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アメリカに行ったことで頭がいっぱいで、肝心な事を書くのを忘れていた!!馬鹿!! 成田空港まで行くのに出張で一週間に1度は飛行機に乗っている父はいつもと気分を変えて、今回の成田までは車で行きたがった。 仕方なく私は久しぶりの車へ乗り込んだ。 父の車は私の大嫌いなツンとくるフラワー系の香水が充満していた。なぜなら、父は数ヶ月前後部座席でサンマの蒲焼をタレごとひっくり返してしまったため、その生臭い臭いを消すために、香水を振り掛けたからだ。 夜中の1時30分に出発して15分後、私の身体に異変が。 急に胸に大きな塊があるような感じがして息苦しくなり、手足がしびれだし、麻痺して、ついには硬直してしまった。 指は、ETのようにおかしな形をしたまま動かない。脚も感覚がなくて動かせない。 私は「助けて~助けて~」と叫んでいた。エコノミー症候群にでもなってしまったのかと思ったから。このままでは血栓がつまって死んでしまう!! でも母は落ち着いて、紙袋を口に当ててくれて「過呼吸になっているだけだから、深呼吸して。」と言った。父は高速道路だっため、運転しながら手を握ってくれた。 しばらくして、身体の硬直が収まった。 でも、次に車酔いが始まった。 気持ち悪くて何度も吐いた。 こんなに体調が悪いのは、やっぱりひきこもり生活をずっとしていて、突然海外なんて行くことになったからなんだろう。 自分でも気が付かなかったが、きっとかなり緊張していたのだろう。 身体に負担をかけてごめんなさい。 身体、ごめんね。 許してね。
Jan 18, 2005
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2週間の旅行は、すごく嫌だった。 なぜなら、私は潔癖症だし、アトピーだから。 大勢の人が使用したホテルのベッドとか家以外のトイレ、椅子、机、飛行機の座席、数え上げたらきりがない。 しかも、滞在初日はカリフォルニアの某乾燥地帯だし、どこのホテル室内にも暖房が入っていて乾燥しまくるから、アトピーには辛い。 でも、一度「行く」と言って行ってしまったものは戻りようがない。一人で、ロサンゼルスから成田行きの飛行機チケットを取って成田からバスに揺られて帰る度胸もない。 とにかく、どうにかアメリカに行った。 もちろん、アトピー完全対策をして。愛用の洗面器、アルコール消毒液、竹酢液、ビタミンC(塩素を中和するため)、軟水、沢山のスプレー容器、紫雲膏、馬油などなど。 スリッパもホテルごとに変えようと思って100円スリッパを沢山持っていった。結局、もったいなくて消毒して使い回ししたけど。 ドアノブとかは、ティッシュを使って触ったし、外では妹にドアマンをしてもらった。トイレのドアまで開けてもらった。 かなり覚悟をしていった旅行だったが、アトピーはアメリカで酷くなることはなかった。夜中に甘くて脂っこいものを食べた次の日は、さすがに痒かったが。 首の乾燥が酷くて、日本では象の皮膚みたいだったのに、アメリカ2日目で、すぐに普通の柔らかい肌になった。不思議だった。 手首も、掻き過ぎでカサブタだらけだったのに、少しマシな手首になった。手首は、私のアトピーの中では一番治りにくい部位なので、さすがに完全には治らなかったが、赤みとカサカサ以外は治った。 そして、日本に帰国してホテルで一泊した。その時も痒みはなかった。 しかし!!家に帰るまでの、父の車の中で手首と腕がメチャクチャ痒くなった。 そして家に帰ってゆっくり17時間も寝たのだが、その間も痒くて何度も目が覚めた。沢山掻いたおかげで、手首と腕は血だらけ。 多分原因は、毛布? ホテルはシーツが毎日新しいものと交換されるからダニとかは繁殖しないけど、綺麗に使っているはずの毛布にも、何日も洗わないからダニがウヨウヨなのかもしれない。 不潔で気持ち悪いと敬遠していたホテルのほうが、アトピーにとって良いなんて。。。 清潔で安心していた家のほうが、アトピーを悪化させているなんて。。。 ショック
Jan 17, 2005
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帰って参りました。アメリカから。 2週間のアメリカ滞在中、外にずっと出ていたなんて自分でもビックリ。1年以上もひきこもっていたのに。 とにかく、アメリカは日本なんかとスケールが違う。 やはりアメリカ人はみんなフレンドリーで、目が合うと”ニコッ”と微笑み、「ハロー」とか「ハイ」と言ってくる。 なんて気持ちいい!!日本人(とくにお年寄り)は、人の事をじろじろ見るくせに、つんけんしちゃってさ。 それに、建物とかは東京もビルがすごいけど、NYとかLAと比較にはならないほど。もうすべてに圧倒されっぱなし。 しか~し、やっぱり私の気持ちは摂食障害?アメリカ人は一人一人個性的で、他人のことなんて気にしないのに、私はすごい気になって、デブな自分を惨めに思いながら、NYの町並み、LAのメルローズを歩いていたから、全くショッピングを楽しめなかった。 その上、今回のアメリカ旅行の目的は、カリフォルニアに留学中の妹に会うことだった。それで、妹に会った瞬間、旅行に対する少しの期待(何か自分が変わるんじゃないかという期待)が打ち砕かれてしまった。 なぜなら妹は、半年前日本から旅立った時よりも、さらに細くなっていたから。多分35キロ以下ぐらいだと思う。 1歳違いの私たち姉妹は、背丈も体格も似ていた。昔から痩せの大食いと呼ばれるほど、よく食べたが細かった。160センチの身長で40キロ~43キロぐらいの体重で健康的だった。 ところが、私が過食症になったことにより、私のデブさが際立つようになった。それが、私の一番痛いところだった。 でも、アメリカに行くと食生活も肉食中心で日本よりお菓子も甘すぎるし、車生活だから、妹も少々太っただろうと考えていた。 その考えが甘かった。 やはり、アメリカに行く直前まで私が「アメリカに行きたくない」と言っていたことが現実となった。 妹は、ストレスで痩せてしまっていた。拒食症ではない。ストレスによる食欲不振だが、かなり痩せていた。顔は痩せにくいため、出会った瞬間はよく分からなかったが、身体がげっそりしていた。 でも私は、妹が拒食症なのだと思って辛くあたってしまった。理由も聞かずに。 一緒にNYの旅行を始めてから2日後、父があまりの心配のあまり、母と体格のことは言わないと約束したのに、(拒食症の場合、体格のことについてとやかく言うと逆効果だから。)「健康であることが親の一番の願いや。お金なんて心配せんでいい。節約もしなくていいから、健康でいてほしい。」と言い出した。 すると、妹はようやく話し出した。 話によると、数週間前までステイさせてもらっていたホストファミリーの人達が妹に辛くあたっていたらしい。食費を月に2万円も支払っているのに、冷蔵庫のものは牛乳以外使ってはいけなくて、一人で食事するように言われるし、小言ばかり言われたらしい。私に似て節約家の妹は、月に2万円以外の食費を使うのが嫌で、ほとんど何も食べられなかったらしい。今は、ホストファミリーを変えたから好きなものを自分で作れるが、今も節約のことばかり考えてしまうらしい。 そして、私だけにこっそり教えてくれたことは、妹は過食症の私のように時々沢山食べてしまうときがあるらしい。でも、私は妹に「安心しな」と言った。なぜなら、沢山食べるのは過食症だからではなくて、今まであまりにも身体に栄養をあげなかったから、身体が欲しがっているだけだから。今まで食べられなかった分、脳も欲しがっているから。妹に色々説明すると、納得してくれた。 そして、私は急に妹がかわいそうになった。 姉妹でもあり、親友でもある私にもこの事を言えなかったんだ・・・と。 やっぱり、私たち姉妹は母のせいで食に関してはノーマルではないから、私にもあまり食べられないと言う事を言いにくかったらしい。しかも私は過食症だから、食べられないなんて言うと、私が妹を嫌うと妹は知っていたのだ。 かわいそうに。私のことを考えていたんだ。。。 この事を聞いてから、私は妹と腕を組んで、アメリカを歩いた。もちろん、妹の細さで自分がどんなにデブく見えるか、かなり気になって、しょげたけど。 今、ようやく家に帰ってきて、母が写真をプリントアウトしている。なるべく写真に写らないように頑張っていたつもりだったが、何百枚も撮ったのだから、数枚に私が写っていた。 なんてデブなんだろう。。。 かなりショック。 とか言いつつ、パスタを茹でている私。 パスタソースを煮込んでいる私。 あぁ。悲しい。 また4ヵ月後にアメリカに行くが、それまでに痩せられるだろうか。 それよりも、デブな自分をみじめに思いながらではなく、心から楽しめるだろうか。 今回は、デパート(メイシーズ)などには私だけ入らず、外のベンチで待っていた。ファッション関係は見たくない。自分が今着ている洋服は自分のセンスじゃないし、デブだから無理やり着ているだけだから。 4ヵ月後には、ちゃんとデパートでショッピング出来るだろうか。 はぁぁ。 でも、アメリカ大好き。アメリカ人大好き。 英語も、もっと特訓しよう。 やりたいこと、いっぱい。 ひきこもりから脱出しんと! できるかな~。 あと2週間で、東京に引越しだし。。。 いろんなこと、いっぱいありすぎて、もうメチャメチャ。。。 どうしよ。 こまった。
Jan 16, 2005
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