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これまで、自分のことをやるときは夜にやってましたが、朝方に変えてみようかなと思ってます。いつもより1時間早く起きて。仕事に行く時間があるので、結構集中できる気がします。
2017.02.24
明日は中小企業診断士2次試験の結果発表があります。受けるまではそこそこいけるかなと思ってましたが、事例3、事例4で失敗し、意気消沈してから約1月半。12時間後には結果が判明しているわけで、受かってるといいのですが…。
2009.12.10
月次ではなく日次で、バッチではなくタイムリーに実績を把握することは大切なことだ。それは最適な判断を行ううえでは欠かすことができない。「タイムリーに実績を把握し判断を下す」ということの前提には、予定もしくは計画というものの存在が不可欠になる。そうすると、それは予定→実行→確認→修正→予定…というサイクル、PDCAサイクルになる。PDCAを回す時に陥りやすいのは、Dまでで終わってしまうこと。CとAを如何に行うかということを考えていかなければならない(特に自分は)。よし、明日の輪読はこれでいこう。
2009.03.15
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転職&引越しをするときに、友人からもらった本。一旦決めたものの本当にこれでよかったのだろうか、とか新環境でやっていけるのかなぁと悩んでいた時に、帰りの電車の中で読んで、力をもらった本。今でも折にふれて、本棚から引き出してページをめくる。その時の気分によってヒットする言葉が変わる(まあ、あたりまえのことだけど)。何かしら気に入る言葉と出会える本だと思う。(以下、自分の気に入ったフレーズを…)「大事なことは、なにを選ぶか、ではなく、選んだ後どう生きるか」
2008.12.09
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引越しして早1月。大分京都にも慣れてきた。仕事場も前よりも近くなり、通勤時間は30分ほど(しかもそのうち歩きが20分)。唯一困るのは、通勤中に本を読めなくなったことかな。そんな中、昨日読んだ本に面白いものがあった。街角相談みたいな感じで、よくある質問(転職するべきなん?とか、結婚・離婚って実際どうなの?みたいなもの)に社会学(かな?)で回答してるもの。結論は当たり前だけど、途中の説明がなかなか面白いので、以下、少々メモを。我々は困難な状況において決断を迫られた時に、正しい決断ができるかどうかに注力しがちだが、そうではなく(というかそんな状況で常に正しい判断をすることは誰にもできないらしい…)、困難な決断を迫られるような状況に追い込まれる可能性を検討して、リスクを事前に回避していくということが大切だよ、というもの。うーん、色々と省みてみると、確かに困難な状況に追い込まれた時はその前にいくつもの小さな決断をしていることが多いと思う。小さな決断は何でもなくても、少しずつまずい決断をしてしまっていた気もする。何事も後払いのようです(笑)。
2008.11.12
本日は霞ヶ浦マラソンに参加した。先月の佐倉マラソンに続き、今シーズン2度目のレース。佐倉マラソンはハーフを超えたあたりで、あれよあれよと言う間に失速し、反省の残る内容だっただけに、今回は入念に準備をした(つもり…)。で、迎えた今日の天候はちょっと肌寒いが日差しが強くなく絶好のコンディション。ただ風が強い。最近読んでる本を引用するならば、「天気晴朗にして風強し」てな感じだなぁとか思う。そんなこんなでスタート。前半は前回以上にいいペースで進み、ハーフ過ぎまでは疲労も全く感じず、このままいったら念願の長谷川理恵越えができるんじゃなかろうかと本気で思うくらいいいペースでした。しかし25キロ過ぎから、徐々に蓄積されていた疲労が一気に頭をもたげ出し、またまた無念の失速。ラスト5キロで持ち直して、佐倉に続き3時間半を切れたが、きつい走りになってしまった。とはいえ、一応自己ベストも更新できたので、よかった。今シーズンとしても目標を達成でき満足でした。また来シーズン頑張ろう。マラソンを4回走ってやっと実感してきたことは、マラソンはメンタルの部分が非常に大きいスポーツだなということ。「あー、もうアカン!」と思うと本当に足が動かなくなるが、逆も然り。“Pain is inevitable. Suffering is optional.”ということを実感。そういう要素は球技にも多聞にあるけども、走ることは相手が自分だけにダイレクトに結果に反映されるみたいだと思う。とりあえずゆっくり休んで、次は駅伝カーニバルだな。
2008.04.20
最近、「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」という本を読んでいる。 エッセイ本なのだけど、すごく面白い。 色々なテーマがユーモアに溢れた表現で書かれていて、ついついさくさくと 読み進めてしまう。 著者の考えや物事に対するスタンスも、「なるほどな、たしかにもっともだ」と 僕には思えることが多く、こんなことをいうと大変おこがましいのだけど、 著者は実に面白くてバランスのいい人なんだろうなとつくづく感じる。 まあ、こんな意見じゃよくわからないや、という場合はぜひ本を手にとって 見てください!宣伝するわけじゃないけど、いや、ほんとに面白いんだから! 最近ヒットしたのは、オリンピックを目指してたけど不幸の事故で 亡くなってしまったアスリートについてのエッセイです。 ちょっと長くなるし、主題としていた内容とはちょっと異なるのだけど引用。 『でもメダルがどうこうというのは、正直に言って僕にはそれほど興味がない。 結果としてのかたちはもちろんとても大事なものだけど、我々が生きていくことを ほんとうに助けてくれるのは、何かもっとべつのものだ。そう思う。だって永遠に 勝ち続けることのできる人間なんて、この世界に一人もいないのだから』 (以下、ちょっとまじめな話) 今日は仕事納めの日で、定時後に帰社して納会に参加した。 納会ってなかなかいいものですよねー。 自分の一年を振り返ることができるし、他の人の一年を聞くこともできる。 で、今年一年を振り返ってみると、仕事も私用も自信をもってよかったといえる ほどよい年ではなかったのかもなあと思う。 納会で、仕事を頑張って楽しそうにしている人や幸せそうにしている人を みていると、自分はいささか不完全燃焼な・・・と思う。とはいえ、断じて 悪い年ではなかったけどもね。 まあ、そんなこんなでいささかへこみながら帰りの千代田線に乗っていたの だけども、ふとさっきの引用を思い出した。 かの古代の名将ハンニバルも、昭和の大横綱・柏戸もずっと勝ち続けることは できなかったわけで(余談ながらどんな天才の力をもってしても、 どうしようもない時流なり運命なるものは確かに存在するのだなと最近思う)、 時には”負ける”こともある中で、そんな時にどう思うか、どうあるか、 どう気持ちをもっているかといったようなことはやっぱり大事なこと なんだろうなと思う。納会に参加して、つくづくそう思う。 うん、納会ってやっぱりなかなかいいものですよね(笑)。
2007.12.28
今日は最近、結婚した先輩の家に遊びに行かせてもらいました。 相手は自分の同期で、職場では仲が良いようには見えなかったので (むしろわるいくらいだと思っていた)ほんと青天の霹靂という感じで。 昼にはみんなで集まって昼ごはんを食べるのが習慣になっていて、 他のみんなが集まれずたまに2人きりで食べてるのをみて、 「こりゃ入った方がいいかな」とおもって弁当もって入って いったりしてたけども、うーむ、今から思えば大分野暮だった なぁと思う。いや、この場を借りて誤りますね! ほんとすいませんでしたm(--)m その後はマラソン塾の忘年会&卒業式に参加。 卒業証書&東京マラソンのフォトをもらえました。 卒業証書をもらえたことは勿論うれしかったけれども、 気の置けない人たちと飲むのはやっぱり楽しい。 それにしても飲みすぎました。。。(笑) --- 今日は愛犬の命日。 人懐っこくて優しい子で、1年たった今でも、やっぱり 無性に会いたくなることがある。死後の世界を信じるほど 信心深いわけでもないのだけども、今日も元気にやってるだろうか。
2007.12.16
1月の本番開始に向けて12月は大分忙しくなるだろうなと思っていたのだけれど、12月になってなぜかやることがなくてほぼ定時帰りをしてます。とはいえ、準備が万全というわけではなくて、寧ろやらないといけないことは山ほどあるのだけど、今はお客さん待ちの状態となっていて。この感じだと、きっと1月は色々起こって(PMも公言しているくらいだし)、緊急の対応したり、きっとピリピリした空気の中で仕事することになって、正直いささか億劫だなあと思う(まあそういう状況が好きな人もそうそういないとは思うけど)。結局、最後はあるべき姿にしないといけないのなら早くやった方が、こちらもお客さんも楽で、ちょっとしたwin-winだと常々思うのだけど、まあなかなかうまくいかないものですね。実現できていない自分が言うのも何なんですが。那覇マラソンを走れなかったことだし、余裕もでてきたのでそろそろ走り始めようかなーと思う。とりあえずは3月の湘南国際を走って、そのあと4月にフルを走ろうかな。うーん、そのためにはとりあえず1月を無事に乗り切らないとね。
2007.12.11
連休に京都に行ってきた。というか、実家に帰る前日に、 「そうだ、京都に行こう」と思いついていってきました。 飛行機で伊丹に行ってそこから電車で京都へ、なんてことを したから、関西を知ってる人から見たら、まあ絵に描いたような 無計画さですね。 これまで帰ったときにも、金閣や清水寺などに行っていたから、 今回は銀閣寺エリアへ行った。 永観堂近くでバスを降りて銀閣寺へ。銀閣寺の建物自体も よかったけど、周辺がよかった。えっと、記憶ベースなので ちょっとちがっているかもしれませんが、白砂の庭や池、 ちょっとした山道(?)みたいなのもある。生茂るというほどでは ないけれど紅葉やそのほかの木々が適度に生えてて、地面には 慎ましやかに苔が生えていたりして。ワビサビとかそういうのに 疎いのだけど、あぁ、いいなーと思う。「マムシがでます」の 看板を見たときはびっくりしたけど。 帰りは哲学の道を歩いて駅まで。なかなか紅葉がきれいでした。 行楽日和で人がすごく多かったけど、すーっと周りにとけこんで いく感覚があって、金閣や清水寺といったメジャースポットとは ちがったよさがあるなぁと思った。京都は奥が深いとつくづく思う。 また帰ったときに行こう。でも関西にいるうちにもっと行って おけばよかったなぁ。ホントそう思う(笑)
2007.11.24
今日はマラソン塾の日。初めて駒沢公園を走った。まだ紅葉には少し早かったけど、久々に走ると清々しい。近くの銭湯に行ってから打上げへ。お酒も入って色々話した。思っていることをそのまま出すことができる場っていいですね。酔っててあまり覚えていないこともあるけど、ヒットした話ももちろんあって。。。ありがとうー。前は走ることに主眼を置いていたような気がするけど、最近はそうでもなくて。やっぱりおもしろい。--最近、守ろうとする意識が強くなってて、自分を束縛してたなぁと思う。人を楽しませるためには、まずは自分が楽しむことが大切で、守りに入ると失敗するなということに改めて気付かされた。やれやれ、またやっちゃったかと、ちょっとへこんだけど結果的に見て今気付けてよかったなと思う。最近読んだ本にあった言葉だけど、周りや世界を変えることはできなくても、まずは自分が変わる事、捉え方を変えることが大切なんだろうと思う。今は自分をちょっと変えてみないとなーと素直に思える。気付かせてくれてありがとね。同じ失敗はこれまでにもたくさんあって、そのたびに反省して、でもまた同じことを繰り返してる。同じところをくるくる回っているだけなのかもしれないけど、でもきっとそれは「無駄」なことではないのだろうと思う。人と話をしたり、本を読んだり、ぷわぁーっと遊びに行ったり、走ったり、そういうことを通して何かを感じ蓄積されていく。今回の経験で劇的に何かが変わるのかというときっとそうではなく、多分また同じことを繰り返すのだろうなとも思う(きっと、間違いないね)。(最近読んだ本の受け売りだけど)でもこうした体験は半紙ににじむ墨汁のように、自分の細胞の奥深くにしっかりと記憶されているのだと思う。いつか何かのはずみにこうした体験がいきてきて変わることがあるだろう。どこかで必ずつながっていると思うから。期待はしてない、けれど確信している。今朝起きたらゴミ箱がひっくり返ってて買ったばかりの座布団にはコーヒー豆の残りかすが散乱してた。やれやれ、きっとごみを入れすぎたんだね。きっとこの経験もどこかでいきてくるかなー。
2007.11.11
今日はティンホイッスルを教えてもらう日。 公園で練習することになっていたけど、あいにくの雨のためカラオケハウスで 練習会をすることになりました。 アイリッシュパブで仕事帰りの人や学生が各々の楽器を持ち寄って、 自由にセッションしているのを聞いて、ほろ酔い気分で面白そうと 思ったのがきっかけだったけど、遂に手にとって見ることにしました。 講師はアイリッシュパブにも連れて行ってくれた会社の元先輩。 少し前に会社を辞めてしまった人だけど、仕事はもちろんのこと、 飲みにもよく連れて行ってくれて色々と教えてもらってました。 今後も接点を持っていたいというのもティンホイッスルをやってみる ことにした理由の一つということで。。。 カラオケハウスについて早速、練習開始。音の出し方から教えてもらって、 終わる頃にはなんとか簡単な曲(といってもビギナー向けの30秒くらいのもの)を ふけるようになりました。 楽譜を読めないほど音楽が苦手で、正直できるものなのかなぁと及び腰だったけど、 吹いてると気持ちいいし、新しい発見をするようで面白い。 何かができるようになるっていいことだなぁと思う。 楽譜の本ももらったので、次の練習会までにはもう少し吹けるように なっていたいな! 夕方からは会社の同僚も交えて送別会。 韓国料理屋でチジミやチゲ鍋を囲みながら色々話す。 久しぶりに会う人もいて心地よかった。 --- 帰りの電車の中で、送別会で話したこともあってか、最近読んだ 内田樹の本のことをふと思い出す。 オルテガは、弱い敵とも共存できることを「市民」の条件とした。 強い敵とは否が上でも共存せざるをえないが、弱い敵とは必ずしも 共存する必要がないというわけで・・・。 特に敵がいるわけでもないけど、村社会でもない今の世の中、合わないと 思うことを避けていくことは十分可能なわけで、でも本当にそれで いいんだろうかと思う。とはいえそれが必ずしもわるいとも断言できないけど。 果たして最近の自分は「市民」たりているだろうか。
2007.10.27
10月になりました。今年4月に誕生日を迎え、今年の目標を立ててから早半年。企業で言えばちょうど上半期が過ぎたわけで、(3月決算の会社はまさに今が半期決算)数字で計れるようなものでもないけど、ちょっと振り返って見ようと思います。仕事、プライベート(趣味)、新しいコミュニティについてなど幾つか目標を立てたけど、今のところ半分くらい。概ね達成しつつある(と思う)ものもあるけども、半分くらいのもの、全くのものもあって。何も無理に頑張る必要はないけれど、それでも一歩ずつ進んでいければいければ、と思います。28歳が半分終わった今思うことは、仕事、友人などのコミュニティにコミットすることはとても大事なことだし、そういう機会をもてることや巡り合せには心から感謝しているけれど、畢竟するに、最後に戻ってくるのはやっぱり自分や自分の軸なのだろうなぁとも思う(当然と言えば当然だけど)。とりあえず、次はティンホイッスルやります!
2007.10.10
昨日、ふらっと立ち寄った近所の本屋で数冊の本を購入。衝動買いの感もあったけど、「本との出会いは一期一会」と自分に言い聞かせて購入しました。で、今日は一日、読書の日にしようと朝から読書開始。午前中は快適に読んでいたけど、昼過ぎから日差しの暑さに耐えられなくなり、カフェへ。結局、下北沢のカフェ(初下北沢でした)にいった帰りにふらふら店をみたりもしたので読書三昧にはならなかったけど、連休最後の一日はなかなか有意義な一日になりました。以下読んだ本から。三木 清(人生論ノート) 哲学的な内容で、6割くらいしか理解できないと思うけど、 所々いい言葉があった。「いつでも気楽にほかの幸福を脱ぎ捨てることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない」(幸福について)「懐疑が知性の徳であるためには節度がなければならぬ(中略)知性に固有な快活さを有しない懐疑は真の懐疑はないであろう」(懐疑について)チャーリー・チャップリン(チャップリン自伝) 決して幼少期から恵まれていたわけではなかったけど、 ヒューマニズムに溢れた笑いと涙の作品を作り出していく 過程には(月並みだけど)非凡さを感じた。---チャップリンを観よう。
2007.09.17
大学の友達と飲むため池袋へ。あまり行ったことがなかったので少し早めについて散策した。思っていたよりも商店街が多い。待ち合わせの時間に、西口はずれの店に集合。元々は大学の同級生の結婚式で、東京に出てきてる人たちで飲むことになったのがきっかけだったが、回を重ねるごとに、それぞれが友達を連れてくるようになって顔ぶれも増えてきたなと思う。初対面同士の人もいたけど、ぶっちゃけトークも含め、色々話ができて楽しかった。自覚はなくても、久しぶりに会う人には違いがわかるみたいで、どうも最近疲れてるのかもしれないなと思った。心が重いと動きも重くなる、当たり前のことだけどそんなことも思いました。ささやかなことだけど、こうして集まって人の輪が広がっていくのもいいなぁと思う。折に触れて、また飲みましょう。とりあえず次は秋刀魚かな。
2007.09.15
日曜日、実家から送ってもらった荷物を届けに親戚のおばあちゃんの家に行ってきた。数年前の法事で一度会っただけだったけど快く迎えいれてくれて、お昼までご馳走になった。毎年、海外旅行に行っているとのことで、アルバムに一杯の写真を見せてもらった。今年は8月に行ったばかりなのに、早くも来年の旅行を楽しみにしていて、アクティブだなぁと感心した。感心して「お元気ですね」と言ったら、「来年も息子が旅行に連れて行ってくれるから、体調が悪くなってなんかいられないわよ」と笑いとばしていたのが印象的だった。次の予定があったため、ちょっとしかいられなかったけど色々話ができて楽しかった。まだ日差しが厳しい駅への道を歩きながら、ぼんやりと考える。 宙ぶらりんのままにせずに、物事にきちんとコミットすること。 そして一つ一つのことをクローズさせていくこと。次に進むためにも、やっぱり大事なことなんだなぁなんて思う。
2007.09.09
登るのはやはり大変だったし、今は 日焼けがひりひりしたりもしてますが、 一言でまとめると、楽しかったなぁと思います。 今回は前回よりも色々なことを経験させてもらえたし、 山頂で見たご来光も格別のものがありました。 どうか、見たいと欲しない現実や見えにくい現実もきちんとみることが できるようになりますように・・・。 あと今回改めて思ったことは、30人という多くの人たちと 一緒に登らせてもらったけど、こういう機会はやっぱり貴重だなということ。 登ろうとおもった目的はそれぞれあって、(あえて乱暴な言い方をするならば) そういう人が偶然集まって一緒に登ったということなのかもしれません。 でも大変そうだけど登ろうという想いや登山中の行動には、みんなどこか 通じるものがありそうで、そういう人たちだからこそ一緒に集まって 登っているのかもしれないなぁと感じました。 登るまでごたごたと悩んでいたこともあったけど、 元気で素敵な仲間たちと一緒に登っているうちに、 まあそんなことどうでもいいかと思えてきました。 一緒に登ったみんなと富士山に感謝です。ありがとう。 さあ明日からも頑張ろう。
2007.08.13
カットオーバー真近で、今は面子も見得もなくて、とにかく本番化できるように注力するしかない(と思っている)のに、なかなかうまくいかない。責任を取りたがらないくせに自己の面子や保身のために、文句だけ言ってチームをかき乱すのは、大概にしてほしい。今日ほど腸が煮えくり返ったのは久しぶりでした。でも世の中にはそんな人もいるんだなぁと・・・。決してそんな人にはならないように・・・。そしてそれに負けない強さを。。。
2007.08.10
断片的な情報から推測や期待を膨らませていても それが誤りであることはよくあるもので、 そうではなく対面や五感を通して論理抜きに感じられる ものに事実が含まれているものだと思う。 何となく真実に気付いていても、気付かない振りをしたり 目を背けたりしてしまうことも多い。 「人は、みたいと欲する現実しか見ていない」ユリウスカエサルの言葉。 みたくない現実もみて、きちんと受けとめなきゃなと思う。 ・・・とはいうもののなかなか難しいかなー。
2007.07.31
今日は帰省する予定だったけど、台風の影響で 新幹線が動かず見送ることにした。 これまでの帰省で、天候が危ぶまれることもあったけど 新幹線がストップしてしまったのは始めての経験で。 久々の帰省だったし行きつけだった美容院に予約も 入れていたので残念だったけど、まあ天候のことなので 仕方ないとすんなり受け入れる。 そういえば、昔(学生の頃)に比べてどうしようもないことに 怒ったり苛立ったりすることが少なくなったかなと思う。 仕事をしているとちょっとした不測の事態に陥ることは よくあるけど、結局それは既に起こってしまったことで、 怒ったり苛立っても何も変わらない。それよりもどう対処 するかを考えるほうが大事なわけで。。。 そういうことを仕事や先輩の姿勢から教わってきたように思います。あとは歴史(の本)からかな。 というわけで、今日は新横浜からの帰りに急遽買い物を することに。 そして明日は赤城山に登ります!
2007.07.15
一見、無駄に思えることや興味を持てなさそうなことでもとりあえずやってみると何かしら得るものがある。考え方が変わったり、引き出しが増えたり。。。やってみようと思うきっかけは、偶然のものだけど、そういった偶然に反応して連鎖させていくと、人の「幅」というものも広がっていくと思う。しかしながら何でも、というわけではなくリソースや信念の面からは取捨選択していかなくてはならない。門戸は広く、しかし流され過ぎることなく。。。なかなか難しい。
2007.07.08
ふとしたきっかけから、新渡戸稲造の本を読んでいる。古い言葉で書かれていて(これは訳によるところが大きいが)よくわからないところもあるけども、昔の人(武士のこととか)が分かって面白い。切腹とか仇討ちとか、気難しく、(ある意味)狂信的というイメージを勝手にもっていたけど、実際はそうでもなかったようだ。時代が違うから全てを是とはできないけども、今の世の中においても大事なこと、必要だと思えるものを先達たちは、確かに持っていたのだと思う。なぜだか少し嬉しくなった。
2007.04.25
日々のわずらわしい事に右往左往されることなく、長期的視点にたって、物事にプライオリィティを。今という有限の時間とエネルギーを何に投資すべきか。大切なことを忘れることなく、持ち続けること。
2007.04.24
どうも苦しい。といっても体の調子が悪いわけではなく、いつもと違う心境だからだ。結構久しぶりのことなので、我ながら驚いています。でもまずは、深い海に潜り込む前のように、心を落ちつかせよう。もしくは何も考えられないように、何かに集中するのもいいかもしれない。ということで、僕は今日も走ってきます。
2007.04.23
朝早く自宅を出発。電車の中で、最近ドラマにもなった「ハゲタカ」の原作を読む。企業買収だとかあまり普段耳にしない言葉が多いけど、ストーリーが面白く熱中してしまう(なかなかオススメの一冊です)。8時過ぎに土浦駅に到着。4月15日 気温14℃ 湿度51% 東の風3mと絶好のマラソン日和だ。電車を降りるとトレーニングウェアに身を包んだ人たちでホームは一杯だった。前日からふくらはぎに違和感があり不安もあったけど、高校生からおじいさんまで、色々な人が走るために霞ヶ浦に集まってきているんだなぁと思うと、何だかテンションがあがってくる。10時に打ち上げ花火を合図にスタート。市街地を抜けて10キロも走ると、周りには畑や木々が目立ってくる。遥か遠くまで続く霞ヶ浦、一面の畑、所々にある池からは蛙(??)らしき鳴き声まで聞こえきて気持ちいい。さらに、沿道では近くに住んでる人たちが家族で応援してくれていて、旗を振っている子供たち、赤ちゃんをあやしているお母さん、孫と一緒に優しい笑顔のおばあちゃんたち。。。穏やかで幸せそうな人たちを見ているとこちらまで嬉しくなってくる。30キロまでペースアドバイザーと一緒に走って、そこから少しペースをあげて14時頃にゴール。最後のほうはやっぱりしんどかったけど、走ってて気持ちいいコースだったし、楽しく走れたかなと思います。目標の3時間台で走ることもできたし。さあ次はどこ走ろうかな。
2007.04.15
28歳になりました。27歳の一年間は、マラソンに挑戦したり東京でコミュニティが広がったりとよいことも多かったですが愛犬を始め様々な別れもあり、変化の多い一年でした。様々な人との出会いに影響を受け、まがいなりにも目標らしいものを模索した年だったのかもしれません。しかし目標を探すことに終始してしまい、行動が伴っていなかったなとも思います。そういう意味ではいろいろなものに右往左往させられたのかなとも思っています。今年は強さと根拠というものをキーワードにしていきたいと思っています。何者にも左右されない確固たる軸とそれを裏打ちする根拠を。25歳から30歳までの5年間は今後に向けても大切な時だと思っています。そういう意味でもこの一年を大事にしていきたいと思います。
2007.04.05

処々の事情により休みを取ることになった。3/27 帰阪3/28 甲子園にて選抜大会観戦。 期待の中田選手の2本のホームランをみることができた。 あとはあまりさわがれていなかったが常葉菊川は強いと思った。 投手がいいし、攻撃もなかなかよい。 記念に栞と大会ガイドブックを購入。3/29 祖母宅で夕食会 祖母は前は携帯で電話しかしていなかったが、最近は メールを送受信できるようになってきた。若い。 食事後にカメラの使い方を教えてあげた。3/30 京都旅行(家族) 鞍馬に行き、京都駅周辺の宿に宿泊。 鞍馬は山道を歩きながら、寺社を訪ねることができて 見ごたえがあった。一部は御神木にもなっていたが、 とても立派な杉の木がごろごろしていた。 久々に家族全員で旅行にいった3/31 京都旅行(家族)と結婚式 午前中は東寺へ。五重塔の荘重さ、仏像や神像の神々しさを感じる ことができよかった。やっぱり京都はいい。 午後は3年坂、2年坂と歩いて、六波羅蜜寺へ。 3年坂では記念に風鈴を買った。東京の部屋で使おう。夏が楽しみだ。 六波羅蜜寺には、平清盛の像がある。清盛像は、何かを悟ったような 気品のある顔をしていた。僕は元々清盛が好きなので、みることが できて嬉しかった。 夕方から同僚の結婚式で、八坂の塔の近くの料亭へ。 結婚する同僚らしさが随所にみられ、とてもよい結婚式&披露宴 だった。4/1 帰京よく食べよく遊んだ、あっという間の1週間だった。リフレッシュできた。さあ明日からは新年度、心機一転頑張っていこう。
2007.04.01
先週30キロ走をした。家の近くの川に沿って南へ、南へと。風に背中を押してもらったこともあって、15キロくらいまでは快調に走れていた。しかし20キロを越えた頃から足が重くなってきて、25キロあたりからは休憩して歩いてを繰り返していたので、普通に歩いたほうが速いくらいだった。前半飛ばしすぎてペースがぼろぼろになってしまうという典型的なよくない走りだったなあと思う。30キロ走るのは久しぶりだったんだけど、ゴールをどこに設定するかで評価はずいぶん変わるものだなと思う。例えば、今回は30キロをゴールにおいていたから結果的にぼろぼろになってしまったけど、もし20キロをゴールにしていたとしたら、ナイスランになっていたわけで。マラソンはよく人生にたとえられるけど、人生もゴールをどこにするかで変わってくるのかもしれないなと思う。今は、まだ若いので、頑張って無理をすれば(例えば睡眠時間を削って仕事したり)、それなりに結果がついてくるけど、確実に疲労はたまっているだろう。快調に走っているつもりでも、どこかで急に疲労がでてくるかもしれない。ゴールをどこに設定するかによって変わるけども、頑張りすぎず時には自分を労わることも、まだ先にあるゴールを目指すうえでは必要なことかもしれない。なんてことを、くたくたに疲れた芝生の上で思いました。
2007.03.22
最近、少しあせっているなあと思います。実現したかった目標があり、手ごたえを感じるところまでいくのですが、結局ものにならず、また一からやり直しということを繰り返しています。期待が膨らむ分、失望も大きく、なんともいえない不安から来る焦りを感じることもあります。焦りを感じているときは、目標を見失いがちで、とりあえず今現在の手の届くところに手を伸ばしてしまいます、僕の場合は。でも結局それは本当の満足にはなりません。本来の目標をじっと見据え、ぶれることなくぐっと踏んばらなければなりません。そういうふうに考えると、今の状態も楽に感じられるので不思議なものです。結局、世界のあり方を決めるのは心の持ち方次第なのかもしれませんね。
2007.01.30
2007年の目標は色々ありますが、まず最初に達成したいことはフルマラソン完走です。2月に走るので、今日は3時間走に挑戦してみました。これまで一番長く走ったのは、皇居の1時間半走なので、いきなり2倍ですが、とりあえずこのくらい走れなくてはフルマラソンは厳しいだろうと思い、早速、多摩湖自転車道を走ってみました。自宅から西へ西へと走り、狭山湖を半周して帰ってきました。3時間走のつもりだったけど、かなり疲れてしまい、結局は2時間半走になってしまいました。走った距離は25キロ強。最後は本当にへとへとになりながらのランニングでした。かなり疲れましたが、フルマラソンに向けてのなかなかいい経験ができたと思います。今日感じたことは、適度に疲れた状態だと無駄のない走り(フォーム)ができるということ。以前聞いた事があったけど、本当でした(だと思います)。それと今の状態ではフルマラソンは走りきれないということ。フルマラソンを完走するためにやらないといけないことはたくさんあると思いました。とりあえず、持久力向上のため、また3時間走にチャレンジしてみようと思います。あとは、疲れたときにフォームを崩さないために筋肉、特に背筋力をつけたいと思います。最後に、できるだけ楽に走るために、無理のない程度に無駄な体重を落としておきたいと思います。1キロ軽くなれば、42.195キロ×1キロ分のエネルギーを消費しなくてすむはず(だと思う)。フルマラソン完走に向けて、色々とやるべきことが見えてきたなぁと思います。よし、明日からも頑張ろう!
2007.01.07
ちょうど2007年になったばかりですが、2006年を振り返ってみると、よいこともわるいこともたくさんあった一年だったと思います。よかったこととしては、24時間マラソンをはじめ、牡蠣ツアーであったり皇居ランであったりと色々な事に参加して少し広がったかなとも思います。それなりに負荷がかかることもあったけど、それに見合うだけのものを得られたので、有意義でした。仕事については、SDコンサルの資格を取得したり仕事の仕方が少しわかってきたり、(あくまで今の環境においてではありますが)押さえるべき所などのポイントが見えるようになってきたりと、少し自信が付いてきたかなと思っています。よくなかったこととして、8月から年末にかけて幾つかの別れがありました。中でも、愛犬との別れは、2006年においてかなり大きな出来事の一つでした。2006年は、よいこともよくないことも多くあり、変動の多い年だったなぁと思います。ただこの変動は、それで終わりと言うわけではなく、更に大きな変動の第一歩のような感じがしています。2006年の変動を受けて、2007年はもっと大きな変動があるのではないかなという予感を感じています。どうぞ、2007年がさらによい年になりますように。
2006.12.31
昨日は、寮の同期と鍋パーティーを行った。去年もこの時期に行った。退寮期限のため、来年のこの時期はみんな寮を出ているし、一人は年明け早々に寮を出ることが決まっているから、今年がラストクリスマス会になる。仕事のことを話したり、新居のことを話したり、ちょっとしたゲームをやってみたりとまったりとした時間を過ごして、解散したのは夜中の3時。ただそこにいるだけで心地よく、いい会だった。学生の頃は、下宿している友達の所に集まって飲んで明け方まで、ということをよくやっていたけど卒業するとともに、そんなことができる機会はもうないんだろうなと思っていた。当時は、社会人には、そんなことをする余裕がないと思っていたし、都会の店で飲むということはあったとしても、誰かの家にあつまるということはないんだろうなと思っていた。寮の同期とは鍋、お好み焼き、焼肉をしたり、自転車で本川越まで行ってみたり、愛知万博にいってみたりと、色々やってきた。時には本気でけんかすることもあったけど、なんだか学生の頃に戻ったみたいだったし、まだこんなことができるんだということがたまらなく楽しく、うれしかった。かといってずっと今の状態でいれるわけはないわけで、(もちろん僕自身にとっても)きっと、次のフェーズに進む時がきているのかもしれないなぁなんてことを思う。終電を気にすることなく、ある意味安心しきって飲む、というのとは微妙に違うのかもしれないけど、ぜひまた折に触れて、集まりましょ!
2006.12.24
何かを考えたり、何かを作り出すとき、無意識だけども人は自分が持っているベースに基づいて行動していると思う。誤解を恐れずにあえて言うならば、ベースをもっていないと人は考えたり話したり何かをするということができないと思う。例えば、システム開発で、ユーザから業務要件を聞く時に、話がかみ合わなかったり、求めていることをお互いにピンポイントで理解できないことがある。システム担当はついついシステムよりのことを考えてしまったりする。この原因の一つはユーザとシステム担当のそれぞれがもっているベースの差によるものなのじゃないかなと思う。つまりシステム担当は業務の話をしていても、無意識に自分が拠り所とするベース=システムの知識、を通して物事をみてしまうのだと思う。自分の無意識のベースを正しく認識し、大雑把な話になってしまうけど時には、敢えて現行のベースを捨ててしまうということも有効なことなのかもしれないなあと思う。実行するのは難しく、かつ拠り所を変えるのだから、心理的に負荷の大きいことなのかもしれないけど。
2006.12.20
実家の犬が亡くなったとの連絡を受けた。先週、かなり危険な状態という話を聞いて急いで実家に戻ったときは、確かにずっと寝たままだったけど、目には力があったし、それから一週間特に連絡もなかったので快方に向かったのかもしれないなと思っていた。僕が12歳のときから15年になる。僕にとっては一番長く一緒に生活した者の死になる。本当に、いい子だった。大らかで愛嬌があって誰に対してもオープンで。一人落ち込んだり苛々している時に、手をぺろぺろと舐めてくれたことに何度心を癒されたことだろう。。。よく一緒に走りにも行った。往路の途中で疲れて付いて来なくなってしまって、復路で僕を見つけて一緒に家まで帰ったりもした。よく一緒に走ったり散歩に行ったりしてたから、今日は走りながら、いろいろと思い出した。以下、思いつくままに思い出。引き取りに行ったときに、家まで抱いてつれていったこと。家についてリラックスしてたけど、しばらくして不安になったのか興奮して庭を走り出して噛まれたりもした。多分本気で噛まれたのはあれが最初で最後だった。家から中山寺の奥の院まで山道を歩いて登ったこと。5月のちょっと暑い日だったから、二人とも汗だくになって。途中の自販機で水を買って二人で飲んだりもした。数えられないくらい散歩にも行った。途中で道草をしてて、距離が開いてしまったことに気付いたら急いで走ってきたりもした。散歩をかねて一緒に買い物にも行った。外で待たせていた時はきちんとお座りをして待っていて、僕に気付くと早く来るのをせかすかのように鳴いていた。初日の出を一緒に見に行ったこともあった。まだ若くて元気だったから僕を引っ張るかのように山道を登って行った。病院まで歩いていったりもした。我慢強い子だったから注射もそんなに恐がらなくて、先生に驚かれたりもした。家族旅行に連れていけなくて、一人置いてきぼりになるときは門の前まで来てちょっとさびしそうにこちらを見ていた。学校から帰る途中で買ったチョコレートを一緒に食べたりもしたし、正月にはちょっとお酒を飲ませたりもした。大学の卒論制作で夜中の2時や3時に家に帰ったときも、僕に気付いたらわざわざ小屋から出てきて迎えてくれたりもした。冬の寒い夜に、「入って寝なさい」と言って小屋をたたくと、こちらの言っていることを理解して小屋に入ったりもした。古池公園で、追いかけっこもした。結局一度も捕まえられなかったけど、元気一杯に走り回っていた。散歩中に猫を見るけると追い詰めるのに、猫が威嚇する姿に逆にびびっていたりもした。走って帰ってくると、ぺろぺろなめてくれたりもした。一番最後になめてくれたのは、10月末に走った後だった。思い出は、本当に、たくさんある。今度実家に戻るときに、でむかえてくれないのはつらいけど、でも本当に楽しかった。死後の世界を信じるほど信心深いわけではないけど、きっと今はどこか別の場所にいるんじゃないかなと思う。クリスティ、これまでありがとね。元気でな。またいつか、どこかで会えるといいな、心からそう願う。
2006.12.16
相手が受ける印象を考えたり、相手の腹を探って言いたいことを言わなかったりと、最近少し気を使いすぎだなぁと思う。本来、外に向けて出すべきエネルギーを放たずにいる。放たなかったエネルギーが他のものに向かったりもしくは昇華されてしまえばいいのだけど、体面を気にし、我慢して放たないようにすることすらある。大きな衝突も起こらないけど、何も積みあがっていかないし理解しあうこともない。よいものはよい、わるいものはわるい。もちろん、他人を不必要に傷つけるようなことはいけないが、相手に左右されず、端的に、堂々と発信すればよいのだ。まずは、もっと怒ってみよう。
2006.12.14
直感って結構当たるものだなあと思っている。僕の場合、理性で考え直してみると直感で感じたことと違う結論になることがあるけど、ふたを開けてみると、大体、直感が正しい。多分、無意識ながらも、これまでに培った論理や感覚や常識を総動員して判断したものが直感だからなのだと思う。誤解を恐れずに書くならば、直感は論理を磨き上げた先にあるのだと思う。例えば、将棋の名人は対局中の将棋盤をさっとみるだけで、瞬時に次の一手が思いつくようなものなのだと思う。今の僕は、前に進もうと思いつつも、何だか引っ掛りを感じている。自分の直感を信じるべきか、それとも今回は理性を信じてみるべきか、さて僕はどうするべきなのか。。。
2006.12.05
家へと向けて夜の道を歩いていると、今日が満月であることを告げる一通のメールが届く。あらためて空を見上げてみると、街の明かりが遠く視界に収まる夜空に、穏やかに凛と輝く月は、驚くほど明るい。立ち止まってしばし満月を眺めていると、同じように月を眺めている人がいるのだろうなあと思う。携帯やメールとか、最近は直接的に人と"つながる"媒体が増えたけど、たまには間接的な媒体を通して人と"つながる"のもいいなぁと思う。受け売りだけど、たとえばこうして月を眺めてみたりして。
2006.12.03
仕事は担当範囲が広がってきたので新しいことを経験できるようになってきて楽しい。プライベートでも、牡蠣ツアーに参加したり、休日や仕事終わりに気ままに走ったりしていてそれなりに満足している。でも、何だろう。どこか物足りなさを感じる。物足りなさから引起される焦りや空虚さすら感じることがある。その時その時は楽しいのだけど、前に進んでいる気がしない。同じことを繰り返して一週間が終わっていっているような感じがする。きっと積み上がるものを感じられていないのだろう、と思う。一つ一つのことをきっちり積み上げるような動きをしていかないといけないなと思う。仕事も、プライベートも。
2006.12.02

牡蠣ツアーに参加した。バスで宮城県志津川まで行って、取れたての牡蠣を自分で剥いて食べたり、牡蠣、ホタテ、イカなどの海鮮BBQを食べるというツアー。海産物は半端じゃなくおいしかったけどそれだけじゃなく、町の人たちとの交流もあり、人の温かさや笑顔からも元気をもらった。その中でも、町の教育長さんが宴会の場で歌ってくださった民謡がなぜか強く印象に残った。おめでたい場で歌うという話を聞いて、本や学校でしか知らなかった民謡が今でも結婚式などで歌われたりするのだろうなと思いました。民謡を聞いていると、自然や人々の明るさ・温かさにもつながって、一面的だけど、都会がなくしてしまった古きよき日本があるような、そんなことを思いました。貰いすぎてしまって申し訳ないほど、牡蠣や海産物、自然、町の人々からエネルギーをもらったなあと思ってます。今週もがんばるぞー。
2006.11.27
具体的な体験を積めば、同じようなことはある程度できるようになる。事例から学んでいくことができるからだ。でも新領域や未知の分野においては、全く経験がないわけで得てして歯が立たないことが多い。そういう時は、これまでの経験や知識から得た常識や感性で判断していくしかない。「普通に考えるとこうなっているはず」ということであったり、時には「何かがひっかかる」といったものであったりする。これは、経験的になんとなく理解できる話であって、例えば、これまでと違う仕事をすることになった時、分野は違えどもその分野の設計思想、アーキテクチャーが驚くほど似通っていることに気付くことがある。そうすれば、どこまでが可能で、どこからが不可能かということがなんとなくわかったりするものだ(僕はまだまだわからないことが多いですが)。個別の体験から、普遍的な常識や感性、思想を積み上げていくことができている人は強い。新領域においても力を発揮することができるのだろうなと思う。そして、もう一つ。未知の、答えがわからない分野において、一歩踏み出すための自信と覚悟が必要なのだと思う。
2006.11.23
風邪を引いた。今年の冬になって早2回目。寝込むほどのものではないが、のどや鼻の調子が悪い。昔はほとんどひかなかったのだから、かなりショックだ。最近走るようになり体の調子はよい(はず)だし、前と生活リズムも変えていないので、なんでかかったんだろう??無意識のうちに睡眠不足や偏食になっていたのかもしれないけど、もしかしたらこれが年をとったということなのかもしれないなー。
2006.11.19
新宿つな八で、天婦羅を食べた。いつもと違って、外で酒を飲みながら、旨い物を食べながら話すのはやっぱりなかなかいいものです。書いてみるとなかなか厳しい話をしていたような気がするけど、僕はとても楽しかったし心に残った。きっとそれでいいのだと思う。以下、メモ。・流行ではなく、自分の身の回りの目標を常に忘れないこと。・プロジェクトマネージャーとは、 漠然とした大きな目標を細かいパーツにブレイクダウンすること。 人、物、金の資源を配分すること。 状況を確認して、上手くいっていないところがあれば、 (情報、物、人、時間など)何が足りないかを考えて、割り当てること。・全てをうまくいかすのは難しい。どこかに不満が残るのも仕方ない。 客観的にみて何を選ぶのが最適かを考えて、納得してもらえるかどうか。 8:2をとるか、6:4をとるか。・全てを拾うことはできない 99捨てて1つ拾えればよいくらいの気持ちで、何かを選ぶ・何かを捨てる 失敗しても仕方ないのだから迷わない。 捨てたことを後悔しない。 ・少しずつ調整してみても、そもそもの距離感、方向が 間違っていたらいつまでたっても辿り着かない(砲車) とことん振り切れてみないとどこがいいのかわからない。・切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
2006.11.13
久々に映画館で映画を観た。「手紙」という邦画。ストーリーは割愛するが、家族のため生活のために罪を犯してしまった主人公の家族の気持ち、服役中の家族をもった主人公のつらさ、主人公が罪を犯したわけではないと口では言いながらも主人公を差別する人々。社会人になって、少し社会や組織のことがわかってきたからということもあるのだろうけど、そんなことをリアルに理解できた気がするし、それぞれの気持ちや悩みは、誤解を恐れずに言うときっとどうしようないことなのだと思った。そして多分、それぞれが抱える苦しみや問題を、全て解決してくれるような"完全な"解は存在しないのだろうなとも。杉浦直樹さん演じる会長が言った「差別のない国を探すんじゃない、君はここで生きていくんだ」という言葉がとても心に沁みました。つらいことやどうしようもなく理不尽なことはたくさんある。もちろん、本当にどうしようもないときはあるけれど、それから逃げ出すだけじゃなくて、胸を張ってそこからやっていくという気持ちは大切だと思いました。
2006.11.12
今日は銀座へ行き、万年筆を購入。前々からほしかったし、自分へのご褒美として一生使えそうなものを選びました。ボールペンの普及によって、一昔に比べて万年筆が使われることは少なくなってきたけど、万年筆には万年筆のよさがあると思います(もちろんボールペンにはボールペンのよさがありますが)。万年筆は、筆圧なしでも滑らかな文字を書くことができるのがよいなあと僕は思ってます。考えをまとめたり、文章を書く前に、とりとめもなく紙に考えを書いてみることがあります。そうすると考えがまとまったり、自分が本当に思っていることに気付けたりします。滅多にできることではないですが、川の流れのように緩やかにしかし絶え間なく思考が進むのにあわせて、紙面上にも考えを言語化していければとても気持ちがいいなあと思います。パソコンを使うようになってから、あまり文字を書かなくなりましたが、文字を書くのもなかなかいいものだなと思いました。
2006.11.11
過程があるところには必ず何かしらの結果がある。いい結果とよくない結果と。うまくいかない結果にはそうなるたった原因があるはずだし、周囲からうけるフィードバックにはそれなりに真実が含まれているのだと思う。しかしだからといって結果に一喜一憂するわけにはいかないと思うし、結果を受けて、変化しすぎるのもどんなものかなと思う。特に、軸となるものはぶらしてはいけないのだと思う。フィードバックを謙虚に冷静に受け止めながら、変化しつつも変わることなく自信をもって、進んでいこう。
2006.10.30
人と動物の違いは、意識の有無だといわれる。そして意識をもつためには言葉が必要だとも言われる。家の犬をみていると、動物に意識がないというのには疑問を感じるけども、意識と言葉に相関があるのはそうだろうなあと思う。アナログな現実を認識するためには、デジタルとしての言葉が必要で、言葉のあらわす内容で、現実の認識も変わってくる。でも言葉で現実を認識できるけど、当たり前のことだけどそれだけが全てではないと思う。何となく感覚でだったり、無意識のうちに何かを感じていることもある。そういう意味で、個人が認識する上で、言葉は十分条件なのだと思う。しかし他人と認識を共有する上では、言葉は不可欠のものだと思う。特に、目に見えないものをつくるシステム開発に携わる自分たちは齟齬のないように言葉を使わないといけないと思う。
2006.10.23
日常レベルの目標はあるが、長期的な目標がぼやけている。最近そんなことを思う。まるで真っ暗な夜道を、闇雲に進んでいる感じに近い。一日一日の方向性が、正反対を向いているということはないだろうけど、一歩ずつ前に進んでいるつもりで、まっすぐに歩けていない、と思う。3ヵ月後、半年後、何をしたいのか。1年後、3年後に、どうなっていたいのか。そのために、今日何をするのか。人に話せるほどの明確な目標がでてこないことに、焦りを覚えるだけでなく、落胆すら感じる。目的、完了条件、手段を定義すること。当たり前のことを、当たり前に、行わなきゃならない。
2006.10.20
ある本に影響を受けて、職場から最寄り駅までの徒歩15分の間にその日一日のことを、朝から順番に振り返ってみると驚くほど学びが多いことに気付く。過去を振り返るということは、色々と利点があると思う。まず最初に思うことは、振り返りから学べることは誰もが一度は聞いたことがあるような、至極、当たり前のことばかりということだ。例えば、目的、完了条件、手順を明確にすること。準備を怠らないこと。リアルタイムに考えること、など本当に当たり前のことだ。でも当たり前のことを当たり前にするということが難しい。最近、そう思うけど、それができるようになるだけで、色々な事が変わるのだろうなと思う。もう一つのよいことは、振り返りで学ぶと主体的に考えられるということだと思う。気付くことは、大概、これまでも聞いたことがあるようなことだけど、今まではどこか他人事のように、ある意味、客観的に理解していたのだと思う。でも自分の行動を振り返ることで、主観的に、心から本気で考えられるようになるのだと思う。未来に想いを馳せることも大事だけど、過去を振り返るということも同じくらい大事だと思う。続けて行きたいと思う・そしてそれを続けていくことで何かが見えてくるような気もします。
2006.10.18
多摩川沿いで秋刀魚パーティーをしました。主に会社の同期を中心に声をかけたところ20人ほどの人が参加してくれて、思いつきで始めた割には楽しくできたのでよかったなと思います。やったことは、バーベキューで秋刀魚を焼くというシンプルな内容で、当日ももちろん楽しかったけど、準備している時間が楽しかったなあと思います。特に、秋刀魚を仕入れに朝の築地に行ったのはなかなかよかったなあと思います。安くて新鮮な秋刀魚が手に入ったし、旨い朝飯が食べられたし、当初予定していなかったホタテ貝を入手することもできました。これまで築地に行ったことなかったけど、通りをあるくだけでも楽しめるほど僕には新鮮で、いい体験ができたなと思ってます。あと、これまで一緒に仕事をしたことがなかった同期の一人と一緒に準備をできたのもよかった。色々と迷うときに、的確な判断をしてくれて、すごいやつだなあと思いました。彼とはこれからもいろいろなことをやっていけそうな気がしています。何をやったかも大事だけど、誰とやったのかも同じくらい大事。そんなことを感じました。
2006.10.14
仕事で勉強会の講師をすることになって、色々と準備をした。これまでもプレゼンをするときは、準備をしていたけど今回は資料に拘ってみたりプレゼンのリハーサルを数回やってみたり、いつもよりも少し念入りに準備した。結果は、自分としてはなかなかよかったんじゃないかなと思う。いつもは自分が何をしゃべっているのかということに意識がいってしまうけども今回はオーディエンスが理解できているかを確認する余裕があったし、言葉も自然と口からでてくるような感じだった。いつもよりもほんの少し準備に時間をかけただけだったけど、費用対効果に見合うだけの成果はあったと思う。当たり前のことだけど、準備することの重要性を認識した。準備することっていいことだなぁと思う。まず、プレゼンだけに限ったことではないけども、準備すれば、本番がうまくいく可能性が高くなる。次に、準備する中で、どうすればうまくいくかということや説明の文言を考えないといけない。もちろん本番は準備と全く同じように進めないといけないわけではないし、想定していないことが起こって準備の通りにならず、アドリブで何かをしなければならないことも多い。しかし咄嗟のことに対応するためには、少なくとも自分は入念に準備をしていないと難しいと思うし、準備中に色々と考えること自体が、実力向上につながっていくのだと思う。さらに、準備することは未来のことに想いを馳せること、とも言えるんじゃないかなと思う。どういうことを目的にしようかであったり、どういう風に実現しようかということを考えることは、実に生産的なことだと思う。できるならば、過ぎ去った過去のことに思い悩むのではなく未来のことに想いを馳せていたいと思う。
2006.10.11
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