髙田京比子ほか編『中近世ヨーロッパ史のフロンティア』
~昭和堂、 2021
年~
京都大学名誉教授の服部良久先生の古希記念に編まれた論文集です(本書の成立過程ははしがきを参照)。
―――
はしがき(田中俊之・轟木広太郎)
第1章 服部良久「中世後期ドイツの政治的コミュニケーションと秩序―権力表象と同盟・ネットワーク―」
第2章 中村敦子「スティーヴン王期のチェスター伯とウェールズ―境界をまたぐネットワーク形成」
第3章 西岡健司「中世盛期スコットランドにおける教皇特任裁判官による紛争解決―人的交流の観点から」
第4章 髙田京比子「 13
世紀半ば北イタリアにおける河川交通と紛争―ヴェネツィアとクレモナの協約を中心に」
第5章 田中俊之「現下の悪だくみ、それはハプスブルクか― 1291
年のスイス中央山岳地域」
第6章 中田恵理子「ネットワーク上の学識者たち―ヴォルムス帝国議会とその周辺」
第7章 渋谷聡「近世ドイツ帝国最高法院における法曹のネットワーク形成― 18
世紀末の事例から」
第8章 図師宣忠「異端者の情報にアクセスする―中世南フランスにおける異端審問記録の作成・保管・利用」
第9章 轟木広太郎「救霊から共通善へ―カペー朝後期の地方監察」
第 10
章 藤井真生「聖人に囲まれた王―ルクレンブルク朝カレル4世と聖十字架礼拝堂の聖人画群」
第 11
章 佐藤公美「「暴君」リナルド・ダ・モンテヴェルデとフェルモの反乱―八聖人戦争期の移動する傭兵隊長」
第 12
章 青谷秀紀「都市反乱と暴力の諸形態― 15
世紀後半リエージュの内紛を手がかりに」
第 13
章 坂上政美「 16
世紀トスカーナにおけるビガッロ委員会の設立―コジモ1世の救貧政策とその背景」
第 14
章 小林功「「見えなくなっている」人々を求めて―7~8世紀ビザンツ帝国の有力者」
第 15
章 松本涼「最果ての島の貴族― 13
世紀アイスランドにおける階層分化」
第 16
章 櫻井康人「「ギリシア人たちの嘆願」から見る「モレア人」の形成― 13
世紀ラテン・ギリシアの社会構造」
第 17
章 高田良太「ガレー船が戻ってくるまでに― 14
世紀中葉、コンスタンティノープルのヴェネツィア人共同体」
第 18
章 上柿智生「 15
世紀ビザンツ知識人の「西方」との出会いと別れ―ゲオルギウス・スホラリオスの教会合同問題への関与を例に」
第 19
章 櫻井美幸「ギャロッピングガールズ― 17
世紀前期における英国女子修道会とイエズス会の関係をめぐって」
―――
特に興味深かった点についてメモ。
第1章では、カール4世が王権の儀礼的演出、自身の肖像・彫像、ボヘミアの守護聖人像の設置などの「ヴィジュアル・ポリシー」の実践とその意義を論じる点が特に興味深く読みました。
第2章は、「内乱期」であり「辺境」のウェールズに積極的関与をしなかったとされるスティーヴン王 (
位 1135-1154)
の時代、ウェールズに隣接する地域では様々な思惑から貴族間ネットワークが形成されていたことを示します。
第3章はスコットランドというローマから遠く離れた地で、教皇から紛争解決のために任命された特任裁判官たちがどのように紛争解決に当たったのか、また彼らはどのように選ばれたのかを具体的な事例を交えて論じます。
第4章はポー川をめぐる河川交通に関するヴェネツィアとクレモナの協定の中で、両者のあいだに位置するフェッラーラとの関係性も重要であったことを、時代背景を踏まえて詳しく論じます。
第5章は 1291
年スイスでの同盟文書に記載された「現下の悪だくみ」への対抗という言葉をめぐり、ハプスブルクへの対抗を示していたとされてきた従来の説を説得的に批判する興味深い論考です。不勉強な分野ですが面白く読みました。
少し飛ばして、第8章は異端審問官の文書利用について論じます。文書の7つの類型を提示し、それらがどのように用いられたかを、類型間の影響関係も含めて示す、こちらも興味深い論考。ただ1点、結論部での「托鉢修道士は説教の手引書であるエクセンプラ(説教判例集)をもとに説教を実践していた」 (187
頁 )
との記述には引っ掛かりました。中世説教について勉強してきていますが、ここでいう「説教判例集」は「範例説教 (
集 )model sermon (collection)
」と思われ、エクセンプラ=教訓説話集(例話集) exempla
は、説教などの中に挿入された、教えを具体的に例示するための短い物語です。この文脈では、「例話」に限定しない「範例説教集」が妥当と思われました。
第9章は、フランス王国での地方監察の役割が、ルイ9世(聖王ルイ)の時代には、不正を働いた地方役人の懲罰よりも国王自身の霊的責任を問われたのに対して、後のフィリップ4世以降の時代には、地方役人の違法行為への罰金を科すなど、様々な金銭を徴収することで「国王の権利を拡充させる努力に振り向けるようになっていく」という過程を論じる、こちらも興味深い論文です。
また少し飛んで、第 12
章は都市反乱と暴力が秩序維持に果たした役割を論じるにあたり、暴力の形態を「合法的なもの」「非合法的なもの」「脱法的なもの」の3つに区分し、それぞれの具体例を見ながら、それらの性格の違いを浮き彫りにします。
また飛びますが、最終章は、イエズス会に近い会則をかかげる英国女子修道会を設立したメアリー・ウォード(後に異端宣告を受けますが、約 400
年後に名誉回復)をめぐる、イエズス会の中の彼女の擁護者たちや批判者たちの態度を見ます。イエズス会会憲で女性分派を認めないことになっているため、彼女や擁護者には厳しい目が向けられましたが、それでも彼女を擁護しようとしたイエズス会士たちの振る舞いが印象的です。
私の理解力の限界もあり、ごく一部の、それも不十分な紹介になってしまいましたが、刺激を受ける論考の多い、充実した論文集です。
(2022.07.10 読了 )
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