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私の父が今年から地域の老人会の会長を仰せつかっている。私も書類の作成などのような仕事で、一部サポートする機会があり、以前よりも老人会というものを身近に感じるようになってきた。かく言う私もそう遠くない将来、この仲間入りをする年齢になる。しかしそう考えると、「果たして自分はこんな中で上手くやっていけるのだろうか?」という心配も頭をもたげてくる。というのも、老人というのは、とかく群れたがるものだが、私は用もないのに「群れる」ことが嫌いだ。そもそもこの段階でアウトなのだ。それならいっそ「孤高の老人」よろしく、周りとの接触を断ってしまえばいいではないか、とも思ったりもするが、それもどうかとも思う。独りで何も出来なくなってくる中では、周りとの助け合いの必要性が増してくるだろうから、現実的にはかなりしんどい状況になってきそうだ。よく、それまでサラリーマンとして「肩書」を背負って生きてきた人が定年を迎え、肩書を急に奪われてもプライドだけは高く持ち続けた挙句、地域に上手く溶け込めず、淋しい思いをしている、といった話を聞くが、私自身そんなプライドは持ち合わせないものの、ずっと周りに溶け込めずにいるようなことは、充分に想像できる。今はそれでもいいやと思っていても、今後心身ともに衰弱していく中で、そうも言ってられない。とはいえ、こういうのは“なるようにしかならない”ものかもしれないが。
2015年10月27日
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飲食店の生ビールサーバーで生ビールを出す際には、炭酸ガスが使われる。液化炭酸ガスの入ったガスボンベをビールサーバーにつなげて使うのだ。で、飲食店はそのガスを我々酒小売店から購入するので、ウチの店にも在庫を置いている。そのほとんどは固定の得意先に対して売るのだが、ごくたまにイレギュラーな売れ方もある。まあそのほとんどは、ウチの得意先でない飲食店が急に切らした、なんていうケースだが、今日のお客はちょっと違った。「生ビールに使う炭酸ガスって、こちらで扱ってますか?」と入って来た男性。最初は飲食店の方かなと思って対応していたら、どうも話がなかなかかみ合わない。「どんな大きさですか?」とか、「充填はここでしてもらえますか?」などという言い方から、そのガスボンベを使ったことが無いというのが分かった。「失礼ですが、飲食店の方ですか?」と尋ねてみると、何となくばつが悪そうな顔で、「いえ、違います」と答え、続けて説明してくれた。その炭酸ガスは熱帯魚飼育のために使いたいのだそうだ。ただ酒屋でそんな話をするのが何となく憚られたようなので、なかなか言い出せなかったらしい。実際に別の酒屋では断られたこともあったと言うし。まあウチにしてみれば、何もやましいことに使うわけじゃないので、いいですよと言っておいた。それにしてもそんな用途があったとはね。またやって来るかもしれないから、その時は熱帯魚の話など、いろいろ聞いてみようかな。
2015年10月16日
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NHKの朝ドラは今月から「あさが来た!」が始まった。このドラマのテーマ曲をAKB48が歌うということが話題になり、ドラマが始まる前から「そんなんなら観ない」という声が聞こえていたが、彼らはやっぱり観てないのだろうか?もちろんAKBのレギュラーシングル曲のようなノリノリの音が出て来るワケは無く、フォーク調のしっとりした曲だ。好き嫌いは別にして、なかなかよく出来たメロディーだとは思う。何せ前作の「まれ」のテーマ曲が、個人的にはひどいものだったと思っているから、尚更だ。非常に素直で自然なメロディーラインもさることながら、音域が非常に狭いのがいい。たったの1音を除けば、きっちり1オクターブの中に納まっているのだ。昨今のJポップはおしなべて、やや奇をてらった様なメロディーラインが目立つ様に感じるが、そうなるといきおい音域も広くなりがちだ。だから逆に言うと、狭い音域の中でメロディーを紡ぐことがいかに難しいか、ということになる。これほど狭い音域の曲は、最近では私の知る限り、SMAPの「夜空ノムコウ」しか浮かばない。音域が狭ければ、当然歌いやすいわけだから、老若男女の観る朝ドラのテーマ曲には最適だろう。ただ私も前から言っているが、本当は歌なしのインストロメンタルの方がいいと思うのだが。
2015年10月14日
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日本ハムの大谷翔平投手が、今シーズンの投手3冠に輝いたというニュースを見た。ただ私は投手3冠というのを、「勝ち星」「防御率」「奪三振」だと思っていたのだが、どうやら3つ目は「奪三振」ではなく「勝率」第1位であるらしい(パリーグのみだが)。しかし私は以前からこの「最高勝率」というタイトルがどうも気に食わない。勝率というのは、先発投手がどれくらいの割合で勝てたか、を計るものだろうが、その算出方法は「勝ち数÷(勝ち数+負け数)」という単純な計算だから、勝ち星や負け星の付かなかった登板は度外視されてしまう。それにただでさえ自分以外の要因に左右されやすい「勝ち星」というものを、あまりに少ない分母(10~20)で率にしたところで、とても意味のある数字とは思えない。「最多勝利」のタイトルがあれば、「最高勝率」など不要だろう。それではそれ以外に、主に先発投手の力量を評価するタイトルが必要というならどうするか?で、ここからは私の提案であるが、「最高勝率」の代わりに「最高QS率」というタイトルを制定してはどうだろうか?「QS」とはメジャーリーグで以前から用いられている「クォリティスタート」という指標だ。先発投手が6回以上を投げて自責点「3」以内に抑えた場合、QSを満たしたとされる。つまり先発した試合の中でQSを満たした数がどれくらいの割合だったか、それをパーセンテージにして、最高の数字を上げた者がタイトルを獲得する。これなら先発した試合全部を対象に評価できるので、先発投手の評価としては、より実態に近いものになるはずだ。早速検討していただくことを望みたい。
2015年10月08日
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最近、「議論」というものについてふっと考えることがある。「議論」というのにももちろんテクニックがある。それを駆使できる人は、要するに“議論上手”なのだろう。ただそのテクニックのあるなしで議論の行方が決まってしまうのは、果たしていかがなものか?そもそも何のために議論をするのか?こう問うと大抵の人は、「異なった意見のどちらが正しいかを決するため」と答えるだろう。しかし議論というのは、単に勝ち負けを決めるものなのか?よく議論の場で、相手を「論破する」という言葉を聞く。これなど完全に、テクニックを弄して雌雄を決する、ということに他ならない。それからもうひとつよく聞くのが「理論武装」という言葉。議論で勝つために「理論武装」する必要がある、ということだ。言いたいことは分からないでもないが、そもそも議論の場に「武装」というきな臭い言葉を使う違和感は拭えない。議論というのは「勝ち負け」ではないと思うからだ。私は「議論」というものは、異なった意見を持つ人間同士が歩み寄るものだと思っている。どこまでも自分の我を通そうとすると、いつまでたっても平行線のままだ。でも巷ではそう考えてる人も少ないかもしれない。「朝まで生テレビ」なんか観てると、ついそう思ってしまうのだ。
2015年10月04日
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