おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2018.06.17
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カテゴリ: 歴史/考古学/毛人
ゴールデンウイークに何処へ行こう?最初に考えたのは西に向うことだった。おぢさんのテーマである​ 「ヤマト襲来」 ​を解き明かすには、当然、襲来の経路である西側の状況を掴まないといけない。特に毛野への影響も顕著に認められる東海、北陸というのが当然候補となる。

ただ、日程と車の込み具合を考えると、あまり遠くまで足を伸ばす気にはなれなかった。​ 科野 ​の南側は去年走り回った。悩んだ末に、東に急転回し、常陸に向うことにした。

旅の目的よりも目的地を先に決めてしまったのと、旅の日が迫っていたこともあって、旅の目的がはっきりしないまま当日を迎えた。そんなわけで常陸に車を走らせながら旅の目的を考えていた。


一般道をノロノロ走り、毛野川(鬼怒川)を渡ったあたりで筑波山が漸く見えてきた。

やはり知りたいのは常陸への「ヤマト襲来」。おぢさんは以前読んだ本の内容を思い出そうとしていた。
これがその本。高橋富雄『古代蝦夷を考える』。

本によれば、常陸とはもと日高見であり、日高見とは「ひなかみ」であり、辺鄙・田舎を表す「ひな」、あたりやほとりを表す「かみ」に由来するというものである。つまり辺境となる。



武内宿禰、東国より還《かえりまうき》て言《まう》さく、「東夷の中、日高見国あり。その国の人、男女並に椎結《かみをわ》け身を文《もどろ》けて、為人《ひととなり》勇み悍《こわ》し。是を総べて蝦夷と曰ふ。亦土地沃壌《またくにこ》えて曠《ひろ》し。撃ちて取つべし」とまうす。
景行天皇二十七年『日本書紀』

遥か東方の Wild East 感が半端ない。吾らが毛人の更に奥地に住む、真性異人(ケヒト)が住む日高見の地に足を踏み入れるかと思うとわくわくする。

東夷といういいかたの中では、両者《毛人、蝦夷》ひとしくひなびとであった。東夷の中で毛人だけが問題になっている段階では、かれらものちのエビスとほぼ同じ異人《けひと》扱いだった。しかし、その毛人なる夷人《ひなびと》、すなわち東夷一般から、その奥の日高見国人が、いっそう強力な異人すなわち蝦夷として区別されてからは、毛人はこれと異質の夷人として扱われる。その体制組み込みと相まって、毛人はむしろその日高見蝦夷に向けての辺境防衛の勇者たる位置づけを与えられるに至るのである。
p.54 高橋富雄『古代蝦夷を考える』

高橋氏の説では、毛野などの東夷一般が先にヤマトに組み込まれ、組み込まれた毛人が日高見を攻略していく、という段階が想定される。つまり、毛野へのヤマト襲来と常陸へのヤマト襲来には毛野の内国化を含む時間差があることになる。毛野から常陸への進出に時間差があったのならば、東日本全体も段階的に進出が進められたと考えるのが自然だろう。
しかし、考古学的には以下のような見解が一般的である。

東北南部から九州まで、すなわち前期古墳が築造された領域において、古墳がほぼいっせいに出現したことが明らかになってきたことである。列島東北部でも、もっとも古い古墳から出土する土器が箸墓古墳から出土する土器とほぼ同時期のものである、ということが考古学的な方法にもとづいて言えるようになった。
p.80
青山博樹「古墳出現期の列島東北部」『倭国の形成と東北』

このような一般的な説から、比較的短期間に一気に東北南部までヤマトの支配下に組み入れられたように考え勝ちであるし、実際にそういった前提で書かれた論説も多く、おぢさん自身も引きずられていた。

一斉ヤマト化のイメージは、さらに四道将軍の遠征の記事や日本武尊の東征の物語によっても強化される。そこでは、一人の将軍が、一度の遠征で会津や陸奥まで平らげてしまう。

時間差の問題を考えながら、東へ東へと4・50Kmで車は走っていた。2時間以上、運転し続けていると腰が痛くなってきた。この広大な土地をヤマトは一気に征服したのだろうか?まだ馬もいない、街道も整備されていない時代に。。。
「違うんじゃないか」というのがおぢさんの直感だ。

確かに、後から見れば古墳時代前期という時代に東北南部まで古墳文化が触手を伸ばしたのは事実だろう。だが、それは実際には百年近くもの間、一進一退を繰り返しながら徐々に進んだものではなかったのか。そしてまた、進出した勢力は、いつ覆されるか分からない不安定なものであり、実際、何度も後退したのではないか。その支配がようやく安定したのは古墳時代中期に差し掛かる頃ではなかったか。そんなことを考えていると、日高見こと常陸国に到着した。



さらに東への古墳文化拡張の第一波は、ヤマトではなく、よく言われるように東海勢力によるものだっただろう。ヤマト襲来ではなく東海襲来であった。この東海襲来の性格によってヤマト襲来には多様なバラエティーが生ずる。
既に東海がヤマト勢力に組み入れられていたのであればヤマトの軍事力を肩代わりするものとして東海襲来は同時にヤマト襲来ともなる。ヤマトの影響力を受けない独立した東海勢力が東方進出したのであれば、東海化した東国が後にヤマトに蚕食されるという二重襲来や、あるいは東方に拡大した東海が後にヤマトに屈服することにより属州東国もヤマトに統合されるという展開も考えられる。あるいは狗奴國ともいうべき東海本国が邪馬台に侵され、亡命者が東国各地に拡散した現象が東海襲来に見えているだけかもしれない。

おぢさんは、東海がヤマトの先兵として東方に進出した可能性は低いとみている。なぜなら、東海襲来後のヤマトの影が希薄すぎるからだ。

「畿内化」というキーワードの切り札だった小型精製土器郡は、弥生後期後半から古墳出現期にさかのぼり存在することは確実となり、赤塚次郎(2001)の説くように東海系土器の関与が濃厚である。いわば東日本における小型精製土器群は、広く「東海系土器の一種」といえる。
p.114
西川修一「土師器の編年⑤関東」『古墳時代の考古学Ⅰ 古墳時代史の枠組み』

東日本においては一見畿内化に見える現象も、実際には東海化である場合が多いということだ。

この間《東日本で小型の鉢や椀が普遍化した期間》に明らかになった点は、むしろ布留式の小形丸底土器や高坏など「そのものの搬入」の希薄さであり、その点のほうが注視されるべきである(西川 2003)。
p.114-115
西川修一「土師器の編年⑤関東」『古墳時代の考古学Ⅰ 古墳時代史の枠組み』

東海襲来ではあってもヤマト襲来ではなかった。おぢさんは、ここで戦国時代の武田氏による上州侵攻を思い出した。

武田氏は天正三年(1575)長篠の合戦で織田徳川の連合軍に敗れるが、天正七年(1579)には西毛に侵攻、前橋城を落としている。さらに翌年には東毛に進出した。武田氏が滅ぶのはその二年後、天正十年(1582)のことだ。
騎馬軍団で有名な武田氏とはいえ基本的には歩兵主体の戦国時代に発生したこの構図。西方で劣勢を強いられながら東方で攻勢をかけるという図は、遥か昔の古墳時代前期の焼き直しではなかったか。

ただ、古墳前期の侵攻はもっとゆっくりしたペースになったのではないか。当時においては、単に遠征し、敵対的な勢力を蹴散らすということはさして難しくなくても、支配を貫徹するのは遥かに困難だったのではないだろうか。蹴散らされた勢力は山地や奥地に逃げ込むだけで時が経てば戻ってきてしまう。

新たな土地に進出し、その土地の支配を永続化するには、完全に帰順したものをその土地に配置し定着させるか、元々その土地を掌握しているものを帰順させるしかなかっただろう。しかし、文字がなく、駅路も整備されない当時において、在地の勢力を安定的に帰順させておくことは非常に難しかったのではないか。強力な軍隊の圧力に一度は服従を誓っても、十年もすれば一部は世代交代し、記憶も薄れ、独立した勢力として復活する。

先に進出した東海勢力がある程度、東国に低地開発のノウハウ、豪族の組織化、階級制度など西方的な国家の要素を持ち込み、まとまりを作っていたために続くヤマト勢力の進出は却って容易に進められたのではないか。この東海勢力が支配的であった時代は古墳時代前期の土器(特にS字甕)に東海色が認められることからも、前期のかなり長い期間を占めていたのではないか。

古墳時代中期の東国には前期にあれだけ濃厚であった東海の影響はもう見られない。東海は尚も宇田式の甕など個性がみられるが東国はそれとは別の歩みを見せる。古墳時代前期のどこかの段階で東海襲来はヤマト襲来へと変わっていたということだ。


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Last updated  2018.06.17 20:44:45
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Re:常陸旅行随想ー1.日高見の異人(ケヒト)、東海襲来とヤマト襲来(06/17)  
HOTTA 3  さん
こんばんは♪

面白いですね。
「このような一般的な説から、比較的短期間に一気に東北南部までヤマトの支配下に組み入れられたように考え勝ちであるし、実際にそういった前提で書かれた論説も多く、おぢさん自身も引きずられていた。」
私は未だにこの説によっていますよ。
箸墓古墳群の土器類の多くが、東海以東・越・吉備等で九州の土器の割合が極めて少ない。初期機内ヤマト連合は、東海以東の影響が大きいのでは?
ただ、蝦夷の地域はヤマトの支配下になっていなかった。せいぜいが、群馬・茨城・福島辺りまでだったのかな? と思っていますが……
あくまでも素人考えです!! (2018.06.17 19:24:59)

Re[1]:常陸旅行随想ー1.日高見の異人(ケヒト)、東海襲来とヤマト襲来(06/17)  
narcisse7  さん
HOTTA 3さんへ

どうも、こんばんは。
「私は未だにこの説によっていますよ。」
普通であるし、今のところ妥当だと思います。自分の説が異端となることは重々承知しています。証明と説明を多く要するのはヤマト襲来遅い説ですが、東海先兵説(ヤマト襲来同時説)は本文に掲げた理由で、かなりの困難を伴っているのではないかと思います。次回さらに、東海襲来はヤマト襲来ではなかったを補強する論拠を提示する予定です。
「箸墓古墳群の土器類の多くが、東海以東・越・吉備等で九州の土器の割合が極めて少ない。」
そうなんですか!面白いですね。外来系の土器が多いとは聞いていましたが、あまりにも西方の話過ぎてフォローできていません。今度、ちょっと注意して調べてみようと思います。
なかなか関東以外に手が回らないのが悲しいです。😢 (2018.06.17 20:34:13)

Re[2]:常陸旅行随想ー1.日高見の異人(ケヒト)、東海襲来とヤマト襲来(06/17)  
HOTTA 3  さん
narcisse7さんへ

おはようございます♬

narcisse7さんは「考古学」の研究者です。私はミステリー小説を読むような「古代史好き」ですのでーー
でも、面白いですね♪ (2018.06.18 10:44:45)

Re:常陸旅行随想ー1.日高見の異人(ケヒト)、東海襲来とヤマト襲来(06/17)  
HOTTA 3  さん
こんばんは!

毛人、毛国の「毛」ですが、必ずしも「毛深い」の意味でもなさそうな気がしてならないです。例えば、別称とか、例えば、髪型・髭とかの風習の違いとか。中国に「毛」姓がありますので、毛人の意味は複雑そうな。 (2018.06.19 20:51:19)

Re[1]:常陸旅行随想ー1.日高見の異人(ケヒト)、東海襲来とヤマト襲来(06/17)  
narcisse7  さん
HOTTA 3さんへ

> 毛人、毛国の「毛」ですが、必ずしも「毛深い」の意味でもなさそうな気がしてならないです。

自分が以前「毛深い」とか書いたような気がしますが、現在のアイヌ民族に近い人々が東北の方までグラデーション的に存在していたことにより、毛深い傾向があったんじゃないか程度の推測です。自分もそれは付会だと思います。

ではなぜ毛人、毛国かというと、中国の「山海経」(3世紀くらいまでに成立)にみる毛民国がその基だと思います。「山海経」は中国の伝説を集めたものなので、その元になった話はおそらくもっと古くて遠い東方に毛人が住むという迷信が中国では出回っていたのではないでしょうか。

ヤマトは周囲に立ち遅れた蛮民が住むという、中国の中華思想を輸入して、日本で小中華を実現しようとした。その時におまけとしてくっついてきたのが東の蛮族毛人の想定だとおもいます。だからもとは毛人はヤマト側からの蔑称で、化外の(ケ)とも重なりすっかり定着したのだと思います。 (2018.06.19 21:32:26)

Re[2]:常陸旅行随想ー1.日高見の異人(ケヒト)、東海襲来とヤマト襲来(06/17)  
HOTTA3 さん
narcisse7さんへ

こんにちは。

なるほどです。勉強になりました。
(2018.06.20 12:00:31)

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