Laub🍃

Laub🍃

2011.03.19
XML
カテゴリ: .1次メモ

 きっとお前には上を見上げる方が向いていると言ってくれたのは誰だったろうか。

「……上なんて、辿り着けるわけあるまい」

 今日も今日とて暇な俺は空を見上げる。
 もっと向上心のある奴は俺が無為にするこんな時間も生かしてみせるのだろう。

 だが俺の手の中にあるのは勉学の助けとなる書物でも商売の助けとなる算盤でもなく、今話題になっている艶本。

「ああ、やっぱり男●山先生の煽り文は堪らぬなあ」

 もう癖になってしまっているのだ、こうして怠惰になることで自身を誤魔化すことが。
 胡坐をかく俺の目の前、商品は朝からちっとも減らない。人通りの少ない路地だから当たり前だが。まあ、これも言い訳だが。



「兄者」
「おお、伸次郎か」

 見上げる先には大きな影。きっと俺が立っても、見上げねば視界に入らぬ影。

 昔は見下ろしていた筈だったのだが。

「今日も新しい商品を増やされたのですね」
「いやぁ、珍妙すぎて誰も寄りつかぬがな」

 がはは、と笑い飛ばすと信次郎はそのうちの一つを手に取る。俺が小間物商人から買い取って、自身で組み上げた絡繰り。この地方では他の著名な人物に全て目線が集まるゆえに、日の目を見ないそれを、恐らく一番長く見てきているのは弟の伸次郎だろう。

「いえ、兄者の品は見ていて心が躍ります。……私も精進せねば」
「おう、精進せえ!」

 お前の方が儲けているくせに、お前の方が人目を集めているくせに、お前の方が望まれているくせに!

 ……などと言うことは口に出さん。恰好がつかぬし、何よりそれを言ってしまえば自分が折れてしまいそうだった。


「いえ。……大通りで売る方が私には合っているようです」

 それは、大通りでも他に客を奪われずにやっていけるという意味か。汚い本音がまた顔を出す。

「ふ、まあ人にはそれぞれ向き不向きがあるからのう」
「ええ。本当に」

 俺の向きは艶本を探す事、不向きは商売と言ったところか。何故このような場に、時間を浪費してまで市を開いてしまっているのか。



 それだけが俺の誇りだった。励ましなどなくとも、子供に物をすられようとも、客と盛り上がった話などできなくとも、俺は己の商品や商売がみじめになりはすれど捨つることなど出来はしなかった。
 そうしてそれだけが俺の誇りとなった。

「お前もそうだろう、伸次郎」
「……ええ。兄者。兄者、良いことを言いますね。……すみません、少し愚痴を吐きたいのですが……休みが取れたら、また遊興に出掛けませぬか」
「おう!」

 伸次郎と俺の悩みの形は違う。俺は見上げてばかりいるし、伸次郎が見下ろす時に見た景色の話など一生本当に分かりはしないのだろう。けれど下から、伸次郎が見下ろしたものを見上げることはできるのだ。

 伸次郎には、目に入らぬものを、俺だけが見られる。

 それは何とも、面白い話ではないか。



 bさて、ではその想いを新しい絡繰りに込めるとするか。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2015.08.08 12:01:48
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: