Laub🍃

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2012.05.19
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*狂ったように、叩かれる鍵盤。
 それにどこか似た雨が降っていた。

『つまんねー人生だなあ』

 雨は好きだ。
 気付いた時からずっと聞こえている心の副音声を掻き消してくれるから。

『何も生み出せないならいっそ死んでせめて何も消費しない奴になればいいのに』
「うるさい」

 死にたいと黙れを交互に繰り返す。傍から見れば完全に怪しい人だ。
 だけど俺は誰にも気兼ねなくこんな情緒不安定なことを出来る。


 一人は自由だ。


 ざあざあと鳴りやまない雨。
 誰かの怨嗟の声にも聞こえる。
 雨粒さえ大群でやってくるのに、俺は一人ぼっちだ。


 だから今日も逃げて隠れて、惨めに生きながらえている。



 どこかから歌が聞こえる気がする。

 歌は嫌いだ。大抵が希望を歌ってやがる。
 人間性だの。人柄だの。馬鹿らしい。

「「お前のその正義は正義じゃないよ」」
「うるさい」

 くそったれが。


 つまんない人生せめて少しでも捧げようと思った相手はなんだったっていうんだよ。
 あのひとの名の許にやってきたことは、なんだったんだよ。

 無政府状態よりは、悪政だろうと何かに支配されていた方がいいとする者と。
 悪政よりは魍魎跋扈群雄割拠のほうがましだという者と。
 どうでもいいから世界を滅ぼそうとする者と。




 皆、あそこには居たけど、皆殺されてしまった。

 俺は何もできなかった。

 また心と耳だけは後悔の念に死にたいと黙れを繰り返し、目と体はぼーっと動かないでいる。
 なるようになれ。
 その想いが叶ってか、歌声は段々と近付いてきた。
 目の前に、歌の主が立つ。

「どうしますボス」

 にこにこしてるヤクザ。いちばんやばいタイプのやつ。
 俺達の組織を潰したトップ。
 そいつが歌っていた。希望の歌を堂々と歌っていた。
 いっそターミネーターのテーマでも歌ってくれよ。
 そうしたら散々に笑い飛ばしてやるからさあ。

「殺せ。今度は逃げられないようにな」
「分かりました」

 舎弟とおぼわしきアホそうな男が銃を取り出す。

 あーあ、死んだな。
 まあいいか。

『つまんねー人生だったなあ』
「そうだな」

 生まれてから初めて、その声に肯定を返した。

『……やっと頷いたな。じゃ、別の所で、新しい人生を始める気はあるか?』
「は?」

 ちょっと待て、お前は誰だ。

『お前がこの人生に満足してるならほっとこうと思ってた。けどな、こんな事態になったらほっとけねえんだよ。共倒れはごめんだ』
「待て、なんなんだお前は。俺の心の声じゃないのか?」
『まあ急かすなって。でどうなんだ、やり直したいのか?それともこのままお陀仏か?そこまで絶望してるなら諦めるけど』
「……分かったよ、新しい人生始めるって言えばいいんだろ!後で絶対に正体教えろよ!!」

 そうだ、物心ついたころからずっとこいつに悩まされてきた。安定を捨てて変な世界に足踏み入れたのも特別なものを信じるようになったのも全部こいつのせいなんだ。

『そうだな…まあいいよ、やり直せれば。今度はもう少し面白い人生になってるだろうしな』
「……」

 瞬間苛立ちが頂点に達する。
 面白いだの面白くないだの、全部お前の基準だろうが!
 俺をこれ以上振り回すな!
 俺の頭から出て行け!

 そう思うが、そいつは答えない。念じ方が足りないのか。

 うんうん唸っていると、すっかり忘れていた目の前から声がかけられる。

「何だこいつ祈り捧げてますぜ」
「こいつらの信じてた神様教祖様とやらへの祈りじゃねえの?どっちかっつーと麻薬への祈りかもしんねえけどな!」
「しっかし哀れですねこいつらも。利用されるだけ利用されて……」
「はは、まあ言ってやるな。可哀想だろ」

 聞こえない聞こえない聞こえてはいけない。

 まだか。おい、まだなのか、新しい人生とやらは。まさか死んで生まれ変わって新しい人生始めるとか言い出すんじゃないだろうな副音声は。

『よし、準備完了。念じろ、信じろ、認めろ、絶望しろ。

 お前はこれまでの人生を捨てて、新しい人生を選ぶんだ』

 それは、今度こそ幸せなのか。

 水を差す奴が誰も居ないような、まどろむような生き方なのか。
 それとも目の前のこいつらのように、疑うことを知らず何かを誰かを信じられる生き方なのか。

『絶望こそが正解への道。
 絶望だけが救済への第一歩。
 抗うな、委ねろ』


 静かに目を閉じる。見てきた全てを捨てる覚悟で。


「……いつまで委ねていればいいんだ」
『あと少し』


「……いつ」
『せっかちだな。もう少し』

「しかし、こうしている間に撃たれたりしないのか」
『それは大丈夫。今、お前の身体はもうあいつらの前から消えてるから』

 ファンタジーか。
 不思議の国のアリスみたいな感じか…?

『不思議の国のアリスって。その強面で』
「うるさい。お前も同じ面だろうが」

 ぶすくれて言い返す。若干の推測に過ぎないことの確認も含めて。
 そうするとそいつは何もひっかかることがないように笑った。

『はは、まーね。……ああ、もういいよ。目を開けて』
「……」


 目を開けると、そこは異世界だった。
 けれど、どこか見覚えがある……


『つまんねえなんて、口が裂けても言えないような世界だ』

『新世界だ、喜べよ』

 戦場だった。





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最終更新日  2017.03.31 02:13:59
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