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いえいえ、今日のことではありません。今から50年前の1960年6月27日の出来事だそうです。元操縦士50年目ぶり大町へ 鹿島槍の米軍機墜落/信濃毎日新聞5月18日の新聞を見て、びっくり仰天。こんなことがあったんですねえ。助けられた恩人に会うため鹿島部落を訪れる…これだけだと、とってもホットで胸打たれるお話なのですが。訓練飛行で厚木基地から飛び立ち、鹿島槍に迷いこんだ攻撃機2機とある。新聞では「狭い谷」とあったけど、歩いて数キロ下って鹿島部落にたどり着いたということは、荒沢(東尾根と天狗尾根の間)でもなく、カクネ里(天狗尾根と五竜岳への主稜線の間)でもないだろう。多分、北股本谷…つまり鹿島槍の正面でないと、6月に歩いて下山なんて無理。一体どの辺に衝突・墜落したんだろう。事故機はどうやって処理したのだろう。衝突される50年前の鹿島槍と、衝突した後の鹿島槍の形はどう変化したのだろう。今でも、時たま、キーンという大音量で山すれすれに飛来するジェット機がいる。その走りだったのかもしれない。調べてみると、日本中の山岳に落ちた米軍機は結構多い。九州では、落ちた飛行機の残骸と星条旗が今も残っているという。山だけでなく、住宅街、大学にも落ち、民間の死亡者もいる。鹿島部落でのおばあさんの応対、それは美談ではあっても、米軍機が日本上空を我が物顔に飛び回るのは絶対に許されない。たとえ、安保条約があっても。***************************数人にお聞きしたところ、鹿島槍とはいえ、その山麓近く、鹿島部落よりさらに下流の地区に墜落したのだそうです。だから、鹿島槍の山容は、50年前からずっと変わっていないとのこと。ちょっと安心しました。でも、同じ頃、白馬の大雪渓にも、米軍機か自衛隊機のどちらかが墜落し、Tさん(現在67歳)が山に登り始めた頃は、残骸が残っていたそうです。いずれにせよ、日本の空は、文字とおり美しく透明であってほしいですね。
2010年05月21日
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新潟のSさんから、「ストッキングたわし」の作り方のコメントがありました。(Sさん式「ストッキングたわし」の作り方)やあ、書いて説明するのってくたびれるう。インチキしようと「ネットを見て」といおうとしたら、「近藤則子さんのストッキングタワシ」ーーーー違う物だった。がっくり。途中まで書いたのリセットするんじゃなかったわ。改めて書きますです。ナイロンストッキングは綺麗に洗ったものを1本のひもに切ります。(輪切りにしてゴムとびのゴムを作ったように繋げると早く作れますがコブコブができるのでお掃除用とか靴の汚れ落しむきです。)切り方は後でビランジさんが書いてくださるのでとばして、編み方は細編みのみ。なるべく目を揃えて。生地のために。汚れのひどいところをぬらして歯ブラシなどで蛍光剤の入っていない洗剤(私はマイペットを原液で)をつけ、ストッキングたわしで少しずつこすります。化粧石鹸を使うときもあります。とにかく、バカ良く落ちるんです。リサイクル品で見場はパットしませんし、編むのに肩も懲りますが嫌に成る程長持ちしますから。少しずつ編んでくたびれたら、途中で休んでも目がゆるむことはありません。使いやすい大きさは12×8ぐらい。鎖36目で20段。2~3号の鈎針で編むと硬さもいいのですが、私は4号で精一杯。大概途中でくたびれて小さいのしか作れません。でも、まあ、広い面積をザーっとこするのではないので間に合っています。こんなところでいいかな?(ありがとね)Sさんから送られてきた切り方の図です。切れ目を入れてから、切れてない部分を上にして広げ、一行ずつずらして切ると、一本のひもに変身。わかりますよね。でも、この方法だと、穴があいたり伝染しているストッキングは使えなくなるので、輪切りにしてゴムとびのゴムにした繋げ方の方が無駄がないそうです。またセーターなどのシミも、このたわしで叩くようにするとほとんどとれるそうですよ。ぜひ、おためしあれ。
2006年04月08日
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新緑萌える安曇野を、友人たち5人で旅をしました。と言っても、運転手の私の好きな所ばかりを選んだので、鹿島槍ヶ岳を円心にして、大きくグルーリと回ったような……(笑)。もちろん裏側(日本海)には行きませんでしたけど。5月15~16日は、こんなに透明に晴れることはめったにないだろうと思うくらいの晴天。山々の美しさや萌え出る命の美しさに、もう、もう、感動し…新緑からたっくさんエネルギーをもらい…友人たちとの語らいに、お腹の底から笑ったり…と、楽しい一泊2日の旅でした。大谷原に向かう途中の、芝桜が埋め尽した田んぼの畔と山並。蓮華岳(右)から、(多分)餓鬼岳。蓮華岳の奥に白く見えるのは、北葛岳を経て裏銀に至るコース(と思う)。鹿島槍高原からドアップの鹿島槍に対面したり、雨飾山や北信五岳を遠望し、水芭蕉のちっちゃい群落にも出会い…。夜は、酸化鉄の茶色い露天風呂(白馬のお湯は、地殻変動で250万年も地中に閉じ込められ、鉄分が多く、地表に出て空気に触れた途端に茶色に変色するんだって)に入り、ワインで乾杯。心地よく酔ったことは言うまでもありません。(この日のために、ずーっとアルコール分はとらずに我慢していた私です)16日の朝食は、テラスです。松川をはさんで、正面に八方尾根と、唐松岳の向こうに鹿島槍の双耳峰を見ながら…。 緑の中で、山を見ながら、用意していただいた朝食を食べるみんなで口々に「最高だねー」「生まれて初めての体験だよ」と幸せも噛みしめました。そして、この日のメーンは、ここ。白馬村青鬼地区からの鹿島槍と五竜。残念ながらまだ田植えがしてなかったけれど、この季節は初めてなので、充分に魅了されました。保存集落はもちろん、青鬼の人が今も生活している場です。でも、私たち観光客が巡り歩いても、嫌な顔一つせず「こんにちは」と声をかければ、笑顔の「こんにちは」が返ってくる…人にも地区にも、回りの風景にも、感謝しました。この後、雨飾山の登山口まで足を伸ばしました。まだ登山道も駐車場も1メートル以上の雪に埋もれていましたが、沢の周辺だけ雪が融け、水芭蕉が咲き、緑の芽が出ていて…正直いうと、トランクに常時置いてある登山靴で、ちょっと行きたいなと一瞬思った私です。
2010年05月20日
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