Laub🍃

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2017.07.07
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カテゴリ: 🌾7種2次表
七夕なので7SEEDS二次創作。



歌を歌えない安居の話です。未消化。








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 声には魂が宿る。
 話すことで、人は変わっていく。

 だけど、歌は違う。
 人間は何かの連絡手段として用いるのでなければ、歌っていなくても問題ない。
 歌なんて、単なる自己満足だ。
 そんなもので世界は変わらない。


 だから歌を歌う代わりに仲間に呼びかけて、敵を威嚇して、自分のどこが駄目だったのかを直す為に問い続けた。そっちの方がまだオレは確実に世界を変えられるから。


 歌う為の声の出し方なんて、とうの昔に忘れた。

 それを悔いたことなんて一度もなかった。






 洞窟を脱出してから、平凡な日々が続いている。
 昔思い描いた未来とは違う。
 信じていた要先輩はもう居ない。執着していたリーダーとしての強い立場もない。
 だけど、これをずっと続けていくことは決して不快でも虚しくもない。

 目標があるお蔭かもしれない。
 オレと涼、他にも何人もが船に乗って外の国に行く。
 滅びなかった外の世界で、オレたちの想像もつかない暮らしをしているかもしれない人達に会いに行くんだ。



 要先輩がオレたちの記憶に遺したそれとは違って、歌詞の載ったそれは夏Bらしく、うろ覚えだったり、途中で途切れたりとあやふやなものだ。

 歌ってみろと言われることも一度や二度ではなかった。
 夏のAは歌も歌えないのか。そう言わんとする秋の目、生暖かい目が邪魔でもあった。
 だけどオレは未だに歌を歌えない。


 小瑠璃がハルの演奏に併せて、あゆが新巻の野球に対して謳う。

 つい先日、虹子でさえも蘭の故郷の歌とかいうものを一緒に歌って作業していた。

 音で満ちていく世界は、少し離れて暮らすオレにとって、昔の幸せだった頃を思い出させるものだった。涼は相変わらず分からないが、まつりが楽し気に歌っている様子に何度かつられそうになって首を振るところを見ているからもう少しなんだろうと思う。

 オレはまだ歌えない。
 誰かに話しかける言葉でない、自分の為の歌を歌えない。
 喉が引き攣る度にテストの時のアヴェ・マリアを思い出し、口からは溜息だけが吐き出される。
 何年も前、声変わりした時よりも首の奥が詰まったような感覚だ。

 誰の為にオレは歌おうとしているのか。
 茂がここに居たら、いつもの調子で教えて、聴かせてと言って来たら、すんなりと喉が開くのに。

 墓参り仲間の角又に一度少しだけそのことを話したが、いつか自然と出てくるものだからそれまでとっておけと言われた。 

 だけど、無性にそれはいつだと問いただしたくなる。

 嵐と花がお互いの為に、今までの時間を取り戻すかのように歌っている時。
 ナツと蝉丸が互いの知らない歌を教え合っている時。
 牡丹さんが蘭をなだめるようにして唱っている時。

 オレの中に欠けたものがあることをはっきり認識する。
 大事なものの形をしているその穴を、隣から聞こえる歌が通り過ぎていく。


 通り過ぎるごとに痛みが一緒に蘇って、叫びたくなる。

 茂か、要さんか。それとも昔の自分自身にか。
 声をかける代わりに、手を伸ばす代わりに出せる何かがあるような気がする。


 だけど最初の一音がまだ、どこにも見付からない。


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最終更新日  2017.07.16 03:40:45
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