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今日は久しぶりの回転寿司でした。父母、兄家族、私の7人で行きました。前回に行ったときに書き残してあったので、前回の日にちが分かりました。6月17日でした。なんと3ヶ月ぶりでした。もっと最近行ったように思えます。最近は父が片足が冷えるようになり、長くあるくことがしんどくなってきてしまいました。回転寿司までは15分くらい歩くのですが、父は自転車で行きました。早く良くなって欲しいと思います。私は相変わらず引きこもり生活継続中です。何かやりたいことが見つかって、どんどん外に出るようになれば良いのですが、なかなかそうはいかない現状です。
Sep 17, 2007
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時代今はこんなに悲しくて涙も枯れはてて もう二度と笑顔にはなれそうもないけどそんな時代もあったねといつか話せる日が来るわあんな時代もあったねときっと笑って話せるわだから今日はくよくよしないで今日の風に吹かれましょうまわるまわるよ時代はまわる喜び悲しみくり返し今日は別れた恋人たちも生まれかわってめぐりあうよ旅を続ける人々はいつか故郷に出会う日をたとえ今夜は倒れてもきっと信じてドアを出るたとえ今日は果てしもなく冷たい雨が降っていてもめぐるめぐるよ時代はめぐる別れと出会いをくり返し今日は倒れた旅人たちも生まれかわって歩き出すよまわるまわるよ時代はまわる別れと出会いをくり返し今日は倒れた旅人たちも生まれかわってあるきだすよ今日は倒れた旅人たちも生まれかわってあるきだすよ**************************************************私にとっては大学時代と別れた嫁と出会ってから離婚の問題がでるまでが良かった時代かなぁもうこんな時代、あんな時代と思い返す年になってしまったなぁ
Sep 14, 2007
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通院について先ほど、都内のクリニックから帰ってきました。いつも毎週水曜の3時頃です。トフラニールという薬を飲んでいます。ずいぶん前からで、おそらく6年間欠かさず飲んでいると思います。今はその薬の最大限の量を先週から飲んでおり、軽い痙攣が起きないかどうか先生に注意されていました。どうも、伸びをしたときに腕がピクッとなるのを感じたので、今日先生に話したところ、その痙攣を止める薬が処方されました。ということで薬がまた増えてしまいました。神様教えてください。僕の病気はいつ良くなるのでしょうか?さて、躁の状態の時の事-2。最初に躁状態になったのは2005.11~2006.5と長期間だったのですが、二度目は一ヶ月程度で過ぎ去っていきました。それから、二度目は躁鬱混合状態だったと思います。躁なのに人に会いたくない気分だったからです。二度目は2006.9前後の期間に発生しました。原因は、バイクです。文春新書の『オートバイ・ライフ』という本を読んで、この作者が乗っているカワサキのW650というバイクが欲しいなあと思っていました。しかし自分の免許は中免で、このバイクに乗るには大型の免許が必要でした。今は教習所に通えば簡単にとれると思いつつも、時間が過ぎていったのでした。そして、2006.8.31にたまたまみていたカワサキのサイトで「W400」という文字をみて、何ぃ!W650の400CC版がでたのかぁ!!今の免許で乗れるやんけぇ!!ということで、その後はカワサキの代理店に行ったり、駐車場を探したりと急に激しく行動しだしました。躁転というやつですね。しかし、クリニックの先生からは、絶対買わないように、とのお察し。今思うに、それは大正解だったと思います。躁になれば必ずうつが来るわけですから。もし買っていたら無用の長物となっていたことでしょう。部屋の片隅にはW400を試乗するために買ったヘルメットとグローブが置いてあります。(代理店からメットグローブは自分で 用意して下さいといわれたため)いつか使う日がくればいいのですが...もう買って1年が経ってしまった。大丈夫、いつか使う日がくるさ。
Sep 12, 2007
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うつ状態ではついつい愚痴っぽい事しか思い浮かばないので、過去2度あった躁状態の時の事について書こうと思います。1度目は(おそらく)2005年10月か11月~2006年5月まで、2度目は2006年の8~9月だったと思います。1度目の躁の時の手帳を見ると、空白が無いぐらいにその時思い浮かんだメモで覆い尽くされており、今の自分との違いに愕然とします。1度目の躁が始まった頃はおそらく、自分の部で初めての展示会について、企画運営を任され、その仕事をこなしながら発していったのではないかと思います。それまではほとんどする仕事が無く、展示会の仕事を部長に任された時は、一抹の不安はありましたが、優秀な人と組むことで、忙しくも楽しく仕事をこなしていきました。なので、「躁転」という感じではなく、気がついたら頭に色んな発想が勝手に浮かんでくる、という状態でした。そして、そのことを主治医に伝えると、「リーマス」という薬が処方されることになりました。それから、部会などで、動画を使ったサイトを立ち上げるようなマーケティング提案などを自分で勝手に考えて提案したりしていました。一番すごかったのは、4月から営業に復帰することがほぼ決まっていたので、1月から色々と模索していたころ、ある医療材料メーカーにあたりをつけて、練りに練った企画書を提示しました。自分で言うのも何なのですが、できばえが良く、自分の会社とグループの物流会社、グループの病院、そして提案先の医材メーカーとスキームを組んで、電子タグ(RFID)を使って医療分野での物流を革新するという内容のものでした。躁状態の「誇大妄想」そのものでした。しかし、もしこれが実現すれば日本の医療における物流を変革できるという自信もあり、提案先の会社の役員までプレゼンをするつもりでいました。しかし、企画書を部長に見てもらったところ、「こんなスキームはありえん!!」と、お叱りを受け、先方の会社にはすぐに、会社としての了承を得たうえでの企画書ではないと謝りの連絡をしました。しかし、部長には企画書のできばえをほめてもらいました。その頃は本当に冗談ではなく、世の中を変えられると、考えていました。私の場合はおそらく軽躁だったのではないかと思います。特に周りの人に迷惑をかけたり、した訳ではないので。買い物も色々としましたが、(ブログの最初の頃に写真で紹介しています)多大な借金をするわけではなく、収入の範囲内でおさめていました。もともとがけちな性格なので抑えが効いていたのではないかと思います。そんなうちに、5月のGW明けに自分の異変に気づきました。これは以前に経験した鬱の感覚だと。そして会社を一週間休み、主治医に診断書を書いてもらって再度休職(正確には有給休暇)状態に陥ってしまいました。これが、1度目の躁の時についての内容です。2度目のことはまたあとに書こうと思います。
Sep 4, 2007
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