Laub🍃

Laub🍃

2025.04.05
XML

5

カテゴリ: .1次長
「お前は全てを支配する子だ」
 わしはそう言い聞かせられて育った。
********
雲月宵貞の願うこと
********
 わしが生まれたのは、雲月家の奥深く、陰陽の結界が最も濃く張られた一室だった。
 母は血まみれの布団の上で、わしを抱きながら震えていたと言う。
 公家の姫であった母は、汚いものを何も知らぬまま、女好きだが才能と金はある父に正室として嫁いだ。完全に政略結婚であった。
 父は、妾を何人も抱え、子を何人も産ませ、気に入らねば秘密裏に消した。
 血がより濃く、跡継ぎとして使える器を産ませる、そのためのまぐわい。
 …いいや、恐らくはそのような己の立場に思う所もあったのだろう、敢えて、使える子が産まれぬような女も好んで味わっていた。
 わしは、生まれた瞬間から「便利な跡継ぎ」として、父の目に映っていた。
 それも、正室の子。
 本来なら尊重される立場だったかもしれぬ。
 だが、その立場と才覚は権力争いの波の中では波をより荒立てる岩と見られたようで、立場を争う、側室の子…とりわけ兄や姉には憎まれ、よく刺客を送られた。
 幼い頃はまだ父の式神で守られていたが、三歳の頃、「雲月の後継者足る者、このくらい己で捌けなくてどうする」と式神を遣られなくなった。
 そうしてわしは、初めて殺されかけた。
 夜陰に乗じた刺客から庇ったのは母だった。
「宵貞……あなたは、生きて…」
 刺客の刃が母の胸を貫いた瞬間、わしの手から、初めて式神が零れ落ちた。風で飛んできた柳の葉を折り血を擦り付け呪を込めた即席の存在。
 薄緑、わしそっくりの幼い影。
 それが刺客の首を音もなく掻き切った。
 血の海に沈む母を前に、わしはただ、冷たい床に座り込んでいた。
「……母上を…介抱してくれ…」
 式神は首を振る。
 わしの知識や技量を大幅に超えることはできぬようだった。
「…………母上…」
 目は既に光を失っていた。
 ならばわしは、生きねばならぬ。
 母上の分まで。
 それから、わしは式神を増やした。
 同じ顔、同じ周囲を睥睨する半眼、同じ周囲を警戒する視線。
 人間は脆い。裏切る。弱い。愚かだ。
 だから、式神だけが傍にいればよい。
 父は、そんなわしを「鬼才」と呼び、陰陽寮に売り込んだ。
 わしは、十歳で当代随一の式神使いと謳われるようになった。
 けれど、心はいつも冷たく、乾いていた。
 十三歳の春。
 父が新たに抱いたらしい女が、門の前に赤子を抱いて現れた。
 赤子はくり、とした目でわしを見た。
 父に付き従うしか出来ないわしを、その赤子は無垢で何の感情もない、ただ綺麗な目で見てきた。
「貴方様の子です…!無事産まれました!どうか、抱いてやってください」
 赤子を見るや、父は興味なさげに突き飛ばした。
 才があればまだ「二人目」を望まれたかもしれぬが、その赤子には才がなかった。
 しかし女はしつこかった。
 怒りに任せ、父は式神に処分を命じた。
 赤子ごと。
 ――――我知らず、腕が伸びた。
「……父上……!その赤子、不要であれば、貰い受けてよろしいでしょうか」 
 父は、興味なさげに言った。
「出来損ないだ。陰陽の才など開花せぬだろう。好きにしろ」
 愚かな女の悲鳴を尻目に、そうっと、女から引き剝がされた赤子を抱く。
 小さな手が、わしの指を握った。
 胸に、何かが灯った。初めての、熱い疼き。
「まったく、愚かな女だ……そうだ、その子の名は、『ろか』とするがよい。
 『おろか』の『ろか』だ」
 くすくすと笑う父上に、何度目か分からぬ、腹の底煮え滾る感情を抱いた。
「…『炉火』…『露花』…『路歌』…『旅日』ふむ」
 せめて少しでも縁起の良さそうな当て字をと、反故紙に書き出してゆく。
 儚いものでなく、強そうな名前が良いと思った。
 成長したとして、絶対に本来の名の起源は教えないつもりだ。
 だが、どれも考えてみると儚くすぐに死にそうな名前に思え、頭を抱えた。
 仕方がないので、式神に面倒を見させていた赤子を連れてこさせ、選ばせることにした。
「んまぁま…」
 赤子は『炉火』の方に歩いて行った。
「よし。お前の名は今から『炉火』だ。お前が選んだのだから後で恨むなよ」
 抱き上げると、赤子、否、炉火は、嬉しそうにきゃっきゃと笑った。
 炉火が四歳になった頃、陰陽寮の政敵が、わしの弱点であると見て炉火を暗殺しようとした。
 わしは、炉火を連れて屋敷の奥へ逃げ込み、結界を張った。
 炉火は、小さな手でわしの袖を握り、怯えながら見上げた。
「……あにうえ……?」
 わしは、炉火の顎を優しく持ち上げ、瞳を覗き込んだ。
「…そうだ!本当にお前を娶ってしまおう。そうすれば使える縁も増えて守りやすくなるだろう」
 炉火は、ぽかんとして、ただ微笑んだ。
「……?はい、あにうえ」
 炉火は物事を深く考えぬ性質なのかもしれぬ。
 危機の重さを理解しておらぬのか、わしが何を言おうと唯々諾々と従う。
 まあ、仕方あるまい。
 物心ついた頃から暗殺の危機に晒され、途中からは己の才覚でそれを乗り切ってきたわしと比較することがそもそもの間違いかもしれぬ。
 わしを全面的に信頼しているからこそ…いや、周りに他に信じられる相手が居ないからこその信頼だろう。
 それが歯がゆく、けれど、温かかった。
 きっと、世界がわしを殺そうとしても、炉火だけは気付かず隣でのほほんとしているか、良くて後ろでぶるぶる震えているだけだろう。
 八歳になった炉火は、すでに美しい少女の輪郭を成していた。
 柔らかな印象の、けれどどこか憂いを帯びた大きな瞳。
 妖にちょっかいをかけられることもままあり、わしはよく祓ってやっていた。
「いくら可愛らしい妖であっても、恐ろしいものは存在するのだぞ」
「でも、兄上ならば容易く倒せます」
「言い訳をするな」
 溜息を吐いて、長い髪を梳いてやると、炉火は気持ちよさそうに目を細めた。
 ああ、こんな美味そうな娘、わしがあの時拾ってやらねば、殺されることはなくともきっと辛い思いをしていたに違いない。
 愛せる時が愉しみだと抱きすくめると、炉火は重いと文句を漏らした。
 炉火は順調に成長していた。
 一方でわしは、陰陽師として頂点に日々向かい、一方で敵は増え続けた。
「わし以外の言うことは全て下らぬ。聞くな」
「解りました、兄上」
 炉火に妙なことを吹き込む者が増えた。なので、そう言って聞かせると炉火は神妙な顔をしていた。
 父上は出先で適当に手をかけた女達の呪を受け、死んだ。
 下賤の呪いも数が集まれば牙を剥くのだな、と他人事のように思った。
 そんなものに足を掬われる父上は実に愚かだ。炉火より遥かに愚かだ。
 わしは、そんなことにはならぬ。生涯炉火だけを愛するのだから。
 当主となり、仕事は増えたが、わしの使いやすいよう整えた複数の式神達によって家を回し続けた。
 この家は、わしさえ死ねばすぐに崩れると言われ、よく命を狙われたが、特に問題なくみな滅してやった。
 それから更に数年が経過し、炉火の身体に子を孕む支度が出来た時、わしは歓喜し、同時に安堵していた。
 もう大人の身体だ。それならば、もういいだろう。
 もう、わしのものにしてもよいだろう。
 わしが炉火を拾い、救い、ここまで育て上げたのだ。
 であれば、わしが炉火を奥底まで手に入れることに何の遠慮の必要があろうか。
 炉火、愛している。
 何もできずともよい。
 だから、生涯わしの懐の火となれ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.04.30 22:32:51
コメントを書く
[.1次長] カテゴリの最新記事
  • 7 2025.04.07

  • 6 2025.04.06

  • 4 2025.04.04



【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: