西洋中世学会『西洋中世研究』 16
~知泉書館、 2024
年~
西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。
今号の構成は次の通りです。
―――
【特集】危機を前にした人間―西洋中世における環境・災害・心性
<序文>
小澤実「危機を前にした人間―西洋中世における環境・災害・心性―」
<論文>
アダム・タカハシ「脆弱な主体―アウグスティヌス『神の国』における人間存在の危機―」
唐澤一友「アングロ・サクソン時代の危機管理―古英語の wisdom poetry
を手掛かりに―」
プライザー=カペラー、ヨハネス (
小澤実訳 )
「紀元千年転換期におけるグローバルな終末?―ビザンツ世界と日本における 10
・ 11
世紀の気候変動、天体現象、社会的・政治的動乱―」
後藤里菜「女性と身体という危機― 12
世紀の敬虔な女性、マーキエイトのクリスティーナ (1096
頃 -1155
頃 )
を題材に―」
キャンベル、ブルース・M・S (
内川勇太訳 )
「グローバル気候― 13
世紀半ばのインドネシア・サマラス巨大噴火とイングランド食糧危機―」
今井澄子「疫病と美術― 14
・ 15
世紀フランスとネーデルラントの物語表現を中心に―」
【論文】
森下勇矢「道化服の機能―『パルチヴァール』にみる愚の象徴―」
【史料紹介】
菊地智「 16
世紀ネーデルラントの神秘主義的論述『福音の真珠』 ( Die evangelische peerle
)
―作品の概要と背景、並びに研究史―」
【新刊紹介】
【彙報】
久木田直江「西洋中世学会第 16
回大会シンポジウム報告「薬を語る・薬を知る―西洋中世の薬の歴史と文化―」」
纓田宗紀/土佐真理子/村松綾「 2023
年度若手セミナー報告「西洋中世学研究者のためのデジタル・ヒューマニティーズ入門」」
大貫俊夫・後藤里菜・古山直美・畠山翼・富永龍太「 2024
年度若手セミナー報告「 TRPG
で中世を語る・演じる・考える―『モンセギュール 1244
』を題材として―」」
―――
特集は、 2022
年6月の第 14
回西洋中世学会シンポジウムでの個別報告をもとにふくらませた内容です。シンポジウムの概要は既に 『西洋中世研究』 14
、 2022
年
にコーディネーターの小澤実先生による彙報が掲載されていますが、本号特集の序文は、同彙報の内容も踏まえつつ、環境史に関する研究史を概観したのち、本号の個別論文の紹介を行います。
タカハシ論文はアウグスティヌス『神の国』を、危機への対応という観点から読み解きます。特に同書の後半部に描かれる人間存在の脆弱さを取り上げ、近年の「多孔的自己」という概念を援用しつつ、ケアを必要とする人間との見方をアウグスティヌスにも見ると同時に、それが「人間を飼い慣らされる主体として一定の統治構造に巧妙に組み込む理論と表裏一体でありうる」ことを指摘します。
唐澤論文は、「様々な「知恵」や「知識」をまとめて占めることを目的とした詩」である古英語の wisdom poetry
を主要史料として、疫病や戦争などの危機への人々の対応を見ます。
プライザー=カペラー論文は、 10-11
世紀の転換期のビザンツ皇帝バシレイオス2世と日本の藤原道長の治世に、それぞれの国にあった気候不順による災難、そして終末論と、それらへの両者の対応を論じます。
後藤論文は、 12
世紀に著された、従来の聖人伝にない女性聖人の肉欲というテーマを扱ったマーキエイトのクリスティーナの伝記を主要史料として、女性という身体の危機という、本特集の中ではやや異色の論点を提示します。ここでは、当該伝記の描写には保守的な傾向も大きいことを指摘しつつ、しかし新たな萌芽が見られるという興味深い指摘がなされます。
キャンベル論文もプライザー=カペラー論文同様、グローバルな気候不順を扱います。具体的には 13
世紀半ばのイギリスの食糧不足・政治的転換と、 1257
年に起きたインドネシアの火山噴火との影響関係を論じます。ここでは、小麦価格・収穫量の統計データや穀物の生育に適した条件と正反対の条件で生育するオークの年輪データなどを駆使して具体的に天候不順と火山噴火の影響関係を論証する過程を興味深く読みました。
今井論文は疫病を描く絵画を題材に、疫病や守護聖人の描き方を論じるとともに、特定の作品について、治癒の祈願だけでなく、注文主の職務などにも関するメッセージをも担っていた可能性を示唆します。
森下論文は文学作品『パルチヴァール』を主要史料に、主人公パルチヴァールが着る道化服の象徴性を論じる興味深い論考。
菊地論文では「 16
世紀神秘主義ルネサンス」との関わりから、『福音の真珠』という著者不詳の作品の研究史と作品の概要、今後の課題を提示します。
今号の新刊紹介では 50
の研究書が紹介されます。特に興味深かった点のみメモ。 前号
に引き続き、高名康文先生はウェールズ大学出版の「中世動物叢書」から狐を論じる1冊を紹介。大黒俊二先生による、説教を聴きながら自分の興味あるポイントのみメモを残した女性の筆録史料の紹介も興味深いです。朝治啓三先生によるヘンリ3世伝に関する紹介は、著作の概要を簡潔にまとめた後、8点の批判を挙げ今後のさらなる研究の進展につなげていて、大変勉強になりました。
彙報は3本。まず、 2024
年の第 16
回シンポジウムの概要。コロナ以降、西洋中世学会大会は対面とオンラインのハイブリッド開催が主流となってきましたが、 2024
年は対面のみの開催で、残念ながら参加できなかったので、その概要に触れられて勉強になりました。(なお、色んな事情はあろうかと思いますが、今後ハイブリッド開催が再開されると嬉しいです。)
そして若手セミナーの報告が2本。いずれも複数の参加者の感想が掲載されていて、様々な視点から当日の雰囲気に触れられます。
(2025.01.09 読了 )
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