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例によって筆が…キーボード叩きが進まない。世の中、書く材料は毎日まいにちシコタマ溢れ出ていると言うのに。原因は一つしか無い。酒だ…酒だ!酒切れだ!酒ぇ~持って来いW(これじゃアル中だ。
年末から歯医者さん通いをしている。数十年ぶりだ。そして、そこで厳しく飲酒を咎められた…と言うわけではない。今日は抜歯をしたので流石に飲酒は控えた方が良い。当然、飲まない。いずれも自己判断だがその良否は明白だ。当たり前だ。ところがそんな解りきったことが酒飲みには通じない。ほろ酔いの快楽と引き換えに激痛に耐えねばならない。それでも飲んでしまうのが呑兵衛なのだ。にもかかわらず私は飲まない。どうして?
暫くぶりの歯医者さん。その変貌ぶりには驚いた。設備も最先端ですごいが、何より歯医者の先生が自分より遥かに若い。自分より年長の歯医者さんはもう“死に絶えた”(絶句。
自分が通う歯医者さんは、かつて、20年来住まいしていたマンションの住人仲間であった。知り合った頃は今風に言う“ニート”かと思っていた。自分が所有するマンションの倍以上の部屋数をもつ戸口から出てくるのだから、大金持ちおうちのニート息子。
それが朝の出勤時、いつも乗り合わせるエレベーターで話すうち、歯医者であることが分かった。それもなかなかの理想に燃える歯科医のようだ。人は見かけによらぬもの。
暫くして私はある会合の主催者から、医学関係の専門家による啓発的な講演企画を依頼された。そうか…私が仲間内によく彼の話をしていたのを人伝いで聞いていたのか。私の依頼に彼は多忙な日程を割き喜んで応諾してくれた。
誰もがお世話になる歯医者さん。卑近な例を通して彼は理想とする哲学を語り、更にそれを反映した理想の歯科医療について語るのだった。さすがに詳細について語ることは自分には無理だが、言わんとするところは、現在、彼が運営する医療法人に徹底して具現化されている。
その具体的な一例がインフォームドコンセント(informed consent) の徹底であろうか。来院者の疑問・質問に実に粘り強く対応する。それは誠実な対話こそが、来院者の不安を取り除き、安全で誠実な納得の治療を行うことに繋がっていくとの信念からだ。
これまでのインフォームドコンセントとは、限りなくインフォームド…コンセプトに近く(苦笑、ややもすれば医者側からの“確かに言っておきましたからね”の保険的念押し?位の認識しかなかった。これに承諾書が加わわると医者側の責任回避アイテムは鉄壁となる。確かに…このようなお医者様が多かったのだ。
しかし、彼の運営するクリニックは日毎、治療工程毎に説明が入る。医者が替わり、技工士が替わり、その度なのである。不要な説明は、もちろん無い。対話には相当の訓練を積んでいるのだろう。まさに要にして肝なのだ。因みに今日は抜歯をしたが、担当医(女性)の施術前の適切な説明で不安は払拭され、痛みはほとんど感じなかった。術後の保全処置の説明では禁アルコールの言辞は皆無だった。が、推して知るべし、酒はだめなどと押しつけがましいことは言わない。納得すれば自分から規制はできるものだ。
不安=恐怖=激痛の鉄鎖を断ち切る対話による治療である。これは、病に患者と共に立ち向かう彼の思想の真骨頂なのであろう。まるで劇中の主人公のようだ。
若かった彼も40も半ば。風貌は変わらないが渋さが増している。重厚感さえも漂わせている。そしてその眼は炯炯として自信に満ち溢れている。これだからこそ日本の未来は心配ないのだ。
そんな彼らに対し、私は飲まないと誓っているのだ。今日も明日も、明後日も…。あさってくらいになれば、どうかな、聞いてみよう。