綴れ織り夢日記

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2022.05.15
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 仕事で使う「処置版」というものがあるのだが、それが画面いっぱいに出て来て、確か「次元移動する」と書いてあったように思う。
このように本とか文書の画面がそのまま出てくる夢は、ごくたまに見るのであるが、往々にして「天啓」であることが多いと思う。

 その次元移動が、低い次元に移動するのか、高い次元に移動するのかが、全く汲み取れていない。満月、新月、そして節句で次元移動をアファメーションできるとは聞くのだが、5月16日の蠍座満月なのか、6月21日の夏至をめがけてなのか、それはよくわからない。

 そりゃあ高い次元に移動できる方が嬉しいに決まっているが、使命に生きるというなら、そうとも限らない。
ある程度の覚醒を獲得すると、私達は「アセンション」ではなく「ディセッションイン」という状態になる。
つまり、低い次元の方にセッションする(接触する)という意味である。

 まぁそうやって、光とは何かを示しながら生きる人がライトワーカーと言うやつなのだろうが、そんなのもう沢山だな。
基本的にそういった人は、他人の頬を叩いて目を醒まさせるような役目を持っていると思うのだが、アセンションにおいて、今更そんな事したって意味ある段階なのだろうか…?

 他者の影響で、覚醒めて、生き方や行動が変容する人が今更いるのだろうか?私は、2年ほど前にそういうことをしたと思うのだが、どんなに真心で当たって、変われない人は変われない、学べない人は学べない、性根は叩き治らないもんなんだなって思ったぞ?
その虚しさが、去年の冬至にそこはかとなく押し寄せた、淋しさの正体だと思っている。

 覚醒められない人は、何から覚醒められないのだろうか?
後天的に信じた固定観念からである。その「固定観念」が、色眼鏡、いいや、アイマスクのようなものとなり、物事の本質を見つめることが出来ずに、盲目的にそして反射的に生きることになる。
 無論、そういったものは私の中にもあるのかもしれない、いやあるだろう。
しかし、それを一つ一つ外していく心の旅なのだよ。

 反射的な生き方は、基本的に理性が欠如し、感情任せのデタラメな印象があるが、こういう人たちは、感情的に見えて、実のところ情けが無いようにも思う。私にしてみりゃ、動物か機械のようにも見えるのである。

 そのような人と、そうでない人と、もう既にくっきり別れていて、修正不可能な段階まで、アセンションの波は押し寄せているのに、次元の移動とはどういうこったい。

 だが天啓だもの。次元移動を実感するようなことは多分あるんだろうなぁ。
近いうちに。






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最終更新日  2022.05.15 00:35:26


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