Laub🍃

Laub🍃

2011.02.14
XML
カテゴリ: .1次長
金はほとんどのものに侵食されない。
鉄壁のそれは、泥の中で唯一信じられるものだ。

金は人の心を安定させる。俺の心を安定させてくれるのは、金だけだ。
だから俺は、自分の心を乱す相手から素知らぬふりをしてサービス代を頂く。

それが詐欺師と言われようと知ったことか。

人間は人間に対価を払わないとだろ?

ーだけど、その弊害か。
俺は相手の心を乱したと思った時、相手によって何かしらを貰った時、金を払わずには居られない。
そうしないと安心できない。


金の切れ目は縁の切れ目と言うが、俺はこれを教訓にしている。

何故なら金の絡みさえなければ、0からやり直した付き合いができる。
恨みも余計な願望も、絶望も希望も全てを上っ面で始末つけられる。

金は天下の回り物。

ならば天下の信用の全てが金で成り立ってるってことだろ?
だから俺は他の何よりも金を信じている。





ーだと、いうのに。トリップしてきた世界では金の概念がまるで通じなかった。
こんな所で元の世界の警察やら司法制度やらのありがたみを実感するとは思わなかった。

過ぎたことを清算するでもなくぐちぐちぐちぐち。
俺をこんな世界に送ったきっかけの馬鹿と同じで嫌気が刺す。


変な事で借金が取り消されたり、増えたりもする。
しかも対立組織間では通貨が異なる。同じ国の癖になんなんだここは。

嫌になって、唯一まともに金の概念が通じる賭博場に行ったらちょっと特権階級の機嫌を損ねてしまった。ぶりっ子男の娘はお気に召さないようで。
窓の外、沼に突き落とされたときは完全に終わったと思った。
異能の梟に化ける力もそこじゃ役に立たなかった。


綱渡りでどうにかやってきた筈が、あっちの世界に置いてきた金も、こっちの世界で手に入れた金も、何も守ってくれやしなかった。
身に着けてるアクセサリーは俺を沼に引きずり込む役にしかたたなかった。


沼の下には、海底炭鉱とかいう場所があった。
落ちぶれた奴らの末路。

だから俺は今度はここで一山当てることにした。
ここの世界での絶対的に信用できるものを見付ける為に。





そいつがやってきたのは、俺が地下で活動しだしてから3年目のこと。

「こんにちは、貴方がここに最近やって来たという叩き上げの人ですか?」
「わあ、光栄です!霞と申します、以後もお見知りおきを」

本当は以後よろしくなんてしたくない。
だけど我慢だ、こうしないと話が通じないんだから。

「……あなた、ここの場所があまり好きではないですよね?」
「……だとしたら、どうするというのです?」

まさかとは思うが、いつかのオッサンみたく一緒に逃げようとか言いだすんじゃねえだろうな。
馬鹿の馬鹿な行動に巻き込まれるのは御免だぞ。
俺は俺の信じる力だけで、他の全てを捻じ伏せるんだから。

「そうですね…貴方には一から十までお話しておいたほうがいいかもしれませんね。
 俺は、仲介人のカナタと申します」

俺、ねえ。言葉遣いに結構気を使ってきた者としては気にかかるものがある。
私じゃないのかこういうところは。
しかもこいつは、噂で聞いた奴とどこか似ている。

「…ふーん、疎まれ者を連れて行くドコカじゃなかったんですね?」
「……ご存知でしたか。しかし、今回の俺の顔は、カナタですよ」

ふうん。てっきり俺を気に入らない奴が逆恨みで依頼したのかと思ったけど、違うんだ。

「俺の得意先は二つございましてね。
 一方は研究所。主にドコカが担当致します。
 もう一方は保護所。主にカナタが担当致します。」
「で?」

ちらりと相手の顔を見やる。
子供っぽくも、老獪でもない、綺麗でも汚濁してもいない不思議な顔。

「貴方には是非保護所に来ていただきたい。これまでの実績はなかなかに面白い」
「でも働かなくちゃいけないんでしょう?」
「自分の好きな仕事をしてくださって構いません。組織を守る、その律からはみ出る事がなければいいのです」
「……へええ…」

そこでは、組織の体さえ守れればいいのか。
自主性に任せる。怖い言葉だけどな。

「でもねえ…ここで結構わたしも実績重ねてるから、もったいない気がするんだよねえ…」
「そう仰られると思いました。ですから、あと数人ー連れて行きたい人や、幸せにしたい人が居ましたら、その人たちの地位についても保証しましょう」
「はぁ?わたしにはそんな人居ませんけど」

俺の周囲にあるのはその場限りの付き合いばかりだ。
お得意様とかいっても旗色が悪ければ切り捨てないと自分が危ない事になる。
自分が旗色悪くなっても誰にも助けてもらえない?そんなの、這いずってでもまた戻ればいいだけの話だろうが。

「……俺の知ってる話では、お一人だけ居る筈ですが?」
「……」

しゃあねえなあ。

「じゃ、そいつ……ここいらの酒場のアイドルの名前、あげてみろよ」
「バーティカル=クレウズさんですよね?」

あのいつも酔っぱらった赤い頬が思い浮かぶ。

「ええ。アイドルっていっても…異能も金も賢さも力も若さも何一つ持たねえおっさんですが、あの人に一生涯色んな所の色んな酒を呑ませてくれる保証があるんなら、行くのもやぶさかじゃないですね」
「承りました。組織に縛られることもなく、自由に動けるようにしてほしいと?」
「物分かりがいいですね。エスパーみたい。本名は伊藤とかいうんじゃないでしょうね?」
「……はは、一応日本人同士ですからねえ。そのネタがここで出てくるとは思いませんでしたよ」

二人で笑って、炭鉱の奥へと歩いていく。
化け物がうようよしている海へ泳ぎ出るのでも、罠だらけの地上への道を歩むのでも、もときた沼の真下から登ろうとあがくのでもなく。
一応もし騙されていた時の為に一定の距離はとり、武器も身に着けてはおくが、どうやら役に立たないまま済ませられそうだ。
やがて。こんな所あったか?と思うような場所に、辿り着いた。

「この中ですよ」

巨大な不吉な樹がそこにはあった。ぼこぼこと穴が空いて、周囲を無数に烏が飛んでいる。
気付けば後戻りできる道は閉ざされて、窓の外の海は真っ赤に濁っていた。

「……あのさ、バーティカルと一緒に行ってもいいか」

酔っぱらったあいつの声だけが、俺の痛みを和らげてくれた。
酒が切れて震えるあいつの手だけが、俺に優しさをくれた。

だから、それがないと。

「……そう仰ると思って、連れてきていますよ」

岩盤ーいや、恐らくそう見えているだけで実際は出入り口なのだろうーから、カナタとそっくり同じ顔の男がやってきていた。

「こちら、バーティカル様をお連れした…私の分身です」
「へ…へえ…これがあんたの異能ってわけですか?」
「……ええ。便利でしょう」

よく分かってない様子で酔っぱらっているバーティカルの手を取る。

「……んあ?カスミじゃねえか~。どした~。顔真っ白だぞぉ~、お前は酒をちょっとでも呑め~」
「……あのさ、他の所の酒呑みたいよな?バーティカル」
「おお~、呑んでみてぇなぁ~」

何も信じられない新しい世界。
バーティカルはきっと、そこでもいつも通りだ。

だからいける。

「……カナタ。準備できました」
「はい。では、こちらへどうぞ」

次に行くそこが、更なる泥沼だとしても。


to be continued...?





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017.04.30 11:27:46
コメント(0) | コメントを書く
[.1次長] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: