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自分自身の小学校の卒業式はよく覚えている。3回出ているから笑。
小学校4年生の時の担任が放送部の顧問で私は放送部員だったので、卒業式の練習に駆り出された。放送機材の搬出搬入や式典練習中もテープやレコードやマイクなどの機械のトラブルがあった時などに備えて待機。先生一人では大変なので、私も手伝わされた。
5年生になって担任が変わっても、私が前年で要領が解っているので手伝わされた。6年になった時は、放送部部長だったので、当然のごとく。
三年間卒業式に出ているので、送辞と答辞の全文、半世紀経っても今でも暗唱できる笑。
中学の卒業式、殆ど覚えていない。式典が終わった後、大泣きしていた同級生の女の子がその後のクラス会に殆ど出てこないのが意外だったぐらいかな。(軍隊みたいに厳しい学校卒業出来て喜びの涙だったのかなー笑)。
高校や大学の卒業式は出ていない。大学入試や旧司法試験の準備と重なったためだが。
若い頃は、そういう式典には出ない方がカッコイイ?ぐらいに思っていたが、ケジメなので出た方が良いと今は思う。
ところで、結婚式は相手がいることなので、無論、キチンとしたところで挙げたけど。バブルの最中の割には派手にすることはなく、出席者も80人ぐらいにさせて頂いた。
バブル中だったこともあつてか。費用は双方の親がそれぞれ出してくれた。お祝い金は新郎新婦が全額もらったので、今から思えばそれなりの金額だったけど。世の中がバブルの最中だったので、大した金額だったという感情は当時はなかった。
新婚旅行にオーストラリアに行ったのに。お祝いのお金がまだかなり余ってるいたので、連休を利用して更にハワイにも行った。
自分は当時、地味な専門学校の専任教員だったのでバブルは関係なかったと思っていたけど。今から考えたら、明らかにミニバブルだった。
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