自分の玉手箱

自分の玉手箱

2004/02/13
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カテゴリ: カテゴリ未分類
最近もやもやしたストレスの多い私ですが、今日はそのストレスの原因や自分が望むものは何なのかを少しだけ考えてみました。

まずは結婚生活。この日記に書いてきたことからもわかるように、残念ながら私は主人に対して恋愛感情を抱いていません。これは、実は今に始まったことではありません。私は結婚と恋愛は別だと思っていました。私が魅かれる人はだいたいちょっと乱暴で強引でマイペースな人ばかりでした。そして、そういう人を好きだと思っている間はいいけれど、そういう人とずっと一緒にいるとどういうことになるかもわかっていました。おそらく行き着く先は破局、破滅。だから、結婚する相手には理性、知性、誠実さ、安心感、安定性を求めていました。今の夫と出会ったとき、私たちはほとんど恋愛期間というものを経ないでお互いに相手を結婚相手として受け入れていました。共通の趣味や理想もあったし、この人とならずっと一緒にいられると思いました。一方、私は厳しい両親の元に育ったので、自分が一個の人間として認められ、親の干渉を避けて自立するには、結婚する以外の方法が当時見当たりませんでした。それが、私が若くして結婚を望んだ大きな理由です。
そうして無事結婚し(婚約中にも実は危ない出来事があったのですが、回避しました)、何不自由ない楽しい毎日を過ごしていました。だが、そこには重要な要素がありました。私はやっと親に干渉されない自由の身となり、自分に必要なエネルギーは自分の付き合いのなかから吸収し、発散の必要があるストレスは外で発散していたのです。
地元を離れても同じでした。私は恋愛もしたし、自分の好きなことをして過ごしました。夜の夫婦生活を除けば家庭も円満でした。そして、努力の結果やっと子供ができました。
子供ができたことは私たち夫婦に大きな幸せをもたらし、私自身もほんとうに幸せです。しかし、子供ができたことによって変わったのは、私に自由がなくなったことです。周囲から見ればそれでも十分好き勝手やっていて何の文句があるの、と思われそうですが、子供ができてからの私は子供中心の生活を送っており、それはそれで不満ではありませんが、物理的な拘束が避けられないため、今までのように自分に必要なエネルギーを吸収する場やストレスを発散する場所がなくなってしまいました。今まで保ってきたバランスが崩れたのです。家庭生活の中だけで自分の生活が完結できればよかったのですが、主婦としての務めを果たすことと子供という宝物に関することを除けば、私自身の心は空虚だったのです。

私はなぜ働くのか。お金に困っているわけではありませんが、私は働くのが好きです。主人は子供を犠牲にしてまでなぜ私が働かなければならないのかと不満に思っているようですが、私は仕事をしている自分が好きです。私は家庭以外における自分の役割が欲しいし、仕事によって評価や対価を得ることで自分の価値を確認しています。もうひとつは、経済的に主人を頼ってしか生きていかれない状況を避けたい。あとは、やはり少しでも多くのお金を自分の生活に取り込んで、豊かな生活がしたい。

お金。豊かな生活=お金では決してありません。お金があっても不幸せな人はたくさんいるし、お金がなくたって幸せな人はたくさんいます。でも、私の場合、金銭的ゆとりがなくては豊かな気持ちになれない心の貧乏人です。お金は増やすために欲しいわけではありません。お金を使って見栄を張る気もまったくないし、高いものが欲しいわけでもありません。むしろ、私はけちなので、日用品などは少しでも安いところで安いときに買いますし、少しでも何かを節約できると喜びを感じます。一方、そんな日常生活を送っている人では考えられないような気前のよい使い方もします。金銭的にゆとりがあってこそ得られる喜びは、これができるからです。日頃細かいことを考えているくせに、たまに自分(あるいは家族)が豊かな気持ちになれるような使いみちがあると、ぽんとお金を払います。自分のためだけじゃなく、自分が大切に思う人が必要としているときなど、たまにしかない機会がやってきたときに迷わず使って幸せを感じられるように、私はお金をとっておきます。あとは子供の教育のため。それに、自分が死ぬときに人に迷惑かけないためにも。

もちろん、お金をかけなくても心を豊かにしてくれるようなことが一番好きです。自然。友情。愛情。空想。学習。運動。日光浴。おしゃべり。インターネット??

母親として。私は専業主婦の母にみっちり育てられました。母は自分を犠牲にしてでもまず子供のためになんでもする人でした。晩年を除いては夫婦仲はかなり悪かったですが、母は子供のために父に耐えました。今でも孫の面倒見がよく、子供が大好きです。そんな母に育てられた私は、残念ながら自己中です。いえ、というより、思春期に、私はこのサイクルを崩さねば、と考えました。母がそれだけの思いで育ててくれた私なんだから、母にできなかったことを私がやって、母の努力が報われるように成功する人間になりたいと思いました。私がここで「立派な人間に」と言えないのは、母から見て「立派な」人間になる要素を残念ながら私は持ち合わせていないからです。私は学業でそれなりに成功し、社会でもそこそこに認められ、祝福される恋愛結婚をしました。母は私がワーキングマザーになることに反対していません。自分はあんなに子供のために尽くしたのに、私が同じことをせずに、むしろ多少なりとも社会的な機能を果たし、評価を得ることを見守っていてくれます。私は自分の子供にできる限りいろいろなことを教えてやりたいし、体験させてやりたいし、機会を与えてやりたいし、選択の自由を与えてやりたいし、自分の選択を実行できる勇気と力を与えてやりたいと思っています。私は自分の母に感謝しつつも、母が私にしてくれなかったことをむしろ自分の子供に与えてやりたいと思っています。だから、私は自分のエネルギーレベルを落としたくないし、老け込みたくないし、自分を磨き続けていたいし、経済力を落としたくない。私は子供を背中からそっと見守りながら、これから先どのように変わっていくのか不透明な社会の放り込み、自分の身をもってそこでのサバイバル術を伝授していけたらと考えています。(ライオンの親のようですね。)





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Last updated  2004/02/26 08:50:29 PM
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