赤江雄一/岩波敦子(編)『中世ヨーロッパの「伝統」―テクストの生成と運動―』
~慶應義塾大学言語文化研究所、 2022
年~
本書は、編者である赤江先生を代表者とする「テクストの伝統生成―中世から近世におけるインテレクチュアル・ヒストリー」のプロジェクトメンバーによる論文集 (233
)
で、7編の論文が収録されています。
本書の構成は次のとおりです。
―――
はじめに(赤江雄一)
I 書物と信仰
赤江雄一「西洋中世における説教術書の伝統生成―説教術書は制度的ジャンルか―」
松田隆美「 vita mixta
の伝統と中英語宗教文学」
徳永聡子「 Ancrene Wisse
の系譜と The Tretyse of Loue
(1493)
」
II
神と救済
井口篤「中世後期イングランドの俗語神学と救済論」
山内志朗「中世後期における義認論の構図と言説― facere quod in se set
をめぐって」
III
権力とイメージ
岩波敦子「ハインリヒ獅子公の誕生―新たな統治者像の生成と伝統―」
鎌田由美子「ペルシアの画論における伝統形成―中国、ヨーロッパとの比較から―」
おわりに(岩波敦子)
―――
赤江論文は、説教著述支援著作ジャンルのうち「説教術書」に着目し、「説教術書」が説教師の図書館でも比重が置かれず、また複数の「説教術書」が合冊のかたちで残されている理由について、「制度的ジャンル」という視点を提唱し、説得的に明らかにする興味深い論考です。(赤江先生の著作については、 Yuichi Akae, A Mendicant Sermon Collection from Composition to Reception. The Novum opus dominicale of John Waldeby, OESA
, Brepols, 2015
を参照。また、説教術書については、 Th.-M. Charland, Artes praedicandi: Contribution à l’histoire de la rhétorique au Moyen Âge
, Paris-Ottawa, 1936
や Marianne G. Briscoe and Barbara H. Jaye, Artes Praedicandi and Artes Orandi
, Brepols, 1992
を参照)
松田論文は、観想的生活と活動的生活の二つを組み合わせた vita mixta
と称される生き方を取り上げ、アウグスティヌス以降の伝統を概観したうえで、俗信徒向け著作や聖人伝などの中英語文学におけるその描かれ方を論じており、こちらも興味深く読みました。
徳永論文は、隠遁修道女向けの手引書として知られる Ancrene Wisse
と、この作品に加えてその他の様々な著作を基にして編まれた The Tretyse of Loue
という作品の2つを中心に、写本伝承の詳細な分析から、それらがいかに受容されたか、またその影響関係を論じます。
第二部は主に哲学分野の考察です。井口論文は自由意志と必然性の問題を中心に、神学者たちがどのようにこの問題を考察し、また俗人に伝えたのか(あるいは伝えようとしなかったのか)を論じます。山内論文も井口論文の論点の一つである「ペラギウス主義」を取り上げ、この名称が貶称として用いられたためその内実は多岐にわたるという前提を示したうえで、「神は<自分の内にあることをなす>者に恩寵を拒まない」というテーゼを中心に、自由意志と神の救済の関係についての様々なテーゼについて検討を加えます。
第三部は2編。岩波論文はハインリヒ獅子侯の詳細な伝記にして、彼がいかに描かれたか、また自らを示そうとしたかを示します。史料の作者の立場によって描かれ方が異なることを丹念に示すほか、彼の意義も指摘しており、興味深く読みました。
最後の鎌田論文は 15
世紀以降のペルシアの画論と画冊(書と絵画などがまとめられたアルバムのようなもの)についての論考。本書の標題にある「中世ヨーロッパ」とはやや異質ながら、ヨーロッパとの関係にも目配りがなされているほか、イスラーム世界における絵画や書の位置づけについて分かりやすく論じられていて、門外漢ながら興味深く読みました。
以上、特に第二部は私には難解なテーマで理解したとは言えませんが、全体的に興味深い論文集です。
(2022.04.29 読了 )
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