Laub🍃

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2011.03.18
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カテゴリ: .1次メモ
「あああああああああああああああああああ」

 日夜この国の大気を揺らすのは、一匹の怪物の鳴き声。
 日増しに大きくなるそいつを育てているのは、やつを見下す僕達自身。


「もうやだもうやだもうやだもうやだもうやだ」

 そいつに全てを押し付ければ良い。押し付ければすっきりする。そいつに恨みも叶わぬ欲望も妬みも恐怖も痛みも全て吸い取ってもらえばよい。

 その結果そいつがどうなるかなど知ったことではない。

 周り中に気遣いをする神父も、いつも人を救うため気を張っている医師も、そいつの前では聖なるただの人になれる。

『そいつの横で一晩眠れ。そうすれば翌日には穢れを吸い取ってくれるから。』
 何百年も前は泉だったそこと、そこの主だったそいつは、穢れの掃き溜めと化してからは濁ったヘドロと化した。


 だが今はその浄化が追いついていない。世界中から祓いを求めて人々が訪れるのだから。

 罪人は泉の横で数日も寝かせていれば、お上に対して従順に。
 邪気無くして戦う者であっても、そのそばに居させれば、戦闘への活力が失われてゆく。

 この国は、ゆえに平和だった。戦おうと思う者も居らず、国王達も無為に人々から税を徴収し苦しめることなどなかったから。

 逆に遠ければ遠いほど効果は薄れた。この国で一度暮らした者は、出来る限り泉の近くに居ようとした。自分も、自分を囲む人々も清らかな者ばかりなのだから。



 「もうやめて」

 その声が聞こえ始めたのは、僕が5歳の時。

 「もう無理、駄目、来ないで」

 誰に聞いてもその声は僕以外には聞こえていないそうで。

 「俺はもうこれ以上汚れたくないんだ」

 だから僕はそれが聞こえていないように振る舞った。



 聞こえない。

 「ぐっ・・・あああああ・・・・おっう・・・う・・・・・・」

 聞こえないんだ。
 罪悪感だって、自分が汚れている自覚さえ吸い取られれば翌朝には殆ど意識できなくなる。

 「嫌だ、嫌だ、助けて」



 「怖い、こんな、気持ち悪い俺なんて死ねばいい」

 汚くなる自分自身に恐怖するそいつも全部無視すればいいだけの話なんだ。

 「だれか、だれか助けて」

 ……くそ!!!


 どろどろになったその塊を悪臭を耐えながら引きずり出す。

「おい、やめろ!」
「神官様の御子だからといって、それは許されな……」


 知るか。知ったことか。お前らがひとり清いと自己満足に浸っている間にこいつが、どれだけ。
 清くなることでその都度無知に近付いた奴らに言ってもきっと意味なんてないけれど。

 一番近くで暮らしていて、無意識に穢れを吸い取られている自分のことを棚に上げていることは自覚している。けれど心の中で罵倒するこの罵倒は、この憎しみは、僕のものだ。物心ついてから一度も、自分では聖地に毒を吐いて来なかったから。そんな自身を誇りに思う。

 そんな僕だからこそ、こうしてこいつを引き上げられるんだ。

「……背負うぞ!!!」

 次の瞬間、そいつと泉だった所から黒や紫や緑や灰や茶や藍無数の糸が、爆発するように伸びて行った。










***







「なあ、知ってるか?キヨラ国の話」
「ああ、長年溜め込んだ穢れが噴出して皆死んじまったんだろ?」
「いやいや、違う。穢れは全て元の持ち主に戻っていったのさ」
「ああ……なあ、うちの国の王様の死因ってまさか」
「そうそう、キヨラに通うのが趣味だったからなぁ。浄められては汚れ、浄められては汚れ」
「狂い死にだってよ」
「やっぱり他の力に頼るもんじゃないねぇ」
「俺達はお綺麗で居ようとなんて思わないからな、やっぱり俺達こそが正義だろうよ」

 商人の集団が、砂漠の中ほど、円形の布状の仮家の中で語らっている。

「そう思うだろ?新入り」
「ええ」

 新入りは、二人。

「そういや、お前らはキヨラ国から逃げてきたんだよなぁ」
「あの混乱びびったろ」
「……そうですね。でも、本当にあなた方に出会えてよかったです」

 にこりと微笑む少年は、年に不相応な苦い笑みを湛える。

「ありがとうございます」

 表情を全く変えない、全てが抜け落ちたような青年は、全く感情を感じさせない声で礼を言う。

「いやいや、当然のことをしたまでよ」
「まあその分働いてもらいますけどね!」
「こら、余計なこと言うなって」
「そっちの兄ちゃんはまだちょっと衝撃から抜け出せていないみたいだけど…」
「すみません、兄さんは……」

 数年もすれば、また人の感情を吸います。
 けれど今度は、良い感情も……

「え、今なんて言った?」
「すまんなぁ、この年になるとあそこも耳も弱くなっちまってなあ」
「下品なこと言うんじゃありません」

「数年もすれば、あなた方と馴染めると思います」

 にこりと微笑む彼の目の内側、眼球は商人たちを犬に与える餌のように、見据えていた。





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最終更新日  2015.08.08 11:12:12
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