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台風4号とニアミスしながら、「小粒でも大型の威力を持った高松台風」がやってきました。この台風は、スクランブルしながら、よく食べ、よく飲み、よく買い物し、よく遊ぶ。中洲川端、キャナルシティ、門司港、小倉、スペースワールド。なかでも、再発見したのは小倉の街並みです。小倉の駅から街のど真ん中にモノレールが走っていて、ビルとほぼ同じ高さで街中を電車で移動するという、これまでに体験したことのない不思議な感覚に陥りました。「あのね、博多と北九州は、昔っから仲悪いの」小倉出身の中尾ミエさんが以前TVで話していましたが、商店街がひしめいている下町の雰囲気は確かに博多とはちょっと違う。「立ち呑み」ののれんをそっと覗くと、椅子が置かれていないカウンターでおっちゃんたちが一杯やっていました。「ヨッ」と中から挨拶されたので、思わず手をふりましたが。さすが、「無法松の一生」の地。どうせ死ぬときゃ、裸じゃないかぁ♪ですね。中洲川端の山車門司港リフレッシュしたので、今日から今週の試験に向けて勉強です。
2007年07月17日

果実酒の季節になりました。といっても、専ら飲む方専門なので、果実酒を作ったことはないのです。高松には梅酒の達人がいて、ビンとリカーと砂糖を持って「作ってくださ~い」と、お願いに上がっていました。「これは、10年もの、こっちは5年もの」押入れには一升瓶がずらりと並べられていて、時々、その秘蔵の梅酒をいただきました。「アンタね、これをろ過するのに何時間もかかるんだからね、がぶがぶ飲むんじゃないよッ」と言われて、ハイハイと返事をして有り難くGET。有り難いと思って飲むのも、最初の1杯だけです。達人、ごめんなさい。長崎から届いたアメシストのようなベリー酒をいただきながら、梅酒の達人のことを思い出しました。のびのびと育っていた色鮮やかな庭の花々。雑草と格闘したアスパラ畑。顔はごついけれど、オカマ座りをする心優しい犬、クマ。そして、一緒にいるとほっと和ませてくれる大好きな梅酒の達人。お日様の匂いがするあの庭は、私にとって故郷の薫りそのものです。ベリー酒 熟成具合もちょうどいい
2007年07月11日

かつて、さだまさしと田淵由美子さんの「フランス窓便り」に憧れて住んだ長崎での学生生活。フランス窓にはほど遠く、6人部屋でドテラとジャージ姿で火鉢を囲んだ寮生活をしました。長崎は私にとって、○十年前の青春の地。う~ん、卒業してから行ってないよなぁ。そして、パピヨンつながりの長崎のママから、長崎の薫りがいっぱい詰まった荷物が届きました。手作りのベリー酒、ベリーを煮詰めたジャム、デカーイきゅうり、トマト、長崎の金山時味噌、そして、リクエストした「よりより」!本当の名前は「よりより」じゃないのですが、長崎ではこれで通じる。同じようなモノは他所にもあるものの、やはり本場のものは全然違います。なつかしい!「このお菓子、美味しい!」と、娘も絶賛。修学旅行のお土産の第一候補になりました。「こんな美味しいもん、ビビにやるのは勿体ない」おすそ分けを期待して待機していた犬は、娘をうらめしそうに見上げていました。お手製のベリー酒は、少しずつ大切にいだだくことにします。
2007年07月08日

福岡ー高松行き来するのに、今のところ新幹線が速くて便利ではあるのですが、自宅から駅までの片道の過程をトータルすると、最低6回は乗り換えしなくてはいけません。時間にすると5時間くらい。飛行機が飛んでいたらなぁとか、直行バスがあったらなぁとか思っていたのですが、7月から福岡ー高松の直行バスができました。ペットの持込がだめなので、帰省の時には使えませんが、でも、頑張れば日帰りで帰れる、と喜んでいるのは、釣りキチの夫です。ああ。そして、福岡で配られていた広告に載っているうどんの美味しそうなこと!麺のコシやすすり具合が伝わってきて、生唾がぐぐっと出るのは讃岐人だけ?実は、博多はうどん発祥の地であり、博多の人は結構うどんを食べていて、うどんにウルサイのです。でも、博多のうどんは超柔らかいのが特徴で、あくまでもダシと「ごぼうの天ぷら」にこだわります。この辺りは麺を重視する讃岐人には理解できないのですが。とにかく、讃岐うどんとは全く異なります。この「うどんロード」が盛況になるかどうかは、博多人の舌に懸かっているかもしれないですね。
2007年07月06日
7月に入って、いよいよ「ヘレンケラーを知っていますか」の上映会が近づいてきました。NPO「夢サークル」としての大きなイベントです。これまで手弁当で集まって、チラシを作り、準備してきた上映会です。たくさんの人に来てもらって、観て欲しいと思います。私はちょこっとしかお手伝いしていないのですが、夢サークルのホームページもなんとか形になってきました。この夢サークルの人たちを通じて、博多の町を本当に愛している人たちの熱意を知ることができました。そして、何よりも、周りから見るとややフツーでなはい人たち(というかちょっと世間からはみ出した感じのおじさんたち)と一緒にいるときの居心地の良さ。う~ん。なんでだろう。「人生に夢を持って生きることが一番!」そう言ってはばからない50代のおじさんを見ていると、なんだか元気が出てきます。福岡の町に、このパワーがどんどん広がりますように。
2007年07月03日

そろそろと博多の街が動いている気配を感じます。7月に入ると、山笠です。「追い山のときになると、体中の毛穴がぶおーっと開いて、ポコとタマがぎゅっと縮こまるのがわかるっちゃん」「そうそう、まるで闘牛のごつなるったいね」「あとにも先にも、あんなに興奮したことはなかもんね」「わかる、わかる」「で、小学生の時引越ししたら、そこの神輿がまたショボイっちゃんね。家ん帰って、親父にあんなおもちゃみたいな神輿はかつぎたくなかって怒ったったい」「おお、その気持ちわかると。山笠に比べたら、他所の祭りは屁みたいなもんやけんね」と、博多の男衆は話していました。なんでも、都会に出ている博多の人は山笠のために1週間くらい休暇を取って帰るとか。その心意気というか、意気込みというか、ただただ、すごいとしか言えません。「山笠に向けて、トレーニングせんといかんったい」まさか、と思って聞いていたのですが、先日、見かけました。ダッシュの練習をしていたおじさん。さすがに闘牛には見えなかったのですが、なんともいえない気迫を感じました。櫛田神社箱崎の市場買ったすももはゼリーにしました
2007年06月29日
「かばん、替えないの?」年がら年中、同じバッグを10年近く使っている私に娘が言います。「ん?だって、まだ使えるもん」確かに、皮の部分がはげているし、取っ手も汚れている。でも、十分使えるし、何といっても、たくさん入るので不精な私にはぴったり。「新しいの買って、飽きたらまた替えればいいじゃん」たぶん、一度引っ込めると二度と使うことはない。そう思うと、余計に替えられないのです。最近、ティーンズ向けの雑誌を読み始めた娘は、やたらファッションに詳しくなりました。「今年の水着は、やっぱり、タンキニだよね」「タンキニ?何、それ?仏生山の名物やないの?」(それは、タンキリ)「お母さんも、スキニーにした方がいいよ」「スキニー?このモモヒキみたいなやつ?イタリアの食材かい?」(それは、ズッキーニ)「スキニー穿くと、細く見えるんだよ」「だって、体型まるだしやし。こんなんいかんわ」「だからぁ、この上にワンピース着て、おしりを隠すの!」という訳で、バーゲンでスキニーを購入しました。流行かなんか、ようわからんのですけど、これ、夏は暑くて蒸れます。しかも、この上にワンピースなんか着たら、余計に暑苦しい。出したくない部分が隠れるので、嬉しいのは確かなんですけど。
2007年06月26日

陽だまりならぬ、毛だまりの季節が終わり、我が家のワンコも夏毛になりました。この毛だまりをトータルすると、かなりの量の抜け毛だと思うのです(植毛→夫?)が、それでも毛深いですね。この犬は、必ずヒトがいるところへやって来て、へばりついて寝ます。ア、アツイ…。しかも眠くなると、身体中から香ばしいポップコーンの匂いがするのです。友人曰く、「そんな話聞いたことがない」でも、やっぱり何回嗅いでも、この匂いはポップコーンです。でれーんとして寝ているビビ。昨年、パピヨンつながりで、知り合った「パピヨン☆フラワーカーニバル」最高です。爆笑!
2007年06月24日
司書のレポート9つ目に入りました。残すところあと3科目になりましたが、再提出もきっとあるので、まだまだ道のりは険しいのです。ハィ。先週は、近くの図書館のことを調べるために、司書の方にお話を伺いました。いろいろお話しているうちに、「大阪の方ですか?」と訊かれました。「ちゃいますぅ。…ええと、四国ですぅ」「ああ」それで、という風に納得するのは、やはり方言のせいなのか、それとも、イントネーションなのか、ううむ。確かに福岡では関西弁に行き当たることはあまりなく、「バリなまっとうね」と娘の友人に言われることも度々です。関西訛りは多少あるけれども、そんなにひどくないと思っていたのです。一応、自分では。でも、先日、『高松では渇水が懸念される!』という全国ニュースでインタビューされていたおじさんの訛りを聞いて、がく然としました。「こんだけぇ、雨が降らんかったらのぉ、ほんまに水が無しんなってしまうけんのぉ」その場面だけが別世界になっていました…。讃岐弁、お、恐るべし。
2007年06月20日

千羽鶴を折りはじめて、10日経ちました。赤ちゃんと別れて入院している友人に届けたくて。バスに乗ったときにちょこっと、寝る前にベッドでちょこっとという具合なので、まだ、150羽くらい。でも、なんだか格好よくない。で、調べてみると、微妙にやり方が違っていました。しかも、インターネットで完成品を販売しているのです。なるほど。 がんセンターから国立病院へ移ることで、新しい治療法が見つかりますように。格好悪くても、とにかく気持ちを込めて、「絶対、治って!」と願いながら折っています。
2007年06月17日

20年以上使っていたオーブンが壊れて以来、なんとなくパンを作るエネルギーがどこかにいってしまいました。デロンギも決して悪くはないのです。でも、おつきあいした年月には、言葉にできない深いものがあります…。それでは自分で作ろうということで、夏休みに帰省して庭に「パン焼き窯」を作ることにしました。で、早速設計図を描いてみたのですが、「単発燃焼タイプ」にするか、それとも、「連続燃焼タイプ」にするか、悩むところです。単発燃焼タイプ連続燃焼タイプ「単発燃焼タイプ」にすると、先に火をおこして窯を温めてから灰を掻き出し、その余熱でパンを焼くという工程です。これだと、単純な設計だから、安くて済むのですが、でも、燃やしながら焼くという「連続燃焼タイプ」も気になります。どなたか使っている方がいたら、意見を伺いたいのですが。こんなにドキドキわくわくするのは、山羊飼いになった時以来です。うしし。
2007年06月15日

「昨日、ホタルを見に猪野神社まで行ってきました」というメールが友人から届きました。猪野神社がある久山町周辺はホタルの名所として有名です。わが家からだと、車で5分。久山町は温泉あり(ここで、初めて真珠の湯に入りました)巨大なショッピングモールトリアスがあり、そして、猪野神社は伊野天照皇大神宮というのが正式名称で、なんでも九州の伊勢といわれているそうです。八百万の神が出てきそうな荘厳な神社で、その奥には茅乃舎があります。役場の隣には相撲ができる大きな土俵があり、全国規模の大会があるそうです。「へえーっ、じゃ、オマエも出たら?」と言った人が我が家に1名。この久山町にパラマウント・スタジオ・ジャパン(PSJ)ができると不動産屋さんから聞いたのですが、今のところ、そんな気配は全くありません。パラマウントって、確か「タイタニック」もそうだったかな。とにかく、テーマ・パークなどできそうにない雰囲気の自然がいっぱいの町だし、この先もできて欲しくない、でも、「タイタニック」のアトラクションには参加したいと、複雑な思いで、久山町の行方を見守っています。
2007年06月12日

また、やってしまった!洗濯機のフタを開けた途端、洋服に大量の紙くずが付いていました。う~ん、レシートをポケットに入れた覚えはないし、娘のGパンもチェックしたし。で、残りの1名に、「ねーえ、ポケットになんか入れてた?」と訊くと、「入れてねぇよ。そんなん、オレに限ってあるわけないじゃん」他人に厳しく、自分に甘い、というのは讃岐人の「へらこい」気質なのか、夫にはこの特質が顕著に現れる傾向があります。「あーっ、カーペット焦げとるぅ」カーペットに落ちた真っ黒なタバコを発見。「もう、火事になるやん!」この間は、礼服のズボンを焦がしていたっけ。ここは、厳重に注意です。「えっ、そういえばタバコないと思ったら」それだけ、ですか?これが逆の立場だと、とてもこんな具合にはいかないのですが、あくまで、自分に優しくという姿勢は変わらないですね。讃岐弁でいうところの「ねんごたれ」です。洗濯物は、もう一度洗うことにして、ふと洗濯機の底をのぞくと、何やらマシュマロのような物体が。指でつまみ上げたそのプヨプヨした物体は、夫のシャツに付いていた「ハリックス55」でした。カフェコムサのケーキ。フルーツのショートケーキを食べました。
2007年06月08日

門司港は、本当にレトロという言葉がふさわしい街です。門司港駅が近づくにつれ、レンガ造りの建物が目に付くようになり、セピア色が似合う風景が徐々に拡がっていきます。「こじゃれたカフェやケーキ屋さんがあり、とても落ち着きます」と、以前から知人のお薦めだった門司港。確かに、神戸とも、長崎とも違う。古いけれども、どこか新鮮な輝きのある街です。到るところにバナナがある―なんでも門司はバナナの叩き売りの発祥地だそうで―のと、人力車のおニイちゃんがどこにでもいるのには閉口しましたが、観光地なのに決して押し付けがましくない、門司の街のとても自然体なところが大好きになりました。お昼は、カレードリアを食べました。「門司港地ビール工房」も要チェックの場所です。今度は是非、泊まりで来て、ビールは勿論、門司港の夜景を見てみたいと思いました。さしあたっては、誰と行くかが問題です。
2007年06月04日

福岡では、5月に入ってから、遠くの山々が霞んで見える日があります。光化学スモッグ、黄砂、大気汚染、花粉、と原因は様々だと思うのですが、アレルギーを持つ娘は、喉がヒリヒリしたり、目が痛いと訴えて、辛そうです。何よりも、年頃の娘にとっては、「肌荒れが辛い」そうで、そこは、賞味期限が切れた母とは違います。明らかに。先週の日曜日には、北九州で光化学スモッグ注意報のため、学校の運動会が中止になりました。今度の日曜日の運動会も、「注意報や警報が出た時点で中止になります」というお知らせが廻ってきました。「ソーランやるんだから、ぜーったい、中止はイヤだ!」豆絞りの鉢巻を手にした娘は、しかめっ面をします。「モンゴルでは、大地に円を描くこともダメです。大地は神聖な神のものです」以前、内モンゴル出身の方から聞いた話です。その中国やモンゴルで、何が起こっているの?黄砂は、季節の風物詩ではなく、実は、中国が草原や砂漠を開発しているからだというのですが、真偽のほどはわかりません。でも、その草原を「KOMATSU」のショベルカーが掘っていて、隣に「UNIQLO」の工場が建っていたら、なんだか娘に申し訳ないような気がするのです。ドクダミの花チカラシバ
2007年06月01日
「癌だって言われたときはショックでしたけど、でも、これが家族じゃなくて、自分が選ばれたんだと思うと、徐々に立ち直っていけたんです」先日、乳がんの手術をされた方とお話をして、もし、病気の神様がいるとしたら、それは、人を見抜くことができる、すごい洞察力の持ち主なのだと思いました。でも、今回だけは、病気の神様に抗議したくなります。昨年の夏、小さな赤ちゃんが生まれ、保育器から、病室へ、そして、春には自宅へ帰りました。家族が待ち望んだ春でした。それから、2ヶ月。お母さんのリンパ腺に腫瘍。血液の癌でした。今日、南区の九州がんセンターに行ってきました。お見舞いに行ったはずなのに、病室に入って顔を見た途端、私の方が泣いてしまいました。「どうして?」「うん、私も最初は、そう思ってへこみました」大丈夫とも、頑張れとも、言えない。病気のこと、兄夫婦に預けている赤ちゃんのこと、転校がイヤだと布団をかぶって泣いた上の子のこと、そして、奥さんよりもずっとへこんでいるご主人のこと。私にできるのは、聞いてあげることだけです。「これはね、対馬に引き取られる朝の写真」「うわ、海くん、お兄ちゃんらしくなったね」「うふふ、まるで、白黒のオセロ兄弟」「ほんま、日焼けしてるわ」「この日はニコニコして、対馬行ってくれたから。泣いたらどうしようかと」と言いながら、泣いていたのは赤ちゃんではなくて、お母さんだったのだ、と思いました。与えたのであれば、せめて、1日も早く治るようにしてください。病気の神様にお願いしたい気持ちでいっぱいです。
2007年05月30日

福津に行ってきました。ひどい方向オンチなので、こっちに行けば海だろうというニオイだけを頼りに運転しました。玄海の海は、やっぱり男性的というか、たくましいです。波がざぶざぶと高く、色も香りも瀬戸内海とは全く違います。サーフィンをしているおニイちゃんたち。バケツを手に、貝堀りをしている親子。犬連れのカップル。「鳴き砂」やウミガメの産卵で有名なこの海は、高知の海とも、唐津の海とも違う、底抜けに明るい海です。「アオリイカが釣れよるで」と愛媛県の中島から電話が入りました。しゃれたレストランも、コンビニもない中島ですが、毎年、フェリーに乗って何度も泊まりで行っていた大好きな島です。あの便所のニオイがする中島の民宿が、ちょっとだけ恋しくなりました。
2007年05月26日

このまま、夏になっちゃうの?緑が美しくて、梅雨のことをすっかり忘れてしまいそうな天候です。昨日から報道されている人工呼吸器のニュースを見るたびに、2ヶ月前のことを思い出します。「延命治療をするかどうかは、ご家族で決めてください」エンメイチリョウ?「人工呼吸器を付けて、延命治療をするかどうかということです」ジンコウコキュウキ?大学病院の一室で、医師にそう告げられたときは、家族は皆混乱し、悩みました。「但し、一度、人工呼吸器を付けると、外すことはできません。殺人になりますから」1日でも、1分でも肉親に長生きして欲しいという気持ちと、実際に苦しんでいる姿は、また別なのです。父は、人工呼吸器を付ける間もなく亡くなりましたが、死を家族が選択するということは、とても辛いことだし、そこにいる医師も関わってくる問題です。でも、肉親にとって、後悔しない死などない。あの時、ああしてあげればよかったとか、もっと、こんなことをしてあげればよかったのにとか。私も後悔の日々です。悲しめるもののためにみどりかがやくくるしみ生きむとするもののためにああ みどりは輝く室生犀星の詩は、新緑がまぶしい季節に本当にふさわしい。そう思うのです。コウゾリナフウロソウ
2007年05月23日
長男の嫁としては、避けて通れない法要。宗派や檀家によってやり方も違うらしいのですが、とにかく毎回言われた通りに動くのみ。お菓子の出し忘れや、お茶を左から出して慌てて下げたことなど、粗相のたびに真っ青になります。でも、わからないものは仕方がないと、最近は開き直ることにしました。「赤い蝋燭を出してください」とお坊さんに言われて、どうして赤い蝋燭でなければいけないのかと、訊ねると、「昔は、赤い蝋燭は高価なものだったので、せめて、四十九日くらいは華やかに送ってあげようということなんですよ」「へーっ」トリビアの泉じゃないんですが。「で、父はどこにいくんでしょう?」法要の席でこんな質問はタブーかも。「四十九日は、生まれ変わりの日なのです」「そしたら、三途の川を渡るだけじゃなくて、生まれ変わるんですね。父は何になったんですか?」さすがのお坊さんも困った顔。「さあ、それは私にもわかりません」で、再びお経が始まりました。仏教の世界って、なかなか面白い。今まで敬遠していたお経もちょっと今回は気合を入れて詠んでみました。ついていけませんでしたが。
2007年05月21日
福岡は九州の各県から人が集まってきているので、時々珍しい名前に巡り会います。「阿比留(あびる)さん」というのは、対馬出身の人が多いらしいです。「津嘉山(つかやま)さん」というのも、四国人にとっては珍しい名前です。それから、「東江」と書いて、「あがりえ」と読むそうです。沖縄ではごく普通の名字らしいのですが、最初はとても不思議な感じがしました。「沖縄では、太陽が東から上がるから、東は『アガリ』、西は沈むから『イリ』。南は『フェー(ハエ)』で、そして、北を『ニシ』と言います」「はぁ、北を『ニシ』…ですか?」う~ん、ややこしいやん。沖縄出身の方のお話に、目を丸くしました。もし、沖縄に行く機会があれば、是非使ってみたいです。最近、その沖縄出身の中孝介(あたり こうすけ)さんの「花」を聴くことが多くなり、とても癒されます。今週の金曜日、「ミュージックステーション」に出演予定だとか。残念ながらその日は高松に帰るので、観ることはできませんが、でも、みんながこの曲を聴いて、幸せな気持ちになるといいですね。幸せといえば、GNH(グロス・ナショナル・ハッピネス)という指数、つまり、「国民の幸福度」らしいのですが、ブータンではこの指数が97%だとか。すごい!これを我が家に当てはめると、GHH(gross・at home・happiness)なのかな。我が家の幸せ指数は、どのくらいなのでしょう。幸せの度数を決めるのは、難しいですね。
2007年05月16日

娘が鏡の前でデジカメを片手に自分の顔写真を撮っていました。「何しとるん?」「ん?写真撮ってんの」そりゃあ、見ればわかる。でも、なんで?「雑誌のモデルに応募するん」もでる?今、モデルって言った?そういう年頃なのです。寝る前のブラッシングの時間が長くなり、洗面台の前に並ぶビンの数が少しずつ増えています。「今日はちょっと顔の調子が悪いなぁ」か、顔の調子って、いつもと同じように目と鼻と口があるだけじゃん。「ほら、見せキャミ。どう?」えっ、ボタンを全開したらいかんよ、という言葉をぐっと呑み込んで、学校に行く時はダメだよと、首を振ります。そういう年頃なのです。「カメラって、おかしいよね。実物と違うもん」「そーお?」今日のところは、カメラのせいにして、撮影終了。娘のモデル志願の日々は続きます。 お菓子を作る元気がやっと出てきましたこんぺいとうと飴で作ったお弁当
2007年05月12日
大好きな伯母がアルツハイマーになり、私が姪であることさえわからなくなっていました。誰にでも好かれる心優しい人で、近くに嫁いだ私にはとって心強い存在でした。「まぁ、この子どこの子?この子、見たことあるわ」大きな目を見開いて、私を見つめる伯母の目の中にいる私は他人です。その童女のような瞳の美しいこと。やっぱり、私の好きなおばちゃんやと、伯母の手を握り締めました。「お金は木の葉、人間は枯れ木、年を重ねるとともに余分なものはそぎ落としていきなさい」この間、新聞の投稿欄に載っていました。伯母は、きっと余分なものを持っていないから子どものように純粋なのでしょう。「おばちゃん、かわいい!」「あら、毎日看ている分には大変なのよ」従兄弟はうふふと笑いながらそう言いました。それでも、気長に何度も同じ質問に答えている姿は、やっぱり伯母に似ていると思いました。鳥に話しかけ、時折神様と会話する伯母の世界はどんな風になっているの?絵本「わたしのおばあちゃん」をめくりながら、まだまだ伯母のような邪念のない人間にはほど遠いわと反省しました。
2007年05月10日

伸びが違います。餅でも納豆でもなく、私の肉のことなんですが。↓アヤシイ道具ではなく、これを使ってセルライトを刺激します。セルローラーお腹用セルローラー二の腕用お風呂で、お腹の肉をコロコロ転がすだけで、次の日の“皮”の伸びが全然違います。名古屋に住んでいたときに、夫の母に産後のお手伝いに来てもらいました。お風呂場に大きなタワシが置いてあったので、さすが、お母さん、お風呂の掃除をしてくれたんだと思い、お礼を言うと、「これで、アタシの身体を洗うんよ」と、ニンマリ。え?この、亀の子タワシで?身体を?洗う?ちょうど、タワシダイエットが流行した頃でした。「オカンは、ゾウか?」夫は笑い転げていました。でも、今から思うと有効なセルライト対策だったかもしれません。やっぱり、さすが、お母さん。セルローラーの効果はともかく、何よりも、自分の“肉”と真正面から向き合いたい人にはお勧めです。
2007年05月07日

主のいない家の庭では、そろそろモッコウバラが咲く季節になりました。かわいい八重の黄色い花を咲かせるこの木は、本当に丈夫で手間要らずです。花が咲く期間はとても短いのですが、毎年、きっちり咲いてくれます。松成真理子さんの「にちようびのばら」を借りてきました。書いても、書いても終わらないレポートに疲れたときに、声に出して読むと、とても落ち着きます。「じいじのさくら山」といい、松成真理子さんが描く画面いっぱいの花には、息を呑むような美しさがあります。誰かと一緒に見た花は、そのときの風の音やにおいと共に、忘れられない風景となります。ばら、さくら、梅、つつじ、菖蒲。たくさんの花を、たくさんの人と一緒に見ました。ま、それだけ人生長いとうか。でも、そのメンバーの中に何故か夫が登場しないというのは、ちょっと寂しいですね(笑)
2007年05月02日

絶対、無理…。スペースワールドのザターンを見た瞬間、そう思いました。ほぼ直角に上がり、再び直角に下りる。こんなの無理に決まってる。身震いしました。まぁ、それに、いつまでもジェットコースターに乗ってる年齢じゃないしと、納得しました。 スペースワールドザターン「お母さ~ん、一緒に乗ろうよ」何度も並んで乗っていた娘が誘いにきました。「ダメ!無理だって」「こわくないから。乗ってみないとわからんやん」娘に手を引かれ、渋々乗ってみると、全く、大丈夫。「ね?こわくなかったでしょ?」「うん」そう返事をしながら、思いました。やってみないとわからないものだ、と。たかがジェットコースターじゃんといえばそれまでですが、でも、人生、やってみなければわからない。年齢なんて関係ない。(でも、並んでいた顔ぶれをみると、最年長でした)そんな大切なことを教えてくれた娘に、「ありがとう」
2007年04月30日
待ち合わせをして時間があったので、公園のベンチで本を読んでいると、何を読んでいるのかと、声を掛けられました。60歳近くの紳士です。試験があるから勉強しているのだと答えると、それは大変だと言い、自分も大学院でいろんな勉強をした、と。そして、それから2時間。そのおじさんの不思議な話は、延々と続いたのです。●ドバイでは、今、地上800メートルの世界一高い高層ビルを建設中で、自分もそのプロジェクトチームに入っている。ドバイの技術力は世界一で、どんなミサイルや潜水艦からも防護してくれる多層のセキュリティシステムがある(え~と、ドバイって、アラブだっけ)●そのドバイには、みんなが裸に見える驚異のメガネが25万円で売られていて、弟の子どもの誕生日に送ってやった(それって、夜店に売ってるマヤカシモノでは?)●アメリカでは、オレンジや水で走る車が開発されているが、コストが高い。いずれは、原子力やチタンで走る車が出てくるであろう(なんか、ヤバくない?)●そのチタンは、北朝鮮の地下にたくさん埋まっていて、それをロシアから日本は高い金額で買い付けている(チタンって、携帯電話にも使われているアレ?)●自分は仕事で世界中を廻ってきた。今は、北海道の大雪山に別荘を建設中で、そこには幻のギンギツネがいる(別荘、ですか)まるで異次元にいたような時間を過ごし、一部始終を、迎えに来てくれた夫に話しました。夫が一番興味を抱いたのは、勿論、ドバイのメガネです。「それ、そのオッサンに頼んで買うてきてもろうてや」
2007年04月26日

瀬戸内海で春になると必ず並ぶ魚といえば、イカナゴ。サッとゆがいて酢醤油でいただく。でも、あの、ぬめーっとした食感があまり好きではないので(幼虫を食べている気持ちになるもんで)大抵、くぎ煮にして食べます。と言っても、自分で作ったことはないのですが。ところが、ところ変わればとでもいうか、福岡では「イカナゴ」ではなく、「かなぎ」といいます。これをちりめんにしたり、干物にして食べます。干物は、ちょっとしょっぱいです。今のところ、生のイカナゴにはお目にかかったことはありません。香川では「まん葉のけんちゃん」として重宝される「まん葉」も、福岡では「かつを菜」。お正月のお雑煮に入れるそうです。イカナゴのくぎ煮「丸ビナ」と書いてあったようなそれから、大分や韓国産と表示されて売られているのが、どう見ても「マキンコ」と呼んでいる貝なのですが、こんなん買う人おるんかなぁと首をひねってしまいます。へえーっ、ところ変われば、と魚屋さんの前でうなっているおばちゃんがいたら、それは私です。
2007年04月24日

昨日、息子の大学へ最後の学費を納めました。あとは月々の生活費を送るだけだと思うと、通帳の残高を見ながら、少しだけ肩の荷が軽くなりました。入学前にはどうなることやらと思った4年間でしたが、「何とかなるものよ」という友人の言う通り、何とかなりました。絵本作家の宮西達也さん曰く、「親子って弓矢に似ていると思うんです。弓を引くのが親で、矢が子ども。親が矢を放ってしまったら矢の飛ぶ方向はもう、どこへ行くかわからない。あとは見守るしかないんですよね」子どもって親の思うとおりには育たない。でも、確かに子育てって、あとから振り返ると、ただ、ただ楽しかったな、と。うん、それだけで、儲けもんやと思います。的が外れたら、もう一度矢を放てばいい。子育ても、人生も、失敗したら、またやり直しをしたらいいのだから。う~ん、さすが、ティラノサウルスくんの産みの親だわと、感心することしきりです。子育てにも、人生にも、これでいいというマニュアルはないと思うのです。図書館で「ベルサイユのばら」を借りました。なつかしい!名子のたんぽぽの綿毛
2007年04月21日
とても長い3日間でした。父の葬儀を終えて、帰宅しました。今は、辛いとか、悲しい、とは少し違う気持ちです。通夜の夜、みんな帰ってしまい、残された父と私が、一晩一緒に過ごすことになりました。母や姉夫婦もお疲れだし、明日は、お葬式だから、大変なのです。お鈴の音だけが響く広い葬祭会館で、父と二人だけの夜は、とても幸せでした。いっぱい、いっぱい話をして過ごしました。父の友人が弔問に来てくださり、NTTの営業マンだった父の話を聞くこともできました。「とにかく、真面目な人やった」そのDNAが私にもっと伝わっていればよかったのに。神戸から父の従兄弟のおじさんが駆けつけて、若い頃の話をしてくださいました。「アンタのお父ちゃんは、たぶん、お母さんしか知らんはずや」最初は、何のことかわからず、キョトンとしていたのですが。夜遅くには、夫と子どもたちが加わり、4人で、いえ、5人で一緒に寝ました。父の声をもう聞くことはできないけれども、私たちの声は父の元へ届いていると思います。きっと。
2007年04月17日
父の介護の日々をおくる母が、とても気がかりです。忙しくて、銀行にお金を下ろしに行く暇もないと、ぼやく母に、「コンビ二でもお金を下ろせるやん」「え、なんで?」「この頃、どこのコンビニにも、キャッシュコーナーがあるし」「そんな、キャッシュカードなんて使ったことないし」「え、江戸時代の人かい?」うちの実家では、ついこの間まで、ダイヤル式の黒い電話機を使っていました。娘が、「これ、どうやって使うん?」と、不思議そうにじーっと眺めていました。子機が付いている電話機を買うたげようか、と言うと、「この音がようわかって、ええんや」と、訳のわからんこだわり。ああ、なんでやねん。今回、父が倒れたことで、携帯電話を母に持ってもらうことを勧めると、「あれはいかん。声がよう聞こえん。やっぱり、線がついてないから」私がパソコンのキーをたたいていると、こんなんお金くれてもしとうないわ、あはは、と笑う母は、スジガネ入りの、超・アナログ人間です。かくいう私も、いまだに携帯電話がうまく使えないひとりなので、やっぱり、血は争えないかもしれません。
2007年04月13日

「先日、中木屋スミエさんにお会いしてきました」映画『ヘレンケラーを知っていますか』のモデルになった中木屋スミエさんは、目と耳が不自由な盲聾者で、重複障害者の福祉の充実を訴え、日本ではじめて盲聾者の団体を作った人です。現在は、盲聾者の一人暮らしは危ないからという理由で、山里離れた一軒家で生活してるのですが、本人の「生まれた町に帰って、今までのように生活したい」という意向は、切実です。私たちのNPO団体でも、中木屋さんを支援しようということになり、主宰者の方がお会いしてきました。「とにかく、ひどかごつ。人間の尊厳も何もなか」「あの、なんで施設には行かれないんですか?」「それは、中木屋さんが自立した生活をしたいっちゅう意思が強いったい。盲聾者っちゅうだけで、生まれた町で生きていかれんって、どういうことね」「みんなちがって、みんないい」ちょっと切なくて、でも、優しい勇気をくれる詩人、金子みすヾさんを生み出した町に住んでいる中木屋さん。生年月日を見ると、父と同じ年齢でした。人間の尊厳を論じると、難しくて深いところに辿り着きそうですが、とりあえず、中木屋さんが普通に暮らしたいという気持ちは、よくわかる気がします。朝起きて、温かいお茶を飲むこと。洗濯をして、新しいシャツを着て、気持ちよく暮らすこと。ご飯を炊いて、自分の好きな味付けのおかずを作って、食べること。毎日、お風呂に入ること。ごく当たり前の毎日の生活が、中木屋さんのところにもきっと届きますように。天然酵母パンの店「カウリ」ひびきの里の「化けうどん」
2007年04月11日

学生証が届き、大学生の生活がスタートしました。1年間で23単位、というと、大したことがないようですが、送られてきた教科書のぶ厚さを見て、ずずずと、後ずさりしそうになりました。先月、お手伝いしているNPOのボランティア団体で、玄海島沖地震の資料をコピーしたのですが、その時の図書館の方の対応が素晴らしく、こういうレファレンス業務も大切なのだと実感しました。「アンタが勉強すっとは、こげな仕事ったい?」NPOの主宰者であるYさんに訊かれたので、はいと、答えると、「うわぁ、ワシには、絶対無理!」「え、なんでですか?」「こげなところで1日中おったら、退屈でいかんばい!」いかにも、パワフルに走り回り、常にしゃべりまくっているYさんらしくて、笑い転げてしまいました。NPOでも、新しい動きがスタートしました。とりあえず、前を向いて進むしかないです。Yahooドームに行きました。大好きな藤山直美さんもよく足を運ばれるとか。有名な、「ハードロックカフェ」
2007年04月08日
『パリの空よりも高く』が千秋楽を迎え、宝塚を卒業していくタカラジェンヌたちが挨拶をして、幕が下りました。タカラジェンヌって、辞めたら何するんだろうねぇと、娘と話していたら、再び幕が開き、瀬名じゅんさんが、「卒業されるみなさ~ん、次の夢に向かって進んでくださ~い」と、にこやかに激励をしていました。次の夢。私に言われた訳ではないのに、嬉しくてどきどきしてしまいました。私たちがお世話になった夫の上司が、この春、退職されました。部下を思いやる気持ちは誰よりも強く、素晴らしい気配りができ、酒を愛で、鹿児島を愛し、そして、この上ない愛妻家であるこの方に、どんなに支えられたきたことでしょう。明るく、朗らかな奥様と共に、うどんの食べ歩きをしたことも懐かしい思い出のひとつです。退職したら、女房とワゴン車で日本一周をするのが夢だと、おっしゃっていました。寂しいけれども、次の夢を持っている人を送り出す気持ちは、なんだか嬉しいものです。今度は、是非、鹿児島で!ひまわりのような笑顔の奥様に、またお会いできる日を楽しみにしています。
2007年04月05日

福岡に来て、1年になりました。ここでの生活は、孤独な反面、高松のような人間関係の煩わしさはありません。先週、博多駅に着いたとき、ふと、そう思いました。すべての揉め事の原因は、他人に厳しく、自分に優しいからかもしれません。勿論、自分も含めてのこと。春風を以って人に接し、秋霜を以って自らを慎む。みなさ~ん、暖かい春風も吹き始めました。優しい気持ちを忘れないようにしたいものです。タイミングよく、心魅かれる名前の焼酎を見つけました。「問わず 語らず 名も無き 焼酎」今夜は、この焼酎と、心で語り合いながら呑むことにします、というか、単に酒好きなだけですが。「問わず 語らず 名も無き 焼酎」昨夜の満月こんな焼酎になりたい…です。
2007年04月02日
福岡は、高松に比べると自転車で通勤する人が少ないのです。当然、自転車屋さんの数も少ないのです。そして、心配していた事態が起こりました。パンクです。近くのホームセンターに行くと、「当店でお買い上げの方以外の修理はお断り」と書いてあります。ピンチ!これは、自分で直すしかない。ということで、パンク修理セットなるものを買いました。夫の父は、自転車の修理が得意で、パンクの修理などは朝飯前です。こんなことなら教えてもらっとけばよかった、と後悔したのは夫も同じ。「できそう?チューブ、外せる?」「えっ、チューブって何?タイヤに穴が開いてるんじゃないの?」「…アホか」パンク修理セットを、ただ、ただ、呆然として眺めるだけでした。電話帳をめくって、自転車屋さんを探すと、一番近いお店でも6キロ離れています。ひいひいと自転車を押して店を探し当て、パンクの修理をお願いしました。まず、ナットを外して、タイヤをしゅるしゅると外します。それから、チューブを外して、パンクしている箇所を見つけると、磨いて、のりをつけて、絆創膏みたいなものをぺたんと貼って、金槌でコンコンとたたく。チューブを水に浸けるのは、たぶん、空気が漏れていないかチェックしているのでしょう。あとは、元のようにチューブとタイヤを入れて、仕上げに空気を入れれば、完了。ちょっと気難しそうな職人だい、という風貌のおじさんが作業を終えた時、思わず拍手喝采をしてしまいました。パンクの修理。次回は、是非、挑戦してみたいと思います。
2007年03月31日

疾風怒涛の12日間を過ごし、福岡に帰りました。父がいなくなるかもしれないという不安の中で、夫の友人からの、「オマエ、絶対、元気になって家に連れて帰るんや!と、信じとかないかんゾ」という言葉だけが支えになりました。宗教は全く信じていないけれども、こうやって希望を持つことが祈りにつながるのだと実感しました。私の中の神様は、洋風だか、和風だか、中華風だかなんだかよくわからないのですが、とにかく、「神様、ありがとう」です。家に帰った夫が、友人からいただいたお土産を見て、「あれ、もり家のうどんやん。これ、お義父さんと食べた最後のうどんや」お正月に帰省した最後の日に、父ご推薦のうどん屋に行きました。あの時は、息子も一緒だったけ。「元気になったら、また、もり家に行けるよ」「そやな、うどん食いに行けるくらい元気になってもらわんと」そして、夫の母からの愛情たっぷりのそら豆の煮物。これ、食べさせてあげてねと、手渡す時にそわそわして嬉しそうでした。「これ、おかんの豆やん」これがうまいんだよなと、早速、大きな息子は、つまみ食いをしていました。
2007年03月30日

高松に帰って、カフェが増えていることに、とても驚きました。カフェブームの追い風に乗るがごとく、個性的なカフェがたくさん目に付くようになりました。香川でうどんを食べた後は、カフェで一息、なのでしょうか。生まれ育った町は、超田舎なのですが、その田舎町でも今やカフェが3つもあるという、考えられない状況です。大学病院の敷地内にまで、スターバックスができていて、そこだけが明るい空間になっていました。久しぶりにフラペチーノを注文しましたが、ショートサイズにもかかわらず、これを最後まで食べたことはないのです。いつもひとすすりした後、コーヒーにすればよかったと後悔してしまいます。病棟とはつながっていない分だけ、開放感があり、あらためてカフェっていいなと、思いました。手のぬくもりは人を元気づけてくれます。
2007年03月26日
「今日、何食べた?」「ん、おでん」「またぁ」只今、単身生活の夫の夕食は、毎日、コンビニのおでんです。さすがに、昨日はおでんを見るのも嫌になって、冷蔵庫に片付けたそうです。「コンビニのおでんは、うちのおでんよりもはるかにうまい!」と、絶賛していたにもかかわらず、おでん生活1週間で挫折。黄金伝説ならず。私としては、コンビニしてやったり、と鼻を明かした気分です。地方によって、具の内容が違うおでんは、奥が深いものがあります。大根ひとつにしても、軟らかさや味の染み具合で変わってきます。イーデス・ハンソンさんじゃないですけど、「タコヨシ、ナメタラアカンヨ」うちで作るおでんは、中身が替わったり、ダシの濃さが違ったり、その都度違う味が楽しめます。といっても、計算しているわけではなく、O型のガサツな性格で作る結果なんですけど。
2007年03月23日
小康状態の父を気にしながら、日帰りで福岡へ仕事に行きました。仕事が終わるまでは、緊張のためにぴんと張り詰めたものがあったのですが、終わった瞬間、現実の辛さが目の前にあり、暗い気持ちで新幹線に乗りました。それでも、学校を休んでいる娘と携帯でメールをすることで、ずいぶん気が紛れました。「前の小学校に行ったら、友だちに会ったよ」「よかったね。晩ごはん食べた?」「うん。おいしかった。でも、ばあちゃんちのご飯は、チョーやわらかい!」「(^_^;)今、広島」「もうちょっと?」「う~ん、まだまだ。先に寝てて」「起きて、待ってる(^_-)-☆」携帯電話を持つことに抵抗があった私たちですが、この日ばかりは、娘の携帯に感謝のキスをしたいくらい有難い気持ちになりました。
2007年03月20日
父が倒れました。ごうごうという新幹線の音を聞きながら、これが夢でありますようにと、何度も願いました。意識のないまま、病院のベッドで眠っている父。「お父さんやけど、お魚届いたけん。今晩、食べるけんの」一昨日の留守電に入っていた元気そうな父の声。まだ、お魚の感想も聞いていないのに。今年は、福岡に来て、由布院に行こうと約束していたのに。父の顔を見たらあれこれ言おうと思っていたのに、病院のベッドの傍らに立つと、涙でいっぱいになって、何も言葉になりませんでした。
2007年03月19日

最後のページ―青い空に白い雲が浮かんだ絵―を開いて、涙が止まりませんでした。興安さん作の『アローハンと羊』子どものための絵本ですが、大人が読んでも心が洗われる(近頃、ダイオキシンがたまっている私)1冊です。思わず、Amazonにレビューを書いてしまいました。勿論、5つ星で!モンゴルでは、馬は風から、牛は水から、ラクダは太陽から、そして、羊は雲から生まれたと言われているそうです。すべてが自然のもとから生まれ来るという、いかにもモンゴルらしい言い伝えです。命の尊さを語ったストーリーも素晴らしいのですが、水墨画で描かれた絵が、なんともいえない美しさや哀しみを表現していて、息を呑む様な場面がたくさんあります。特に、雲はこのお話の中心になっていて、アローハンの心をそのまま映し出しています。折りしも、焚き火を囲んで眠る学校Taki-Neruにはまっている私。この本を読んで、石釜パンのお店「ドリアン」に行きたいという気持ちが、ますます強くなってきました。チーズケーキを焼きました。
2007年03月15日
そのメールを受け取ったのは、確か、お盆に帰省するフェリーに乗る直前だったと思います。「今、赤ちゃんが生まれました。323グラムですが、生きています。これから大変ですが、頑張ります」323グラムの赤ちゃん。掌を広げてイメージすると、その大きさと命の重さで胸がぎゅっと痛くなりました。「無事に育って欲しいね」生まれたばかりの赤ん坊を思い、真夜中の佐賀関の海を、祈るような気持ちで眺めました。それから、夫の口からその人の名前が出るたびに、「赤ちゃんは?」と、訊いてしまいます。順調に育っていること、心配していた障害も見られず大きくなっていると聞いて、「頑張れ!命」と叫んでいました。昨日、一緒に焼肉を食べに行き、退院の目処がついたことを聞き、なんだか涙が出そうになりました。「大きくなった?」「はい、2620グラムです」写メールに写った赤ちゃんは、黒曜石のような大きな瞳を開いて、最高にかわいい。「うわ、パパにそっくり!」「でしょ?」どうしても「生きる」という字を入れたかったという父親の願いを込めて、「生風(いぶき)」と名づけられた赤ちゃんは、桜の花が咲く頃には退院できそうだということです。
2007年03月14日

「あのね、メールが届かないんだけど」「ええっ、だって、ドコモに替えたときに、ちゃんとしたのに」もう、アドレスが前の会社になってるじゃん、とぼやきながら、「なんか、ウルサイよね」「うん、今、焼き肉屋さん。でへへ」うっ、で、できあがっている…。高松にいる友人Kさんは、私の大切な酒と心の友です。もうひとりの心の友Kさんとと、それから、妹のような可憐な彼女と共にお酒を酌み交わす夜には、至福の喜びがあります。四十歳を過ぎて、こんな素敵な友たちに恵まれたことに、感謝。宴が始まり、酔いが廻りはじめた頃、可憐な彼女は、日頃の悩みを切々と話し始めます。が、しかし、時すでに遅し。シュランダー(酒乱だー)になっている3人は、もはや話の断片しか理解できない状態なのですから。頭の中の細胞が、ぱたんぱたんと音をたてて蓋をしていくのがわかります。たぶん、彼女は明日になれば、すっかり記憶を失っている私たちに向かって、「あんなに一生懸命、いろんな話をしたのにィ」と半泣きになって抗議することになるのでしょう。「あのね、春休みになったら、日山にKさんを誘って、登って」「なぁんだ。お易いご用よん」「それから、酒は、ほどほどに」「まぁ、そんな硬いこと言わんと。がはは」「・・・」そう、お酒とアナタは大切な友だもの。私は、心の中でそうつぶやきながら、でも、足元にだけは気をつけて(わかる人には、わかる伝説)と電話を切りました。再び、大宰府を訪れました。道真公の飛梅は、まだ蕾でした。梅が枝餅を真似て、家で手作りしました。
2007年03月12日
私がまだOLをしていた頃、高松の街中を毛布を被って歩いていたおじいさんがいました。思えば、これが、高松でホームレスを見た、最初で最後です。今は、増えてきているという噂があるものの、実際に見かけたことはありません。福岡は、夜、ゴミを捨てることになっているので、缶(これは、燃えないゴミ)を捨てるために階下に降りていくと、自転車にどうだといわんばかりの大量の空き缶をぶら下げたおじちゃんがいました。「ご苦労様です。大変ですね」私は、市の職員の方だと思って声をかけたのですが、あとでホームレスの人だと聞いてびっくり。なんでも、空き缶を集めるホームレスは、階級が上の方で、仕入れの分野やテリトリーによってランクがあるそうです。う~ん。ホームレスの姿も、気をつけて見てみると、車の中で寝泊りする人、公園のベンチで横になる人、ブルーシートの家がある人、と様々です。南区の方では、空き家になっているアパートを提供してくださる方がいるそうですが、まだ、まだ、十分なサポートはできていない状態だと思います。四国には、お遍路さんという旅人がいて、小さい頃は玄関で鈴の音が聞こえると、5円玉やお米を持って行かされました。子ども心に、白装束の姿が怖くて、なるべく顔を見ないようにさっと手渡していました。実家には、お遍路さんが一晩泊まった時に、「お礼に」と、いただいた達磨の絵が残っています。「清貧」という響きが美しい時代でした。お遍路さんとホームレスは違います。でも、相手を思いやる気持ちでは、どこかでつながっていて欲しい気がするのです。
2007年03月10日

春の声を聞けば、つくしを取りに行きたくなります。ふきや、たらの芽も、この時期ならではの食べ物です。近くの土手で、大量のつくしを発見。喜んで採っていると、こんな立て札が…。「農薬散布中」一瞬、ぎょっとしましたが、見渡すと、その辺り一体の土手に立て札がいくつかあります。「立ち入り禁止」「農薬危険」でも、何のためにこんな土手に農薬を蒔くのか。もしかしたら、心ない人たちが上の畑に入ってきたので、やむなく農薬散布で人払いをしているのか。農薬を散布していたら、この畑の野菜もダメなのかしら。とまぁ、いろいろ考えているうちに、袋の中のつくしはいっぱいになり、もう、農薬のことは忘れることにして、家に帰りました。畑も、山も、持ち主があって、勝手に入り込んではいけないことは、重々承知です。小さい頃、春は山菜、秋はきのこを採りに行くのは、当たり前だと思っていました。「ようけ(たくさん)採れたかい?」挨拶のように交わされた言葉が温かい時代がありました。「農薬散布中」の向こうに、どんな意味があるのか。そう考えると、悲しくなります。つくしは、ハカマを取って、卵とじにしていただきました。春の自然の恵みに感謝しつつ。
2007年03月09日

九州国立博物館で開催中の、ジョー・プライスコレクション展『若冲と江戸絵画』に行ってきました。やはり、若冲は、ラインが美しく、古典的な中にも新鮮でユーモラスな画風があって、とても楽しめました。代表作のひとつである「鳥獣花木図屏風(ちょうじゅうかぼくずびょうぶ)」には、たくさんの動物が描かれているのですが、キリンとかライオンは、かなりユニークな生き物になっていて、面白いと思いました。この展覧会を機に、江戸時代に興味を抱いた方が多いのではないでしょうか。元禄文化。歴史の教科書を紐解いてみる必要があり、ですね。若冲も40歳で隠居、85歳で亡くなるまで絵描きに専念したという、まるで、二度楽しんだような人生。平均寿命が短かった時代には、40代は初老。商売は息子に渡して隠居でもという年齢だったようです。「初老真っ只中」の私としては、やや複雑…。所得や身分の格差がある世の中でも自由に好きなことができた、いい時代だったのかもしれません。若冲だけではなく、他の江戸時代の画家の作品も展示されていたのですが、一番印象に残ったのは、葛蛇玉の「雪中松に兎・梅に鴉図」です。じっと眺めているだけで吸い込まれそうな静けさがありました。それから、あまり目立たない場所に展示されていたのですが、鈴木其一の「きつねの嫁入り」は、黒澤明監督の『夢』を髣髴させる幻想的な絵でした。子どもが見たら喜びそうな、ファンタジックな雰囲気がありました。九州国立博物館大宰府天満宮梅が枝餅屋さんが並ぶ参堂で見かけた人形九州国立博物館と大宰府天満宮は、地下道でつながっているので、帰りは大宰府天満宮で梅が枝餅でも…と思っていたのですが、雪が降り始めたので、再び訪れることにして帰途に着きました。寒さが戻って来たので、梅の花はぶるぶるっと縮こまっているようでした。東風が吹くのは、もう少し先かもしれないです。
2007年03月07日

福岡市内を離れて、糸島半島へ行ってきました。福岡県は、大きく分けると、北九州、福岡、筑豊、筑後に分かれるらしいのですが、糸島は、福岡市内とは少し違う雰囲気がありました。九州大学が伊都に移転したこともあり、注目されているエリアです。ハーブ園や、石鹸工房があり、スローライフを目指すアーティストたちのメッカになっているようです。が、おしゃれなレストランに行くこともなく、「ここには、へら鮒はいるかよぉ」と池を巡り、帰って来ました。まさに、へら鮒さま、さま。唯一、寒い風が吹く中にも、春の兆しを見つけてきました。オオイヌノフグリ。犬のフグリ?フグリって、もしかしたら、睾丸のこと?つまり、大きな犬のキン○○っていう意味かい?見れば見るほど美しい色をしたかわいらしい花なんですけど、どうしてこんな可憐な花にフグリなんていう気の毒な名前のつけたのでしょう。
2007年03月05日
今日は、漢字検定の発表の日です。受験番号を入力するだけで、結果がわかるのですが、合格しています、の文字を読んでほっとしました。そして、前々から取りたかった司書の資格のために通信の大学に入学するかどうか、迷っています。図書館と酒屋(オッサンみたいですね)にいると、妙に落ち着くので、図書館で仕事をすることは、憧れのひとつでした。高校時代は、図書館の司書の美馬さんという方にお世話になり、卒業してからお会いしたときも、ちゃんと覚えてくださっていました。「あなたのことは、とてもよく覚えていますよ」と。あの頃の図書館は、床がぎしぎしと鳴る古い建物でした。しーんとした図書館で、本の背表紙を眺めているだけで幸せな気分になりました。美馬さんは、これはとても面白いからと、お気に入りの本を薦めてくださったり、時には、感想を求めてきたりと、カウンター越しにいつも気に留めてくださいました。数年前に、美馬さんが亡くなられたこと、退職後はお茶の先生をされていたこと、生涯独身だったことなどを知りました。司書の資格を取って、図書館で働けるとは思えません。でも、少しでも、美馬さんに近づきたいという気持ちになるのです。
2007年03月02日

先日、とある大学の教授とご一緒する機会があり、最近の学生の様子や、趣味の家庭菜園のことをお話して、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。終盤で、食育の話になり、「子どもさんの食事には、ちゃんと注意を払って、安全な食べ物を出してあげなさいよ」と言われ、「そうですね。でも、毎日のことなんで、なかなか」と、もぞもぞと返事をしたら、「毎日のことだからこそ、ちゃんとした食べ物を食べることが大切なのです」確かに、その通り。毎日の食材の積み重ねが身体に反映してるんだ、と反省しました。安全な食べ物を口にすることは、当たり前のことなのに、その当たり前が難しい。なんだか、変な世の中です。コンビニのおにぎりを食べ続けた豚の死産が相次いだという報告(これは、西日本新聞の「食卓の向こう側」からですが)もあります。手軽さや便利さばかりを求めていると、いつかツケがまわってくるゾという警告かもしれません。ツケがまわって来ないようにするには、どうしたらよいのでしょう。古賀市のコスモス館へ行きました。菜の花が満開。九州の春は、「きびなご」で始まります。「たらこ」のノートが可愛かったので。
2007年03月01日

「ねぇ、春休みになったら、旅行しようか?どこ、行きたい?」娘に訊くと、即答で、「大阪!」大阪行ってたこ焼き食べるんや、とはしゃぐ娘。なんで、九州に住んでいるのに、わざわざ高松の横通って、大阪まで行かんとあかんの?大阪の活気あふれる街の雰囲気も、神戸の落ち着いた海辺も大好きです。お好み焼き、下駄みたいな大きなお鮨、ギンソウの釜だしカステラ。ヒョウ柄の服を着たおばちゃんを見つけるたびに、ああ、やっぱり大阪ってええねぇ、としみじみ思います。藤原紀香さんが結婚式を挙げた生田神社は、お正月は特に賑やかで、年始の境内の風景は忘れられません。確か、お化け屋敷もあったような気がします。「キレイやなぁ。こんな嫁はんが家におったら、心配で仕事行けんわ」と、紀香さんの美しい花嫁姿を見た夫。ふ~ん、そうじゃなくてよかったねぇ、と微笑んで、「この間観た『バブルへGO!』の広末涼子の芸者姿もきれいだったよ」と言うと、「う~ん、藤原紀香と広末涼子か。どっちかを選べ言うたら、悩むなぁ」真剣に考える夫。あ、あり得ない…。大丈夫、そんなことはたぶんないからと言って、ひたすら引きつった笑いをするのみでした。ミルクパンを焼きましたスライスしたパン頂き物の肉まん美味しかったので
2007年02月27日
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