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1日に幾度となく私たちが交わすその言葉
もしかしたら『こんにちは』や『さようなら』より多いほど。
それは、相手をいたわる『おつかれさま』という日本語です。
その人の疲れに、
「お」をつけて「様」までつけて。
頑張る人への気遣い身体への思いやり、
大切な誰かのために一生懸命のおつかれ様たちを支え続けたい
そんなCMありましたよね。
「お疲れ様」という言葉
いろんなところでとりあえず便利に使えちゃう
それだけに、お疲れ様という言葉遣わないようにしていたり
その行為を「お疲れ」と言ってしまうと
「疲れる」行為だったとフレームをはめてしまうようで
「お疲れさま」という言葉できるだけ避けていました。
でも、ねぎらいの言葉としたら優しさでもありますよね。
また、疲れるって、頑張っているからですよね。
というわけで、昨日の『ねばならない』の続きのお話です。
「『ねばならない』と 思っているということは
エネルギーが下がっている ということなんですよね。
下がっているし 増えないんだよ。
ねばならないだらけなんだよ。
あれもやりたい これもやりたいだらけだったら
勝手に増えるやん。
例えば、ゲームをしたい 漫画を読みたい、綺麗な洋服を着たい
これと、ねばならないは、ぜんぜん違うよね。」
「元気と病気との間にいるんだ、みんな。
元気寄りか、病気寄りかの間にね。
元気の人は、好きなことは もちろんできるよね。
そして、嫌なことも、できるんだ。 ゆとりがあるから。
病気寄りだと、嫌なことは もちろんできないんだけど
好きなこともできないんだ。 やりたくても、しんどいから。
どっちよりにいるかなんだけど 元気寄りの方がいいに決まってるじゃない。
身体が健康である、病気ではないからって
元気じゃないんだよ。
本当の意味での元気とは みんなで仲よく、楽しく、笑顔でとかだよ。
あるお母さんの子どもが いい大学に入ったんだって。
子どものときに、 どうやって育てたかというと
失敗しても、絶対に怒らない。
『そういうこともあるよね。』 で、終わらせていく。
実際、そういうこともあるし
『なんで?忘れたん。』 『なんで?そんなことしたん。』
と言っても、そういうこともあるやん。
とにかく、褒めて褒めてと
基本的に、褒めていたら 自分でやるようになった。
ただね、本でも、みんなもそうだけど 『褒めなさいよ。』って褒めても
自分の生き方が、しっかり頑張っての人は 褒めているようで、褒めれないんだよ。」
「しっかりを持って 褒めているからですか。
褒めているようで
しっかりしようねと
言っているからですかね。」
「褒めているようで 尻を叩いてしまっているようなもの。
自分も楽しくないとあかんやんか。」
そんな話をしてくれました。
元気の人でありたいですね。