よりは信用できる気がする。シモネタも多いし、えぐい表現もあるし。文学であってもエンターテイメントたりうるところがいい。

 読み直して思うのが、原文だと韻を踏んでいるのだろうが、切り返しの鋭さである。かっちょいい警句(これが魅力的なのはもちろん)に対してさらにかっちょいい警句で返すやり取りが気持ちいい。

 大学を通じて屁理屈のトレーニングをうけていたようなものだ。日常で軽い悪意をうけるとついその言葉をつかって切り返せないかなあと思ってしまう。いい性格だ。と大学生活のせいにしてみる。

 この話についていえば、「呪い」がその後を縛るのが面白い。呪いをうける→呪いをうけた者が自分だけは安全だと錯覚してせせら笑う→呪いにあう、という登場人物が次から次に出てくる。

 ガクセイには呪いの台詞を吐くのは重すぎる。つい悪意だけでpowerに頼って叫んでしまう。もっと人生の澱にまみれ立場や、人間関係に対して執着心が芽生え、育ち、まつわりつくようになってこそ説得力のある台詞になるのだ、といまならいえる。悪意だけでない、涙や怒りや嘆きが「呪い」になるのだ。



 構成という点で謎なのはあらゆる手段を講じて王に主人公がのぼりつめた瞬間にたくさん独白しないのはなぜだろう。王になる瞬間、市民の前で演技で「信仰心が篤い人」を演じる場面がある。みんなが去ったあと、それまでの場面ほどにはペラペラ喋らない。キリスト教文化によるものだろうか?



 リチャード3世は善王だった、というネタの「時の娘」(ジョセフィン・ティー著・ハヤカワミステリ文庫)という小説があるらしい。ちょっと読んでみたいと思っている今日この頃。(♂)





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最終更新日  2006年04月26日 08時03分49秒


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