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2010年11月13日
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カテゴリ: ふっと思ったこと
このところ「知る権利」ということについて、考えさせられることがあった。

「知る権利」というのは重要だ。
ただこの「知る権利」については、大まかに2つに分かれると思う。

ひとつは、何かをするために「これを知っておかないとハナシにならない」というもの。
もうひとつは、単なる野次馬的な欲求を満たさんがためのもの。
一応どちらも同列に認められているが、後者の場合、例えば芸能人に群がるリポーターなんかを見ていると、
そんなものが大手を振って認められる必要があるのかな、という気にもなる。

話は変わるが、「知る権利」の行使が何かの妨げになる、ということも考えられる。
また同時に、「知る権利」の先にある対象物が、「知っておかないといけないもの」か、

「知らないほうがむしろ良いもの」には、「知っていたところでどうにもしようが無いもの」
というのも含まれるかもしれない。

要するにこれらの要素が複合的に合わさった場合、例えば
「知っていたところでどうにもしようが無いもの」を「単なる野次馬的な欲求を満たさんがため」に
「知る権利」を振りかざした結果、何らかの不都合が生じる、ということもあり得る。

ということは「知る権利」を求める一方で、知ろうとする我々がそれを知って如何にするか、
というビジョンも同時に求められるのではないか。
もっともそれは社会的な手続きとかではなく、ひとりひとりの心の中に内在するモラルであるべきだが。


なんだか抽象的で分かりにくい文章になってしまったが、以上のことはあくまでも一般論的な呟きであって、
特定の事象に特化して述べているものではないことを、改めて付け加えておきます。





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最終更新日  2010年11月13日 15時22分12秒
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