Laub🍃

Laub🍃

2017.03.28
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カテゴリ: 🌾7種2次裏
彼は、僕が助けた相手に突き落とされて、ここに来る為に必要なものを失った。
死ぬことはなかった。だけど一緒に穴倉を出た時、代わりに大事なものを失っていた。
あの人が失った目ではなく、耳がおかしくなっていた。
それ以外はどこも異常がないのに、そこだけが駄目だった。

耳が壊れやすい遺伝子持ちだったんだろうと片づけられた。
そのたった一つの欠点で、他の全てが否定されて、彼は来られなかった。

「オレが居なくなっても頑張れよ」

どこかおかしな発音で彼は言った。
僕の慟哭を聞かないで、僕の文句にいつもの兄の顔で応じて。

いつものように僕には本当の顔を見せないで強がって。

そうさせてしまう僕は未来に来るべきじゃなかった。
彼は未来に来るべきだった。
それなのに来られなかった。
こんな世界は間違っている。

だから、来る筈のない奴を皆で撃ち殺して、来ている筈の彼を皆で少しずつ装った。

彼は、必要な人間だった。

僕とは違って、ここに居なくてはいけない人間だった。

だから彼の遺志を継ぐ為に僕は彼のやりそうなことをしている。
僕がやったと言ったら彼が笑ってくれそうなことをしている。

僕はこんな世界に来たかったのか。そんなことはない。こんな世界よりもこの世界の為に頑張っていた時の方がずっと幸せだった。

僕が誰かを救うことが出来るとしたら、その相手は彼ぐらいだったろう。
でも、その彼はもう居ない。

そして、彼はこの世界に来たかったかもしれない。

だから譲れない想いを目に胸に秘めていた彼の為に代わりに譲れないものを広める。
人を助けることを日常的に行っていた彼のように在れと理想を規定する。



勉強をがんばったのも、あの先生達の腕を掻い潜ったのも、この世界で一般人を助ける為。
それをきっと彼ならできていた。
だけど僕が頑張らんとしても、結局それは偽物だ。
それに彼なら、僕の事を最後に自分が汚れてでも送り出してくれた彼なら、こんなこと考えない筈なんだ。

こう考えている僕を、どうか叱ってくれないだろうか。
心の中で何度も君に呼びかけるけど、過去に前例がない時は君はただ黙ってこちらを見ているだけ。その度に僕は自分では何も決めてこなかったと実感する。

不幸に酔って。哀しみに溺れて。過去に漂って。


抑えきれずに君に告白する。


「僕は君と一緒なら来られなくても構わなかったのに」

呑気に生きたままでよかったのに。

僕一人でこんな世界に来るくらいなら。
世界の価値を見出せない僕が来るくらいなら。

でも君がそれを望むから。
突き落とされたときあの人を一緒に引きずり込んだ時確かに僕にそう望んだから。

だから僕は生きないといけない。

行きたくないと、生きたくないと彼女は言った。
親友の居ない世界なんて要らないと。

僕も言いたかった。
僕は言えなかった。

あっちの世界で、彼の存在を伝えたかった。
そうしたら彼がもしかしたら生き返るかもしれないと思った。


何の為に生まれて、何をして生きるのか。分からなかったけれど、彼が言うから頑張って来た。
今は聞こえない筈の彼の声に、ずっと耳を澄ましている。





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最終更新日  2017.04.13 10:19:24
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