2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全9件 (9件中 1-9件目)
1
お腹の中がぐるぐるしてる。気持ち悪い。感触がない。目の前に雪が舞ってる。やばい・・・、やばい・・・・。倒れた荒沢の前に現れたのは、担任だった。「また倒れたのか・・・。ちゃんと食べてるのかぁ、こいつ。」軽すぎる荒沢を背負って保健室に連れて行くのは担任の井沢にとってはすでに当たり前のことになっていた。井沢は、いつもどおり保健室の先生に荒沢のことを頼んでいった。荒沢がちゃんと食べていないのは、誰が見ても一目瞭然だった。体重などで悩む年頃なのは、井沢も知っている。そして、なんらかの摂食障害に悩み、体調を損なう生徒がいるのも毎年のことだった。でも、井沢は、摂食障害が体重を気にしてる生徒だけに起こるものだと思っていたから、荒沢の場合はちょっとわけがわからなかった。荒沢の場合は、どうも入学したてのころから、体重というものを気にしたことがないような印象を受けていた。それどころか、荒沢の価値観は、明らかに他の生徒から大きくかけ離れていた。体重や自分の見かけよりも、もっと大切な何かがある、という使命感の元、勉強やスポーツに打ち込んでいるのは、今ごろの女子高生にしては丈の長いスカートをはいていたり、常に唇を引き結んでちょっと不機嫌な表情をしているところからもわかる、と井沢は思っていた。井沢は、そういう荒沢に頼もしいものを感じていた。だからこそ、夏を境に荒沢がどんどんやせ始めた当初は、気づかなかった。荒沢の異常なやせ具合に気づきだしたのは、荒沢がひんぱんに倒れだす1ヶ月前、冬休みの前あたりからだった。その冬の期末試験あたりから、荒沢の成績も落ち込みだした。井沢にはどうも、何が起きているのか、わからなかった。ーーーーーーーーーーーーーーーーこれはフィクションです。ところで、ブログランキング、復活しました!よろしかったら応援お願いします。ぷちっ。
2007年04月30日
コメント(2)
結論から言うと、妙に充実しております。昨日、ついにAは豆腐作りを再開。私がやっとミキサーを買ったのを機に何ヶ月か家に眠っていた黒大豆を引っ張り出し、お豆腐を作りました。もったいなくてまだ全部食べてはいないのだけど味見の結果、めちゃめちゃおいしかったです!!そして、今日はその豆腐作りの途中で手に入ったおからを使っておからと小松菜の炒め物が食卓に参上。妙に新鮮で濃厚な味がして、うまかった!!で、今晩、野暮用で夕方出かけていた私を待っていたものはこんがり茶色の揚げたてのさつま揚げ!!いやあ、これがうまいのなんのって!!さっそくパピィ&マミィに「食べにおいで!」とお電話しました♪ででで、今晩はさらに何日か前から下ごしらえに入っていたキムチをやっと漬けたらしい。こちらはもちろん何週間か待たなきゃならないけれど・・・。とにかく、再度充実してきた家の食糧事情を眺めつつ私はなんて幸せ者・・・・と幸せをかみ締めているしだいでございます・・・。
2007年04月24日
コメント(2)
振り向いたのは、誰かに呼ばれたと思ったから。でも、よく考えてみたら、私の存在は、ないことになっていたんだった。だから当然、私の名前を呼ぶ人もいるわけがない。もし私のことを話す人がいたら、たとえクラス中に言うのであっても「あいつが」と言うだけ。私の名前ですら「汚い」から。その状態があまりにも当然すぎて、自分でも忘れていた。でも、そんなことを考えていたら、名前を当然のように呼ばれる隣の席に座る「わに」がうらやましくて仕方なくなった。でも、そんなことを考えていても仕方がない。私の名前は呼ばれない。私の存在は消されている。隣に座りたくない、同じ班にいたくない「負」の存在として以外は。―――――――――――――――これは、フィクションです。
2007年04月24日
コメント(2)
実家から遠く離れていたときは家に電話をかける頻度が自覚症状はなくてもいかに今の自分が不機嫌なのかに気づくきっかけになっていた。機嫌が悪いと家にやたらと電話をかけるようになる。遠くにいる家族に癒しみたいなものを求めていたのかもしれない。さて今、わりと実家のそばに住んでみると「帰りたい」と思うとわりとその思いは簡単にかなえられるせいかわからないけれど不機嫌度は実家への電話の回数には現れず代わりにいかに特定の人の本を読むかに現れるようになる。ファンには非常に悪いとは思うけれど私は村上春樹氏のフィクションが大嫌いで(エッセイは面白いと思うのだけれど)読むと非常に機嫌が悪くなるということが、この間判明した。というか、彼の書いた長編を今まで読めたためしがなかったのだけどあるきっかけで「読んでみるか」となったのだ。そんな長いものでもないしそれどころか読みやすいはずなのに読みきるのにすごく時間がかかりついでに尋常でないストレスがたまった。すごく読みづらくってあまりに機嫌が悪くなってしまったために200ページほどを読んだその日の夜に会った母には「どうしたの?なんかあったんじゃない?」としつこく聞かれた。で、「何があったっけ?Aとの仲も今はすこぶるいいし・・・でも、何か理由があるような気がする・・・・」と考えていたら何のことはない村上春樹本をOD(オーバードース)してしまった結果だということに思い当たった。本当は、その晩、家に帰って残り200ページ弱だかなんだかを読みきってしまう予定だったのにあまりの機嫌の悪さに危機感を持った私は現実逃避に走ることにした。そして、取り上げた本は毎度おなじみ斉藤美奈子本。今までは日本語の本がなかなか手に入りにくいという環境もあり好きな作家や物書きのものは小出しにして楽しみを減らさない努力をしてきた。でも、最近は日本語の本に囲まれている贅沢から斉藤美奈子、篠田節子両氏の本を読み漁っている。でも実はこの二人の本をどれだけ読んでいるかは今の私の不機嫌度バロメーターになっていることも最近わかった。だって、面白い。斉藤美奈子本はいろいろと脳を心地よく刺激してくれしかも笑かしてくれるので脳のマッサージを受けたような気分になり篠田節子本は、もう全然別の世界にいやおうなしに私を連れ去ってくれる。というわけで、不機嫌度が増すと彼女らの本を手に取る。でも、この二人、著作数が多いといっても一介の読者のスピードについていけるわけがない。切れたときにどうしようか・・・。今はそれが目下、不安の種。
2007年04月23日
コメント(4)
山を見つめるようになったのは、いつからかわからない。あるいは、大好きな話をそこで落としたときからだろうか。大好きなものをあそこに落としてきたから、気になって仕方がないのだろうか。今日もかなたにそびえる山のうねを探して、私の目は地平線の上を泳いでいる。――――――――――今日もボクは、つい好きな人の頭上の向こうを探ってしまう。今現在、ボクはここにいるのに、いつも探しているのは、もっと向こうにある何か。その「何か」が何なのか、ボクにすらわかっていない。答えを知る日は来るのだろうか。――――――――――手元ばっかり見るくせがついたのはいつだろうねぇ。老眼がひどくなったときからかしらねぇ・・・。前は縫い物は好きだったんだよ。嫌なことがあっても、不思議と気分が落ち着いてくるもんでね。でも、いつごろからか、それが楽しくなくなった。そのころから、何もせずに手だけ見るようになったような気がするねぇ。―――――――――ほんとのところは、誰にもわからない。もしかしたら、視線の先にあるものが見つかる日がくるのかも知れないし、ずっと見つからないのかもしれない。でも、自分は何かを探しているかもしれない。そう感じるだけでも、なんらかの安堵を得られたことはないだろうか。―――――――――――これは、フィクションです。
2007年04月19日
コメント(8)
「まじめ」であることは疲れる。窓から空を見上げながらマキは思った。明日からは「フマジメ」になってやろう、と真面目に思いつめている自分に気づき、マキはふっと息を漏らした。最近、疲れてきている。そして、タマもそれに気づいている。面倒を見なければならない存在がうっとうしい。なんでもっと自分で自分のことができないのか。・・・タマとマキでは年齢差が大きいわけではない。仕事も二人ともしている。ただ、タマは出勤する仕事で、マキは在宅の仕事だ。在宅だともっと時間が自由になると思われがちなのがマキは不満でたまらなかった。在宅仕事ということは、何時間かけても仕事が納品できなければ、収入がないということだ。その点、出勤していれば一定以上の収入が得られる職種はうらやましいとすらマキは思う。もちろん、タマのこぼす愚痴を毎日聞きながらもそこに勤めたいと思うわけではない。でも、出勤形態の職種が全部そういうわけではないだろうとも思う。勤めに出てみようか、とはマキの心のつぶやき。・・・タマは帰りのバスの中で、最近のマキについて考えている。最近イライラしているのは、よくわかる。ただ、理由がよくわからない。「何かしたっけかな?」ちょっと考えてみてもあまり思いつかない。「もしかして愚痴のこぼしすぎ?それともマキの体調の変化?・・・・。なんだろう・・・・よくわからない。そろそろ聞くしかないかな。」家に帰ると、マキは待ちかねたように「そば、食べに行こう」と言う。久しぶりに機嫌の良いマキを見て、タマはちょっとほっとする。マキは、たまに思いつめてしまうことがあることをタマは良く知っていたが、そういうときにどうすればいいかはまだ良く把握していなかった。タマはそういうとき、そのうちわかるようになるだろうと思うと同時に、マキをよく観察して、自分のどういった行動や言動に反応しているのか気をつけて見るようにもしていた。今のマキの機嫌の良さは一時的なような気がするけど・・・。・・・そば屋で大好物の月見そばをすすりながらマキは言った。「アタシさ、外に出て働こうと思うんだ」タマは仰天した。「えっ、マキ・・・。だって、あんた、高校のときバイト以外で外で働いた経験ってあったっけ?」「ないよ。でもさ、なんだか家にいるといらないことをいろいろ考えちゃってさ、あまり良くないと思うのよね。アタシにとってもタマにとっても。」「私は別にいいんだけど・・・。マキがちょっと心配だよ・・・。それに今の仕事はどうするの?」「一応受注した分は終わらすよ?でもさ、私の仕事って出勤形態にしてもちゃんとできるものだと思うのよね。だから、家にいるのが良くないんだったら思い切って外に出て仕事してみようと思って。」「いいけど、それはいいけどさ・・・。でも、それじゃあ家事とかはどう分担することにしようか?二人とも家から出ちゃうと、日中に済ませなきゃならないものとかが積み重なるじゃない?」マキの目が光った。「今まででも、家事分担は問題だったんだけどね。」そこでタマは気づく。そうか、これは自分にも家事をさせようという作戦だったのか。「・・・・マキ。・・・・これからちゃんと家事分担するようにするよ。それでもまだ外で仕事がしたいっていうならまた話し合おう。」マキはちょっとびっくりする。外で働こうと思ったのは、別に家事分担の不均等だけが問題ではない。でも、それが解決されれば気分もまた変わるのだろうか。マキはもうちょっと様子を見てみることにした。ーーーーーーーーーこれはフィクションです。
2007年04月16日
コメント(8)
書きたいことはいっぱいあったはずなのにまっしろな紙を目の前にしてしまうと考えていたはずのことまで白紙にもどってしまう。こちらをにらみつけているような白紙が怖い。「ほら、なんか書くことあるんでしょ。さっさとしてよね。こっちもあんたもいつまでそこにそうして座ってるヒマはないんだから」私にもそういうヒマがないんだとわかってくれているその気づかいには気づけずにひたすら「白紙」を恐れる自分がいる。何かを書きだしちゃうとさ。字の順番どおりにしかモノゴト描けないから同時性ってものが出なくなっちゃってすごくやりにくいんだよね。わたしたち。経験するんでも。考えるんでも。字みたいに順序良く順番をおってやったりしないじゃん。たいていはもっと混沌としてて立体的な経験じゃん。だからさ、書くってすごくやりにくいんだよ。と「白紙」にささやかな抵抗を試みるも「白紙」はそれに答えずただ待つ。けっきょく「白紙」をそうでなくさせることができるのは自分だけ。そう思い知らされる。ーーーーーーーーーーーーーこれはフィクションです。
2007年04月16日
コメント(2)
なぁ~んだかなぁ~・・・・。最近、いろいろと鬱屈しちゃってるんだよねぇ・・・。理由は大体わかっているんだけどね。いろんなことの総合でありまする・・・。しつこいようだけど、まずはコンピューターのこと。(苦笑)これ、かなり重症なようでついにショップに修理に出さなければならないもようなのだけど、そうするまでまた長いことかかるのもわかってる・・・。涙。そして、一番最近では、我慢ならない本を読んでいること。その本とも明日でおさらばなはずだけど。今日、お母さんと会ったときに「なんか、機嫌が悪いようだけど、何で?」と聞かれてうまく答えることができなかったのだけど後で考えてみたら、その本のせいもかなりあった。そういうわけで口直しにこないだ衝動買いした斉藤美奈子本をちょっと読んでみたらかなり機嫌が直った。単純。笑。でも、ここまで本に影響されちゃうなんて、私も危ういね。もっと基本的なところでは、ここまで気分がアップダウンするわけに体調の危うさ&運動不足が影響大。ここ1週間ぐらい鼻炎のせいでけっこう激しい頭痛に悩まされていた。そこに追い討ちをかけるがごとく舌の右奥に炎症が発生しおかげで食べ物を食べるのもはっきりしゃべるのも一苦労。鼻炎のほうは、昨日かなり積極的に治療したためにおかげでひきつつあり、今日はもう頭痛はなくなったけど舌の炎症は相変わらず。こちらも早く治したい。でもなぁ~~、それ以外にもここ何ヶ月か何をどう言ったらいいかわからない抑圧された言葉たちが私の中で渦巻いているのがよくわかる。それが「ごちゃごちゃ」している最大の要因。ただ機嫌が悪かったり気分が悪かったりするだけでは「ごちゃごちゃ」した気分にはならないのです。せいぜい「むしゃくしゃ」する程度?なんか、何かを言ったら「それってネガティブにしか聞こえないじゃないか。またか・・・。最近、不満なことにしか目が行かないのか」(自分は嫌いなことで自分を規定する人間ではなくて好きなことで自分を規定するような人間になりたい、という理想に反するので問題。)「それ言ったら、~~が嫌がるかも」「それ、~~には耳たこだよね」「またそういうことばかり言ってたら<過激>だとしか思われない」などなど、いろんなことが気になって何も言えない。書けない。それでも、言える所があればいいのだけれど、最近では、周囲で(Aや家族を除いて)自分の考えを安心して述べられる相手が少ない。どうやら私は「激しすぎる」みたい。という感じがする。これはけっこう辛い。私は、常に自分では一番苦手とする「マイルド人間」を演じてなければならない。疲れる。Aや家族の周りでそうでなくていいと言うだけでも幸せなのだけれどもそれ以外のところで「浮く」ことが怖くて自分を抑えなければならないことにけっこうストレスを感じる。これが鬱屈している一番の理由だという気がする。加えて、自分のコンピューターが使えない今、好きなときに自分の考えをささっと書きとめて・・・がかなり難しい状態にある・・・。やっぱりPC問題、さっさと解決しよう・・・。
2007年04月15日
コメント(0)

コンピューター、とりあえずは復活したのだけれど、まだ完全ではありません。怖くてそこから先、手をつけられずにいて(今は必要に駆られていない、と言うのもあるけれど)そしていつまた何かを書いている途中にデータとともに立ち消えされてしまうだろうか、と思うとどうもコンピューターをつけ、ネットサーフィン以外のことをしようという気も失せ・・・現在に至っております。本業で使う用事ができれば四の五の言わずにまた使うようになるので、そうすればブログ書きのほうも復活することぐらいわかっているのだけどね。(^^;)さて、最近再度はまっちゃって怖いぐらいの物はと言えば斉藤美奈子氏の本。この間、今まで読んだことのなかった氏のデビュー作「妊娠小説」を読みました。痛快。抱腹絶倒。こんなに面白い文芸批評があって良かったのだろうか、否、もっとあるべき。構成的にもよく練られてます。ただし、私でも「お?そうか??」と思うような説明の足りないと思われる部分が一箇所。(第3章「妊娠小説のなかみ」の第1節「妊娠物語の類型学」の最後。)しかもそこが後々議論の一端として使われているのには「ちょっと待て!!もちょっと説明してほしい!!」と思いました。でも、それにも関わらずエンターテイメント性は抜群!他のところの論理構成も素晴らしい!!なんといっても第2章の「妊娠小説のしくみ」は絶品です。小説を野球のイニング式を使い、スコアボード化して、「終盤一発ぶちかまし型」「中盤盛り上げ型」「序盤先制逃げきり型」「全篇お祭り型」に分けてしまう。そして、極めつけは「妊娠濃度による分類」と呼ばれる料理評価法に基づく「読み終わったあとの胃のもたれぐあい」による分類法。分類のされ方は「妊娠スパイス級」「妊娠ミート級」「妊娠シチュー級」「妊娠ステーキ級」「妊娠ハンバーグ級」「妊娠パセリ級」(順番は濃度に比例せず)・・・素敵。素敵なのです!!私の中ではこの「妊娠濃度による分類」が一番お気に入り。ぜひおすすめ。そして、もし時間があったらアマゾンでの数々の書評も読んでほしい。結構おもしろい。そんなわけでまとまりのない今日ですが、さよなら、さよなら。
2007年04月12日
コメント(2)
全9件 (9件中 1-9件目)
1
![]()

