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久しぶりに自転車で通勤した。所要時間は34分。寒かった。明日からもう一枚着て出かけよう。 今日は必修クラブの日。白鴎大学の学生さんが臨時コーチに着てくれた。タグラグビーの試合もだいぶ様になってきた。バスケットボールのコートで試合をしていたが、もう子供達には狭すぎるようだ。体育館全面、あるいは校庭で広いコートを作ってやらせた方がいい。授業が終わったらどの子も汗びっしょりだった。12/14が最終回。どんなプレーが飛び出すか楽しみだ。今年、本格的にタグラグビーの普及に携わりはじめたが、いろいろと課題が明らかになった。それについては場を改めて述べたいと思う。 週末はトップリーグの第3タッチジャッジ、日曜日は秩父宮のトップリーグイースト11のタッチジャッジがある。先日の研修会の内容をもう一度確認して臨みたい。トップリーグは休止期間終了後初の試合である。第3タッチジャッジの仕事の内容、特に選手の入れ替え・交替の管理に手落ちがないよう気をつけねば。もちろん、ロスタイムも
2006.11.30
来月の終わりにタグラグビーの全国大会県予選があります。その大会に向けてチームを作りました。本当はもっと早くはじめたかったのですが、殺人的な忙しさに加え、集団下校の導入で放課後には活動ができないので大きな学校行事が終わらないと練習時間が確保できなかったのです。集まったメンバーは、必修クラブで多少経験がありますが、対外試合ができるレベルまで仕上がるにはもう少し時間がかかりそうです。 今回、ラグビーを知らない保護者や先生からは「ラグビーは危ない、怪我をするからやらせたくない」という声をたくさん聞かされました。「僕はやりたいけど、お母さんが『危ないからダメ』というので」と言って参加できなかった子もいます。「タグラグビーはタックルなどの接触プレーは禁止です、安全にプレーできるよう、ルールが作られています。」と書いた資料を配付してようやく試合に出られるだけのメンバーを集めました。 そういった経緯がありますから、大会では安全にプレーできる環境作りをしていきたいと考えています。昨年の県大会では、「タックル」が多く発生しました。普段タックルの練習をしている子が止まれずにぶつかってしまうというのがその原因でした。幸い大怪我はありませんでしたが、それを以て問題なしとするわけにはいきません。代表者会議ではタグを取る練習をしていないチームは大至急特訓をして、コンタクトを起こさせないようお願いするつもりです。「安全にプレーできるというから許可したのに、うちの子はぶつかられて怪我をした」なんて事態が生じたら、来年その学校でチームを作るのは難しいでしょう。関係者にはタグラグビーとラグビーの違いを十分認識するよう訴えていきます。 いろいろな人のブログでマルチが話題になっていますが、先日来ていた安藤竜さん(27)は140、S岡さん(47)は120だそうです。二人で飲みながらお互いの身体能力を競い合っていました。ちなみに私の記録は秘密です
2006.11.29
僕が新人教員の時、1年間にわたって指導教官を務めてくださったI先生が亡くなった。77歳だった。ここ数年体調を崩されていて、ご自分でも年賀状に余命について書かれてはいたが、こうして実際に訃報に接すると心の中の寂寞を禁じ得ない。 現役校長としてのI先生を知る人たちからは「大変だったでしょう」「ご苦労さんです」といった、同情とも慰めともとれる言葉をかけていただいた。確かに、I先生は厳しい方だった。だが、それ以上に、お茶目な、かわいい方だったように思う。 I先生の机上には、常に薔薇が一輪飾られていた。出勤すると薔薇の茎の切り口を火で炙り、かたくする。「こうすると、薔薇が長持ちするんだよ」とにっこり笑う。ある時は、「今日は僕が授業するから」と自ら教壇に立ち、子供達との授業を楽しむ。仕事をしているというより、ガキ大将が遊びを仕切っているような表情だった。「押印は人格である、曲がった印は押すな」と僕を叱責した後で手本として押した印が逆さまだったり、「勤務時間」についてのレクチャーのあった日に(間違って)終業時刻前に帰っちゃったりと、ただの堅物ではなかった。後にいろいろな人からI先生の武勇伝を聞いたが、とてもここには書けない。 その後勤務年数を重ね、様々な出来事とであったがI先生に教えていただいたことが役立った、という場面は数え切れないほどある。最後にお目にかかったのはいつだったか。まだまだ聞きたいことがたくさんあった。 「ロマンチックな独裁者」、I先生のご冥福をお祈りします。合掌。
2006.11.28
体が痛い。でも筋肉痛が直後に出ているんだからまだ若いのでしょう。今日だけトレーニング休み。明日から頑張ります。 土曜の夜は、関東協会所属のA、A1、A2レフリーのミーティング。トップリーグ再開及び全国大会開幕間近でもあり、全てのレフリーが来ていたように思う。内容は他の人(笑)が書いているので割愛。シーズン後半に向け気が引き締まる思いがした。 A田レフリーが「我々がファールプレーに対し厳しく対処しなければ日本のラグビーからファールプレーは根絶できない」と繰り返し訴えていたが全く同感である。有意義な研修であった。 今週末はタッチジャッジ2つ。意識を高く持って臨みたい。
2006.11.27
これを書いているのは、27日(月)です。昨日書き込もうと思ったのですが、睡魔に勝てませんでした。改めて、土曜、日曜にあった出来事を書きます。 土曜日はT京大対T波大のジュニア選手権セカンドフェーズ。雲ひとつない後天の下、熱戦が繰り広げられた。結果については、協会のホ-ムページ等でご確認いただきたい。実はこの試合、私にとって感慨深いものとなった。 はじめに、誤解のないように言っておきたいが、これから述べる内容と試合の最中の私の判定とは全く関係ない。私はレフリーとして全力でこの試合に取り組んだし、話の中に出てくる彼も、私の存在とは全く関係なくプレーに専念してくれた。全ては試合の終わった後、自然に起きた出来事と、湧き上がってきた感情である。 この試合、敗れたチームのプレーヤーの一人は私の教え子(高校のラグビー部のコーチと部員)である。何にも知らないでラグビー部に入ってきた彼にラグビーのいろはを教えたのが私ということになる(覚えたかどうかは定かではない)。彼は今年4年生。これが学生生活最後の試合となった。 フルタイムの笛を吹いた後、両チームの選手と握手をした。最後に顔中涙でぐちゃぐちゃにした彼と握手をした。高校生の時より、何倍も分厚くなった彼の手を握った。「よく頑張ったな」というのが精一杯だった。本当は抱き合って泣きたいくらいだったがそこはレフリーとプレーヤーと超えてはならない一線、ぐっとこらえて、頭をポンポンとなでてやって別れた。 怪我に苦しみ、ようやく復帰できた彼の、学生生活最後の試合のレフリーが僕だった、というのはできすぎた話のような気がしたが、今日は素直にラグビーの神様に感謝しようと思った。 日曜日は対抗戦BグループのMG大対SK大の試合。こちらもシーズン最終戦(SK大は入れ替え戦に出場が決定しているが)、力の入った一戦となった。順位通りの決着となったが最後まで緊張感のあった試合だったと思う。試合が終わってから仲間同士で記念撮影をしている後ろ姿に「お疲れ様」と声をかけた。 この時期、グランドを見つめて涙を流す選手の数多く出会う。「最後」だったんだろうなぁ。大した人生も歩んでいない私が言うのは説得力に欠けるが、ラグビーに打ち込んだ経験は無駄にはならないよ。誇りを持って、頑張ってほしい。 そんなわけで、土曜、日曜はラグビー漬けでした。夕方からのミーティングについては次に書きます。
2006.11.26
携帯からの書き込みです。2時からレフリー。試合終了後、ちょっとした出来事があった。詳しくはまた明日。 終わってから秩父宮で会議。「ブログ読んでます」と数人に言われた。うかつなことは書けないな(^o^;
2006.11.25

職員室前の紅葉(もみじ)。今が見頃です 今日は、「○小フェスタ」。平たく言えば学習発表会です。といっても、昔ながらの「学芸会」ではなく、「総合的な学習の時間」での学習の成果を保護者に披露する場です。 我が学級は、IT機器を駆使して(笑)、学校のパソコン教室、図書室、学校林の紹介をした。3年生のやることだから、それほど高度なことはできないが、保護者にしてみればびっくりの連続だったようだ。確かに、保護者が小学生だったときには(ちょうど僕も同じ世代になるのかな)、学校で最もすすんだ機器はテレビだったと思う。中学生の頃、ビデオデッキが登場したのを覚えている。そんな時代に学校に通った人から見れば、3年生がデジカメ・パソコンを使ってプレゼンテーションの資料を作成しているのだから、驚くのも無理はない。子供達の発表を真剣に聞いてくださった。 さすが、というか、嬉しい感想を聞かせてくださったお母さんがいる。「パソコンなどを使えるのも素晴らしいですが、今日の皆さんは、分かりやすい説明をしたり、『最後まで聞いてくださってありがとうございました』とあいさつをしてくれたりと、聞いている私達のことを考えてくれている、というのがよく分かりました。」 パソコンやデジカメも、説明を分かりやすくするための道具にすぎない。「情報の受け手のことを考えて発表すること」、これを今回の発表で子供達に言い続けてきた。分かってくださった人がいて、今までも苦労も吹き飛んだ感じがした。 3年生の皆さん、お疲れ様でした。参観してくださった皆さん、ありがとうございました。 明日、明後日と連続でレフリー。明日の夕方はタッチジャッジ研修。ハードな週末になる。更新は携帯からになります(初挑戦!うまくいくかな)。
2006.11.24
秩父宮には行かずにテレビ観戦。観客数も多く、前半は慶応リードという盛り上がる展開だった。最終的には早稲田が地力を発揮した、という結果だったのだろうが、慶応の(特に前半の)健闘は素晴らしかったと思う。大学選手権が楽しみになってきた。 ところで、後半の慶応のトライ(グラバーキックを押さえたもの)は、非常に微妙な判定だった。レフリー、タッチジャッジ間で確認はしていた(A田さんは目の前で見ていた。)が、外国のビッグゲームならT.M.O.(テレビマッチオフィシャル)だろうな、と思ってみていた。きわどいシーンで適切な位置にいる大切さを改めて感じた。 それから、スクラム。よく回転していた(笑)。組ませ難そうだったし、度々崩れた。スクラムを組むのに時間がかかる試合は、見ていて間延びする。レフリーは一回できっちり組めるよう、コントロールするのだが、今日は両チームの呼吸が合わなかったケース、それから押しの方向に問題があるケースがあり、レフリーが度々笛や声で注意をしていた。スクラムのエンゲージに関するルール変更があるとのこと、それが試合に反映するとよいのだが。 今日の試合、実際に見に行った人はどのような感想を持ったのでしょうか。ぜひ、教えてください。
2006.11.23
先日(18日)、第45回学校体育研究会の感想を書いた。そうしたら、タグラグビーの授業をしてくださった先生からメッセージを書き込んでいただいた。びっくりした。どうやったらここにたどりついたのか、それを知りたい(笑)。今度、ぜひタグラグビーの話しましょう>授業者さん。 ラグビーシーズンも深まり、各リーグとも優勝、更には順位争いが熾烈になってきた。TK4さんのブログに書いてあったが、明日の2部の優勝がかかった試合に協会からTJを派遣するそうだ。先日の足利の試合もそうだったが、どの試合も激しいものになるだろう(足利の試合では、僕がタイムアップの笛を吹いたら、7,8人の選手がその場に倒れ込んだもの)。レフリー、タッチジャッジの皆さん、頑張ってください。 数年前、やはり大学2部の優勝がかかった試合を担当した経験がある。あの雰囲気は忘れられない。ワンプレーごとに選手をあおるような応援(というか怒鳴り声というか…)、それにつられるように選手もプレーに荒さが見られるようになってきた。これもゲームコントロールが難しい試合だった。正直、「タッチジャッジがいてくれれば」と思ったのも事実。ただ、あの試合を一人で乗り切ったのはかなり大きな財産になったのは間違いない。多分、タッチジャッジが来てくれても同じような雰囲気になったのだろうし、最終的には笛を持っている人間がゲームコントロールをしなければならないことに変わりはない。 でも、誰も頼る人がない中で厳しい試合を乗り切ったという経験は大きい。日常でも困った出来事に出会う度、「あれに比べりゃ」と思えるようになった。ラグビーからもらったプレゼントみたいなものだ。 明日は週末の2連戦に向けてトレーニング。そうだ、原稿も書かなきゃ。早慶戦はテレビ観戦になりそう。
2006.11.22
これを書き込んでいるのは22日の深夜。21日はとんでもない出来事があって書き込めませんでした。これで終わり。
2006.11.21
退勤時刻と同時に病院に行った。インフルエンザの予防接種をするためだ。予診表を書き、診察室にはいる。注射をした後、先生からのアドバイス。 「胃腸が疲れると風邪をひきやすいですから、気をつけてください。」 「食べ過ぎると免疫が下がるので、ワクチンも効きません。」 「私は、疲れたらご飯食べずに寝ちゃうんです。朝起きて仕事するんですよ。」 参考になりました。昨日の試合の後、疲れているにもかかわらず、ラーメンと餃子を食べたことを深く反省します。 家に帰って、昨日の試合のビデオを改めて見た。うーん、今一つ納得いかない。コンディションが良くなくて、足下に気を遣いながら走っているためか、動きに切れがない。実際の試合は画面より暗くて、ボールが見えにくかったなあ。でも、そういう条件を差し引いても、もっとやれたな、と言うのが率直な感想。やはり、厳しいゲームから間隔が空いたのが微妙に影響したかも知れない。次回のテーマは「後半のゲームコントロール」「切れのある動き」「タイムリーな笛」に決定。週末は連続で笛が入った。がんばろう。
2006.11.20
昼前から雨との予報通り、競技場に向かっている途中で雨が降り出した。天候が試合の流れにどう影響するか考えているうちに会場に着いた。 前半は淡々と試合が流れた。もちろん、順位争いのかかっている試合だから激しい局面は多々あったが双方が規律を持ってプレーしてくれていたように思う。前半を12対12で折り返す。 後半にはいると試合の様相は一変。ボールが動き始めるにつれ、双方に不用意な反則が出始めるようになった。ゴール前での反則に対して注意をし、ゲームを落ち着かせるように努めた。イエローカードは2枚だした。1枚はひじ鉄。「ハンドオフです」と言い張るが、駄目。もう1枚はノーボールチャージ。転々とするボールを拾おうとしたプレーヤーを捕まえたので、笛を鳴らしてカードを出した。その後、ゲームは多少落ち着いたように思う。後半は12対7。計24対19の熱い試合になった。 前半の反則数が6と4。後半が8と13(!)。見ていた関係者は「面白かった」と言っていたが、個人的には後半のコントロールに課題を残したように思う。ゲームは荒れはしなかったが、後半、緩くなってきたグランドで横たわってプレーしようとする人達を立たせる、あるいは規律を失いそうになるプレーヤーにどうラグビーしてもらうか気を遣った試合だった。これから「負けると終わり」とか、昇格・降格のかかった試合が入るかも知れない。そういうときには今日の反省を生かしたい。今から、試合のビデオ見ます。
2006.11.19
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レフリー、タッチジャッジのない土曜日です。 午前中は高校生の指導。2年生が期末考査前のため1年生だけで練習。人数は少なかったが、みっちりやりましたよ。待ち時間がないからやる方は大変だったでしょう。お疲れ様でした。友達誘って、メンバー増やそうぜ。 昨日の話。出張から帰ってきたら、I先生に「時間、ある?」と聞かれた。彼は来月国語の研究授業を行う。その授業のための勉強に付き合ってくれという。 「5年生に意見文を書かせる」という授業なのだが、資料はないか、と聞かれたので、次の本を勧めた。『読書の技術』という題名だが、内容は作文の本である。文章表現「力」と聞くと、文章を考え出す力だととらえがちだが、人間が自分だけの力で考え出せる文章などそう多くはない。だから、書けないで困っている者に「よく考えなさい」と役に立たないアドバイスをするよりは、具体的な文章を示して表現のパターンを教えてやった方がよい。表現力の弱い者は考え出す力が弱いのではなく、知っている表現の種類、つまり「量」が足りないとみなせば指導の方法も明らかになるだろう―なんてことが書いてある。I先生「今ひとつイメージが湧かないな」というので、次の一冊。 画像はないけど『反論の技術』。知る人ぞ知る、隠れたベストセラーだ。ここ10年で最も売れた作文の本である。「意見とは本質的に先行する意見に対する反論である」「誰からも反論されない意見文を書かせているから、意見文の指導が低調なのだ」等々、今でも刺激的な内容だから、出版当時の衝撃の大きさが想像できる。もっとも、僕の周囲では「国語の大家(おおやじゃないよ)」と呼ばれるような先生でも、未だにこの本を読んでいない。やれやれ、と思うが仕方ない。一読あれ―と勧めた。I先生「何となくつかめてきたが、もう少し具体的にイメージしたいなぁ。」ということで、来週I先生を子供役にして、僕が授業することになりました。こういう「模擬授業」、好きなんですよ(笑)。
2006.11.18

これは昨日のクラブの時の画像です。かなり様になってきました。さて、今日もタグラグビー。と言っても自分の学校ではなく、宇都宮市の某小学校の体育の授業です。「第45回全国学校体育研究大会」だそうで、宇都宮市と小山市、計9つの学校(幼稚園~高校)が授業を公開しました。 校庭での授業でしたが、見ているだけでは寒かった(苦笑)。4年生のタグラグビーの授業ですが、「けっこうやるじゃん」と言うのが率直な感想です。細かいことを言い出すときりがないので割愛しますが、ラグビー経験のない先生がやった授業としては十分でしょう。お願いがあるとすれば「オフサイド」と「コートの横幅を広げてほしい」ということ。タグを取られてパスを投げたら、受け手の目の前には相手選手がいた、というのでは、いつまでも前進できない。授業者の先生は「思いっきり走らせたい」「味方同士のパスをつなげさせたい」とおっしゃっていたが、オフサイドのルールがないとそれは難しい。4年生という段階でそれは無理、という判断だとしたら、何年生から可能、という見解を示してほしかった。 たしかに、子供にオフサイドを理解させるのは難しい。でも「なぜ反則なのか」という原理を指導者が理解すれば、教える方法も考え出せるのではないか。だいぶ前に読んだ本だけど、面白かった。昨日のクラブの授業では「待ち伏せ禁止」という言葉でオフサイドを説明したけど、子供は良く理解できていたと思う。研究してみよう。 コートの幅はかなり狭かった。広いと簡単に抜けてしまうから、という説明だったけど、そうしているうちに抜かれないための工夫、さらには空いているスペースへの攻撃と、子供の発想も広がっていくように思う。 いずれにしても、授業でタグラグビーをするときのヒントになった。ありがとうございました。
2006.11.17
午前中は、「インターネットテレビ会議システム」で同じ町内の小学校の子供達と、僕の担任する子供達との間で「学校紹介」をした。僕の学校の子たちは人数が少ない上に、他人の前で話をする機会が少ない。テレビカメラの前に立ち、遠くの人たちに話をするというのは良い経験になった。 準備に40分、会議そのものが1時間、感想などを書かせていたらあっという間に給食になってしまった。 午後はタグラグビー2回目の授業。パスの練習をしたあとで、ゲーム。特に教えたわけではないのに、キャンピージばりのグースステップ(笑)、小野沢もどきのうなぎ走りをする子がいてびっくりした。僕は、はじめはルールの説明をしながら笛を吹いていたのだが、子供達の真剣さに引き込まれ(血が騒いだ、とも言う)、つい本気のレフリーモードに突入。日曜日のための良いトレーニングになった(笑)。 終わったあとはどの子も汗びっしょり。楽しい活動になった。画像は後日アップします。 授業のあと、臨時コーチに来てくれたSさんからステキな提案があった。実現したら、子供達も大喜びするだろう。
2006.11.16
今から土、日にまとめ録りしたラグビーの試合を見ます。友人達からはテレビ放送された試合について「あの判定どう思う?」というメールや、「こうすべきだったのではないのか?」という電話をもらいます。時には、「なるほど」という意見も聞けて、それを次の試合に取り入れてみる、なんてこともあります。レフリー同士の意見交換が、もっと行われるべきだと思います。今週はまだ見てないので(笑)聞かれたことにまともに答えられなくて申し訳ありませんでした>皆さん。 レフリー同士の情報交換の場って、実はあるようでない。特にシーズン中になると自分も吹いているから他の人の試合を見る機会は減る。自分で意識しないと情報が手に入らない。僕は、ずうずうしいので先輩に電話したり、友達に聞いたりして意見交換をしているが、もっと多くの人からレフリングに関する情報が欲しいと思う。あるいは、初めて担当するチームの情報。先々月はTK4さんにチームの情報をもらい予習してから試合に臨めた。こういう場を作っていきたいと思っている。きょうはまとまらないな。駄文失礼しました。
2006.11.15
昨日から小1の息子が溶連菌感染症(字はあってるかな?)で学校に行ってない。登校してはいけない病気に指定されているので「出席停止」。「やることがなくて詰まらないから早く学校に行きたい」と言っているので、当面不登校に陥る心配はないだろう。 先日のラグビースクールの葛飾遠征には、彼は参加しなかった。前日より熱があったので見合わせたのだが結果的に行かせなくて正解だった。実は、彼は先月末の県内ラグビースクール交流試合のあとにも病気になった。試合が終わって顔をみたら、頬がかなり紅潮していたので「よくがんばったぞ!」とほめてやった。帰宅しても赤いので「タックル頑張っていたから、すれて赤いんだろうな」なんて思っていた。夕食になっても赤いので、家内は「日に焼けたんだろうな」と思っていたそうだ。 翌日、学校から帰ってきても赤いのでばあちゃんが病院に連れて行った。診断結果は伝染性紅斑、いわゆる「リンゴ病」だった。自分のクラスの子供の頬が異常に赤ければすぐに保護者に連絡するのに自分の子供の頬が赤くても「よくやった」なんて思ってるんだから困ったもんだ。もっとも、この病気は頬が赤くなる前が最も感染力が強いそうなので、欠席の必要はなしとのこと。彼は翌日も普通通り登校した。 風邪やインフルエンザなど、いろいろな病気がはやりはじめました。気をつけましょう。ラグビーシーズンはこれからですぜ。
2006.11.14
土曜、日曜と連続して東京往復したせいか、頭の芯が痛い感じ。家内に言うと「好きなことしてんだから文句言わないの」と叱られそうなので黙って出勤。今日は荷物が多いので車で移動。 月曜日は日記を提出してもらっている。朝の会議までの間にコメントを書き、「昨日のサッカーの試合、勝てて良かったね。」「おばあちゃんの具合、どう?」など日記に書いてあった内容について触れながら返す。人数が少ないからできるのだが、休みの間の様子をつかむ上でかなり効果的だ。 今日から教育相談週間が始まった。友達関係や勉強のこと、心配事などについてひとりひとりと面談をする。今日話した子たちもそれぞれ大小の違いはあるものの困ったことを抱えている。ただ、全員が「このクラスで良かったと思う」と答えていたのでひとまず安心。教室の居心地が悪いのは辛いものだ。担任としてまず整えなければならないのは、安心して帰ってこられる教室の環境だ。 今日はいつもの月曜日より疲れた感じだ。早く寝ます。 そうだ、安藤竜さんは無事についたかな。
2006.11.13
朝五時起床で、葛飾へ行ってきました。ラグビースクールの交流試合のためです。息子は、日頃の母親からの小言が聞いたらしく、今日はボールの周りで試合に参加していました(笑)。前半には、トライも決め、父親譲りの、ここ一番の要領の良さを発揮していました。実は、その試合の後半は見ていません。前半終了直後に、葛飾駅までダッシュ。小金井にある大学のグランドでレフリーが入っていたのです。帝釈天へ七五三のお参りでしょうか、着かざった子供と両親とたくさんすれ違いました。電車に乗ったのが11時45分。高砂、押上、浅草橋、お茶の水、三鷹、武蔵小金井、そこからバス、グランドに着いたのが1時15分。家から直接グランドに向かうのとあまり違いはなかったような気がします。試合が終わって、負けた方のプレーヤーと話をしましたが、(負けちゃったので)今日がシーズン最終戦だそうです。僕の大学も、この時期がシーズンの最終戦で、「そうだ、こういう雰囲気でシーズンが終わったよなぁ。」と当時を思い出し、少々感傷的になってしまいました。で、帰りは新宿経由で家まで。家で息子と再会(爆)。いやぁ、長い一日だった。
2006.11.12
第3タッチジャッジでした。雨の中の第3はなかなか大変でした。ロスタイムの確認の時にはかなり気を遣いましたよ(笑)。両チームの皆さん、雨の中お疲れ様でした。安藤竜さん、じゃなくてアンドリューさんは明日もレフリーをして、そのまま機上の人となり、月曜日の朝にはシドニーに戻る。今日は時間がなくてあまりつっこんだ話もできなかったが、今回の経験が彼のレフリー人生で役に立てば嬉しい。頑張ってほしい。栃木県大会は、ロスタイムのトライで國學院栃木優勝。担当した岸川レフリーとは電話でしか話せなかったがかなり熱い試合だったようだ。10-3、勝った方も負けた方も死力を尽くしたのだろう。國學院栃木の全国大会での健闘を期待しよう。負けた佐野高校も、バランスのとれた好チームだった。両校を出場させてあげたいくらいだ。今夜は悔しくて眠れないんだろうな。高校ラグビーも続々代表が決まってきている。年末の花園も熱くなるだろう。
2006.11.11
今週は安藤さんで引っ張ったので、今日は読んだ本の話。『見上げれば星は天に満ちて』 浅田二郎著 文春文庫 浅田次郎が選んだ、彼の好きな短編集です。中島敦の「山月記」と山本周五郎の「ひとごろし」が一緒に入っているという、私にとっても嬉しい編集なのでかってしまいました。恥ずかしながら松本清張の「西郷札」、今回初めて読みました。『ラグビー・ロマン』 後藤正治著 岩波新書 これも、一気に読みました。私がラグビーを始めた頃、同志社大学には平尾、大八木、東田、等々の面々がいて関東の大学はことごとく彼等にやられていたのです。「自由」と「強さ」の両方を追究し続ける姿勢に感銘しました。 なお、ここをご覧のラグビー関係者の皆様、朝日新聞社から出ている『死に至るノーサイド』蟹谷勉著をぜひ読んでください。 明日は秩父宮に行くことになりました。
2006.11.10
今、これを書いているのは10日(金)。昨日書こうと思ったらついつい本に夢中になって書けませんでした。その本の話はまたあとで。 一部で大好評の(笑)安藤竜さんの話。月曜の夜は宇都宮で彼と栃木県のレフリーとの懇親会を持った。といっても、参加者は安藤さんと、私、そして桜岡さんの3人。他に2名来るはずだったのだがキャンセル。惜しいことしたぞ、二人とも。 前日、桜岡さんが慶応対明治を吹いていたのでその話題が多かった。スクラムのコントロールについての意見交換はなかなか面白かった。安藤さんは、ラインアウトのギャップについてもっと広く取ったほうがいいのではないかという意見。確かに、熊谷で彼はだいぶ広く間を空けるよう指示していた。。もっとも、彼曰く、オーストラリアのレフリーはギャップを広く取る傾向があるとのこと。南アフリカは狭い、NZはその中間。 話は弾み、彼がいくつからレフリーを始めたか、とか、どういうステップでここまで来たか、等、興味深い話題になった。10代半ばからレフリーを志す若者が多いが、システムが整っているのもあるだろうがレフリーの地位が高いので憧れるのもその理由ではないか、という桜岡さんと私の結論。 2時間半ばかりの時間だったが、有意義で楽しい時間だった。桜岡さんは忙しい中時間を見つけてくれて職場から直行で会場に来てくれた。ありがとうございました。なお、余計なお世話かもしれませんが、自転車のチェーンに油を差したほうがいいです。
2006.11.09
急に気温が下がったせいか、我が家でも風邪引きが出始めた。そういえば、そろそろインフルエンザの予防接種をしなければならないな。来週病院に行こう。 今週は充実したトレーニングができず少々いらいらする。早く寝て朝走ることにした。そういうわけでおやすみなさい。
2006.11.08
ALTのクリス先生の授業。今日はタッチラグビーをやった。彼は休み時間は子供達とも我々とも流暢な日本語で会話しているが、授業の間は日本語はまず使わない。今日もいつもの調子で授業をしていた。 まず、タッチラグビーのルール説明。前に投げてはいけない、片手タッチ3回で相手ボール、これだけの説明でいきなり試合。それでも、10分もやればけっこう様になってきた。いつもの癖で(笑)つい笛を吹いちゃうが、隣のコートではクリス先生がボールを持って走っていた。子供の時からやっていただけになかなか上手い。これなら、リッチー・マコウ勝てるかも知れないぞ、クリス。にも次回は俺も混ぜてもらおう。 授業が終わって、クリスと話した。日本の子がボールをもらうと、まずパスをする相手を探す。ところがNZの子はパスしないで自分で走り出す。だから、日本の子には「ボールをもらったら走れ!!」と教えるし、NZの子には「パスしろ」と教える。これは面白い。考えてみれば、日本の子の身の回りにはボールを手に持ったまま走っていいスポーツは存在しない。ラグビー普及の鍵は、ボールを持って走る面白さを教える当たりにあるのではないかという気がする。 授業中にラグビーができるとは、なんて幸運な小学校教員なんだろう、と思った一日だった。
2006.11.07
昨日、アンドリュー・リースを家に連れてきた。昨年のイアン・スミスに次いで我が家に来た二人目の外国人レフリーになる。 家族に「アンドリューさんだ」と紹介した。「Nice to see you!」と言えるよう練習したはずだが、本番に弱い家系なので会えなく轟沈(笑)。1年生の息子が「リューさん、どこの国の人なの?」と聞いているので、何のことだろうと思って尋ねてみた。「アンド」が名字で「リュー」が名前だと思ったらしい。漢字で書けば「安藤竜」だろうか。本人に話したら喜んでいた。 彼は週末土・日と連続でレフリーをして、日曜日の夜シドニーに帰る。ハードだが、頑張ってほしい。
2006.11.06
NSW州から来ているアンドリュー・リース氏のタッチジャッジをしに熊谷へ。 外国のレフリーと一緒にチームを組む難しさと聞くと頭に浮かぶのは言葉の壁だろう。確かに、言葉通じたほうがいい。だが、それ以上に難しいのは前提を共有できるか否かだと感じる。たとえ言葉が通じる日本人同士でも、「言わなくてもやってもらわなくては困る」「ここは説明しなくても理解しているはずだ」という前提が共有できていないと非常に疲れるし、逆に、外国のレフリーでも前提を共有していれば特に何の問題もなく試合が終わる場合だってある。 非常に勉強になった一日だった。何が勉強になったかは聞かれたら話すことにします。やれやれ。 ちなみに、今日のアンドリューの笛はわかりやすい、いい笛だったと思います。
2006.11.05
日本代表対オーストラリア首相15(フィフティーン)の観戦のため、秩父宮へ。今日はずいぶんと入場の際のチェックが厳しいと思ったら、安部総理が来場するという。道理で眼光鋭い男達が多いわけだ(彼等はみんなSPだった)。 11月2日から来日しているアンドリュー・リース氏と一緒にメインスタンドで観戦。最初のうちは「何を話そうか」なんて考えていたが、ゲームが進むうちに「今の判定は、どう?」「あれでいいんじゃない。」なんて感じになってきた。もちろん、全て完璧な英語です(大嘘)。明日、彼は熊谷でレフェリー。僕はその試合のタッチジャッジだ。 試合の内容についてはいろいろな人が観戦記を書くだろうから割愛。プレーヤー、レェフリー、タッチジャッジの皆さん、お疲れ様でした。
2006.11.04
早起きしてジョギングした。11月だというのに半袖で十分過ごせるくらい暖かい。日中も20度くらいあったんじゃないかな。地球温暖化の影響だろうか。 以前から娘と約束していた「デス・ノート」を見に行く。人気映画の続編、しかも公開初日ということもあり広い劇場は満員だった。内容には触れないが、なかなか楽しめた。 さて、今日は十三夜。勤務先の地区では、昨日から子供達が「ぼうじぼ」の話をしていた。十五夜と十三夜の夜、子供達が家々の庭や玄関先で手作りの藁鉄砲で地面を打ちながら「ぼうじぼ当たれ!三角畑に麦畑、大麦小麦もよく当たれ♪」と歌う。豊作を祈る風習なのだが、子供達の楽しみはその時もらえる小遣い。一軒につき千円くらいもらえるらしい。こうして集まったお金を子供達で分けるわけだ。十五夜の時は大雨でやれなかったので今回は気合いが入っていた。僕は、子供の時は隣の県に住んでいたのだが十五夜には「月見泥棒」という風習があった。この日は他人様の庭に勝手に入り込んで供えてある団子やお菓子を取ってもよいとされていた。 冬でも寒さを感じる日が少なくなったり、一年中緑の野菜がスーパーに並んだりして季節を感じる機会が少なくなってきているが、子供達がぼうじぼの話をし出すと、秋も深まってきたな、と感じる。 ところで、十五夜・十三夜にけんちん汁を食べる習慣ってこの辺りだけのものなのかな。調べてみよう。
2006.11.03
関係者各位にご迷惑をおかけした膝の怪我ですが、御陰様をもちまして治癒いたしました。ありがとうございました。 前日のTK4さんからの指摘を受けて、今日はオーストラリアの話実はかつてシドニーで3試合ほどレフリーをしたことがある。ある高校と大学の合宿の帯同のような形だった。シドニーに着いたその日にランドウィック対イースタンサバーブスの試合を見に行った。キャンピージーが試合に出ていてびっくりレフェリーがピーター・マーシャルでまたびっくり試合のあと、ピーターが選手に囲まれて、判定に説明を求められているのを見て「何だ、俺と同じじゃん」と思ったのは若気の至りと今では反省しています。 で、試合が終わったあと、ピーターのところに行って握手してもらった。自分が日本から来たこと、レフリーをやっていること、明日○○で笛を吹くこと等を知っている英単語を無理矢理つなぎ合わせて伝えた。するとピーターは「何時からだい?」と聞いてきたので「2時からだ」と伝えた。「そうか、がんばってくれよ」と励まされ、天にも昇る気分だった。 翌日、初の海外での笛ということもあり、少々緊張気味でアップしていたら…ピーター・マーシャルがやってきた。「タッチジャッジをしに来たよ」って、嘘だろ…。ええ、がんばりましたよ。 ピーター・マーシャルのタッチジャッジをしたことのある日本人レフリーはいるが、ピーター・マーシャルにタッチジャッジをしてもらったレフリーは僕一人かも知れない(まだ確認してないけど)。 名もない日本人のレフリーを見に世界の5本の指に入るレフリーがふらりとやってくる。彼の懐が深いのか、それともそういう文化なのか、それは分からない。だが彼から受けた恩は何かの形で返さなきゃ、と思った。 そんなわけで、今、声をかけてもらう機会があれば外国から来たレフリーの案内や手伝いをしている。日光に連れて行ったり、温泉と偽ってスーパー銭湯に入れたりしている程度だが(笑)。かつて、僕がシドニーで「レフリーやっててよかった」と思ったのと同じように、彼等が「日本でレフリーやって楽しかった」と思ってもらえることが、あのときの恩返しになるような気がしている。
2006.11.02
11月になりました。TK4さんは8月からずいぶんたくさん吹いたんだな。僕は怪我で断った1試合を除いても笛4つに旗3つ、高校生の試合は3つかな。これから取り戻しますよ。 一日よい天気だった。こういう日は自転車通勤が気持ちいい。流す感じでも所要時間は33分台だった。通い始めは40分かかったからだいぶ時間短縮したわけだ。体力がついたこともあるが、変速やこぎ方のコツを覚えてきたのがその理由だろう。膝も痛みをほとんど感じなくなってきた。週末はいけそうだな。 昨日から学校にNZからのA.L.T(英語指導助手)の先生が来ている。オークランド出身でラグビー好きと来れば休み時間の話題は決まっているよねジョン・カーワンが所属していたマリストクラブでラグビーをやっていたこともあって、新生ジャパンへの思いも熱いものがある。 彼の奥さんが大のオールブラックスファン、しかもリッチー・マコウに熱を上げているそうだ。「マコウと僕を比べていじめるんです。僕はあんなタックルできませんよ」と嘆いていたが、奥さんは君のタックルを期待してるんじゃないと思うよ、クリス。 職員室では忘年会の話題が出ていた。汗ばむような日が続いているので実感は湧かないが今年も残り2ヶ月になった。ラグビー、授業、学校行事、それに今年は原稿も書かねばならないなど、早くも「師走」モード。もう一人自分がほしいと思ったが、きっと二人でしゃべってばかりで仕事にならないだろうな。
2006.11.01
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