Laub🍃

Laub🍃

2011.07.01
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カテゴリ: .1次メモ
 嘘をつく力だけが上がっていく。

「大丈夫」
「なんでもない」
「こんなの簡単」
「どうでもいい」

 俺の真ん中は成長しないまま、建前の自分だけが成長していく。
 建前の自分は気が付けば随分と背が高くなっていて、立派で、今更こんな醜い小さな本音が世界に出ていける筈がない。

「だれか「なんでもありませんよ」
「きづいて「こういう仕事嫌いじゃありません」



 それでもやっぱり気付いてほしくて、身の程知らずだと知っていても指を伸ばす。その度に建前が俺を元の場所に押し込める。お前はそこでオブラートの海に溺れていろと言わんばかりの。

 ずっとずっとそればかりだった。

 けれど今日その指先に、白い細いものが触れた。

「な に?」

 オブラートに包まれ過ぎて声のまともな出し方を忘れてしまって、ああなんて醜い淀んだ鬱屈した生気のない声だろう、建前が加工してくれるそれは綺麗で世界に相応しいものなのに!

「あたしも」

 その声は、同じように濁っていた。

「あたしも、嘘つきだよ、真野くん」

 けれどその声は聞き覚えがあった。俺が知っていたのはもっと柔らかくて触るに適した、人が触りやすい温かさの声だったけれど。

「赤石さん」
「気付いてくれたんだ」



「やっぱり、人によっては見抜かれちゃうんだね」
「……ううん」

 君の温度を僕が知ることが出来たのはきっと一つの理由のお蔭だ。

「君が僕の本音に触れてきたから。手袋越しとかじゃなく、触れようとしてくれたから。
 ……その触れ方が、」



 そう言うと、赤石さんはまた笑う。その声は例えて言うならテレビで見たきりの砂漠の熱風のようで、僕は姿を保っていられない。

「だったら、あなたは冷たいのが本音ということなの」
「……そうなるね」

 随分と人らしくなりたかった。けれど、なれなかった。
 だから外側だけは取り繕うことにした。もう他の人が凍傷になるのも俺から離れていくのも見たくなかったから。

「怯えて縮こまって保身ばかり考えて固まって動けない、それが俺。本当の俺だよ。……俺の本音は、誰も聞きたくないんだ。みんな、聞いたら、困った顔で固まってしまうんだ」

 奔放さを普段必死におしこめている赤石さんが、羨ましい。そうなれる彼女が羨ましい。
 俺は無理をしないとそんなことできないのだから。

「なら、さ」

 べり、きゅっ、べりべり。唐突にマジックテープを剥がすような、キャベツを剥くような音が響く。
 なんてこった。時を経てかちんこちんになったオブラートをとかし、べりべりと剥がしてやってくるだなんて、赤石さんは本当に、容赦のない。


「あたしにその冷たさを、教えてよ」

 にやりと笑う太陽のような赤石さんは、小さい子供のままの俺と、そんな俺を隠そうとする「本音」を、まるごと熱風に載せてさらってしまった。


「取り敢えず、行こう?」


 彼女と握る手からは、鬼のように熱が伝わってきて。

「あはは、ひんやりしてて気持ちいい」
「……はは」

 眩む目に、暫くは身を任せてみたいと思った。





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最終更新日  2015.08.05 00:36:17
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