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月野 かぐや

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2004年01月31日
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カテゴリ: おもひで
今日、母からメールが届いた。
至急電話するように、って。

幼なじみと言うか、地元の人ではないけれど、母親の昔からの友人の子供で、私の姉よりちょっと年上のお姉さんが亡くなったらしい。

あの・・・、ショックです。

あまり周りに自分と似た容姿の人がいない中で育ってきて、地元の私立の中学に通いだすまではそれが特別コンプレックスになることもなかったけれど。

それでも小さい頃から下校途中に見ず知らずの子に「ハローハロー」とはやし立てられたり、普通に道を歩いてるだけなのにジッと見つめられたり、公園を歩いてる時にカップル(の特に女性)にジッと見つめれらた後、彼氏らしき人に何かしら耳打ちしてるのを見たりした時に疎外感を感じることはあった。だから自分と容姿の似てる人たちの存在はとても大切だった。

私、変じゃないんだ。おかしくないんだ、

と思えたから。だから、余計に私の中では、母の友人達で母と同じように日本人男性と結婚してて、私と近い年齢の子供のいる人たちとその人たちの家族の存在が大きかった。その子達もみんなインターナショナルスクールなどに通わず一般の日本社会で生活してた人たちだったし。

容姿の違いに起因する体験とか、似たような体験も多くあった。でも結局は違う家庭だったので、教育方針も家庭環境もそれぞれ違いはした。



それでもみんな大学に入るぐらいの年齢ぐらいまでには留学したり、親の仕事の関係で母親の母国に住む機会があって、大学生になる頃ぐらいまでには母親の言語が一応は話せるようになってた。いつ頃覚えたかとか、本人の実力次第でアクセントが残ったりはしたし、結局はアクセントも含め、自分の母国語(日本語)並みに上手くなる人は少なかったけれど。

何年か前に久しぶりに成人してから、昔のようにそれぞれの家族の子供たちも含めたほとんどが集まれる機会があった。

そのとき、その子供うちの一人で当時アメリカの大学に通ってた子が友達を連れて帰ってきてた。

その友達は両親共に日本人だけれども親の仕事の都合で海外を転々として育った子。私たちみんなが(もちろんニホンゴで)コタツを囲んで仲良く談笑してる中で、その子はちょっと日本語をたどたどしく、でも普通に話してた。そしたら突然、
「何か、変な感じだ。私がこの中では唯一ピュアな日本人で一番日本人らしく見えるのに、私が一番日本語下手だなんて」
と言った。

そのとき、コタツの周りの空気がピシッと凍った。

その雰囲気を和らげたのは、当時、慶応で遺伝化学系の研究をしていた、私の母の親友の子供。

「まあ、人の遺伝子とどの国の言語が話せるかとの関係があるかは立証されてないからね。」

その時にそういう無神経なコメントに対してピクッと反応したのが私だけではなかったこと、自分の立場をたった一人で弁護しなくて良かったことに対する心地よさを感じた。その場にいたみんなが多かれ少なかれ、そういう体験を共有してたからだと思うのだけど。

その仲間内の一人と2年程前に二人だけで食事をしてた時に小さいころ「ガイジン」と言われたり、英語を話せるんだろうと思われるのが嫌だったことを話したときに、



って言われて軽い衝撃を覚えたこともある。
そして周りのちょっとでも「ハーフ」に見える人に英語を話すことを期待する人たちに対する憎悪をもまた思い出した。

容姿を元に私をヨソモノ扱いする社会の中で、同じように、ヨソモノじゃないのにヨソモノ扱いを受けて育った来た人たちのコミュニティーは大切だ。
特に子供の頃から顔見知りであることが私には大切だ。
だから自分の母親を通して、「仲間」の家族、特に私と同年齢の「仲間」一人一人の消息を聞くことはすごく楽しみだし、私にとってはとても大切だ。



特にこのお姉ちゃんの場合、その毅然とした強さ、どんなことにも挑んでいく強さ、そして何事をも見抜ける洞察力、内からにじみ出てくる美しさが素晴らしくて、あまり会う機会はなかったけれど、いつも憧れててもっと話す機会が欲しい、と思ってる人だった。

たまに会った時にはいつも、すごく美しいのに着飾らない、素晴らしい優しさで接してくれた。そして、モデルをやっていることに対して私が憧れ半分で「すごいよね~、かっこいい」と言うと、冷静に「あれは普通の人のやるような仕事じゃないから」と言ったり、モデルの仕事で成功するために自分の払ってる努力のことも教えてくれたり。モデル、という職業に対する真摯な打ち込みを見せてくれた人でもある。

特に彼女の母親に見せる愛情を通して私は彼女の愛情の深さを知った。

彼女は見かけだけでない、深みのある素晴らしく美しい人間で、母親ともよくそういう風に話題にのぼる人だった。

彼女はモデルとしてもかなり成功して、雑誌にコラム掲載もしてた。私と同年齢の彼女の妹に会う機会があった時も、彼女が何をしてるのか必ず聞いた。そんなときの自分の姉について誇らしげに、嬉しそうに話す彼女の妹の様子を見ることも大好きだった。

その妹は「うちのお姉ちゃんはね、日本のモデルでハーフであることを初めてかっこよくした人だったんだよ」と言ったこともある。

確かに時期的にはあってるなぁ、と思って、彼女が一人でそれを成し遂げたかどうかはわからないけれども、とりあえず「ハーフ」であることのメディア内でのイメージ・アップを助けた人のうちの一人ではあっただろうな、思うだけでも嬉しいものだった。仲間内の成功は嬉しいし、誇らしいことでもある。特に自分でも素晴らしい人だと思ってる人の成功は。

そんな彼女ともう会う機会も全くなくなったと思うのは悲しい。

消息を聞こうとしても、訊ねる「消息」が失われたことが悲しい。彼女の家族のことを考えるとさらに悲しい。

この家族はもう、日本という先進国で普通に暮らす人間に与えられる試練も悲しさも十二分に味わったと思う。
愛情が欠けているわけではない。
愛情は充分ある。
今まで対面してきた様々な問題とかを乗り越えられてきたのもその深い家族愛ゆえ、のためだと思う。

もう許してくれませんか。
これ以上悲しい経験をこの家族にさせるのはやるせない。





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最終更新日  2004年08月13日 07時03分53秒
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