Laub🍃

Laub🍃

2018.01.06
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カテゴリ: 🌾7種2次表
逃げを語る嵐の話。

・全体を通して嵐花
・中盤でナツ、蝉丸、安居達との話
・外伝嵐&ぞうとらいおん丸貸与経緯捏造
・嵐の花ラブを表現しきれませんでした
・虫食( 参考・レモン味 甘味 /リンク先虫写真注意)描写あります

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立ち向かえないことがあった時、俺は逃げてきた。
逃げて、建て直したり仲間を増やして計画的に準備して再び挑めばいずれ壁を越えられる。

他の人にだって、それが出来ると思っていた。





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◆◆◆◆◆◆◆◆
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懐の窮鳥、猫を噛んだ窮鼠 

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◆◆◆◆◆◆◆◆
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辛い現実を、必ず乗り越えなくちゃいけないとか、立ちはだかる人を必ず倒さなくちゃいけないとか、誰が決めたのか。








「逃げられないの?」
「……そんなわけにいかないだろ」

 俺に「逃げる」選択肢を持つことを教えてくれたのは幼馴染の花だった。

 あの言葉は夏休み14時、市民プールの太陽と共に蘇る。

 監視員さんのプールチェックの間、俺達は向日葵の咲くプールサイドでじりじりと日に焼かれながら、二人して眉をハの字にして話していた。


「でも、お父さんに閉じ込められてるとか、縛られてるなんてわけじゃないよね」
「母さんが、仲良くしてほしいって思ってるから」
「…でも、仲良いふりして、嵐だけが我慢してても、どんどん嵐がお父さんのこと嫌いになるだけでしょうが」
「…」
「自分の力だけじゃ立ち向かえない時は、距離を置くのも一つの手だって、…えっと、……お父さんが言ってた」
「…ふうん」

 花のお父さんは頭がいい。
 確かにそれももっともだ。だけどそんな「逃げる」選択肢、花が言うなんて。

「…どうして笑うの」

 説得力に欠けている。

「…花だって当たって砕けてるじゃんか。逃げないじゃん、花」
「それは…そうだけどさあ」

 今ほど仲良くなかった頃だった。
 今のように心配で諭すというわけじゃなく、純粋に不思議で訊いてみたかった。
 当時ガキ大将として徒党を組んで周囲を振り回してた俺は、花が仲間も作らずに何かに逆らったりしてるのが不思議だった。
 だけど、理不尽な大人たちの決まりに屈したくないとか、誰しもが見ないふりをしていることに挑みかかる花は格好良かった。

「でも、嵐んちの場合、お父さんはたまに帰ってくるだけなんだよね」
「そう。なのに見当違いの説教にアドバイス気どりのこと言って、母さんに余計な苦労させて、馬鹿みたいだ。俺は絶対にあんな奴みたいにならない」

 事情を良く知らないのに首を突っ込む奴。
 綺麗ごとを言いながらも、実現策を言えないで結局他の人任せにする奴。
 そういう親父のような人間に、俺はなりたくなかった。

「だったら、別にいいじゃん。…例えば、お父さんが居る時、友達の家に泊まりに来るとかして、嵐のお父さんと顔合わせなければ。ちょっと嵐のお父さんが寂しくなるかもしれないけど、嵐はお母さん越しとかメールとかで話してた方がいいんじゃない?」
「……そうだなあ」
「……今日も我慢するの?……ねえ、…うちに遊びに来る?」
「…ありがとう、花。……今はまだ、大丈夫。……本当に辛くなったら、頼む」
「…うん!任しといて」

 あれからかなり時間が経ってから、俺は花の家にお邪魔した。
 花のお母さんは花にそっくりだけど大人っぽい余裕があって、花のお父さんは冷静そうだけどどこか茶目っ気があって、ご飯は会話しながらでも味がして、とても羨ましかった。

 花が『両親は優しいけど距離がある』とたまに言うことをちょっと贅沢だなとも思った。

 適切な距離は大事だ。
 うちの親父のように、ずかずかと、こっちがいいとも言ってないのに思ってないのに踏み込む奴は嫌いだ。


 だから俺は、花以外とはいつも距離をうまく保ってきた。
 花とは互いにくっついて甘え合った。

 花は俺の聖域だ。
 地上で唯一、俺が踏み込んで逃げ込める楽園。

 逆に、そんな花が俺に甘えたり、守られる事を是としてくれるのも嬉しかった。

 全てから逃げても、お互いが居るならそれでいいとさえ思った。

 母さんを喪った時。
 親父が更に荒れてどうしようもなかった時。

 花の腕の中はそれでも温かかった。


 未来の世界に突然攫われて来た時でさえ、夢想の中の花はいつも柔らかな楽園だった。
 俺の生きる意味で、俺以外に対しては俺が頑張っても果たせない裁きをしてくれる女神。

 何があっても守り、信じなければならない人。







 花があまりに猪突猛進だから、俺は守りに入るようになった。
 花が闘っている時に花を連れて逃げる場所を確保して花の腕を引っ張るようになった。
 花が巻き込まれそうな時や戦ったら余計に花に不利になりそうな時、俺はずっと花の手を引いて逃げてきた。それでも相手が追って来るなら俺が間に入って立ち向かうようにしてきた。

 だが、不良に襲われかけた花の為に不良をボコボコにした時はついやり過ぎてしまった。
 花を傷付けられた怒りだけじゃない、自分の領域が侵された苛立ちが、相手を再起不能なくらいに痛めつけろと頭の中で叫んでいた。
 やばいなあとか、久しぶりの喧嘩だとか、花泣いてるとか、この後どうしようとか考えてはいた。考えてはいたけど、これは守る為だから仕方ないなんて自分を説いて、いつもの反動も入れ込んで、結局水泳の選手を外されて退学しかけて、それだけならともかく花まで退学になりかけた。逃げるという手を取ればよかったとそこで初めて思った。

 花の為に。

 花さえ無事なら、俺のプライドなんてどうでもいい。

 花の腕の中が俺の逃げ込む場所なんだから。

『うるさい』
『もういやだ』
『皆勝手ばかり言って』

『花はそうじゃないのに』

『俺は懸命にやってるのにどうしてそうやって台無しにするんだ』

『花は違う』

『そうだ、花が俺を待ってる』

『花は一人だと誰かとぶつかってしまうから、守らないといけない』

『だから、花に会うまで頑張らなきゃ』

 逃げる場所は花の胸の中で、そしてそこは常に守られていた。何物にも変えようのない、揺るぎない何かに俺は惹かれた。

 花のお蔭で俺はお人好しのままで居られた。
 花のお蔭で俺は傷付けるより守る為に闘えた。
 花のお蔭で俺は人として大事なものを育てられた。

 俺がこうして生きてきて培った持論は、逃げる事は悪いことじゃない、だ。
 向き合っても、言葉を尽くしても、響かない人は居るから悪戯に傷付け合うよりは逃げた方がいいに決まってる。

 …逃げた方がいい、というより、逃げるしかない、と言った方が近いだろうか。

 普段攻撃しない人は、いざ攻撃し始めるとやり過ぎてしまうという。
 やり方が分からないから抑えが効かない、いつも溜め込んでいる分まで発散してしまうから相手を必要以上に傷付けてしまう。……相手と関係のないことでも当たり散らしてしまう。
 仕事先での鬱憤をぶつける親父もそうだった。

 だから俺は、守って逃げる以外の手段を取るわけにはいかなかった。

 あの状態になるのはやばい。

 特に未来では俺を鎮めてくれる花が居なかった。
 花に会うまでは、何としても生き延びなくちゃいけなかった。

 生き延びるには、どうすればいいのか。
 逃げたっていい。
 逃げないとやってられない。

 逃げないと、大事なものを失ってしまう。

 俺はその想いから、逃げられる時は逃げるようにしてきた。



 俺は未来でも逃げた。

 牡丹さんと蝉丸から逃げた。
 秋の村の怒りと諦めから逃げた。
 花と会えないかもしれない事の認識から逃げた。
 15年間誰とも会えなかったのに、見ず知らずの、それも冷たい対応をしている俺にさえ嬉しそうに接する彼から逃げた。

 逃げなければ、同じようになってしまいそうで怖かったのかもしれない。
 情けなかった。

 逃げて逃げて行き着く先で想うことはいつも一つ。

「花さえ生きていたら」

 花の腕の温もりが残っていたから耐えられた。
 花を守る役目があったからいつも頑張れた。

 それ以外に俺には何もなかった。

 俺は逃げることか傷付ける事しかできないのかもしれないと思った。
 ……正直に言えば、

「2人とも俺が居ないと駄目なんだから」

 蝉丸とナツのダメダメな所に救われていた。

 接する相手に欠点があるからこそ、救うことで自分の存在意義を見出せた。

 適度な所で止めに入って、適度な所で息抜きして、適度な所で手助けをして、花の居ない空虚を埋めるように、あるいはそうした現実から逃げるようにして俺はこの世界と仲間に順応し始めていた。
 優しく愚かで穏やかな日常。
 花の手紙と、いつか会えるという希望に纏わりつくどうしようもない不安を、その温かさが癒してくれた。






 育ての親と適度な距離を取れない所が、俺と安居さんは似てるような気がした。
 離れていいこと、忘れていいこと、一度距離を置いてそれぞれの道を歩まないとどうしようもないこと。

 安居さんは物理的というより精神的に縛られている気がしたから、実際の状況はよく分からなかったけれど、つい言ってしまった。

「逃げられなかったんですか?」

 残酷な言葉だ。
 言った直後に後悔した。いや、言う前も少し逡巡した。

 だけど俺の言葉は安居さんの慟哭を止められた。嬉しかった。

 勿論、涼さん、そして茂さん達の支えがあったということが、一番の理由だろう。
 俺の拙い言葉だって、安居さんが途方もなく素直で元来前へ前へと進む性質だからこそ通じた手だったのかもしれない。……安居さんの悩みが膿み爛れていて、幻覚を繰り返し見るくらい目や心を圧迫していたから、傷跡を切り開くだけでよかったからかもしれない。

 ともかく、大きな船の中で安居さんは前を見ることが出来た。
 …これで彼のことを解放出来ると思った。これから彼はどう変わっていけるだろう、と嬉しくなった。

 蝉丸やナツが少しずつ穏やかになってきたように、彼も、今存在しないものの呪縛から解放されるだろうと、希望を抱いていた。

 蝉丸とナツは一緒に旅をする中で、かつての人間不信や社会への怯えを少しずつ「逃げられたもの」として認識できるようになっていたから、過去から延びる鎖を自分で解けるようになってきていたから、安居さんにもそう出来ると思った。


 だけど。


 罪のない花を襲ってなお、俺に対してしか悪びれない安居を殴った時、その考えは甘かったと思い知らされた。

 話を俺と出来ないからと、何メートルも下の大地に飛び降りた安居に手を伸ばして届かなくて、俺はくそ、くそと周囲に当たることしかできなかった。

 逃げるな。逃げるなよ。

 だけどそうする俺はたった一人だった。
 どんなに声を枯らしても、腕を振り下ろしても、何一つ届かなかった。
 安居という人間像自体、つかんでいたつもりがするりと逃げられてしまったような気持ちだった。

 百舌さんは、そんな俺や秋の村、そして花の言葉と拳の代弁をしようとしてくれたつもりだったんだろう。

 その様子は、普通なら俺達は喜ぶべきものだった。
 昔の俺なら、もしかしたらどうしようもないと処断した安居から逃げるだけだったろう。
 それなのに、俺は首を突っ込んだ。

「黙れ……!」

 憎悪と未練と愛着とが煮詰まった声だった。

 秋から蔑まれ、花を酷く傷付けた安居が、皆が逃げ出した迷路にたった一人残されている子どもに見えた。

「やめろ!!」

「…百舌さんがやめろ!!」

 だから、俺は叫んだ。安居の悲鳴にも似た怒声よりも響くように。

 逃げられない状況もあったんだ。
 逃げても逃げても追いかけてくる状況もあったんだ。


 …あの船の墓場で見た、残酷な希望から逃げ出そうとした彼らのように、

『普通の人』が狂わされることを、安居達はされたんだ。


 安居の守りたかった人、安居を守って死んだ人から、安居は逃げたくないんだ。


 一つ一つ、少ない手がかりからほどくようにして、百舌さんを止めながら、安居の心に響きそうな言葉を探した。花には心底申し訳ないと思っていたけれど、安居をここでこうして鎖から解放することや削り落とされた部分を回復してもらうことは、巡り巡って花の為になるだろうと信じた。

「いつか必ず謝らせるから」

 花もきっと、安居が殴られたり殺されることで救われたりはしない。
 そして、俺や百舌さんが安居を殺したり廃人になるまで追い詰めることも望んでいなかっただろう。





 ぞうとらいおん丸は、俺達にとってなくてはならないものだった。

 主にナツと俺とで名前を付けて、俺とナツと蝉丸とで持ってきたお宝。
 夏B全員で乗り回し、百舌さんや安居や涼達に教えられ手入れした、日課の象徴。
 あれがあったから3人でひばりちゃんを救出できたし、秋のチーム・夏のAチーム、そして全ての生き残りを助けることもできたMVP。

 俺達の誇りだったけど、俺達だけのものじゃなかった。
 被災地の炊き出しのようなものと言えばいいのか、とにかく、一番必要としている人の為にぞうとらいおん丸はあった。

 子育てという、新たな一歩を踏み出したくるみさんと新ちゃん、流星さんや、最近崩壊しかけた俺達の家の事を考えれば、安居と涼に船を持っていかれるのは不安で、そうした思いを牡丹さんは安居達に伝えていた。

 それよりなにより、安居には離れる前にしてもらわなきゃいけないことがあった。

 怒りの行き場がなかったとはいえ、花のお父さんに傷付けられたことを理由にして花を虐げた、そんな行いに悔いを示すこと。花を『憎い貴士の子供』でなく、『唐突に親の罪を突き付けられたけれど、それをどう捉えればいいか分からなかった子供』として、人格を持っている一人の人間として接すること。

 目的も夢も倫理観も奪われてしまったとはいえ、先生達に教育された内容を理由にして生き残った人に発砲して、結果お蘭さんを庇って亡くなった十六夜さんに対して振り返ることもなかった、そんな行いに悔いを示すこと。……そうでなくとも、何か考えること、十六夜さんがどんな人だったのか、『殺した相手』だけでなく、もう居ない十六夜さんの人格を認めること。

 だけどそれが何によって成されるのかは、事が殆ど終わるまで、俺にはわからないままだった。



 洞窟の外に出てから、本当に久しぶりに再会した花。
 本当にうれしくて、全ての苦労が報われた気がして、他の全てが頭から吹き飛んだ。
 …妙に花と近しい新巻さんの言動は除いて。

 だから、海に行った時も気が緩んでいた。全部が終わったような気がしていた。
 今生きている場所はゴールのその先で、幸せに暮らしましたとさの世界だと思っていた。

 だから、俺はあの場に居合わせることが出来なかった。
 謝らせるとか説得するとか、そういう手を尽くすまでもなく、結局涼が手引きをして、安居が自分で謝った。安居は自分の罪から逃げなかった。

 そして花は、間に誰かが居なくても安居と会話出来た。

 その後無理が祟って熱を出していた花はとても痛々しかった。
 今の花は、どうしようもなく合わない相手にも逃げないで跳ね除けないで、自分を傷付けた相手であっても、相手の攻撃の理由を理解しようとしていた。
 そんな花の言葉をちささんとのび太くんから聴いて、やっぱり花は、俺がずっと心の支えにしてきた花だったと実感した。
 そんな花の心を支え、守るように立つことが俺の出来ることだった。


 …安居は花に謝った。涼が半ば強引に用意したきっかけだったから互いに不用意感は否めなかったし、せめてどっちかに事前に知らせておくとか俺や牡丹さんみたいにクッション役が同席するようにするとか出来なかったのかと思ったけど。

 …角又さんが弔いをした後、お蘭さんは安居に十六夜さんの事を言えた。安居は、何かをより考えるようになったらしかった。

 安居に俺が近づく必要はない。
 俺に安居が近づく必要もない。

 これ以降はもう個人的に関わることはないのかもしれない。


 俺は花を守る為に。
 安居は平穏を壊さない為に。






 安居が皆に頭を下げて、ぞうとらいおん丸を使った抱負を抱く少し前。

 ぞうとらいおん丸をあの二人が借りたいと言っているという話を、船を持ち帰った俺達3人は聞いていた。
 ナツと蝉丸はもともとそう反対というわけでもなかったし、俺も他の人が良いというならと頷いた。

 もう二度と戻ってこないと言っても、安居は新世界で何か発見したらものだけ渡してきそうだし。気が付いたら増えている朝方の薪や、気が付いたら誰かが直している日々の不都合のように。
 …ナツが蝉丸と話して、皆に言うべきか否か悩んでいた、あの食べ物たちのように。






 そして、今日。





 日差しの中、彼らは出航した。
 あっち側に飛び込んだまつりが手を振って、こっち側に居るナツと泣きながら別れを惜しんでいるのを、蝉丸は困ったような顔で見ていた。
 だが涼はちらちらと姿を見せつつもこちらを見ることは一度もなく、安居に至っては乗り込んだきり、髪の毛の先も見せなかった。






『俺が一番、早かった』

 安居のもがき苦しんでいた姿が、頭の中からすり抜けて『1月』の高い青空に溶け消えた。

『…俺も、負けませんよ、多分』

 俺が安居に重ねた、逃げきれず抱えていた嫌な記憶が、花の慣れ親しんだ体温に溶け消えた。

『…ケガが治ったら競争しますか?」

 あの一方的な約束未満の挑戦。
 安居もきっと忘れている。

 なのにそれだけが、腕と足を冷たく尖らせていた。





 その後はいつも通りそれぞれの役割に戻った。
 …それぞれの役割の中で安居と涼の置き土産と接した。

 橋や昇降機等、増設物の点検や検証に、水と家のチームと空チームと植物チーム。
 掘り下げられた通路の使い勝手の確認に、海チームと地上探索チーム。
 少し飼い慣らされて動きの鈍くなった蜘蛛の取り扱いに、動物チームとガードマン役の苅田さん。
 いくつか巻かれて置き去りにされていた糸を使った実験と織物作りに、医療チーム。
 新しい食材や食べ方のメモについて、やっとそれらを安居からのものと伝えられたナツと、畑チームで残された牡丹さん。
 それらの在庫確認、情報まとめなどに村長の秋ヲさん達。
 未知のモノたちを、いずれ扱う相手として教材にされる子供達。

 ……海から、数日前まで夜ごとに送られていた、安全確認のモールス信号とそれが分かる人達。


 そうして、昨日も、今日も、明日も。


 安居達が、色々なものに当たり前に立ち向かった結果を組み込んで、残った皆は当たり前に色々な手段で持って応え、発展をしていく。
 …そして、百舌さんと花のお父さんが残した結果を組み込んで夏のAチームが生きたように、花も、その結果を生きる為として、組み込んでいる。その逞しさと、未だに踏み出せないながらも、夏Aのことを考えようと揺れる目が俺は愛おしい。
 俺は、花のそれら、持ち切れなかった分を代わりに持つ為、出来る限り一緒に話を聴いている。

 今度戻ってきた時には置き土産を発展させまくといてびっくりさせてやるぜと笑う蝉丸は、最近蟻と幼虫を食材に使うことにチャレンジし始めた。

 牡丹さんは、そんな皆を母親のように見守っている。



 ……そして、安居の手を見て一度だけ泣いた、螢ちゃんは…。







「……それと、本当に小さなことですが、小さな約束をどなたかとされていますね。
その方はいずれ思い出して、嵐さんの考え方と生き方にささやかな影響を及ぼすでしょう」


 海からのモールス信号が途絶えて数日目、日曜日、毎週恒例祭りの夜のこと。

 とりたてぴちぴちの魚介類が祭りのメイン料理。
 特にレモンのような酸っぱさが効いていて、気になって蝉丸に材料を訊いたら物凄く悪だくみをしている顔で「どーしよっかなー」と笑われたのでやっぱり聞かないでおいた。

 東南アジアやオーストラリア北部にナントカをおやつとして食べる民族が居るとか、それはレモンのような酸っぱい味がするとか聞こえない聞こえない。
 情けないけど仕方ない、苦手なものは苦手なんだ。 

 …花が本当にうれしそうに声を立てて笑ってくれたから、いいんだけどさ。

 ……そんな、馬鹿馬鹿しくも楽しい宴会がひと段落着いた頃、螢ちゃんは皆の手相を見始めた。これまで見られた経験のないお蘭さん達は、相手がこの子でなければ断ってたのにと言っていたけれど、螢ちゃんに実際に占いの結果を聴いた時は隠しきれない嬉しさを背中で語っていた。

 そして、俺の番で彼女は、俺と花のこれからについて、再会を祝いながら話をしてくれた。その後、本当に小さく付け加えるようにして、未だに果たせていない約束をしていますねと言ったのだ。

「約束…」

 約束と思っていいのか。

 ぼうっとしている俺を孫を見るような目で見やって、螢ちゃんは次の占い相手、ちささんの手を見始める。
 なおも思考停止を続ける俺の肩に、唐突にのっしと重さがかかった。

「おう嵐よ、それはこの間の試食手伝うって話じゃなかったか?」
「いや、絶対に違う」
「克服のいい機会だと思ってよ」
「お前他人事だと思って…」

 下らないやり取りの中ちらりと見た螢ちゃんは、ただ星空の中微笑んでいた。
 誰としているかも、どんな約束かも、何の為のものかも訊かず、ただあの月光明るい甲板で見たひばりちゃんのようにどこか超然とした空気を身に纏って。


 小さな小さな、一方的で、何も知らなかった時にした話。


 俺は、どんな影響を受けるんだろう。…どんな影響を、俺は与えられるんだろう。





 安居達に取っての、地獄のような楽園の外には俺達が居て。
 俺達に取っての、唐突に喪った楽園の外には安居達が居た。




 隔てる壁にいつか双方が登って、互いの楽園を同じ高さで、話し合いながら見られる日が、いつか来るんだろうか。






【終】




 *******

おまけ・とある壁の話

 *******


 逃げてもいつか強制的に向き合わされることはある。



 異国情緒と強烈な薬味臭の漂う餃子もどき。その中の1つに爆弾は仕込まれていた。


「よっしゃ、嵐でコンプリート!」
「!?」

 考えていた俺は、蝉丸によって例の料理を盛られたのに気づかず咀嚼してしまった。

 逃げ切れなかった…!

「うっ……」

 吐きそうになるのを必死にこらえる。そんな俺を蝉丸はにやにやと見ている。本当にこいつは小学生男子みたいな顔が似合うな。
 異世界に踏み込んでしまった裏返りそうな嫌悪感と恐怖とせりあがる何かと闘いつつ口の中のものと格闘する。

 丸くてつややか、圧をかけるとぷちりとはじけるまろやかな物体A、レモンのような、けれども匂いが微妙にウサギ小屋を連想するようなふりかけっぽい物体B、明らかに普通の植物や保存食品ではありえない独特の風味と食感……けれども。

「……意外と、いける…?」
「だろ?」

 ごくん、と大仰な音で飲み下した俺は、大汗をかきながらも平然とした顔を出来ていた。
 恐怖心を料理人のプライドで克服したらしい蝉丸がドヤ顔で笑う。
……いける。これなら確かに、花が美味しいのにと笑い、ナツが工夫すればなんとかと気を使ってくれた気持ちが分かる。

「でもどっちかというと大人向きの味…かな」
 あと微妙に動いて…いや…きっと気のせいだ。

「酒に合いそうだよなぁ」

 逃げて、長く逃げて、それでももう一度出会って、向き直ることになったなら……
 そうしたら、昔は食べられなかった別のものの味が、見えてくるのかもしれない。

「お代わり」

 そう思うことで、他の壁を乗り越えられることもあるのかもしれない。


「嵐くん、無理してないですか?大丈夫ですか?」
「こいつが餌として食べてる植物の味と似てるわよね。虫の中では癖がない方だから平気でしょ」
「フッフッフ…ということだ嵐、次はもっと癖のあるやつをお見舞いしてやるぜ!」
「お前な…」

 ……ただし、吹っ切れすぎてマッドサイエンティストのような顔で笑う蝉丸……には、さすがに、その壁は乗り越えてよかったのか?…と思わずには居られない。


【結】
Last updated 2018.02.03 01:44:25





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最終更新日  2018.02.08 02:57:18
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