Laub🍃

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2017.12.07
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カテゴリ: 🌾7種2次表
・夏A精神逆行×夏A以外タイムスリップシリーズ・安居編01

//唐突に始まって唐突に終わります//




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ロープとナイフをもう一度

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安居の頭の中では、いつも小さな安居が殺されていた。

このままでは大人になれない、このままでは7人に残れない。
そう思うたびに、安居は自分の邪魔な部分を削ぎ落としてきた。

額の痛み。
外への憧れ。
日々の何気ない会話。

その部分は物言わぬ骸となって、安居の心のなかに溜まっていた。
それでも構わなかった。
安居達の命運を握っている先生達は、骸でなく、削ぎ落とされ残った方を尊んだのだから。



…けれど、かつての安居とどこか似た花の目や、嵐の青い劇薬のような理想は、残った安居を責めた。
 そしてあの洞窟で、大人のふりをしている安居を、削ぎ落とされたばかりの、あまりに大きすぎて殺しきれなかった安居が責めた。



 …いつからか、あの頃に戻れたら、という夢想が安居の心に溜まっていた。
 小さな安居は静かなままだ。けれどその死骸達から生えた未練の芽の増加は留まるところを知らず、安居の無意識を着実に支配していった。
 それになんとか対抗できたのは、慣れ親しんだ、未来だけを見る姿勢があったからだ。
 次に会う人、次に助ける人。そうして歩く先があれば、安居は未練と行き場のない想い、果たせなかった約束に潰されずに済んだ。


 洞窟脱出と、出航からはや一年。国内のシェルターを巡る目的を概ね果たし、新たに新世界に漕ぎ出すぞうとらいおん丸は、安居にとって「次」に向かうものの象徴になっていた。






それなのに。

「どうして、今更」

 呟く安居の声は、目の前の崖に吸い込まれる。
 崖といっても海と隣接するそれではない。
 ふわりと漂ってくるのも、慣れ親しんだ潮の香りでなく、土と森のどっしりとした香りだ。

 そして何より。

「安居」

 そう呼びかける声が違う。





「安居、ロープ解けたよ……どうしたの?」

 目の前では茂が首を傾げている。
 涼ではない。
 …おそらく、幻覚でもない。

「…茂…?」

「……えっと…眠いの?安居」
「いや……お前…どうしてここに…?」

 また自分を励ましに来てくれたのか。
 しかし、それにしては幼いし、手に持っているものに違和感が生じる。

「え…崖登りの特訓する為に、ここ来たんだよね…?」
「そう…だっけ」
「うん、そう約束してたよ」

 首を傾げる茂。
 ……これは、夢か。

 崖登り。
 落ちた茂。

 いや、違う。もっとずっと前だ。
 茂がたった一人でてっぺんに登りついて、崖の下から安居達が見上げた顔は誇らしげに輝いていて。あの頃の夢。

 ……なら、目が覚めるまで、もう少し幸せに浸っていよう。
 悪夢に途中で変わらないように願って。

「そうか…そうだな、じゃあ、始めるか」
「うん!」

 それから、思う存分に安居は子供の頃の日常を楽しんだ。
 好きな科目の授業に、大好きな友達、先輩との会話。
 妙に現実感のある夢だな、と思いながらも。





「……目が…覚めない?」


 何度も寝て、何度も未来の世界に戻っているだろうと覚悟しながら起きたのに、安居は未だに過去の平穏の中に居た。
 それに、眠った記憶がなかった。茂に声を掛けられる直前の自身の記憶を呼び起こすが、浮かんでくるのは星空だけだった。何かひときわ大きな星が輝いて、それから、何かぐるぐると巻かれるような、引きずり込まれるような感覚があって。

 記憶の再現に務める安居の脳裏に、夏Bの話していたどらえもんだとかいう作り話が思い浮かぶ。未来から来た機械が未来で作られた道具を駆使して人助けをするのだとか、蝉丸のあちこちに飛ぶ話とナツの生真面目なフォローとまつりのツッコミとをまとめると大体そんな内容だった。

 未来から来る。過去へ行く。
 まさに今の安居のような話だった。

 まさか、本当に、過去に戻るなんてことが。

…ありえない。

 何度も期待しては裏切られた。時間が戻っているなんてそんな都合のいいことがあるわけない。

 過去の世界の幻覚をみていると考えた方が余程現実的だ。

 だとしたら、自分の身体は今頃眠ったまま何らかの生物に餌食にされる所かもしれない。何らかの毒ガスにより昏睡しているのかもしれないし、瀕死の状況で最期に幸せな夢を観ているのかもしれない。

 安居は何度も幻覚からの起床を試みた。

 過去の世界が幻覚だとしたら、世界に違和感があるはずだった。洞窟で何人かがひっかかったように、見ている人に都合のいい世界。オカシイ、と心のどこかが叫ぶ世界。
 今まで安居が夢から目が覚めるのは、概ねそんな違和感を発見した時か、涼あたりに起こされた時だった。
 けれど、今回安居には違和感を発見できなかったし涼の声は何時まで経ってもやってこなかった。
 目を覚まそうとしても、未来で出会った人々の事を思い起こしても、目の前の世界が壊れることも、彼らが混ざってくることもなかった。

 次に考えたのが、未来の世界が夢だという可能性だった。

 安居の中の年を取った記憶が曖昧で、具体的でなく、他のチームも10歳までに出会った人々の部分の繋ぎあわせだったなら、未来を見た記憶が偽物ということになる。
 だが、安居の中に積み重ねられた知識と、夏Bのような施設には存在しえない概念を持つ人々との邂逅の記憶が、それらを偽物と呼ぶのを阻んでいた。

 未来の記憶を一晩二晩の夢や妄想で片付けるよりはまだ、ナツやまつりが口にしていたような、ドラえもんとかいう時間旅行の話と同じ体験をしている方が安居には信じられた。

 本当にあれだけ焦がれていた過去に戻れたのだと認識できたのは、過去で安居が目覚めてからまる一週間経ってからだった。
 だが過去に戻ったことを確信しても、安居は素直に喜べなかった。


……どうして今更、過去に戻るのか。


 混合村を離れ、借りた船を操作して、何個目かのシェルターから物資、書籍などを集めた帰りだった。
 完全に絶望していた頃ならともかく、現在は心の整理がある程度出来ている所で。辛い壁を乗り越え、新たな仲間とともに積み重ねたものもあった。

 あれだけ願っていたのに、いざ戻ったらどうすればいいのか、この状況をどう捉えればいいのか分からなかった。


「…なあ、茂、」
「ん?」

 かつての思い出の詰まった、けれど少し記憶よりも新しい部屋。
 安居はその二段ベッドの天井を見上げ、口ごもりながら口を開いた。
 明日の朝練のこと?と訊く茂に否定を返す。
 そうだ、まだ練習はしないといけない。
 だから手短に、何かこれからの行動の指針となる何かを得なければ。

「もしも…過去に、頭の中そのままで戻れたらどうする?」
「え?…うーん、どうかな。もっと勉強したり、技術磨きたい、かな…?」
「後悔してることをやり直したりとかは?」
「えっと…そっか、それもあるよね。だったら宿題をちゃんと早めに終わらせるかも。やった記憶が残ってるなら、今度は早くできるから…おでこ、ごめんね」

 課題を忘れた茂を庇って鞭で殴られた跡。
 二度目だから今度はもう少しうまく庇って殴られないように出来ないかと安居も思ったが、二度目でもやっぱり安居は不器用で、卯浪は容赦なかった。

「いや、茂のせいじゃないだろ。そんな痛いわけじゃないし。……ありがとうな、茂。こっちこそ、寝てる時にごめんな」
「…え?ううん、全然!別にまだ眠くないし、もう少し長くても平気だよ」
「いや、明日も早いし。オレから言い出して難だけど、もう寝ないと……おやすみ」
「えっ?あ、うん…そう…だね、おやすみ」

 少し戸惑った様子で茂が返す。

…何か変な話し方をしてしまったか?

 安居は自分の話し方を思い返す。

 今の年齢は10歳。この頃はまだ、多少突飛で夢みたいなことを言う奴が多かったから、そんなに不自然ではない筈……

……あ、「オレ」か。

…そういえば、この頃はまだ「僕」が一人称だった。
 多少不自然でも茂は許容してくれるだろうけど、距離が開いてしまうかもしれない。

 それは嫌だなと思いながら、安居はいつにか眠りに落ちていた。
 ずっと飛び続けてきた渡り鳥が、やっと地に足を着けたようなそんな感覚に抱かれながら。



 気が緩んだことを安居は認めざるを得なかった。

 大音量のドヴォルザーク交響曲。

 異常事態への緊張と、失ったものが戻ってきた安心感は習慣を凌駕してしまったようだった。

 ふらふらしながら布団を這い出た安居の頭上では、同じように茂がのたうちまわっていた。

「ごめん、茂…起こしそびれた」
「…ううん………」

 なんとか急いで支度をして出ると、少し前から、誰かがにこりと笑ってこちらを見てくる。

「おはよう、安居、茂。…珍しいな」
「…おはよう、ございます」

 誰か、じゃない。
…昔の要さんだ。

…未来の要さんが脳裏に蘇る。
 安居を失敗作と呼び、冷たい目でナイフを向けてきて……

「……ご、安居」
「!」

 気が付けば、茂に支えられていた。

「…あ、…どうした?茂」
「…安居、…本当に…大丈夫?」

 逆光で陰った茂の顔が、安居を覗き込んでいる。

「……何が」
「顔、青いよ。体調良くないんじゃ…」
「いや…大丈夫」

 振り絞るように言うようでは、説得力は薄い。
 茂はあまり納得できない様子で、ふらつきながらも立て直す安居を心配そうに見ていた。





 それから数日。安居にとっての大きな課題は周囲への対応だった。

「安居…何か悩み事?」
「……そうだな…茂が朝一人で起きられないのはどうしたら治るかなと思ってな…」
「うぐっ…」

 何度も茂に心配され、安居はその度に素直に事情を打ち明けてしまおうかと思った。
 けれど、事情を話し、相談するということは未来の茂の死を話すことに繋がるかもしれない。
 話してしまえば楽になる。…何か新しい考えも出てくるかもしれない。
 だけど、未来の自分が暴走したことが1ミリでも伝わってしまったら。

 軽蔑されてしまうかもしれないし、茂に余計な気を使わせてしまうかもしれないといった不安から、結局安居には誤魔化す以外何もできなかった。

 茂に心配されることには心当たりが沢山あった。一時期ほどではないにしろ、未来の記憶のある安居はピリピリと身構えてしまうのだ。
 未来に一緒に行った仲間とは接し方の違いに戸惑い、未来に来られなかった仲間は死に際が思い起こされ、強ばってしまう。教師というか卯浪に対しては戸惑うどころではなく、殺意を抑えるので精一杯。
 臭いと音と光と触感が、未来の記憶と衝突し合って心の余裕をじりじりとすり減らす。

 だからといって安居は、事情をやすやすと話すわけにはいかなかった。相手が誰であっても。

 茂には心配させたくない。…この時代の涼とは、喧嘩腰でしか話を出来ない。
 あゆや源五郎や鷭とは顔見知り程度の関係だし、繭やのばらには茂と同様、死に方について漏らしてしまうかもしれない。逆に、小瑠璃には繭やのばらの死を告げてしまうことになる。
 そもそも、価値観が違いすぎて戸惑わせてしまうかもしれない。


 ……価値観が違う、と言えば。


 茂の心配そうな視線を避けた安居の目に、要「先輩」が映る。


 ……要先輩ならば、未来の絶望を告げても、大丈夫だろうか。

 ……要先輩は、7人に残った者が未来で取り返しのつかない失敗をすると知ったら、どうするのだろうか。
 試験のやり方を変える?それとも……

 安居を、間引くか。





 けれど、安居の中で押し殺されていた愛着は、その状況を少しずつ慣れさせてくれた。

 そしてある夜ようやく、安居は逆行を好機と捉えられた。

 茂の挑んでいる課題、行き詰まっている所をすぐに言い当てられるようになっていたし、先生達に対して…特に卯浪に対して、殴られにくくなっている。
 今は、前の時よりももっと効率良く進んでいるのかもしれない。……ならば。

 前は出来なかったことが出来るかもしれない、と安居は思った。

 それならこれは、こんどこそ皆を助けられる機会だ。
 茂や要先輩、小瑠璃、繭、のばら、涼達にここ数日で指摘された違和感だって、考えによっては安居が失ったものを取り戻す機会になるかもしれない。

 押し殺してきた、本心から求めていた何かを掘り起こせる機会。

 そう思うと、胸が熱くなった。

 自分が見えなくなってしまった、本当は必要だった何かを再発見する機会。
 誰かが安居に求めていて、けれど既に捨ててしまった安居には応えようのなかった何かを見つける機会。


 不安はあったが、未来で沢山学び、外の人々の考え方に触れたのだから大丈夫だ。

 大丈夫。そう心のなかで唱えて、安居はまどろみに沈んでいく。

 今度は、きっと、大丈夫。







 そんな決心をした翌日も、いつも通り安居はいつもの時間に起床した。

 最近は少し起こしやすい茂と朝一のランニングに行き、要さんにもらったサンドイッチを食べて、ドヴォルザークの響く中戻って、卯浪の鬱陶しい説法を聞きつつ朝食を取る。
 そんな何気ない、けれど失って久しい愛すべき日常。

「…以上だ。この後は朝会だから、早く講堂に向かうように」

 集会の内容は先生が辞めたとか増えたとか、新しい授業が増えるとかそういったものだ。
 成績を表彰される場所と同じ講堂で行われるが、安居が過去に戻ってからはなかった。

 いつものように配られた薬を飲み干し、どやどやと歩く音と子供らしい内容の話の波に安居達は混ざった。

 茂と先日始まった裁縫のことで話していた安居に、ふと近くの会話がはっきり聞こえた。

「眠い…さぼりたい…」
「また卯浪に目付けられるぞ……そういえば、今日の集会ってなんのためだっけ?」

 ちゃっかり4銃士。
 この頃はまだそんなあだ名ついてなかったけど、と思いながら安居は意識を彼らに向ける。

「今日は新しい先輩が増えるんだって。●●先生が教えてくれた」
「へー、…要先輩みたいな人かなあ?」
「いや、オレちょっと見たんだけど全然違った。つーかちょっと怖そうな人が何人か…」

「……?」

 そんな出来事あっただろうか。
 教師が一時的に増えて、また減っていくことは何度かあったが。
 安居が首をひねっているうちに、列は講堂に到着する。

 ちゃっかり4銃士の会話も途絶えはじめ、朝会の壇が見えてくる。

 そこには。

「……えっ」

 朝会の壇の横には、とてつもなく見覚えのある顔が並んでいた。

「……茂」
「?」

 見ていられず安居が茂の方に向き直ると、茂はまた心配そうな顔をした。
 だが、それを憂いている余裕は安居になかった。

「あれって…僕達の新しい、先輩…なんだよな?」
「うん。要さんの知り合いらしいけど、いろんな人が居るね」
「……茂…俺…起きてるよな?」
「………安居、本当に大丈夫?」


 いろんな…どころじゃない。

 要先輩と夏A以外の、未来で生き残った全員がそこに居た。

「……どうして…?」

 いったい、何がどうなっている。
 少し離れた所に立っている要先輩が、笑っている。
 まるで安居の葛藤など全部お見通しとでも言うかのように。


「ねえ、安居……安居!?」


 ここに、この時、居る筈のない人々。

 存在してる。

…もしかしてオレは、10歳になる前にあの人達を見ていたんじゃないか、それを材料に未来の登場人物に仕立て上げたんじゃないか。

…オレの記憶は、どこからどこまで現実なんだ。

 その目線が安居に向いたのを感じ、今度こそ安居の意識は遠のいた。





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最終更新日  2018.01.15 06:51:46
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