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2003.12.28
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カテゴリ: カテゴリ未分類
生きるということに対して考えさせられることがあります。

世界の中には今日を生き抜くということに真剣になっている人が沢山います。しかし、私たちの生活は真剣になっている時間がどれくらいあるのでしょうか?

私は2年前に独立して自分で会社を興して仕事をしています。サラリーマンとして仕事をしていた時代に比べると仕事のやりがいがあるのと同時に真剣にならないと会社自体が無くなってしまうという緊張感を持って仕事をしています。
また、社員を雇うとその給料も払いながら仕事を継続させる必要もありますので他人の生活まで心配して仕事をやる必要が出てきます。これも真剣にならないと大きな痛手を受けてしまいます。
経営に失敗した人、現時点では成功している人、それぞれ運や資質などあると思いますが、共通しているのは、この何ともいえない緊張感、恐怖と戦って仕事をしているということではないでしょうか。
その感覚は経営者でなければ分からないと思っています。

自営やSOHOとして一人で仕事をするのも大変です。これに社員ということで人を雇い入れると大変さが倍増してしまいます。しかし、人を入れないとビジネスを行なうためのシステムを確立することはできません。

以前のサラリーマン時代、仕事のやりすぎで内臓疾患で入院した時に、なんとも言えない虚脱感を感じたことがあります。自分が会社に対して感じていた忠誠心への疑問、目の前の仕事だけにとらわれて効率が悪い仕事のやり方をしていた自分への反省など仕事を離れて見えてきたことが沢山ありました。
働けば給与がもらえるということで仕事をしていましたので無理=お金という感覚にもなっていました。


何かの目的がないと、『今を生きる』という定義も難しいように感じます。

何のために生きるのか?

高校に入るために勉強する、大学に入るために勉強する、就職するために勉強する、短期の目的では良いと思いますが、すべてが人生の目的を達成する手段が目標になっているような気がします。

何をするためにこの高校、大学に入るのか?就職したらその会社で何をやるのか?そしてその仕事自体を行なうことで自分は何をつかもうとしているのか?

などの生きることの本質を考えると人生は大きく変わるのではないかと最近は感じています。





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Last updated  2003.12.29 12:23:39


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