葉子の日常

葉子の日常

2014年12月15日
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どんなに生きることに嫌気がさそうとも、時間は常に同じく時を刻み朝がやってきます。


いつものようにスタッフと話をして、送り出し、電話の対応をします。
喉を絞めたせいか声がかれています。季節がらマスクをすれば風邪を引いたひとと変わりがありません。旨く笑えなくともただ風邪でしんどいひとのよう。いつもより笑顔が硬い理由を知っているのは彼だけ。そして私と同じく彼もいつもと同じ態度で居ます。

そんなものです。心の中は表現しなければ見えないものです。誰でも心に闇の部分はあると思いますがそこに蓋をしているのだろうと思います。その<苦しみや不安>を閉じ込めた入れ物が大きいヒトも居れば小さなヒトも居る。ときどきその闇を取り出して何らかの方法で解消できるヒトも居る。たまたま私は不器用で溜め続けるひとだったということです。

もう10年近く経つでしょうか、父方の伯母が亡くなりました。80歳近く、雪の降る日に行方不明になりました。厳格なご主人を残し、とっくに独立した二人の娘さんにも連絡を取らずひっそりと居なくなりました。数日後近くの川で水死体であがりました。結婚したときにご主人にもらった真珠の首飾りをしていたそうです。

雪の降る東京の夜、伯母は何を思い水に身を任せたのでしょう。いつものウールの着物に上着も無くぞうりも見つかりませんでした。80年生きつづけたにもかかわらずいったい何がきっかけになったのでしょう。もう本人に聞くことも出来ません。娘たちは父を責め、二人とも一切のかかわりを絶ちました。その伯父が亡くなったときすら娘たちに拒否されわたしの父が始末をしました。亡くなって再び一緒に入っている二人の墓地は常にヒトが訪れた形跡がありません。年に一度わたしの両親が訪れるだけの墓地。何のためにそこにあるのでしょうか。

もういつ雪が降ってもおかしくない季節。伯母の心闇がほんの少し見える気がします。顧みてもらえない空しさ、だれにも言えない寂しさ、果てしなく感じられる孤独。

明日も私は職場で笑顔で居られるのか、想像するだけでおぞましい。全てが虚偽なのだから。







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最終更新日  2014年12月15日 18時55分22秒
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