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大寒のこの時期、人がまばらなこの場所をゆるり歩くのが好きだ。今年は例年に比べても寒さ厳しく、ニュースから流れる遠方の大雪に震えている。こちらは有難くも雪はなく、他県ほど冷えこみもキツくはないが、それでもひときわ寒さが応える。その中にあって、ほんの少し寒さの緩んだ昨日の午後、私は一人栗林公園を訪れた。梅もちらほら咲き始めている。これほどまでに冷たいと、春はまだまだ遠いところに感じてしまうが、膨らんだ蕾は私たちより一足早く春の気配に気づいているのかもしれない。ぴんと張り詰めた空気の中で見る松の緑は、年が明けてひと月足らず、すでに弛んできた私の心を正してくれるかのよう。心が浄化される気がする。2時間ばかりのんびりと身を置いた。そして、冷えた体は讃岐のあん餅雑煮で温めよう。といいつつ、昨日は先にお腹の中を温め済。おかげで寒さを感じることなく一歩一景を楽しめた。讃岐のあん餅雑煮。それは、出雲地方の小豆雑煮と京都の白味噌雑煮が一緒になったような実に不思議な存在である。出雲地方から伝わった小豆の食文化は、餅の餡として変化し、汁は京文化が伝わり白味噌仕立てになった。味噌汁の中に餡餅が入っていると考えると、それだけで違和感を覚える人もいるだろうが、白味噌との相性は思いのほかよい。白味噌といっても京都の西京味噌のように甘くはなく、どちらかといえば辛め。餅をかじって中から餡が出てきて、それが煮干しの旨味がでた出汁と渾然一体となる。これが、なんとも旨いのだ。古い雑誌にはそんな風に紹介されていた。
2018.01.24

どちらかというと、私はずっとそれを母の好みだと思っていた。母方の祖父は生前、俳句に書に絵画にと多趣味な人で、俳句などは自身が会員の俳句雑誌「ホトトギス」でよく賞をもらうほどだった。座敷には、祖父の一句と石ころを磨いて拵えた蛙の置き物が飾ってある。また、酒好きだったという祖父のお気に入りは、七福神が描かれた九谷焼のぐい吞みだったと母から聞いていた。そんな祖父の血を受け継いだ母は、高校卒業後に芦屋の知人宅に下宿をし、なんばにある高島屋でバイトをしながら田中千代服飾学園で洋裁とデザインを学んだ。娘である私から見ても人とは違う独特の個性とセンスに、子供の頃より母には敵わないと思ってきた。ただ、私の中では母のイメージと砥部焼はどこか結びつかず不思議にも思っていた。(砥部焼伝統産業会館)「家にある砥部焼は、全部父さんが買ってきたのよ。」父が亡くなって3年、時折母が語る父は私の知る父とは異なっていた。仕事一筋の父だったが、やきものが好きで単身赴任先の松山から車ですぐの場所にある砥部焼の窯元をよく訪ねていたという。高知に居た時は、大きな皿鉢料理の器を何枚も買って母を呆れさせたそうだ。それは、器など全く興味がない父だと思っていただけに意外だった。いや、思い込んでいただけなのかもしれない。床の間の真ん中にでんと置かれた大きな壺も、父が窯元で選んだ砥部焼だった。(同会館)「今の天皇陛下が皇太子時代に来られた梅山窯を、知り合いの調停委員さんに紹介してもらったそうよ。」(同会館)砥部焼伝統産業会館で地図をもらい、梅山窯を訪ねてみる。売店に所狭しと積み上げられた器はどれもこれも見慣れたものばかり。(同会館)帰宅して、家にある砥部焼の皿を裏返すと全てにある「梅」の文字。知らぬ間に梅山窯の砥部焼に囲まれて育っていたことを、本日窯元で知る。
2018.01.16

この美味しさは、もう罪だと思う。しまなみ海道への道中、石鎚山SAで買った愛媛ブランド『紅(べに)まどんな』。このSAのマルシェでは、季節ごとのみかん生しぼりジュースを楽しめるので、よく立ち寄る。そして少し割高にはなるだろうが、ここで買うみかんはいつも満足できる美味しさでおススメだ。この時期、近ごろは当然のこと紅まどんながずらりと並ぶ。「樹になるゼリー」と評される紅まどんなはオレンジ色の見た目も美しい。マルシェを一巡しながらも目は紅を追う私に気づいたのか、店員さんが声を掛けて来る。「私も柑橘類で一番紅まどんなが好きです。」「贈答用なら紅まどんながよろしいかと思いますが、ご自宅用でしたら媛まどんなで十分ですよ。」「でも、媛は外れもあるんですよね。」『紅まどんな』には同品種に『媛まどんな』がある。以前私はこの店で、紅はJA全農えひめが扱っている商品で 一定の品質基準をクリアした外れのないもの、媛の方は当たり外れがたまにあると教わっていた。「確かに、紅まどんなは厳しいチェックに合格したものばかりなので間違いはないですが、媛の方も美味しいのを見分けるコツがあるんですよ。」「触ってみて、なるべく柔らかいのを選んでください。」お店の方が持ってきてくれた、少しぷよぷよ感のある媛まどんなを手に取った。「これは熟して柔らかいわけではないんです。」「この媛は決して紅に負けない味だと思います。」一個1000円近くはする紅まどんなと比べると低価格で迷いなく手を出しやすい。私は手にその感触を覚えようとした。「じゃあ、媛まどんなを・・・」と私がレジに向かおうとしたとき、「どちらもください」と背後に母。「そんなにいっぱい買ってどうするの?」「美味しいんだから、両方買ったらいいじゃない。」「この時期なら、常温で2週間くらいはもちますから」と、店員さんも母を後押し。しかし、美味しい。ほんと、この美味しさは、もう罪じゃないかと思ってしまう。好き好きだろうが、私は『まどんな』を食べてしまうと、昔大好きだった『せとか』をはじめ、どのみかんも残念に感じてしまう。そして、愛媛県人のみかんに対するプライドに、毎度感服する瞬間。
2018.01.11

三年連続、古代より日本総鎮守と尊称される大山祇神社を参詣。御祭神は大山積大神。風光明媚なしまなみ海道の真ん中、ここ愛媛県は大三島に鎮座したのは推古天皇二年、594年と伝えられている。大山積大神は山の神であり、海の神、産土の神。全国にある大山積神(大山祇神)を祀る神社の総本宮でもある。朝廷より日本総鎮守を下賜され、天皇や多くの武将がこぞって宝物を奉納するような由緒ある神社が何故このような瀬戸内の小島にあるのかは学者さん達に任せることとして、日本の古い歴史に想いを馳せここに立つとき、なるほどなと思はざるを得ないのも確か。神社の周りには国の天然記念物に指定されているクスノキ群があり、樹齢2600年の御神木をはじめ、日本最古の楠「能因法師雨乞の楠」は伝承樹齢3000年といわれている。残念ながら雨乞の楠は現在枯死しているのだが、まるで彫刻のような美しさで、私は何度出会っても感動する。日本の総氏神さまにふさわしい老木に、身の引き締まる思いと安らぎとの両方の思いを抱いてしまう。そして、私にとって大山積大神さまを身近に感じられる場所でもある。大山積大神は霊峰富士の御山に鎮座するコノハナサクヤヒメの父神にあたる。昨年、富士山と縁のある一年になったのも初詣にここ大山祇神社を参詣したおかげかもしれない、とふと思った。ならば、今年もと思ってみたり。もう一度富士山を訪れる機会があればその時は、コノハナサクヤヒメを祀る富士山本宮浅間大社にも足を運んでみたい、そんなことを思いながらの帰り道となった。そして、大三島に来たらやっぱりこれでしょ。神島(みしま)まんじゅう。出来立てをホクホクと戴く幸せ。お店の方は村上水軍の末裔なのか?、店の名に気づいたのも帰り道。次回、尋ねてみようと思っている。皆さま、あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。明日は七草がゆの日ですね。
2018.01.06
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