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「もう一人で入浴はできないのではないか」
そう思っていた時期が、確かにありました。
ストレッチャーで運ばれていた私が、今では一人でシャワーを浴びています。
私は現在、車椅子での生活を送っています。
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫が胸髄付近にでき、神経を圧迫したことで、放射線治療の開始とともに胸から下が全く動かなくなりました。
あれから1年10か月。
日々のリハビリの中で、少しずつ生活は変化してきました。
その中でも「入浴」は、最も大きな変化を感じる場面のひとつです。
発症直後、入浴は完全に介助に頼る状態でした。
ストレッチャーに乗せられたまま浴室へ移動し、
浴室内でも別のストレッチャーへ移され、
看護師さんと介護士さんの二人がかりで体を洗ってもらう。
自分では何もできない。
ただ任せるしかない時間が、長く続きました。
4か月ほど経ち、浴室までは車椅子で移動できるようになりました。
しかし入浴自体は変わらずストレッチャー。
リハビリテーション病院では、いわゆる「機械浴」で、
ストレッチャーのまま浴槽に入れてもらう形でした。
移動はできても、「自分で入浴する」という感覚はまだ遠いものでした。
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫は完全寛解となり、回復期のリハビリテーション病院へ転院しました。
ここで入浴は一段階進みます。
浴室までは車椅子で移動し、
吊り下げ式のリフトのシャワーチェアーへ移乗。
自分で洗えるところは自分で洗って手の届かないところは看護師さんと介護士さんに体を洗ってもらい、
そのままリフトで浴槽へ。
そして退院前、作業療法士の先生の指導で
「退院後のシャワー浴」の練習が始まりました。
ここが大きな転機でした。
退院後は、妻との生活が始まりました。
この頃のシャワー浴は、まだ見守りと介助が必要な状態です。
・ベッドサイドで脱衣
・車椅子で浴室へ移動
・シャワーチェアーへ移乗(妻の見守り)
・衣類を脱ぐ(妻の介助)
・自分で体を洗う
・再び移乗(妻の見守り)
・ベッドで着衣
「自分で洗える」という部分は増えましたが、
まだ一人では完結できませんでした。
そして現在。
ついに、妻の見守りなしでシャワー浴ができるようになりました。
・ベッドサイドで全て脱衣
・車椅子で浴室へ(濡れ防止にタオル)
・自力でシャワーチェアーへ移乗
・車椅子を手の届く位置へ移動
・シャワーカーテンで車椅子を保護する
・自分で体を洗う
・自力で車椅子へ移乗
・そのままベッドへ戻り着衣
もちろん、万が一に備えて妻には近くにいてもらっています。
しかし「自分のペースで一人でできる」ということは、これまでとは全く違う感覚です。
入浴は、単なる生活動作のひとつではありません。
・安全にできるか
・どこまで自分でできるか
・どこで人の手を借りるか
そのすべてが、自分の現在地を教えてくれます。
ストレッチャーで運ばれていた自分が、
今は自分のタイミングでシャワーを浴びている。
この変化は、リハビリの積み重ねそのものだと感じています。
「1人でできるもん!」
少し子どもっぽい言い方かもしれませんが、
今の私には、とても大きな意味を持つ言葉です。
できなかったことが、できるようになる。
その一つひとつが、これからの生活への自信につながっていきます。
これからも焦らず、自分のペースで。
できることを少しずつ増やしていきたいと思います。
回復の過程での具体的な出来事ごとに、その時の身体の状態や生活の変化を記録しています。
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