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カテゴリ: ブログ村
​​​​​​ほふられた子羊さん記事「 ⑥ 「しっぽ」(理由)が見えた!! 無知な、貧しき者しか来ることができなかった ☞ 再臨論の間違い - 平和の主人 血統の主人 (muragon.com) 」のコメント欄からです。

私tomy4509からほふられた子羊さんへのコメント:

​​>ほふられた子羊さんへ

> つぎはぎ的にしか読めない人には分かりません。トミーさんはつぎはぎですね。国語力が乏しいのです。

「天聖経」のみ言の末には出典元が一つ一つ記載されていました。いうなれば、み言をブツ切りにして寄せ集めたものが天聖経です。 そのぶつ切り(つぎはぎ)を引用されているのが【子羊さん】です。実は、【つぎはぎ的】に読まれていたのがあなた自身であったということです。
ここしばらく、「奇知外記」では文鮮明先生み言葉選集からのみ言を掲載しているように、私はあなたのような天聖経からの「つぎはき読み」はしていませんので訂正をお願いします。

そもそもの話、お母様が堕落したなどといったデマを吹聴しているあなたですが、天聖経の何をもってそうだというのですか? 
あなた自身による「暗号文解読表」を駆使しての【注釈付き】み言の歪曲・改ざんからでしょう。

​> これまでの統一教会は、幹部達が自分の不信を隠すために、ただただ、お父様とお母様を神格化してきました。その為、信徒たちは、文脈をぶつ切りにしてしか読まなくなってしまったのですね (※これは子羊さんにそのままお返ししました。) 。​

> 統一原理を軸として、御言葉をじっくりと文脈に沿って読むようになれば、自ずと、お母様の堕落が理解できるようになりました。

原理講論、聖書からも人間が完成すれば「神性」を持つようになるとあります。神様自身になることは出来ませんが、創造理想を完成した人間は「第二の神」ともなります。真の父母様がその方であり、私たち家庭連合はそれを信じています。その反面、それを信じられなくなった方々がその父母様を批判し堕落圏に引きずり降ろそうしているに過ぎません。「初めに結論ありき」、あなたもそのお一人です。
あなたに欠けるもの、それは「真の父母様への信仰」です。信仰を失ってのあら捜しをしては、自己正当化、自己弁護があなたのブログです。挙句の果てには「精神異常者」まがいのストーカー行為での真の父母様批判、家庭連合組織批判のデマ宣伝は反対に回られた方の常套手段となっています。

お父様のみ言暗号文は「メシヤ=再臨主=真の父母」です。これは永遠に変わらないものです。

もちろんの話ですが、私はもはや「精神異常」が伝染するようなあなたの記事に1行も目を通していません。明らかな間違いだと分かるものですから。
​​



それへの子羊さんからの応答(その1):
2022/02/19 06:29

>tomy4509さん 読んで頂けないトミーさんのコメントは全て無用であることが分かりました。 いずれ、貴殿のコメントは削除します。 一人も読まないブログになるまで、続けるつもりです。 貴殿にとって時間の無駄ですからクリック無用、今後通り過ぎてください。お疲れさまでした。

それへの子羊さんからの応答(その2):
2022/02/19 06:53

>tomy4509さん
貴殿曰く・・・・
「お母様だけでなくお父様までも「堕落」された立場に追いやってのみ言葉誤用、そのあなたのしっぽは反家庭連合です。」
ーーーーーーーーーーー
お父様の堕落問題はお母様の堕落とは全く質も意味も違います。同根ではありません。
天聖経はお父様が第二の聖書として、天地の新しい標準として定められた経典です。外的に寄せ集めであったとしても、それは内的には寄せ集めではありません。分かりますか?

この天聖経も、赤い天聖経も、じっくり、精査して、文脈を読み取れば、お母様の堕落は明白になっています。バカの壁を外して、思い込みを外して読まれれば、お父様の堕落問題というのは、お母様の堕落とは全く違うことが分かります。この問題は、10年後、20年後、40年後・・、家庭連合の中から改革が起こるようになるはずです。そうならなければ、消えていく運命だと思います。
洗礼ヨハネの使命を持ったお母様が責任を果たさない為、お父様が洗礼ヨハネの位置からメシヤの位置に上がることができなかったのです。
イエス様と同じように、メシヤの位置はお一人では立つことができないことが、お父様の堕落問題、つまり、洗礼ヨハネの位置のままになって、そのまま聖和されたのです。
この観点で、お父様はご自身を堕落したアダムとして天聖経に延々と語られているのです。

あくまでも、真の父母というのは、統一教会の教義として、未来を基準として出発した概念です。実体の真の父母という概念そのものが未来にあるのです。
ですから、聖和される直前まで文先生は「再臨主が来られます」と再臨の必要性を語られていたのです。それが三代、四代・・、第四アダムということになっているのです。分かりますか。
現在のお父様とお母様をもって実体の真の父母といわれるのなら、これこそが、反神様になるのです。

ま、トミーさん、時間の無駄でしょうから、読む必要がありません。
それへの子羊さんからの応答(その3):
2022/02/19 07:04

>tomy4509さん
貴殿曰く・・・・
ここしばらく、「奇知外記」では文鮮明先生み言葉選集からのみ言を掲載しているように、私はあなたのような天聖経からの「つぎはき読み」はしていませんので訂正をお願いします。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「奇知外記」さんの文鮮明先生み言葉選集掲載、ありがとうございます。
ときおり、まとめてダウンロードとしてフォルダーに入れています。
やはり、時系列に御言葉を知ることは大切ですね。


さて先ずは、

お父様の堕落問題はお母様の堕落とは全く質も意味も違います。同根ではありません。
天聖経はお父様が第二の聖書として、天地の新しい標準として定められた経典です。 外的に寄せ集めであったとしても、それは内的には寄せ集めではありません。分かりますか?

これらは子羊さんの詭弁でしかありません。
堕落にどのような「質」というものがあるのでしょうか?
絶対基準からはプラスかマイナスの二択しかありません。また、「文鮮明先生み言葉選集」全巻を読まなければならないとお父様は言われていましたが、特にエキスを抜き出しては重複したみ言も整理されたものが「天聖経」です。

第二番目は、

> 洗礼ヨハネの使命を持ったお母様 が責任を果たさない為、お父様が洗礼ヨハネの位置からメシヤの位置に上がることができなかったのです。
イエス様と同じように、メシヤの位置はお一人では立つことができない ことが、 お父様の堕落問題、つまり、洗礼ヨハネの位置のままになって、そのまま聖和 されたのです。
この観点で、 お父様はご自身を堕落したアダムとして天聖経に延々と語られている のです。
あくまでも、 真の父母というのは、統一教会の教義として、未来を基準として出発した概念 です。 実体の真の父母という概念そのものが未来にある のです。


マラキ書には、メシヤが来る前にエリヤが再臨しては主の道を正していくという預言されていました。その使命を担ってきたのがイエス様当時の洗礼ヨハネでした。ところが、その洗礼ヨハネ自身はその使命を全うすることが出来ずイエス様を不信したためにイエス様自らが洗礼ヨハネの立場に落ちては証していかなければなりませんでした(原理講論P.193~)。イエス様のサタンからの三大試練もありましたが、だからといってイエス様はメシヤとしての位置を復帰されたとはありませんし、そのまま十字架へと架かっていかれました。
それに続くのが第三次世界的カナン復帰路程(原理講論P.420~)です。 「⑴ イエスを中心とする霊的カナン復帰路程」、「⑵ 再臨主を中心とする実体的カナン復帰路程」​ に分かれていましたが、こんにち私たちが目にしているのはその 「⑵ 再臨主を中心とする実体的カナン復帰路程」 です。
​​ (2) 再臨主を中心とする実体的カナン復帰路程

 第三次世界的カナン復帰路程が、第三次民族的カナン復帰路程と同じく、実体路程をもって出発することができず、霊的路程として出発するようになった理由については、既に前節で述べたとおりである。「メシヤのための霊的な基台」の上で、霊的メシヤとしておられるイエスを信じ、彼に従うことをもって出発した第三次世界的カナン復帰の霊的摂理は、二〇〇〇年の悠久なる歴史路程を経て、今日、世界的にその霊的版図を広めるようになった。

​​ それゆえ、​あたかもモーセの霊的カナン復帰路程を、ヨシュアが代わって実体路程として歩み、民族的カナン復帰を完遂したのと同じく、イエスは、今までの霊的カナン復帰路程を、再臨されてから実体路程として歩まれ、世界的カナン復帰を完遂されることによって、地上天国をつくらなければならないのである。 ​このように 再臨主は、初臨のときに実体をもって成就されようとした地上天国を、そのごとくにつくらなければならないので、​あくまでも実体の人間として、地上に生まれなければならないのである ​​(後編第六章第二節(二)参照)。 ​​

 しかし、再臨主は、初臨のときの復帰摂理路程を蕩減復帰しなければならないので、あたかも彼の初臨のとき、ユダヤ民族の不信によって、霊的復帰路程の苦難の路程を歩まれたように、 ​再臨のときにおいても、もし第二イスラエルであるキリスト教信徒たちが不信に陥るならば、その霊的な苦難の路程を、再び実体をもって蕩減復帰されなければならないのである。イエスが「しかし、彼(イエス)はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない」(ルカ一七・25)と言われた理由は、とりもなおさず、ここにあるのである。​

​​ それゆえに、イエスは初臨のときに、彼のために召命された第一イスラエル選民を捨てられ、キリスト教信徒たちを第二イスラエルとして立て、新しい霊的な摂理路程を歩むほかはなかったのと同様に、 再臨のときにも、キリスト教信徒たちが不信に陥るならば、彼らを捨てて新しく第三イスラエルを立て、実体的な摂理路程を成就していくほかはない。 さらにまた、 イエスは再臨のときも初臨のときと同じく、彼の道を直くするために洗礼ヨハネの使命(ヨハネ一・23)を担ってくるはずの先駆者たちが、その使命を全うし得ないときには、再臨主御自身が、再び洗礼ヨハネの立場で、第三次世界的カナン復帰摂理のための「信仰基台」を実体的に造成しなければならないので、苦難の道を歩まれなければならないようになるのである。 ​​

 しかし、 再臨主はいくら険しい苦難の道を歩まれるといっても、初臨のときのように、復帰摂理の目的を完遂できないで、亡くなられるということはない。 その理由は、神が人類の真の父母を立てることによって(前編第七章第四節(一)①)、創造目的を完遂なさろうとする摂理は、アダムからイエスを経て再臨主に至るまで三度を数え、この三度目である再臨のときには、必ず、その摂理が成就されるようになっているからであり、その上、後編第四章第七節に論述されているように、イエス以後二〇〇〇年間の霊的な復帰摂理によって、彼が働き得る社会を造成するために、民主主義時代をつくっておかれたからである。イエスは、初臨のときには、ユダヤ教の反逆者であると見なされて亡くなられたのであったが、彼が再臨なさる民主主義社会においては、たとえ、彼が異端者として追われることがあるとしても、それによって死の立場にまで追いこまれるようなことはないのである。

 それゆえに、 ​再臨主がいくら険しい苦難の道を歩まれるといっても、彼が立てられる実体的な「信仰基台」の上で、彼を絶対的に信じ、彼に従い、彼に侍る信徒たちが集まって、第三次世界的カナン復帰の実体路程のための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立て、「実体基台」を造成することによって「メシヤのための実体的な基台」をつくるようになることは確かである。​

​​ 第三次民族的カナン復帰路程において、モーセのときには、磐石を中心とする「出発のための摂理」をするようになっていたのであるが、ヨシュアのときには、磐石よりももっと内的なそのわき水を中心とする「出発のための摂理」をされたのであった。これと同じく、イエスも初臨のときには奇跡をもって「出発のための摂理」をされたが、 再臨のときには、それが内的なものとなった、み言を中心として「出発のための摂理」をされるのである。 なぜなら、既に前編第三章第三節(二)において論及したように、み言をもって創造された人間が(ヨハネ一・3)、 ​堕落によってみ言の目的を成就することができなかったのであるから、神はこの目的を再び完遂なさるためには、「み言」の外的な条件を立てて復帰摂理をなさり、 摂理歴史の終末に至って、「み言」の実体であられるイエス(ヨハネ一・14)を再び送られて、 「み言」を中心とする救いの摂理をなさらなければならないからである。​ ​​

​  ​​ 神の創造目的を、心情の因縁を中心として見るならば、神は、霊的な父母として 、人間を実体の子女として創造されたのである。そして、 最初に神の二性性相の形象的な実体対象として創造されたアダムとエバは、神の第一の実体対象として、人類の父母となる のである。​​ それゆえに、彼らが夫婦となって子女を生み殖やし、父母の愛と夫婦の愛、そして子女の愛を表し、父母の心情と夫婦の心情、そして子女の心情によって結ばれる家庭をつくるようになっていたのであるが、これがすなわち三対象目的をなした四位基台であったのである(前編第一章第二節(三)参照)。​

​  このように、神は天の血統を継承した直系の子女によって、地上天国をつくろうと計画されたのであった。 しかし、既に堕落論において詳しく述べたように、人間始祖が天使長と血縁関係を結ぶことによって、すべての人類はサタンの血統を継承して、みな悪魔の子女となってしまったのである(マタイ三・7、マタイ二三・33、ヨハネ八・44)。それゆえ、人間始祖は神と血縁関係を断ちきられた立場に陥ってしまったのであるが、これがすなわち堕落である(前編第二章参照)。​

​  それゆえに、神の復帰摂理の目的は、このように神との血統関係が断たれてしまった堕落人間を復帰して、神の直系の血統的子女を立てようとするところにあるのである。 我々は、このような神の復帰摂理の秘密を聖書から探してみることにしよう。​

 先に論じたように、堕落して殺戮行為をほしいままにしたアダム家庭は、神との関係を断たれてしまったのである。しかし、 ​ノアのときに至って、その二番目の息子であり、アベルの立場におかれていたハムの、その失敗によって、神と直接的な関係を結ぶところにまでは行かれなかったが、それでもノアが忠誠を尽くした基台があったので、 僕の僕(創九・25)としての立場 に立つことができ、神と間接的な関係を結ぶことができたのである。これがすなわち、旧約前の時代における神と人間との関係であった。​

​信仰の父であるアブラハムのときに至り、彼は、「メシヤのための家庭的な基台」をつくって、 神の選民を立てたので、彼らは初めて神の僕の立場に復帰 することができた(レビ二五・55)。これがすなわち、旧約時代における神と人間との関係であった​ イエスが来られてのち、洗礼ヨハネの立場でもって立てられた、その「信仰基台」の上に立っていた 弟子たちは、初めて、旧約時代の僕の立場から、養子の立場にまで復帰された のである。彼らが神の直系の血統的子女となるためには、イエスに絶対的に服従して「実体基台」をつくることにより、「メシヤのための基台」を造成し、その基台の上に立っているイエスに、霊肉併せて接がれることによって(ロマ一一・17)、彼と一体とならなければならなかったのである。​

​ イエスは、原罪のない、神の血統を受けた直系のひとり子として来られ、堕落したすべての人類を彼に接がせて一体となることにより、彼らが原罪を脱いで神の直系の血統的子女として復帰することができるように摂理しようとしてこられたのである。 イエスと聖霊とが、人類の真の父母として、このように堕落人間を接がせ、原罪を脱がしめることにより、神との創造本然の血統的因縁を結ばしめる摂理を、重生というのである(前編第七章第四節参照)。 それゆえに、イエスは、野生のオリーブである堕落人間を接がせるために、善いオリーブとして来られた方であるということを、我々は知らなければならない。​

​​  しかし、弟子たちまでが不信に陥ったために、イエスは、洗礼ヨハネの立場から、一段上がってメシヤの立場に立つことができないままに、十字架で亡くなられたのである。 それゆえ、復活したイエスが、霊的洗礼ヨハネの立場から、復活四十日のサタン分立期間をもって霊的な「信仰基台」を立てられたのち、悔い改めて戻ってきた弟子たちの信仰と忠節とによって、霊的な「実体基台」が立てられた結果、そこで初めて「メシヤのための霊的な基台」が造成されたのである。そしてついにこの霊的な基台の上に霊的メシヤとして立たれるようになったイエスに、霊的に接がれることによって、初めて信徒たちは、霊的な子女としてのみ立つようになったのであるが、これがすなわち、イエス以後今日に至るまでの霊的復帰摂理による神と堕落人間との関係であった。それゆえに、イエス以後の霊的復帰摂理は、あたかも神が霊界を先に創造されたように、そのようなかたちの霊的世界を、先に復帰していかれるのであるから、我々堕落人間はまだ、霊的にのみしか、神の対象として立つことができないのである。したがって、いくら信仰の篤いキリスト教信徒でも肉的に継承されてきた原罪を清算することができないままでいるので、サタンの血統を離脱できなかったという点においては、旧約時代の信徒たちと何ら異なるところがないのである(前編第四章第一節(四))。 このように、キリスト教信徒たちは、神と血統を異にする子女であるので、神の前では養子とならざるを得ないのである。 かつてパウロが、聖霊の最初の実をもっている私たち自身も、嘆いて養子とせられんことを待ち望んでいると言った理由も、実はここにあったのである(ロマ八・23)。​​

​ それゆえに、 イエスは、すべての人類を、神の血統を受けた直系の子女として復帰するために、再臨されなくてはならないのである。したがって、彼は初臨のときと同じように、肉身をもって地上に誕生され、初臨のときの路程を再び歩まれることによって、それを蕩減復帰されなければならない。 それゆえに、先に既に論じたように、再臨のイエスは、み言を中心とする「出発のための摂理」によって、「メシヤのための基台」を実体的に造成し、その基台の上で、すべての人類を霊肉併せて接がせることにより、彼らが原罪を脱いで、神の血統を受けた直系の子女として復帰できるようにしなければならないのである。​

​​ それゆえに、イエスは初臨のときに「メシヤのための家庭的な基台」の中心人物であったヤコブの立場を蕩減復帰なさるために、三人の弟子を中心として十二弟子を立てられることによって、家庭的な基台を立てられたのであり、また、七十人の門徒を立てられることによって、その基台を氏族的な基台にまで広めようとされたように、 彼は、再臨される場合においても、その「メシヤのための基台」を、実体的に家庭的なものから出発して、順次、氏族的、民族的、国家的、世界的、天宙的なものとして復帰され、その基台の上に、天国を成就するところまで行かなければならないのである。 ​​

​ 神は、将来、イエスが誕生されて、天国建設の目的をいちはやく成就させるために、第一イスラエル選民を立てることによってその土台を準備されたのであったが、彼らがそれに逆らったので、キリスト教信徒たちを第二イスラエルとして立てられたように、もしも、 再臨イエスの天国建設の理想のために第二イスラエルとして立たせられたキリスト教信徒たちが、またもや彼に背くならば、神はやむを得ず、その第二イスラエル選民をも捨てて新しく、第三イスラエル選民を選ばれるほか、致し方はないのである。 それゆえに、 ​終末に処しているキリスト教信徒たちは、イエスの初臨当時のユダヤ民族と同じく、最も幸福な環境の中におりながらも、また一方においては、最も不幸な立場に陥るかもしれない運命の岐路に立たされているとも考えられるのである。​ ​​

こういった原理講論の記述を無視しては、子羊さんは原理講論・再臨論の韓国の歴史記載が史実と異なるといった統一教会反対派の言葉を真に受けての躓かれたということでした。統一原理は歴史書ではありません。歴史を語るにも国や宗教が違っても様々な価値観が飛び交っていますし、一本化することなど出来ない話です。にもかかわらず「反対派の罠」にまんまとはめられていました。

このような子羊さんの妄想から「 洗礼ヨハネの使命を持ったお母様 」だという発想が生まれてきています。イエス様同様にお父様も洗礼ヨハネの立場に一旦は落ちましたが、統一教会(第三イスラエル)を立てられることで洗礼ヨハネの立場から一段上がることが出来ました。そういった基台の上で1960年の聖婚式、黙示録の「小羊の婚宴」が成されました。真の父母様に失敗などとは原理講論からは考えられないことです。
原理講論では、お父様は未来を予測して書かれた部分が上記の引用であり、また、再臨主としての決意文でもありました。1992年に初めて公式の場で「メシヤ=再臨主=真の父母」を宣布されました。ところが、子羊さんいわく、その時からお母様の裏切りが始まって「メシヤ=再臨主≠真の父母」の主張です。「真の父母」は未来形であって、まだ来ていないがあなたの「初めに結論ありき」となっての【注釈付き】御言葉の歪曲・改ざんブログ記事となっています。再臨に関する私からの引用とも矛盾していますし、再臨論の再臨期の数理性までも否定してしまっています。つまりは、子羊さんのそれは原理講論にも反するものであるという結論です。

」はこれで三度目ですか。 あなたとお父様み言葉に間違いがあれば「今日にでもブログを閉じる」と断言 された子羊さんでした。私からは「明らかに間違いである」、との解釈(介錯)でその引き際まで準備したのでしたが、往生際の悪いあなたは私からの「コメント削除」行為をもってそれを隠ぺいされようとしているのではないですか? 「臭いものには蓋を」式です。







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Last updated  2022.02.20 23:50:44
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