Laub🍃

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2018.08.14
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カテゴリ: .1次題
少年の目の前に少女が居た。
少年が構いたさゆえに弄り倒して、虐めて、そうして家から出なくなってしまった少女が、今少年の目の前で普通に道を歩いていた。

いつもなら声をかけていただろう。
そして無遠慮に加減を知らず構い倒していただろう。
少女が顔を歪める事に歪んだ歓喜さえ覚えていただろう。
少女の姿を見た途端少年はその浮かべられるであろう表情を想像し、意地の悪い、けれどどこか必死な笑みを浮かべていた。

けれど現実には少年は近付くことさえ出来なかった。
少女への罪悪感ゆえではない。
少女の隣に居た、大人の女性の迫力がそうさせていた。



引きこもった少女を、家族の同伴もなしに連れ出すなんて、親戚でよく遊ぶ相手くらいのものだろうと少年はあたりをつけた。
しかし親類にしては容姿があまりにも違い過ぎていた。
髪の色も顔立ちも醸し出す雰囲気も、少女と女性は違っていた。
少年は二人の関係と、その行き先が気になった。
だから後を追った。

幸い女性は少女に夢中で、少女もどこか気が抜けたような顔をしていて、少年に気付く気配はなかった。



しかし二人を追いかける少年は、自分の更に後ろから二人を見守り、少年を冷たい目で見てくる子供に気付かなかった。




女性は恋人を喪っていた。
けれど恋人の魂はまだここにあると、恋人が遺した血塗れの服を女性は片時も手放さなかった。

心配した女性の弟がその服を燃やしても手を放さなかったせいでその顔と両手、のみならず上半身は火傷になっていた。


このままではどうしても女性は前に進めない。

恋人の代わりを見付けなければならない、と。

しかし、新しい人間をあてがった所で意味はない。
女性が欲しているのは恋人唯一人。

だから女性の弟は、まず女性に、生まれ変わりや幽霊の憑依の話を語った。


弟はそこに付け込んだ。


そうして次に弟は、女性の恋人に似ている人間、けれど自分の生き方に自信を持てないで居る人間を探した。
人脈を辿り、教師に取り入って人物評価のリストを漁り、インターネットで検索し…そして漸く弟は、ある小さな、吐き捨てる為にあるような掲示板で少女を見付けた。

そうして弟は、ネット上で明るく優しく何でも相談できるようなキャラクターを作り上げ、少女に取り入った。

最後に催眠の勉強を執拗にした。
ずっと解けないような方法を。





少女は別の人間になりたかった。
自分のどうしようもなさを恥じ、他者にかけた迷惑や与えた印象について悔いていた。
存在自体が邪魔と心の中で幾度も声がして、それを打ち消す手段を碌に持っていなかった。

少女にとっての唯一の救いは本の世界。
その沢山の本について、匿名の掲示板で意見を吐き出し合い疑問を投げかけ合うことで、若干の人恋しさを昇華できても居た。

けれど、そこである相手と意気投合した。
相手が少女に合わせてくれて、少女がそれに酷く安心し心を温かくしただけかもしれないが。

だからこそ、少女はその相手と連絡を取り合うことにした。
相手の為にメールアドレスを作りもした。
相手の送ってくれた、自分とそう変わらないように見える少女の写真も安心感に拍車を掛けた。



そうして、相手を家に招いた。
心配だからと姉が付いてくると聞かされたのは直前の事で、相手に嫌われたくなかった少女はそれを拒めなかった。


「は、はじめまして……あなたが、***ちゃん?」
「うん」

答える***ちゃんの様子はずいぶんと落ち着いている。
別人みたいだとちらりと少女は思った。
けれどネット上で人格が変わるなんてよくあることだと思いなおした。
大体彼女に随分と救われた少女が、そんなことを想うこと自体が失礼だ。


「で、こっちが姉の**」
「…はじめまして!」
「……ああ、こんにちは、お邪魔します」


東北から関東。随分長い距離を来た筈なのに、目が覚めたばかりのような顔をしている女性に若干の違和感を感じつつも、少女は二人を自分の部屋に上げた。

父が仕事、弟は学校、母は買い物で家を出ている。
秘密の話をしたいと言った、大事な友達の為に少女が選んだタイミング。

それが少女を、消すことになる。





女性は、少女と添い遂げた。
自分を女性の恋人と思い込んだ少女と。

少女は、幸せに生きた。
自分が命を賭けるべきと信じた相手と添い遂げた。

弟は、満足していた。
女性と少女の後ろ姿は、女性と恋人を連想させた。



かつての少年だけが、小さくみじめで、それでも自分の意志で泣いたり恥ずかしがったりしていた少女を覚えている。





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最終更新日  2018.10.05 01:52:53
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