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このところ、何かと考えるのは直の事。もちろん希望は復縁なんだけど、限りなく無理っぽいのは自分でもよく判っている事なんだけどね。脳出血を起こす前にも何度と無く会っては復縁をほのめかしては居たのだけれど、その度にやんわりと拒否られていたからね。 脳出血で入院したとメールした時は何でそう言う話をメールでするの?しかも入院先も教えないで…と怒りの返事が返って来ていた。あの頃は脳出血で入院した事実は判っては居たが入院していた病院が何処であるかは知らずに居て、数日経って何処にある病院かを伝えるメールを出しはしたが返事は無し(と記憶している)。三ヶ月近くに渡った入院生活も明日で終わりと言う日に見舞いに来て、その後に会ったのは部屋を引き払う直前だけ…。それで、もう会う事も無いのかな?。と思っていたのだが、先日の新宿おっかあの集いの次の日に再び会って色々話をした。 それから僕の妄想が始まったのかも知れない。 ただ、一緒に食事をした後で言い掛けて辞めた言葉に「もう無理」と言うニュアンスを感じたのも事実なんだよね。 それでもなおかつ妄想してしまうのは肌を重ねた記憶があるからなのかも知れない。とは言え、仕事のことは聞けたけど現在進行形で男が居るかどうかは聞いてないから、居たなら祝福すべきなんだよねと自問している。 今日は親父が朝食の後農薬散布をすると言うので手伝い決定。着替えて機械出しから手伝い始め農薬散布を手伝った。と書いて見たが僕がしたのは軽作業でしか無く、親父が農薬散布をしている間は見ているか、機械の調子を確かめたり、薬の残量に注意を払ったり、ホースが邪魔にならないように動かし続ける程度。だけど、そんな軽作業であっても今の僕の体にはとても辛いもので途中何度と無く立木に寄りかかって休まなくてはならないほどだった。 脳出血>むち打ちは体に適度なダメージを残しているようで、こういった軽作業でも満足に出来ないのか?と凹み気味。作業の間中考えていたのはむち打ちの示談のシュミレーション。てか、そろそろ示談の声がかかっても不思議では無いと考えているから下準備と言えるのかな?。 作業は凡そ六時間ぐらいで終了。スポーツ新聞を買いにコンビニまで行ってきた後は発泡酒を飲みながらサンドイッチで軽い昼食。んで、ネットで馬券を購入し、のんびりしながら洗濯をして午後を過ごした。 適当な時間で夕食のおかず作り開始。本日のおかずは魚を焼いただけに薯蕷で可も無し不可も無しだった。洗濯しながら一足早く風呂に入って居たので、夕食のおかず作りの前から飲酒中。食事の後は自室にて飲んでいた。飲み過ぎは健康には良くないよね。 今日あれやこれやと考えて居たのだが、明日脳外の先生に脳出血の後遺症とむち打ちの後遺症の切り分け?がブロック注射で判断できないか尋ねてみようと思う。つうか、脳出血の後遺症として残っているものはブロック注射で消えるかどうかを尋ねてみたいと思う。何でか?と言うとブロック注射は僕の肩の渋みを消し去り、肘の重苦しさまで消すには消しはしたが、それでも残る肘の微かな違和感は脳出血の後遺症だと僕は考えた。 現在出ている体の違和感と言えば、肩から肘、手までの痺れと左足に有る違和感で、そのうち肩から肘、手は初回のブロック注射でそれらを見事に消すことが出来た事から脳出血でなくむち打ちに依る物と考えて良いだろうと思ったので、そこから左足にも同様にブロック注射を打ってみたら有る程度以上に解消できるのでは?と考えたからだ。 最も、ブロック注射が僕の場合だが五日間程度しか効かず、五日を過ぎた後は途端にぎこちない動きしか出来なくなる悲しさがある。それを考えると注射をせずにそこそこに回復できれば…と思わないでもないが、現実的には治療に時間の余裕が有るとは言えないから、取り敢えず…でと考えるしか無いのかもね?。
2005/07/31
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函館(日) 9R 3連複 BOX 02,07,08,12 各100円(計400円) 函館(日) 9R 3連単 1着ながし 1着:02 相手:07,08,12 各100円(計600円) 新潟(日) 11R 3連複 BOX 02,03,05,10,11,13 各100円(計2,000円) 新潟(日) 11R 3連単 1着ながし 1着:11 相手:02,03,05,10,13 各100円(計2,000円) 合計 5,000円
2005/07/31
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今日も朝から弁当作り、さすがに一年目の去年より自分でも少し手抜きかな?と思う。まあ、それなりに作りしばし休息。 んで、一休みしたところで公民館のボランティアへと向かい適当に収集活動&読書して午後まで過ごして帰宅。 夕べは刺身だったので、押し出されるように作る順番はずれて今夜のおかずは…。作るとき冷蔵庫が水浸しになっているのに気づき、つい婆を怒ってしまう。本音で言うなら言いたくないのだが、言わなきゃ分かんないから仕方がない。 親父と婆のおかずを作った後で自分の晩酌のおかずを作って自室で晩酌。晩酌が住んだ頃親父が呼びに来て、何事かと思ったら車屋から電話が入った。 修理が終えたとの事だったが受領するとき説明したいと言うので受け取りは火曜にすることにした。今までの経緯があるから今後を考え一筆入れて貰おうかな?と少し話をしてみたのだがそれは出来ないと断られはしたがそれでも今までが今までだから不安はあると言って置いた。 明日は晴れたら親父の手伝いで農薬散布を手伝うつもりなのだが、肝心の天気予報は降水確率70%以上であるから明日の手伝いは順延となるだろう。
2005/07/30
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時期が来たら話さなきゃいけないとは考えては来たのだが、親父に交通事故のむち打ちの後遺症が少なくない事をついに伝えた。ついに伝えた…と言うべきか、打つ手が見つからないと言うべきなのかは定かでは無いけれど、病院での治療が始まって三ヶ月以上経って居るわけであるが、少しは変化は見られる物のより回復出来るかどうかは言いかねる…という感じだろうか?。 示談の時も近づいてきている事もあるし、昨年あれほど手伝った収穫の時期も近づいて居る事から、僕の体の状況は去年と同じでは無く、去年より更に悪い状況にある事を伝えた。 見た目の問題は無いし、日常の家事もしていたのだから、親父は僕の毎日の病院は仮病に近いのでは?と思っていたのではあるまいか?。僕は症状の無い物を有ると偽って病院に通って居るわけでは無い。 見た目の症状が非道ければ、見た目でそうなのか?と思うのかも知れないが、一見して何も問題は無いと見えてしまう僕が実は半身に酷い痺れを持ち左上半身の所々で筋肉の強ばりが起こってしまう。左上半身が上手く使うことが出来なくなって居るのだ。 とまあ、上に書いた様なことを親父に伝えたらやはりと言うかショックを親父は受けていた。そりゃそうか…脳出血から立ち直って?就職しようか?と言う矢先に起こった事故でダメージを息子が受けたことを今初めて聞いたのだものね。 僕と言えば事故の当時はこんな事になるとは考えもしないことだったが、時の流れと共に起こった事実をありのままに受け入れて来たからまあしゃーないか?。程度でしか無いけれど、親父にはちと突然すぎたかな…とちと反省。 だけど、ここで伝えておかないと示談で揉めそうなときに困ってしまうから…というのも有るし、手伝いで去年と同様に手伝う気持は有るけれど、出来ない事も出てくるだろうと思うからね…。 今朝は起きると共に弁当のおかず作りを開始。婆が朝の支度も…と言ってきたが聞かぬ振りでスルー。そりゃ作れと言われたら朝食を作らないでも無いけれど、正直婆が台所をうろちょろしたりするのも嫌だし冷蔵庫の中の事にしてもそう…。言いたいことは山ほどあるがその大半が否定することになるから…なんだかね。 弁当を作って自室で休憩。着替えて隣町のスポーツセンターへと車で向かった。途中DoCoMoショップに立ち寄り一日レンタルの室内用補助アンテナを返品。昨日注文した補助アンテナは昨日レンタルした物と同等であるなら使う意味が無いと言ったら新品をレンタルさせてくれることになった。新品でも電波が拾えないなら仕方がないという所か。 その後スポーツセンターへと移動しウオーキングマシンとエアロバイクで少し汗を流し、今度は病院へと移動。向かう途中で最近気に入った蕎麦屋で昼食を済ませて病院へ。 病院ではリハ>マッサージ>診察と受けた。診察と言ってもカウンセリングに近いかも。治療の効果とか今後の見通しとか親父に現状を伝えた事とかね。 家に帰って何を作ろうか考えて作りに台所に行くと婆が刺身を買ってきたから今夜はこれで…と言われてとてもむかついた。今朝の言葉は何処に…?。嫌味でも無かろうが、今の僕には嫌味にしか感じることが出来ない。
2005/07/29
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肩の重みと言うか渋さと言うか?。薬が切れるに従ってドヨ~~ンという感じが日増しに強くなって来ている。感じる重さ?渋さは当初は左の肩だけであった物が肘まで進み、気が付くと左手まで達しようとしているのだ。 解消する特効薬としては注射が一番簡単に…なるのだが、効いている時が良好であればあるほど落差はますます酷く出てきてしまう傾向が強い様で、その事を考えると注射はどうしても我慢が出来ない時やどうしても体が動かなくては困るときだけに使うようにして、そうで無い時は出来るだけリハとかの動きを思い出しながら抑えた方が良いのではあるまいか?と思う。 薬が切れてその切れた状態に馴染むまでは数日は必要となるだろうから、注射を打つ前のように動きが戻るまでは今週末はかかってしまうのかも知れない。 薬を打ったのが左上半身であるから、左下半身は関係無いはずなのだがどうにも歩きにもぎこちなさは感染してしまったようで歩く格好は左半身に障害を持っている様にしか見えないであろう。 朝起きたら、何となく病院には行きたくない気分。けど、それと親父の弁当作りは別だから…と弁当のおかずを作り出す。婆さんがこれ入れたら?あれ入れたら?と言ってきたが知らぬ降りで取り敢えず作り上げ自室へ…。 しばし休憩をしてると婆が部屋の入り口までやってきてなにやらもごもご言っている。どうやら姉の家に届けて欲しい野菜があるらしい。言われりゃ届けぬ訳にもいくまいと出かける準備をして来るまで出発。 まずは、姉の家まで出かけたのだが、生憎の不在では仕方がないと家の入り口のドアの取っ手にぶら下げてから病院へと移動。そこまでは時間的に不都合は無かったのだが、病院に到着してみると診察時間にはだいぶ間があったので、読みかけの本の続きを買っておこうと近くの本屋に出かけ買い求め病院に戻ったとは四階の屋上のベンチに座って読書をしながら時が過ぎるのを待ちながら読みかけの亡国のイージスを読んだ。 その後適当な時間になったところでマッサージ>診察と流れはしたが体の重さは変わらぬまま…。やはり?体が慣れてくるのを待つしか無いのかもね。 病院を後にし、食材を買い求めて帰宅。夕食のおかずを作り始めるも婆に併せたおかず作りでは気が乗らず…何となく手抜きになってしまう。落っこちてるのは体調だけで無くテンションも急降下してしまっているみたいだ…。
2005/07/28
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初回の時ほどブロック注射の薬効は余り無いと感じていたのだが、薬が切れかかってきている所為か朝から体が重くなり始めている。 僕的に言えば重くなり始めている…となるのだが、人によっては痛みが出始めて…と言う人も居るであろう。人によって自身の症状の言い方はそれぞれ違うという事かな。実際僕自身は痛いとは感じては居ないのだが、これを痛いと表現する人も居るだろう。 朝、病院に向かう前はこれほど薬が切れかかっていると言う実感は乏しかった物が、夜中のこの時間になって左上半身全体をどんよりとした重さが包み込んでしまっている…そんな風に感じるまでになっている。 台風が来ると言う感じで変わりやすい天候を考えながら昼近くになって出かける準備を始め出ようとしたところで携帯にメールが入っているのに気が付いた。電源切れてるけど…という書き出しに、電源は入っているからこうしてメールが読めたのだが…と思いながら返信の文章を考えた。 車のエンジンを始動させながらメールの送信を済ませ発車。しばらく走っていると電話の着信音が鳴ったので出てみるとメールの相手からだった。 携帯の機種をムーバからフォーマに変えてからどうにも自宅からの電話の着信&メールの送受信が難しい状況にある。 電話の相手は僕がチャットで知り合って現在も連絡を取り合う一人で、先日都内に行ったときの話や、むち打ちの愚痴などを聞いて貰っていた。思ったままに話せる相手が居ないからこうして愚痴をたまに聞いて貰うのは僕的にはとてもありがたかった。 けど、思えば不思議な縁だな…と感じながら昔のチャットの話などもしていた。共通の知り合いも居たりしたのだがそれも遠い昔になってしまったな…というのが実感かもね。 電話の後、病院に向かって行き、マッサージ>検診と受けた。事故後三ヶ月を過ぎる頃には保険会社から病院打ち切りの話が出たら…と考えて居たのだが、この頃ではその先の示談交渉はどのように進むのか?僕の体は現状維持のままなのか?それとも改善の見込みが少しでも見込めるのか?と言う風に変化してきている。示談はそれが普通かどうかの判断はどうするべきか?とか今感じてる後遺症にはどのような折り合いが妥当?なのかとか…ね。 途中買い物でもして帰ろうか?とも考えたが結局そのまま帰宅。冷蔵庫に買って置いた食材で作ったのはすき焼き風炒め煮&心太。親父の夕食が終えるのを待って親父の母の入院を見舞いに行った。 母に対してもそうだった様に自身の母に対しても親父の対応はぎこちなくたどたどいしい応対しか出来なかった。それを見ていて母が父との結婚前に妹である伯母に本当は…と愚痴を言ったのが何となく理解出来たし、日頃何かあると僕に話を振る父にその事が重なって見えた。 だが、僕は父のようにはとても出来やしない。僕が感じるのは母の勝ち気さと微妙な父の忍耐力はそれぞれ受け継いでいるかな?という感じだ。 見舞いの後、自宅に帰り自室で晩酌しながら気づけば寝てしまい。こうして夜中に日記の更新をすることになった。 今の感覚ではどこまで左上半身の動きが落ちるのか?と言う心配と、明日の朝は親父の弁当のおかず作りをしなくては…という事もあるが時間も時間だしさっさと寝ることにしよう。
2005/07/27
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初回と前回のブロック注射の成分の違いを本日説明して貰った。初回の方が良く効くようにとステロイド入りの薬剤が使用されたとのことだったが、前回はステロイドが入らない物が使用されたとか…。 ステロイド入りが良く効いてステロイドが入らない物が効きが悪い理由は僕には何故だか判らないが、担当医が言うには医師によっての上手い下手では無いとのことだった。 という事で次回はステロイド入りを打って貰って効きが初回と同じかどうかを比べて見る…と言うことになった。 だけど、ブロック注射が効くのは初回で判って居るだけに今後治療が終了となった暁にもブロック注射を受けに通わなくては成らないのかと考えると…ちょっとね。 注射に頼らなくても良いようになって治療は終了と言うわけには行かない物なのだろうか?。とついつい考えてしまう。 また、注射の効果が有りすぎてリハが一からやり直し…になってしまっている現状を考えると、リハ的には注射は良いとは言えないのかもね。 そこら辺を一患者としては担当医&リハ担当と折衷案を見いだして欲しい所。治療的には…と言うのとリハ的には…で折り合いが付かないと一番困るのは患者であるからね。 後少しで事故後四ヶ月を経過…も近いから後一月も様子を見たら症状固定になってしまうのかも知れない。 ネットで後遺障害に苦しむ…という話は聞くことは聞くが、苦しまずに済んでいる人もまた少なくないだろう。僕の場合にしても当初は後遺症に苦しむなんて考えもしないことだったのに、気づけば後遺症に悩んでいるのだから…。 ま、この件は何処かで落とし処を見つけないといけないとは考えるが、後遺症が一生物なら一般論とは判例で決められるのか?と思ってしまう。 今日は朝起きて隣町のスポーツセンターへ行って、ウオーキングマシンとエアロバイクで軽く汗を流してから病院へ行ってリハ>マッサージ>検診と受けた。批判的な事は余り言いたくは無いけれど、症状の改善が殆ど見られないとついつい言いたくもなってくる。そりゃ、肩と肘は通い始めた頃と比べたら良くはなっているのかな?とは思わないでも無いのだが、初回のブロック注射でむち打ちが原因と思われる痺れ感を取り去った時の事を思い出せば、今の状態のままでの生活は考えられないと言うか、注射を切れる都度に行って貰わないと普通の生活は難しいのでは?とさえ思えるほどだ。 家に帰る前に買い物をして帰宅。夕食のおかずは薯蕷とサーモンのバター焼きにした。まあまあ?。 二度目の注射は余り良くなかったと感じているが、それにしたって薬が切れてきたらどんな状況を見せてくれるのか?。考えれば考えるほど否定的な考えになってきてしまう僕が居る。
2005/07/26
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初めても初めて、生まれて初めての胃カメラを飲んだ。事の起こりは春先町の集団検診に出かけたことから始まった。何の気無しに検診を受け結果が出たのがつい最近のことで、良くも見もしないで放って置いたら、親父から胃の再検査を…と言われたので行くなら一緒に…と考えて今朝病院へと出かけることになった。 病院到着は八時半前、順番を待って並んで診察を受けたら…別室に移動し胃カメラを飲む準備が始まった。液状の麻酔薬を口に入れてしばし放置。その後麻酔薬は吐き出して、胃カメラを入れる直前にスプレー式の麻酔薬を喉の奥に吹き付けてから胃カメラの挿入が開始されたのだが、正直考えていたほどの苦痛は無かった。 だが、苦痛は無かったから楽だったとは言えず、喉の奥に入れられている時間が早く過ぎて行かないかな…と思い続けていた。 胃カメラでの検診結果は取り敢えずは問題無しと出たので数年は胃カメラの必要は無いとは思うが一度行ったことで次回の安心感に繋がるよね。親父は以前の胃カメラの時に散々苦しんだから今回もかなり嫌がって居たのだが、済んでみると前回の時より数段楽だったと言っていた。 一度病院から家に戻ってから、再度マッサージを受けるため盛岡へと行き、マッサージ>診察と受けた。そこで医師によって注射の効きは違うのか?を尋ねてみたところ注射の効きが違うのは薬の中身が違うからでは無いのか?と言われ同じ薬であるとばかり思っていただけに唖然としてしまった。医師が言うのが本当なら薬が違えば効果だって同じとならない可能性が高くなるから、それならば現在の薬の効きが最初に打ったときと違っているのは頷ける話だ。だが、そうなると同じ薬と考えて打って貰って、同じ効果が出ない…と考えたのはどうしてくれるんだ!!という話になるよね。 明日は担当医と話せる日だったと思うからそこら辺の所は再度確認し、納得できる回答を貰いたいと考えている。 病院の後は車屋に行き保守点検をして貰うことにして代車に乗って帰宅。保守点検でOKと言う話になったら後は走った上で片減りがでないことを祈りたい気分。何処も交換しなくても良いと言うのが最良?と考えているが、意外に部品のいくつかを交換しました…的な答えになるのでは?と考えている。 まあ、今回は本社にクレームという形になったが、何も言わなきゃユーザーが泣き寝入りという形であっただけに、やはり言った物勝ち?なのかな…と言う思いは強くある。 夕食のおかずは適当に冷蔵庫に入っていた物と取れた野菜で炒め煮を作った。出来は?と言う感じかな。明日の朝は弁当作りもあるし…てか明日の夕食は手間をかけて作ろうかな?という気分。
2005/07/25
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最近の事では無いが、母の死んだ頃からからか漠然と自分が死ぬときは…と考えてこうして死にたい…的な考えを持つようになっている。 先週東京から帰って来たとき、伯母の家に寄ったとき唐突に母の末妹の旦那が末期状態で有ることを告げられたのだが、もしもの時があるといけないから一応伝えては置くけれど、本人達の意向で見舞いは遠慮して欲しいと言う事であった。 家に戻り親父に言わなければ…と考えつつなかなか言い出せずやっと伝えたのは一昨日の事で、親父の反応はと言うと危惧していた通り、付き合いがあるのだから見舞いに行かなければ…と言う物だった。が、そこは本人達の意向でもあるから見舞いは遠慮して欲しいと言うことだったから何もしてはいけないと僕が強く言うと渋々という感じで判ったとは言っていた。 母が亡くなった時思ったのは、僕は身内に自身の死は看取って欲しくは無いと言うことだろうか?交通事故とかの突然の死に対しては人は結構諦めが付くように僕は感じているからなのか?。それとも母の死を看取った辛さが自身の死は看取って欲しくないと言う風に考えるように成ってしまったのかは定かでは無い。 だが、死ぬときは見舞いにもなかなか来れないような所に入院し死んだ後で遺体を引き取って欲しいと言うのが取り敢えずの僕の死ぬときの希望?かな。 今日は朝起きて弁当を作り、作った後は二度寝をして次に起きたのは昼近く。昼は婆と別個なのでコンビニでスポーツ新聞と発泡酒と共に昼食を買い出し昼間から飲みながら昼食を食べ…そのまま昼寝。 起き出して洗濯しつつネットで馬券を買い収支はトントン。 その後夕方になって夕食のおかずを一応作り、自身の分は自室に運んで晩酌。後は部屋でゴロゴロ過ごす予定である。
2005/07/24
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新潟(日) 11R 3連複 BOX 03,04,05,09,11 各100円(計1,000円) 新潟(日) 11R 3連単 フォーメーション 1着:07 2着:03,04,05,09,11 3着:03,04,05,09,11 各100円(計2,000円) 函館(日) 9R 3連複 軸1頭ながし 軸馬:04 相手:01,05,07,11,13 各100円(計1,000円) 函館(日) 9R 3連単 1着ながし 1着:04 相手:01,05,07,11,13 各100円(計2,000円) 合計 6,000円 取り敢えず買い目だけ…。 先週、都内に行ったとき久しぶりに場外馬券売り場で馬券を購入してみた。買って出てきた馬券を見て一昔前のロール紙の馬券の紙を思い出しとても懐かしい気がした。けど、周りにその事を話してもうんうんと頷いてくれる人が少なくて自分もそういう年齢に成ったのだな…と思った。 馬券は新潟のメインで三連単で百万を超える馬券となり、僕の結果は十数点買った馬券の中に1着3着が含まれていたからまんざら悪い買い方でも無かったと思った。が、外れは外れである。 新潟の結果 単勝 09 220円 1番人気 複勝 09 100円 1番人気 07 120円 2番人気 05 130円 3番人気 枠連 6-7 360円 1番人気 馬連 07-09 370円 1番人気 ワイド 07-09 160円 1番人気 05-09 160円 2番人気 05-07 250円 4番人気 馬単 09-07 670円 1番人気 3連複 05-07-09 470円 1番人気 3連単 09-07-05 1,640円 1番人気 函館の結果 単勝 05 1,440円 6番人気 複勝 05 360円 6番人気 04 190円 2番人気 07 270円 4番人気 枠連 4-4 2,660円 9番人気 馬連 04-05 2,850円 11番人気 ワイド 04-05 930円 10番人気 05-07 1,680円 23番人気 04-07 740円 7番人気 馬単 05-04 7,760円 31番人気 3連複 04-05-07 5,670円 20番人気 3連単 05-04-07 41,810円 134番人気 となった。僕の払い戻しは函館の三連復のみ、投資が六千円で払い戻しが五千六百七十円。狙い的には悪くなかったのだから絞って買わずに手広く流していれば取れた馬券であるけれど、絞った故の負けと敗因はハッキリしているからこれはこれで諦めが付くというものだ。
2005/07/24
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注射を打つにも上手い下手が有るのだろうか?。昨日打って貰ったブロック注射であるが、初回と同じような効きを期待しての物だったのだが、効きは今のところの感じでは半分行くかどうか?と言う風にしか感じていない。 そりゃ確かに肩の渋みは半減?はしているのだが、今度は肩に重みを感じてしまっている。加えて前回の時は肘まで軽くなった感じを覚えたのだが、今回はどんよりと重い感覚が…有る始末。 確かに前回の時と打ってくれた医師も違えば、打った貰った場所も違う。けど、効果は同じ…と聞いていたのだがどうにも同じ効果を今のところは感じることが出来ずにいる。 こうなれば、次の注射の時は前回の医師を指定して打って貰った方が良いのかも知れない。まあ、今日よりも明日になった方が効果は現れるかも知れないから断言は出来ないのだが、取り敢えず今のところはこんな風に感じている。 右肩から右肘にかけてどんよりした重さを感じてブロック注射の効果は???てなもんだ。
2005/07/23
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注射を打つにも上手い下手が有るのだろうか?。昨日打って貰ったブロック注射であるが、初回と同じような効きを期待しての物だったのだが、効きは今のところの感じでは半分行くかどうか?と言う風にしか感じていない。 そりゃ確かに肩の渋みは半減?はしているのだが、今度は肩に重みを感じてしまっている。加えて前回の時は肘まで軽くなった感じを覚えたのだが、今回はどんよりと重い感覚が…有る始末。 確かに前回の時と打ってくれた医師も違えば、打った貰った場所も違う。けど、効果は同じ…と聞いていたのだがどうにも同じ効果を今のところは感じることが出来ずにいる。 こうなれば、次の注射の時は前回の医師を指定して打って貰った方が良いのかも知れない。まあ、今日よりも明日になった方が効果は現れるかも知れないから断言は出来ないのだが、取り敢えず今のところはこんな風に感じている。 右肩から右肘にかけてどんよりした重さを感じてブロック注射の効果は???てなもんだ。 今朝は弁当はどうなるのかな?と思っていたら弁当を作るように言われたので七時前には弁当作り開始。昨日の夕飯のおかずに作った炒め煮をもしや?と考え少しアルミホイルに小分けしていたのでまずそれで一品。冷蔵庫から取り出した御新香で一品、ミニハムカツを揚げさんまのたったあげを油で揚げて一品。ゆで卵を切って入れて一品で出来上がりとした。 去年までは御新香も別に用意して居たのだが、さすがにそれまで手を加えると時間がね…。去年までは作るのに最低三十分は要した弁当作りだが、今年は要領よくなったのか最短だと十分程度で出来あげるようになったのは手を抜きすぎかな…。 弁当を作ったから部屋で一休みし、着替えて公民館に外付けHDを持って出かけた。公民館では事務所に鍵がかかったまま…というのが入りづらかったのか、午後も含めてパソコン使用者は二人だけであった。周辺人口を考えるとパソコン使用者は今の三倍は居ても不思議では無い。だが、この使用頻度の少なさが=親世代のパソコン習熟度似も繋がってくるだろ事を考えると都会並みの復旧には十年以上はかかるかもね。 ボランティアは積極的に働きかけると言う感じでは無く。尋ねられたらそれに答えるという形で消極的な形式が求められているので、尋ねられるまではすることがないから外付けHDを付けてネットで収集活動に勤しんだ。 とは言ってもかつてのようにネットで収集の情報を得ると言うことが出来なく成りつつある現状ではソフトの使い方でさえ独学に頼らなくてはいけないところが多く、ベストの使い方が出来ているかどうかは疑問である。 ネットに情報が少なくなった最大の原因は逮捕者がソフトの使用者のみならず制作者にも及んだことが大きいのだろう。小鯖の情報にしても以前は簡単にネットで検索して見つけることが出来たのに今は昔の話となってしまっている。 ま、適当に収集活動しながら時間を過ごし帰宅。帰宅後は夕食のおかず作りを開始。本日の夕食のおかずは薯蕷と水餃子のスープ仕立てとした。水餃子は冷めてもそれなりに食べられたから夏向きと言えるかもね。 ところで、ブロック注射の話に戻るが、丸一日経過してこれでは前回の効き目は何処へ消えてしまったのか?と声を大にして言いたい気分だ。良くネットでむち打ち患者の体を知らぬ発言が…と目にしていたのだが、親父に似たような事を言われ…ああ、こういう言われ方があの発言になるのか…などと思った。軽いか重いかは当事者の主観に依って変わってくるだろうが、第三者からの発言は結構ムッとする物がある。
2005/07/23
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通院期間も三ヶ月を超えてしまったから加害者側保険会社から打ち切りが何時来るかと考えて居たのだが三ヶ月半を超えても来ないから、それはそれで良しと考える事にしようと思う。 ブロック注射が効いて痺れが一時的に無くなりはしたが薬が切れると共に痺れは広がってこの痺れが残ったまま治療を打ち切ると言われたなら後遺障害の申告も視野に入れておかなければ…と考えているのだが、ブロック注射を数回繰り返す間に体を動かして筋肉が上手く解れて来れば痺れが解消するのでは?と今日の診察した医師に言われその気になった。 見た目の問題無さと僕の喋りでは余り相手に深刻さは伝わらないと思うが、治癒が無理ならやはり後遺障害を…と考えるしか仕方が無いのだろう。だけど治癒が難しいとしてもブロック注射を続けることによって痺れを回避出来るのなら、後遺障害が無理ならン十年分のブロック注射代を…と考えるのは都合の良すぎる話なのだろうか?。 ま、最悪の事ばかり考えてしまうが、ブロック注射を数回繰り返す間に痺れが取れてくるようならそこまで考えなくても良いのだけどね。前回ブロック注射を打って貰ったのが十日前、薬が切れ始めたのが五日前…そこから考えると来週の半ばまでは調子が良い状態が続くだろう。そこから下降し次に打って貰うのは来月の頭か今月の月末と言うことになるのかな?。 昨日と同様夜半から雨が降ったり止んだりを繰り返していたから、朝起きたとき外を見て雨が降っていたので今日も作らなくても良いのか?…と考えていると小降りの雨なら弁当を持って行くと連絡が入ったようで慌てて台所に行き冷凍庫から魚を取り出し焼き、卵はゆで卵に…。ひょっとして…と昨日考え詰めていた二品を冷蔵庫から出して弁当のおかずに入れゆで卵を入れ焼き上がった魚を入れておかずの完成となった。 部屋に戻ってしばし休憩。昨日はスポーツセンターへ行ったのは良いが汗をかくのは…という服装だったので、今日は着替えを持ってスポーツセンターへと向かった。本日のメニューは昨日の焼き直しとした。ウオーキングマシン15分エアロバイク15分そしてまたウオーキングマシン15分とメニューは同じであったが内容は昨日よりはきつ目にした。多少負荷を与えないと練習にはならないからね。 その後駐車場で着替えて病院に向かい、途中昨日と同じ蕎麦屋で昼食を食べた。チェーン店にしては市内の店と比べて蕎麦も美味しいが汁も美味い、そして何より値段が良い。市内にあるのもチェーン店なのだが新興の店の方が味は美味しくなるのかな?。 食後は病院へと移動しリハ>マッサージ>診察(ブロック注射)となった。リハでは方の状態が元の悪い状態に戻ってしまっていると言われ落ち込んでしまう。悪い状態になった理由で考えられることと言えばブロック注射しか無い。ブロック注射で肩の渋みを解消でき、尚かつ肘の痺れも激減、首も軽快になって凄く喜んでいたのだが、薬が切れて来るに従って元の状態に体が戻ると共に、軽く動いていた記憶が頭に残って動きが悪くなってしまったのではあるまいか?。 良い方に転がれば回復傾向に向かうと思われるが、悪い方に転がるなら今回の状況の繰り返し…と言うことになるのかもね。けど、今の状態ならもう女の子をお姫様抱っこすることはもう無理かも知れないが、ブロック注射を打った後の状態が続くのなら再びお姫様抱っこすることも可能であろう。つうか、現状維持なら今までと同じ恋愛は出来ないと言うことだね。 病院を後に家に帰宅。メールのチェックの後で夕食のおかず作り開始。適当に作り夕食の時間が来たので食べた。まあまあだったかな?。ただ食事を終え僕が自室に戻ろうとすると婆が後ろから何かを食べろと言って居た。無視して歩き始めると婆さんになにやら言っていた。 最近俺が婆を毛嫌いしていることは親父は気づいているから言ってくれたのだろうが、婆は何故にそのことに気づかないかな?。気づかぬほど耄碌したと言うことなのだろうか?。言わなくとも態度で判るようにしていると思っているのは僕だけなのかな?。
2005/07/22
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朝起きて気づくと時計の針は七時を回っていた。弁当を作らなきゃ…とあわてて起き出して台所に行ってみたのだが「今日は要らない」と親父の声がしたので自室へと戻って少しベッドで休むことにした。 考えてみれば、昨晩は雨が降り続いたおかげでとても寝やすかった。結構長いこと降っていたようだから朝方にも雨は残って居たのかも…。 しばし休んだ後、洗濯に起き出して連休中の洗濯を済ませ、公民館にランケーブルを届けセットアップを完成させ、取り敢えず終わったから公民館を後にしようと出ようとすると公民館の無線が使用不能になっているとか?。ハブはきちんと動作しているしハブに繋いだケーブルもきちんと繋がっているから繋がらぬはずは無いと思うのだが…。一応ケーブルその他の確認を済ませもしかして…と考え無線の電源を一反切って刺し直してみると使えるようになって…というわけには行かずにインターネットオプションを少し弄ってやっと繋げることが出来るようになった。 取り敢えずパソコンルームの中の二台しか使えるようにはしていないから、土曜に出てきたときにでも他の二台を使えるようにするつもり。ハブで分岐したランは問題無く使えるのにハブで分岐した無線に問題が起こるなんて…なんだかな話だよな。旧式の無線でその無線がネットの速度低下のボトルネックになっているのにね。 使えるようにしたので、隣町のスポーツセンターへと移動し昨日病院で担当医と話したようにウオーキングマシンを使った歩きとエアロバイクを使った足のトレーニングを事故以来の復活させることにした。小一時間ほどのトレーニング?であったが体に負担に成らないようにと考えてうっすらと汗が滲む程度にしたのだが、終えた頃には足がちと辛かったかも…。 けど、運動と呼べない動きであっても今の僕にとっては復活の一歩になるであろうから続けることが寛容だろう。上半身の筋トレはまだまだ考えなくても良いが足は二時間でも歩き続けられるように慣れなきゃいけないやね。 小一時間ほどで病院へと移動。診察開始には少し時間があったので近くのCDショップに金子ゆかりのCDを買いに行った。昨日買いに行ったところではシャンソンの…と言ったところで「シャンソン?有ったかな?」という答えが返ってきたのだが、今日は金子ゆかりのCDがすぐに4.5枚出てきたのは嬉しかった。 金子ゆかりを一番最初に聞かせたのは山ちゃんが同居したときの話だから二十何年前になるか?。二十歳そこそこの頃の俺と今の俺では感性はそれなりに変わってきているだろうから金子ゆかりを聞いて泣くのかな?何て思っている。 病院は特に変化無しここ数回医師が変わる度にブロック注射が如何に効果が有ったかと言う話をしている。が、ブロック注射が効果的で有ったと言えば言うほど切れた時のひどさまで言っている。反応を見てると効果的であればあるほど今後回復する見込みは薄いのでは…という思いが強まっている。 注射した方が動きが良いからと言って毎週打ち続ける訳にも行かないだろうから、そう考えると現状のまま生活しなくてはいけないのかな?と言う風に考えている。 家に帰る途中で少し食材を買い求めて帰宅。少し部屋で休んでレーメンを作った。安価なレーメンだったから麺が細いうどんみたいでレーメンの麺とは似ても非成る物だった。今度作るとしたらちゃんとしたレーメンの麺で作りたい。 作るだけ作った後は自室で一人で夕食。家族で食卓を囲んでも楽しめない食事では美味しい物であっても美味しく感じることは出来ないからね。楽しめない場での食事より一人っきりの食事の方が食事を楽しめるなんて根が深すぎ…。
2005/07/21
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どうにも最近ストレスに感じている事が少なくない様だ。 まず第一は今後の人生を考えると…と言う事だろうか?。これって今のむち打ちがどうなるかにも関係してくる。取り敢えず直らなきゃ就職を考える事も出来なきゃ、恋愛を考えるゆとりだって生まれてくるはずも無いからね。 順を追って考えると…。 まず、二年前の脳出血で後遺症と言うべき体に麻痺が残ってしまった事。 次に、脳出血で軽い麻痺や痺れが残った所に上書きするように今回の交通事故のむち打ちによる痺れが加算されてしまった事。なんで加算かどうかと言うと、先日ブロック注射でむち打ちの傷害をブロックしたところ、肘に軽い痺れがあるものの肩の動きはとても快調でこれなら仕事も問題無いと思ったほどだったのだが、ブロック注射の効果が薄れて来るに従って肩から肘にかけて強いボーっとするような痺れを感じ、それはまるで今までより酷くなったかのような感覚さえ覚えるほどだったのだ。 ブロック注射の打った後がむち打ちの完治した状態だと言うなら先々に対し暗い感覚は持たないのだが、今回ブロック注射を打つ前より悪くなったかのような感覚を感じてる今の状態が普通だとしたなら…と考えると気が滅入ってしまう。 もう一点は実家での生活にストレスは有る。てか、親父との間に問題らしい問題は無いのだが、婆との確執というか日常の些細な事なのだが、とかく気に障って仕方がない。先の無い人だから…と怒りを向ける事は無いようにはしているのだがそれでも「何で!!!」とつい言いたくなるときが来てしまう。その度に、母の母だから母の分まで…とか考えるようにしているのだが、どうやらそのことがストレスになってしまっているようで今日なんか夕飯はどうしても一緒に食べたくなくて夕食のおかず作りをした後はさっさと部屋に帰ってきてしまった。 なんだかだね…。今夜もさっさと部屋で寝てしまおう…。
2005/07/20
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一昨日の余韻が残っている所為か?、どうにも優しい気持になっている。ま、優しい気持になるのは悪いことでは無いが、どうにも集中力に欠けてしまうようで駐車場にて接触事故を起こしてしまったのは頂けない。 ま、後数日の間だけしか続かない出来事だとは思うが、今度またこんな気持になれる日が来るかどうかは何とも言えない。 今日は朝から晴れ。親父が出かける前に弁当のおかずを詰め、公民館に買ってきたハブとランケーブルを車に積み込み出発。公民館での作業はわずか三十分で終了した。 それにしても、有線なら公民館にあるパソコンでランを組んでも二万円もかからないが、数年前に頼まれた業者は何故数万で済むランをわざわざ十倍以上もお金をかけて無線になどしたのだろう?。今となってはその無線がボトルネックになってインターネットの通信速度の低下を招いているのだから、いったい何をしようとしての事だったのか?。ポッポにお金を詰め込もうとでもしてのことだったのかな?。 公民館が済んだので盛岡へと移動の途中で車を止めて電話をして動こうとした時に接触したのかもしれない。集中力が切れているというか何か他のことでも考えていたのか…。 ネカフェでは芳しくなく、病院でもボロボロの結果となった。途中買い物をして帰宅。夕食のおかずを作り夕食。味はまあまあ。体が痛いから今夜は早めに寝ることにする。
2005/07/19
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朝六時過ぎに盛岡駅に到着。駅から伯母さんの家まではタクシーで移動し伯母さんの家でお茶を飲んで一休み。その後のんびりと車を走らせ自宅に到着。一足早い僕の夏休みはこうして終了した。 今回、帰宅して思った事と言えば、もうバスで旅する年齢では無くなってしまったのだな…と言う実感かな?。行きもそうだったが圧倒的に乗り込む人達はは女性が多く、帰りにしても僕と同年代という男は居なくて女は強いなという感慨を持った。 また、東京で暮らしていた頃はそんなに歩いていたと言う気は皆無に近かったのだが、今回東京に出て少しうろうろしただけで足が痛くなって、帰ってきた今になってもまだ痛みが引く気配は無い。住んでいた頃は当たり前のように歩いていた距離がしばらくぶりで歩いてみてとてもきつく感じた。 部屋ではパソのMBを交換した時に抜き出したHDを組み込み直し更に新しいカードを差し込みHDを認識させやっと一月以上もかかって復活?かな?。ただし動画鑑賞にはまだ正直難はある。その辺を考えると再度OSの組み込み直しを考えて置かなくてはいけないのかも知れない。現在のHDの中身をDVDに吸い出して今のマシンは動画録画様の専用マシンとするのも手は手である。ま、そうするには新たなマシンを作って…と言うことが大前提に成るのだがね。 そういや直がパソコンを買おうかな?と話をしていたがそのうちに相談に乗ってあげたいと思う。つうか闇雲に買っても何も出来ない可能性が高いから、どうせ始めるならどんなことをしたいのかを聞いて相談に乗ってあげたいと思っている。 夕方になって晩飯のおかず作りを始める。今夜はテンと魚の香草焼き野菜の炒め煮添え。前者はパックから取り出し水気をよく切って盛りつけタレをかけただけ。野菜の炒め煮はアスパラとピーマンが台所に出ていたので切り分け、しなびたにんじんを冷蔵庫から取り出し炒め煮を作って最後は片栗でとろみを纏わせ完成。皿に炒め煮を載せその上にフライパンで焼き上げた魚を載せて出来上がりとした。わずかに炒め煮を残したのは親父の弁当の一品にするつもり。 夕食はまあまあ不味くはなかった。が、婆が手を出したのはテンだけ。確か昼も食べては居なかったはずだから食べるだろうと思ったのに…。むかつく婆だ。 夕食後は自室にて薬を飲んで後は先週末都内に行って見れなかったTV録画鑑賞でもするかね。一昨日はのらさん、昨日は直と楽しかった思いに浸って居たい気分である。
2005/07/18
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嫌いで別れた訳じゃ無い。どちらかと言うと愛想を尽かされたと言う方が正しいかも知れない。一緒に暮らした数年よりも倍以上の時間が二人の間には流れている。 時が流れ、僕の上にも様々な出来事が有ったように、彼女の上にも色んな事が起こったに違いない。 僕が脳出血で倒れる以前は別れても時々は会って食事をしたのだが、倒れた頃にはこのままじゃいけないのかな?と思ってなるべく連絡を取らないようにしていたのだが、倒れてしまった後ではさすがに倒れた報告はして置いた。 そして彼女は僕が退院する前日に見舞いに来てくれた。 あれから二年余り時が過ぎ、東京に用事があって出かけると言うときに僕はもし会ってくれるなら会いたいから…と彼女にメールを入れた。一応アドレスを二つ知っていたので両方に送るとどちらのメールかは判らないがすぐに届け先不明…と帰ってきた。 その時僕が考えたのは彼女にメールが届かなかった訳はメールを使う必要が無くなった。つまり相手と一緒になったからなのかな?。と考えた。そして次に考えたことと言えば、もし誰かと一緒になったのだとしたら僕は「おめでとう」と考えなくてはいけないのだ…と言うことだった。 数日メールの返事は無かったので僕の予想は当たったのだろうと思い始めた矢先に彼女からの返信が有り、日曜なら時間が作れるかも…という物だった。時間が取れるなら僕は君に時間は任せるから…と返事をしそして日曜に二年ぶりに会うことが決まった。 最初の予定では午後の予定だったので、午後には新宿に出ることにして秋葉原へ行き散策しながらボランティアで使うハブとランケーブルを買い求めていると昼に電話が欲しいとメールが入ったので電話をしてみると時間を少し変更して欲しいと言うことだった。 僕はそれを受け入れ新宿へ移動し時間をつぶす間、ひさしぶりに床屋に行き髪を切り髭を整えて貰い、サウナで汗を流しさっぱりして駅まで行ってみると、そこでまた携帯に連絡が入り場所を新宿意外にしたいという希望が出たので了解し、彼女の希望であった中野へと向かい、彼女の到着を待った。 駅前で通り過ぎる人を見ながら彼女が現れるのを待って十分ほどで登場。髪が長くなったな…と言うのが最初に感じた事かな?。少しにこりと笑みを向けられてほっとした事を覚えている。 その後、二人で軽い食事が出来る店を探して散策。結局入ったのはイタリアンで、頼んだのは二人でピザとパスタとサラダ二人で少しずつ取りながら食べた。久しく食べてなかったイタリアンは意外に美味しかった。何より彼女と一緒に食べたと言うことが美味しさに拍車をかけていたのかも知れない。 けど、彼女がふと言った言葉に彼女との間に出来た溝を感じてしまった。つうか僕が彼女を傷つけてしまったんだ…と言うことが判り反省した。何がどうしたというハッキリと明快な事は判らないが、僕が傷つけてしまったのは事実として残っている。とてもすまなく感じると共にこんな風にまた一緒に時々は食事をしたいな…と強く思った。
2005/07/17
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一応都内に到着した。重い手荷物は新宿のコインロッカーに放り込んでこうして日記を書くために近くのネカフェに流れ込みまずは到着出来た事をこうして書いている。 都内に来たのは一年ぶりに為るのだが、池袋、高田馬場、新宿と電車に乗って移動している最中に感じたのは来た!到着!と言う感覚でなく、帰ってきたぞ!と言う感覚なのだから不思議と言えば不思議な気分がした。 さてと、おっかあの法事の集まりは昼から現地集合だから、いま少しのんびりしてから行動することにしよう。 取り敢えずの日記を書いた後、墓のある高尾に移動。高尾で集合の後墓まで移動しそれぞれに故人を懐かしみ御参りをし新宿に移動し旧交を懐かしみ飲み続け気づいた時にはネカフェで独りだった。
2005/07/16
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朝起きて東京に出かける準備。と言っても簡単な着替えを詰めただけと、お土産を紙袋に入れただけである。親父が今日になって乗用車を使わないと言い出したので、少し予定変更して来週に車屋の本店に持ち込むつもりで居た物を今日ではどうか?と連絡を入れる事にしてみたが、それがトラブルの元になるとはね。 何時もの様に病院へと向かい駐車場へと車を入れてリハ>マッサージ>検診というコースで病院自体は可も無く不可も無く終了。対保険屋で不安と感じているところを主治医に話したら少しは気が楽になった。 リハを受けるときに少し時間ができたので車屋に連絡を入れてみたのだが、昨日と対応が変わって僕に会社としては何も出来ないと言った担当者から電話が来た。そして本社に話したのですか?と言うところから始まり一度は非は認めても謝るだけで原状回復は出来ないと言っていた人間の口から「じゃあタイヤを新しい物と交換しますので、車を持ってきてください」と言う言葉が出たのだが、そこまでのやり取りの間に何度もカチンと来ていた私はそれを受け入れる事が出来なくなって本社対応を待ちますから、本社に連絡して折り返し電話をするように伝えてほしいと言って電話を切ってしまった。 僕としてもクレーマーと思われるのでは?と結構抑えてきたのだが今回の対応にはどうにも我慢が出来なかった。自分に非があるのならその結果を受け入れるのは当然だと思うが、当の担当者は非は認めても勘弁してほしい、それは出来ません。だんまり。それじゃ話のしようも無い。 担当者で無理だったから本店に話しを振ったのだが、その本店の対応も病院の後行って見たところ例の担当者からは折り返し云々の話しは来ておらず、僕は怒りで思わず大きな声で話してしまった程だった。 僕の修理の担当者は事がまさか本店に持ち込まれるなどとは考えもしなかったとは思うが、僕は本店が駄目なら本社対応をしてもらおうか?と考えていたのだ。 無論、無謀な要求をしているつもりは無いし、無謀でないからすんなり要求は一応受け入れられる見込みである。だが連絡の不手際に伝達ミスが重なり本音で言えば本店の対応にも???である。 下で話しがつかないからトップダウンが簡単だろうと話しを振ったのは大正解であった。が、担当者にしてみたら本店クレームと言う事態で本人の減点となるとは考えもしなかったろう。だが、身から出た錆なのだから諦めてもらおう。 車は来週は無理との事だったので、再来週持込、再検査を詳しく行って貰って再調整&部品交換が必要なら行ってもらうことは決まった。僕がもう少し若かったなら多分、この一連のごたごたで以下に疲れたかを本店の人間に訴えて何某かを貰おうと試みたような気がするが、さすがに今はそこまでするつもりは一応は無いつもり。 車屋で一時間ほど過ごして、車を預ける叔母さんの家に移動。叔母の帰宅を待って家に入り、夕食を作ってもらいながら叔母姉妹の近況家族の話等々いろんな話しをした。身内の近況を知ることが出来たのは良かったが、中には死にそうとかの話しもあってちょっと複雑な心境。 話しは僕の夕食が済んでからもしばらく続き、適当に駅まで車で送ってもらい盛岡駅に到着。時間が二時間ほどあったので駅周辺で軽く飲んで、寝酒を買い込んで夜行バスが来るのを待つことに。 何年か前に夜行バスを使ったときは閑散としていたのがまるで変わってバスを待つ人は増え続けバスが来る頃には吃驚する位だった。閑散としていた頃からすると隔世の感があった。 発車時刻近くになってバスは到着。早速乗り込んで席に座って寝る用意をしながら寝酒をグビリグビリ。時計の針が十二時を回る前にはしっかり?と寝込んでいた。
2005/07/15
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修理の非は認めてもすいませんと言う言葉を繰り返すのみの車屋の担当者に言う言葉は見つからなかったので、県本店の相談窓口に修理依頼を受けた時のマニュアルがどうなっているのかは判らないけど、見込みでの修理をすることもあるのか?。また修理が終わったはずの車に乗ってフロント両輪が片減りを起こした事についての非がどちらにあるのか?そしてタイヤはどうするべきだったのかを尋ねてみた。 相談窓口の物が言うには大方は僕の考えとほぼ同じで、しかも本店で車の再検査まで実施してくれるとか…。けどその前に片減りの状況を確認したいと言うので来週にでも持ち込んで欲しいとのことだった。 僕の担当者だった者に少しは同情はするけれど、今の世の中謝っただけで済まない事の方が遙かに多いと言うことは理解すべきだろうね。最初から素直に謝って居たなら僕も「お客様相談窓口」まで話を持って行くことなく済ませたろうが、謝って何も無しでは納得のしようが無い。 あの担当者減俸かな?会社の名前を落としたのであるから仕方が無いかな?。その名前を信じて修理煮出しての結果がこれではメーカーの威信は粉砕だな…。 今朝は五時前から農薬散布のお手伝い。僕の手を必要としない作業には声がかからないけど、農薬散布は一人じゃ無理があるから仕方が無い。というか二人なら午前中だけで終えることが出来ても、一人でと成ると一日作業と成ると言うから手伝わないわけにはいかない。 何時もなら五時前から作業を初めて十時くらいには終了というパターンなのだが、何故かしら今日は十一時まで時間がかかってしまった。ま、一時間余分に時間はっかってしまったけれど、雨に打たれることなく作業は無事済んで何よりだった。 家に戻って着替えて病院に行くために盛岡へと出発。途中公民館によってボランティアの金の振込先を伝えたのだが何となく違和感がある。ボランティアなのだから僕的には無料で構わないのだが、役場的には無料で…という訳には行かないらしい。なんで???なのかな?。 好みのラーメンを食べて病院へと向かったのだが、朝早く起き出して手伝った体に昼食で膨れた腹が痛烈に眠気を催しとても危険な走行となった。ふと携帯に入ったメールを見て僕的に嬉しい人からのメールが届いていたのをとても喜んだ。だって、昨日まではもう誰かと一緒に暮らして居るのかな?結婚してしまったからメアドを変えたのかな?と思っていたからね。 良かったらお茶でも…と書いたメールに同意して貰ったのだが、考えてみると変な元夫婦なのかな?。別れてからもう十年は経ってしまったかも。普通は子供でも居るなら会う口実は有るのかもしれないけれど、何も無いからね。 病院は特に変わったことは無かった。ただ、一昨日からの新しい治療?が効果があるので保険会社からの打ち切りの言葉が出る前に効果の程を確かめたいと言う思いが強い。けど、待てよ?。新しい治療が始まったばかりで効果の程も確かめて居ないのに症状固定は無い…よな?。 病院の後は夕食用に刺身を買って帰宅。帰る途中車の片減りの件の落とし処をと考えて「丘草間相談窓口」を思いつき連絡することに…。 夕食の時親父に車の件を伝えると車の件では不機嫌だった親父に笑みがこぼれた。さて、部屋に行ってくつろぐかな…。
2005/07/14
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今週の週末は都内でワイドのおっかあの法事が有るから金曜の夜には夜行バスに乗って都内へ行く予定。土曜の晩は法事の後に飲み会を…してそのまま新宿のネカフェででも仮眠をしたりこうして日記の更新をしようと目論んでいる。 で、翌日曜は荒川の爺さんに会ってこようと考えているのだが、他にも会いたい人は何人か居るから連絡を入れてみることにしたのは良いが唐突な申し出に果たしてOKと言える人が居るかどうかが問題だ。 今朝も六時前には起き出して親父の弁当を作った。と言っても一番手がかかったのは薯蕷で、次は魚を焼いた事ゆで卵は鍋を火にかけ卵を入れて煮ただけだし…。作ったと言っても手はかかっちゃ居ないな…。 弁当を作った後はしばしくつろいでベッドに横になり本日の行動予定を考える。取り敢えず昼には病院について午後の診察の順番待ち…があるからその頃には病院に着いてないといけないし…と考え外付けHDを持ってネカフェに行くことにした。 ネカフェに入る前にマックに寄って、朝昼兼用の食事を買って持ってネカフェに入りネットに繋いで適当に提供者を探してみたのだがありがたい提供者は今日も繋いでなかった。光の頃なら夜でにでも探せば良いのだが、ブロードバンドとは名ばかりのナローバンド地域では光に相手にして貰えるわけが無い。同じDSLにでさえ遅すぎると言われてしまいそうで気が進まない。持っている量的にはナローバンドとは誰もが思わぬとは思うのだが実際には高速交換なんて果てしなく無理だし、普通?の交換だって出来ないのは明白だから…ネカフェに行く癖はとても収まりそうに無い。 ネカフェの後は病院に行き何時ものパターンで済むか?と思ったのだが、マッサージの人に今頃になって治療方法がまた変わるの?と言われてしまった。おまけにマッサージで良くなっているの?とも言われたんじゃね。マッサージで少しは軽くなるから来ているのに仮病とでも思ったのかな? 病院に入る前にふと直の携帯にメールを入れて週末良かったら…と入れてみたのだが、病院から出てみると不明となっていた。最後にメールをしてから二年も経って居るのだからメールアドレスを変更したのかも知れないし彼氏と上手くいってゴールインしたのかも知れない。頼りがないのは無事の証?だっけ?幸せになっているだろうと探さないで置く方が良いのかも知れないけど、以前メールが届かないなら電話をすれば良かったのに…と言われたことがあったから都内にでも行ってから電話をしてみようかな?。 病院から出た後は真っ直ぐ帰宅。外付けHDをパソにつけ起動させデータを移動しデータの整理を行った後で夕飯のおかず作りをすることに。今夜のおかずはなすと挽肉の炒め物と鯖の水煮の缶詰と大根おろしを併せての二品とした。味は不味くもなかったが吐き出すほどでも無かった。 さて、後は部屋でくつろぐかな??。明日の朝は親父の手伝いで農薬散布が四時間はかかるから今夜は早めに休むことにしよう。
2005/07/13
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寝る前に風呂にでも入って…と考え風呂場の前の脱衣所で脱いでいたら、現れたのは肩胛骨の前後左右に張られた湿布だった。その湿布も所々盛り上がって居たので剥いでみるとそこから現れたのは今日病院で打たれたブロック注射の注射跡に張られた血止めのシールが七枚出てきた。 僕の感覚では多くても五カ所程と覚えていたのだが、どうやら極端に痛いところから後の記憶が欠落していたのかも知れない。 注射をして車を運転して帰って来たのだが、運転中は湿布が良く効いて肩胛骨の辺りがスースーしていたのだが、注射の後は効いてたというより腕が鈍くなったような気さえしていた。 帰り着くと肩の感覚は確かに注射の効果か渋みが消えたような気がしたが、これだって気の精で無いとも言えないだろう。ま、寝て起きて明日の朝にでも肩がクルンクルン違和感無く回るように成っていたら注射が効いたと言えるかも知れないよね。そこまで効かなくても有る程度でも軽くなれば良いのだがね。 病院の待合室とかで良くブロック注射を受けて…とか聞くが効果は人に寄りけりと医師も言っていたが確かにそうだろうな。だが、効果が出なかった場合はどうなるのだ?。今後一生肩と肘の渋みを抱えて生きねばならないのか?。 自己の症状を他の人と比べて話すのはどうかと思うが、そんなに酷いとも思わないが、見た目は何ともなくても抱え続ける事には成りたくない物である。 翌朝目覚めたら、肩が驚くほど軽く感じたので軽く回してみると昨日まで感じた様なきしむ感じは全く無くなっていた。何時もなら腕を横から上に持ち上げることがなかなか出来ないのだが多少はひっかかりはあるものの全然痛みを覚えることなく上げられたのには吃驚だった。 肩を動かして見る際に、ふと首が軽く感じたので回してみると昨日までの潤滑油がドロドロだった物をサラサラな物に入れ替えたのか?と思えるほどの動きにはとても嬉しく思えた。 けど、効果が抜群だっただけに薬が切れた時の事を思うとそちらの方が不安になって仕方がなかった。今日病院に行ったらその辺の所を詳しく聞いてくるとするかね。
2005/07/12
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本日病院の診察は今まで診察を受けたことの無い医師であった。担当医以外の殆どは、当たり障りのない事しか言わないからてっきりこの医師もそうだろう?と思っていると僕の肩を触ったり首を触ったりして「ここが痛いでしょ?」と言って触られた場所は驚くほど痛かった。 痛みに思わず椅子から腰を浮かせてしまったほどだった。こういう症例の人にはブロック注射で改善するときがあるんですよ。注射しますか?と言われたのだが、小さい頃から注射が嫌いだったので良い顔をしないで居ると看護婦が横から「良かったですね、新しい治療が始まって」と言うので、何が良かったのかな?僕がむち打ちで金儲けをしたいように見えるのかな?と思った。 曖昧にしていると上着を脱いで…と言われあっと言う間に注射を受ける体勢にされ、首筋に二カ所肩胛骨の所に二カ所?三カ所だったかな?。おまけにここが痛いでしょと言ってた所にも針を刺されたのだから、終わった後も体の硬直はすぐには解けなかったほどだ。 加えて看護婦に湿布もして貰ったのだが、今後通院の度に看護婦に湿布を貼って貰うことにもなったし、マッサージの後の電気治療も増やすことになった。治療費は今のところ僕が支払うわけでは無いから多少増えても構わないが、それなりに効果は出て欲しい。 今日は朝からネカフェに行くことにして外付けHDを持って行った。だが、僕が期待していた太っ腹な人は繋いでなかったので何時もの人から少々分けて貰うことに…。 そういや、昨晩統廃合で処分となる小学校の備品で欲しい物は無いか?との問い合わせに本棚が欲しいと言って置いた。希望者が少ないときは備品を見てもっと貰ってきたいな。 ネカフェの後は病院へ行ったのだが、病院の件は上に書いた通り。そのまま帰路につき途中少しだけ食材を買って帰り、夕飯のおかず作りをすることに…。今晩のおかずは薯蕷と買ってきた魚を焼いただけ…。だがシンプルではあったが味わいがあったと思ったのは僕だけかな?。 食後は部屋でくつろぎタイム。ゴロゴロと動画鑑賞でもしてみるかね。
2005/07/12
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朝起きると職安に向かった。今週末の失業認定が最後の給付の認定だから念には念を入れて置かないとね。けど、本格的な職探しはむち打ちの病院が完治となってからなんだろうね。 駐車場に車を止め職安に向かう前に朝昼兼用の食事をしてから職安の受付に行き求人ファイル閲覧の許可を受けパソコンの前に行きクリックを繰り返して探すのだが、いかにも真剣に探していますという人が居る傍ら、いかにもカウント稼ぎに来ましたと言う風に物の数分で席を立つ人とても様々だな~~と言う思いを持った。 プリント出来る枚数は五枚までだから三十分が限度なのだが目に止まる求人を片っ端からプリントしてたら十分程度で終わってしまう。これが良いか悪いかは受け取る人の感じ方だとは思うが、僕的には??だな。 病院の駐車場へと車を移動し受付に行きマッサージ>診察とこなしたのだが、ふと保険会社から連絡が入らないことに思いが至り少し不安になってしまう。けど、あればあったで言い訳みたいに言うのだろうから無い方が喜楽は喜楽と言えるだろう。そう言えば、昨日従兄弟が言っていたのだが、三ヶ月経っても連絡が来ないのはおかしいよ…と言っていたが加入者が個人の場合と企業の場合とでは保険会社の対応も変わるのであろうか?などと考えてみたのだが、実際にはどうなのだろう?。 けど、支払いは加害者の保険会社が負担なので打ち切りの場合は言ってくるはずだから、言ってくるまでは何も気にせず通って良いのだろうと思うことにした。勝手な理屈かな?。 まっすぐ帰ってメールのチェックをしてパソは再起動させ、今夜のおかずのハンバーグを焼き始める事にした。僕の考えとしては肉汁溢れるほどにふっくらと焼き上げたいのだが、どうにうも肉汁が出てぱさついた食感にしか作れないのが嫌になってしまう。おまけに親父の帰りで食事の時間がずれてしまうから、今夜のおかずは冷えて堅くなってしまっていて美味しさも半減かな?と言うほどだった。 やはりかねがね考えているようにおかずは作りたてを食べて欲しいのだが、帰ってきてすぐに食事でないと嫌がる親父のことを考えると先に作って冷めた物を食べるというのも仕方がないと言えない事も無い。 食後は何故かしら眠かったので今夜は早めに眠ることにするかね…。
2005/07/11
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夕べは外の天気を気にしながらそれでも寝たのは三時過ぎ。寝る前の天気は土砂降りで、明日の弁当は無しだな…と思ってのんびり寝たのだが、親父の声で起こされもしやと外を見てみると曇りガラス越しに曇天では有るが雨は止んでいるのが判ったので「しまった…」と思って起き出そうとした…。 叔母の家(妹の嫁ぎ先)までお見舞いを届けて欲しいという伝達事項だけだったのでほっと一息ついた朝だった。けど、春先にADSLのセットアップに出かけた際には見舞いの主の婆さんは自宅にいたのだがあれから具合が悪くなってしまったのかもね。そんなことを考えつつ着替えて出かける準備をしたのだが、今回は見舞いを持ってゆくのが主でメンテに行くわけでは無いからセットアップに…と考えて用意したルータを持たなければ各種データが入っている外付けHDも持たずに出かけることにした。 のんびりと帰りにはサンドイッチとビールでも買って帰り、昼はのんびり過ごそうかな?と考えながらあっという間に到着。家の中に入って見舞いを渡しているといとこが電話でもしたのか?と逆に尋ねられ違うと答えるとメンテして欲しいと言われたので上がり込んでパソコンを見て手ぶらでは何も出来ないから一度一度家に帰って色々用意してくると告げていったん帰宅。 取り敢えず必要な物を…と考え外付けHDに入れて更に買って置いたルータを持って再度伺って三時間ほどあれやこれや…と格闘したのだが、出来た事と言えばウィルスソフトの組み込みとメールの設定、程度で用意してたルータはイーサの線が使えないと言う初歩的なミスで使えずないという有様だった。 昼食は従兄弟の嫁さんが用意してくれた蕎麦とおにぎりを食べたのだが美味しかった。自分以外が作った食事がこんなに美味しく感じる何て暖かい味に飢えて居るのかも知れない。 従兄弟にはまた来週にでも来るからと言って帰ってきたのだが、おいおい来週末は東京に行って居ないんじゃ無いのかい?>自分。 家に帰り、少しパソを弄った後で夕食の準備。今夜のおかず?は焼きうどんにしたのだが、このところ作る量を色々検討中で本日作ったのは二人前を三人で分けて食べることにしたのだが量的に少なすぎると言うこともなく十分だった。今後作るときは三人で食べるのだが二人前で…と考えて準備することにしよう。 けど、明日の晩はハンバーグの予定であるから、さすがに二個を切り分けて三人でとは行かないな…。今後は普通サイズで無くミニサイズで考えた方が良いかもね。 夕食後、洗濯物を干したり発泡酒を飲んだりしながら日記を読んだ。友人が元旦那の看護を決意したらしいが、戻るべき場所に戻ったのかも…と思った。僕的にはその選択が一番だったかも知れないなと感じている。もしも最期を看取らなきゃ後悔が残るだろうと考えていたから選択自体は良い選択と考えるのだがね…。 わりかし近いところと言えない事もないから、時間が許せば酒でも一緒に飲みたい気持ちはあるのだが、果たして時間が許されるかどうか…。
2005/07/10
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このところ、何故かしら遊びに出かける時に決まって親父が声をかけて来るようになった。主歯がゆい様な気持ちになってしまうのだが、親父的にはどんな気持ちで言ってくるのだろう?。 僕的には親父が遊びに行くことに反対したことなど無いし、母が亡くなってから十年以上もよくぞ男の独り身で暮らしてきていると思ってきているから、遊びに出かける事は男として乾ききって居ない証拠だろうと嬉しい気さえしている。 だから出かけて来るのは良いと思っているのだが、言って来るのはどうなのよ?と言う気分なのだ。何か親子関係の逆転?とでも言った方が良いのかな?そんな不思議な感覚が起きてしまうのだ。 ま、そんな気分についついなってしまうのも親父が山仕事をしに行くのに弁当を作ってくれと言われここ数日作っているからそんな気になってしまうのかも知れないのだがね。 明日の天気予報は雨であるから朝の弁当作りは無しのつもりで居るのだが、それでも天気予報では雨でも朝方の天気次第では弁当が必要となるかも知れないからのんびり起き出しても構わない訳じゃ無いからね…。 今日は、朝起きるとすぐに弁当作り開始…。冷凍で凍らせていた魚を解凍して焼き始め、ゆで卵を作り、アスパラとキノコを炒めて塩こしょうで味を調え、弁当のおかず入れに適度にお新香と共に詰め込んだ。所要時間二十分?。おかずは一品か二品あれば良いと言う親父の弁当作りはこんな物だろう。てか、僕的にはもう少し手をかけても良いのだが、食べる親父は少ないおかずに慣らされて居ておかずが三品並ぶと残してきてしまう傾向が多々あるからついつい作る方も併せてしまうのだ。 弁当作りの後はしばし部屋でくつろいで、着替えて公民館に出向き無線で使えなかったパソ達を有線で繋いでアップデートをかけたりウィルスソフトをインストールしたり…。その傍ら一台のパソコンではアップデータをかけた後持ち込んだ外付けHDを繋いでネットで収集活動を行って見ることにした。 当初はリンク速度が二十メガを超えているから速度もリンクの二三割引程度は期待できるのでは?と考えて居たのだけれど、ネットのスピードテストを行える数カ所で速度を調べてみたところ、リンク速度の一割、二割程度の速度しか出ては居なかった。 収集活動の方は最初で家の三倍程度、最も速度が出たときで家の六倍程度であった事を考えるとモデムがリンク出来たところでの速度には遠く及ばぬ事が判った。って言うか、回線の速度に公民館にあるパソ的にはついて行けないのでは無かろうか?。 ひいき目に見ても回線速度を生かせるだけの性能があると言えないパソの性能では…と思える結果であったから、家のパソコンでも持ち込んで調べて見たい物だと言う思いを強く持った一日であった。 午後からセットアップの相談に来た人が居たのだが、問題はその時に起こった。LANスロットが有ることに気づいた私がそれを使ってネットからアップデートを居してあげようと試みるためにそのスロットを使おうとキャップを外そうとしたのだがどうにも外せなくてつい力が入りすぎてスロットの口を少し割ってしまったのだ。すぐに謝れば良かったのだが言い出しそびれてその後の言葉が乱雑になったような…。今となってはため息しかでないから…なんだかだったよな。 公民館を後にし、そのまま隣町の大型スーパーへ昨日親父に頼まれて買った物を交換しに行き、帰りがけについでに生鮮も見て買って帰ったので、今夜の夕食のおかずは餃子でもなければハンバーグでも無く、今日買って帰った肉を野菜と炒めて出す事に…添え物として薯蕷も出した。肉と野菜は二対三位の割合で、野菜が少なくない…というのが僕的には◎かな?と言うところ。味はそれなりだったかな?。 夕食後は終日何も口に入れなかった体に夕食をたべたからか睡魔に襲われ寝込んでしまう。気が付いたのは十時過ぎ、日記を書いてオークションをした。
2005/07/09
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米国の事件の時は映画の広告にしちゃ手が込みすぎているな…と衛星中継を見ての感想だった。が、時間が少しずつ経過するにつれ緊迫度が増し、事件は映画の広告でも無ければ本当のテロだったのだ…。あの事件の時も日が経つにつれ不条理感を強く覚えるようになった物であったが、当事国としては仕方が無いと言う面もあるのかな?と感じていた。 が、今回は直接の当事国には違いは無いが、強い不条理感を覚えてしまう。テロは仕方が無いと言う言い方も有るようだが、今回のテロには大儀が本当に存在するのかどうかは僕には考えも付かない。 確かに米国主導のイラクの改革は良い面ばかりでは無いとは思うのだが、それでも、僕的には民衆の為にはなったのでは無いのか?と思っている。現に圧政からは解放されたのだからね。 しかし、圧政から解放されたはずが、何でまた戦争状態に好んで陥ってしまうのかはその国の今までの成り立ちとかが有るのだろうから何とも言えないが、どちらの側も民衆のためになっているとはとても思えず頭の中暗闇が蠢き始めるのを留めることは出来やしない。 国対国の戦いなら相手国を恨めば良いと思うが、国対宗教(思想)では対立の構図には頷けない物が多くなんだかな…と思ってしまう。そもそも宗教とは人を救う為に導くのでは無かったのか?。それが教えの解釈の仕方一つでこんなにも救いの無い戦いが続いているなんて…。国対国の戦いならどちらかが勝っても引き分けても終わりは来るが、事宗教を相手の戦いとなると落としどころは探しづらいだろう。 我が国に国対宗教の例が有ると思う。信長対一向宗だったかな?小さな例かも知れないが、戦いを止めるにはあれを真似るしか手は無いのではあるまいか?。もっとも、信長だから出来たと言えないこともなく、世界の主導者が同様のことをしたとしたらヒトラーの再来と言われてしまうかも…。 何かやりきれない思いで一杯になって取り留めのない事を考えてしまった…。 今日は…朝起きて公民館に行き用意したセットアップ用のFDから必要な物をインストールして出来るようになるのか?と考えたのだが、五年前と同様に無線は使うことが出来なかった。 仕方がないから週末のオークションで安価なハブを数台購入して来週末か再来週までには半分は有線で繋ぐことにしよう。てか、自分のお金なら果たして十数台のパソコンを無線で繋ぐなんて出費をしたかどうか甚だ疑問。最初の設定を任された人間が自分のお金で無く税金を使って…の事だからこういう無駄が出来たのだろう。しばしお茶をして退散。ラーメンと親子丼にて昼食としたのだが、最近昼食が多い所為か食が進んでしまいがちだ。 病院に移動しリハ>マッサージ>診察と受けた。投薬の薬が出るのを待っていると会計のところで、「損保ジャパンに交通事故の病院代打ち切りを言われたのだが保険診療に切り替えられるか?」と問い合わせている人が居たので、他人事では無かったので思わず聞き耳を立てて話を聞いていた。そういや、加害者側の保険会社からまだ何も連絡が無いのだがこのまま通うことに何も言ってこないのかな?。 そのまま帰路につき、途中親父に頼まれた合羽を買ったり夕食用の食材を買い求めて帰宅。パソを立ち上げメールチャックをしたりして、夕食のおかず作りを始めた今夜はムニエルもどき。だが、完成した時は若干焦げ気味に出来たが味はまあまあだった。
2005/07/08
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もうすぐ脳出血を起こしてから二年が経とうとしている。倒れた直後には倒れる以前と同じように戻れる物…と思ってきたのだが、発生から二年近く月日が過ぎてしまうと同じように元に戻る何て夢のまた夢、現実的に考えるなら今を受け入れるしか無いのだろうと思うようになりつつある。 何も知らなかった頃は、時間が経過してそれなりに療養生活を送ったらそれまでのように戻れるだろう…と思ってきたのだが、現実には疲れやすい体質へと変化した体が其処にあるわけだし、車には乗れてもバイクにも僕的には乗れると思っているのだが、医者からはストップがかかったままという現実もある。 だから医師からは出来ないことは…と言われても出来ない事など考えも付かない僕が居るのだが自分以外の第三者的には出来ないことを幾らでも数えることが出来るかも知れないのだ。 結局、薬局…頭の中では現状を受け入れてるような発言を繰り返しては居ても、現実的に考えると、現状を受け入れきれない僕がそこに居るのだよね。 けど…取り敢えず飲酒の癖は倒れる前と同じように復活出来たのだから?他の事だって出来ると信じて良いのかもね。てか、僕自身が信じなきゃ無理な話であるけれど、きっと何かが見つける日も来るのだろう。 さて、今日は何となく起き出して、何となく公民館に出向き、取り敢えずセットアップを行える物だけセットアップを行いはしたが、やはりOSを入れ替えた物だけは一見機械的には正常に組み込まれているようには見えるのだが電波を拾うことは出来ないようでセットアップは出来ず仕舞いだった。四五年前に無線を自宅に取り入れようとしてやはりWIN2000では繋げることが出来なくて諦めた件が頭を過ぎった。 あの時は98のVAIOのOSを入れ替えて2000にして無線で繋ごうと何度も試みたのだが、成功したのは98に戻したときだけで結局どうにも2000で繋ぐことが出来なくて購入店に返品という形になったのだが、今回は98で繋げていた物をアップデート出来なくて2000にしたのが裏目に出てしまうのかもね。 適当に時間が過ぎたので本日の作業は終了。今度は病院に向かって車を走らせた。途中、婆に頼まれた叔母の家への配達を思い出し、叔母の家に立ち寄ったのだが、生憎と誰も居なかったので会社に電話を入れて置いた。 そのまま病院に到着、マッサージ>検診と受けたのだが、珍しくマッサージの後から肩が重く感じ始めた。こういう感じはごく偶にだが無いわけでは無い。事故の後遺症だとは思うがこの程度で済むなら良しと考えなくちゃね。 そのまま帰路につき帰りの車内では今夜の夕飯のおかずは何が良いか?とか公民館の無線対策は今少しネットで検索して対処法を考えなきゃ…とか考えてる間に家に到着。しばし検索の後夕飯のおかず作りを開始したのだが、作り始めたときに親父が帰ってきて、キノコを採って来ていたので、作る物を変更してキノコを作ったフライパン料理を作った。薄味でまあまあ味は悪くは無かった。 夕食後は自室で薬を飲んで一休み。何とか明日は無線でパソコンが使えるように出来たら良いけど、正直以前に挫折したのと同じ症状では使えるように出来る自信は無い。
2005/07/07
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このところパソコンがやっと落ち着いてきたかな?と思ったのもほんの束の間、散々エラーを起こしたMBに蹴りが付いて落ち着いてきたかな?と思って何日も経って居ないというのに今度はマウスが勝手に暴走を繰り返すと言う症状が現れ始めた。 今のところ何をやったら暴走を始めるかは特定はしていないのだが、何らかの動作?もしくはソフトの動きに合わせたかのように暴走は起きると考えるから、問題解決には原因の特定も重要な決め手となるだろうと考える。 今日は朝起きると何となく眠かったのと部屋がほどよい気温だったのが幸い?して二度寝をしてしまいあわてて公民館に出向いてセットアップ作業を行った。98の方は何とか全部ブラウザをアップデートすることが出来たので数日中には新しいウィルスソフトのインストールとOSに最新のアップデートを行いたいと考えている。 問題なのは新たにOSを入れ替えたWIN2000のマシンで有線ならば問題なく終わっていたはずの物が未だにネットへの接続がままならないで居る。その昔、自宅用マシンで無線で繋ぐのに苦労したことを思い出し何となく嫌な気分になっている。単に設定方法を僕が良く判っていないだけだと思うから、僕がきちんと対処法を見つけて使えるようにしなくちゃね。 昼食は最近行ってなかった店でラーメンライス。初めて食べたのが小学生くらいであったから毎回懐かしく思い出す。ただね、今日食べたチャーシューに変な臭みがあったからたぶん作り間違いだと思うけど、今度食べるときには元の味に戻っていて欲しい。 昼飯を食べたところで病院に行くために盛岡へと車を走らせ病院に。時間的にはこのぐらいの時間の到着が望ましいかも知れないと感じた。 病院ではマッサージ>リハ>診察と受けたのだが、ここ一週間ほど始まった回る順番が改悪前に戻ったのは嬉しいところ。だが、改悪前に戻ったと感じてるのは今だけで実は改悪はそのままだった…なんて事にならなきゃ良いのだが…。 そのまま家路につき、途中少し買い物をして帰宅。ネットに繋いで今日できなかったセットアップの対処法を検索してみていると突然ネットに繋がっては居る物の急に泥沼に落ち込んでしまったかの如くレスポンスが悪くなったな…と思い始めていると気づけばネットに機械的には繋がっては居てもただそれだけ…という状態になってしまっていた。 ひょっとしてNTTの傷害でも…と考えNTTのアクセスサイトに繋いでみると嘘のようにレスポンスは良いから、これはNTTの不具合でなくプロバイダ側に問題が有ることが判明したが、結局見守るしか手は無かった。 普通に使えるようになったのは夕食が済んで一時間も経った頃だろうか?。あれほどレスポンスが悪くなったのは僕のマシンの側にも問題があるのかも?と考えたのが見事に復活できたのはとても嬉しかった。一時は悪いウィルスにでも汚染されたかな…とまで心配したのだがそうでなくて一安心という物だ。
2005/07/06
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事故発生後三ヶ月が経過した。ネットで交通事故関連の事例を見る度に、今回の僕の事例に当てはめたらむち打ちで三ヶ月で示談の提示が…というパターンに当てはまると思われたので三ヶ月が近づいてきた頃からそろそろ加害者側の保険会社から「そろそろ…」と連絡が入ってくるのだろうか?と思っていたのだが、今日で自己は節制から三ヶ月という日が来てしまったのに連絡は無いまま。 連絡が入ったら後少しは通いたいと言うつもりで居るのだが、連絡が来ない以上こちらから言い出す事でも無いしね。事故後一月ほどはまでは頻繁に連絡を入れてきていた加害者側からもここ一月は連絡も無い。これはこちらが余り気を遣わなくても…と言ったからと言う事が大きいかも…。 先方の保険会社からは連絡が入ってこないのだが、こちら側の保険会社とは何かあるとすぐに連絡をしているのだが、こちらははっきりと搭乗者保険は事故発生後、二百日までで打ちきりとなりますから、その間は出来るだけ病院に通って下さいと言われている。 また、個人で加入している共済からは事故発生後、百八十日までは通院は補償対象となりますと言われている。 むち打ちになった人間がなると言う症状は幸いにしても殆ど現れることなく過ぎてしまいそうだから良いような物、あれやこれやと現れて居たならこんなに落ち着いて考えられなかったのかも知れない。 そうそう、今日病院でリハの担当に言われたからリハの回数を減らしたいのだが…と言う話を担当医に持ち出したところリハの方に所見を書いて貰ってその上で相談しましょうと言う事に話は流れた。 ネットとかでよく見るむち打ち三ヶ月説から担当医からそろそろ…と言われたら今少し…と答えるつもりもあったから今少しは様子見かな?…。 てか、事故後三ヶ月も経過してしまうと事故直後の事は頭から消えかかって居るのが現状で、今体にある痺れなんかはこれが事故のものなのか?それとも脳出血から残った後遺症のどちらと判別することはとても難しい。肩の動きが悪いのも一概に事故の所為だとも言い難いところもあるから、ここから先の判断は普通の人の事故後の見極めよりも断定はし辛いだろう。 むち打ち三ヶ月説が正しい?とするとそろそろ保険会社から打ち切り云々の話が出てくるのかな?。などと考えては居るのだが、いくら考えても先方から話が出ないと話はそこから先には進まない。 朝起きて公民館がそろそろ開く…という時間にあわせて家を出て公民館に向かったのだが、公民館に人影は有ったのだが事務室に鍵がかけられていたので本日もセットアップは出来なかった。仕方がないのでセットアップはまた後日と言うことにして職安に行って職探しをすることにして盛岡へと車を走らせた。 職安に行く前に昼食を食べてから職安に行き職探しをして駐車券を貰い、判子をついて貰って後にした。毎回職に就くなら…という気持ちで探して居るのだが、本気度は低いと言わざるを得ない。つうか、就職はむち打ちの通院が済んでから…で無いと無理だろうしね。 病院の駐車場に車を止め、診察時間までの時間をつぶして車の中で横になっていたらドンという衝撃が走り何事か!!と思って外を見たら隣に車を止めた親父がドアを開け、そのドアがぶつかったのだ。謝りもせずにその親父は病院に入って行ったのだが、車外に降りてぶつかったドアをよく見ると傷が入っていた。修理を考え文句を言ってやろうかとも思ったのだが怒る気になれなかったのでスルー。 で、可も無く付加も有りで病院は終わったのでそのまま帰路についたのだが途中車屋から連絡が入るには入ったのだが、これがまた実にすっきりとしない電話で自己の非は一応は認めはしたものの、こちらが被った被害に対して誠意のある言葉は一言も無かった。社内での立場も有るかも知れないが、社外的にはあの会社は…と思われるのはどうなのだろう?。 むかつく気分で家に帰り、パソの設定を弄ったりソフトのインストをしたりして夕食時間が近づくのを待って夕食のおかずを作った。今夜はゴーヤチャンプルもどき。可も無く不可も無い感じだったのは作る僕の気合い不足の所為かもね。 夕食後は自室にて薬を飲んでから晩酌開始。今夜ものほほんとした夜を過ごすとするかね。
2005/07/05
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母が亡くなって何年建つのかな?と考え、子供は幾つになったのかな?と考えた。子供が二歳になる前に別れたのだから子供の年齢引く一歳が亡くなってからの年月となるからもう軽く十年は超えてしまっていたのだな…と自分でも驚いてしまった。 そこから考えると直と出会って一緒に暮らすようになって別れてからまだ十年も建って居ないのだな…なんて変な事も考えていた。 家で母の話をする事は叔母達が来たとき位にしか話す事は無くなってしまっているが母の話は父や婆にはどうにもしずらいから仕方が無いか?。 子供の歳を数えたら、養育費の支払いももう十年を切っているのだな…と気づき驚くやら呆れるやら…。別れた時は互いにあれほど啀み合って居たのが嘘だと思えるほど何気に話が出来る関係になれたのは時間が溝を埋めてくれたのか?、それとも時が欠けていた足りない言葉を埋めてくれたのか?。 今でもチビと口癖で言ってしまうが、体の大きさも食欲もチビと言え無いけど、何故だか未だにチビと言ってしまう。不思議な物だ。 今日は朝起きると何となくボランティアでパソコンのセットアップに必要な各種ドライバを捜し求めCDに焼いた。何となく時間があったので見始めたのはオオカミの誘惑青春の甘酸っぱさや、ほろ苦さを感じる映画だった。百点満点で六十点は付けたい気分。 で、着替えて病院に行く前にボランティアの場所に行き、わずかな時間ではあるがセットアップを行うつもりで居たのだが、公民館まで行き月曜は休館日で有ることを思い出し中止。んじゃそのまま病院に行くしか無いな…とそのまま病院に向かい、途中またしても弁当を買い求め病院の駐車場に車を止めて弁当を食べた。 午後の診察受付時間を見越して病院に入り、マッサージ>リハ>診察を受けた。で、今日はリハの担当に先週言われたことを考えた末にリハの回数を減らす提案をすると、何故か先週僕に提案してきた時と態度は変わって担当医に相談して、その上で決めてください…。となった。 診察が済めば会計をしない僕は速効で帰れるから帰路につき、今夜はゴーヤと卵を使ったおかずを作ろうと考えて卵を買って帰ったのだが、朝来てたおばさんが「たくさん買っておいたから、持ってきて入れて置いたね…」と言ってた様に冷蔵庫の卵入れのところには溢れんばかりに卵が積み重ねられていた。 今夜のおかずはゴーヤと卵の…とするつもりで居たのだが、夕べから沿岸に遊びに出かけていた親父が新鮮なウニを買ってきて居たのでこんもりと皿に取り分け、各自で醤油とわさびを好みでかけウニ丼にして夕食とした。炊きたてのご飯なら最高に美味しかったに違いないのだが、生憎と婆が炊いたご飯はベチョベチョでそれでウニ丼か?と冷たくなった取り置きのご飯にかけて食べることに…。美味しさは半減かな?。 夕食後は自室にて発泡酒を飲みながら病院から貰った薬を切り分けた。さて、今夜ものほほんと取り溜めたTVの動画でも見るかね…。
2005/07/04
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朝起きると無意識にパソの内部温度とCPUの温度をチェック。温度が上昇しすぎと言うことが無かったので取り敢えず一安心。 何となく夕べ取っておいた録画の動画を朝起きてすぐに見始めていると携帯が鳴ったので出てみると公民館の事務の娘で何事か?と思ったらパソのレスキューの話であった。僕的には相談されて乗って話す事はそんなに嫌な事では無いし、気軽に相談される方が気楽という物だけど、どうにも田舎の人間はそういった事を気軽に頼もうという事は少ない。 しばらく話をしたら安心したみたいで良かったのだが、基本的にはソフトの動きは実際に使っていないとブラックボックス的な物でたぶんこうだろう的な断定的な予想でしか無かったのだが、本人的には他の人に話をした事で少しは気分的に楽になったから良かったのでは?。 着替えて車を受け取るために盛岡の車屋へと向かうことに…。だが、ただ単に車を受け取るためにだけ出かけるのは何か損だな?と言う気がしたので行くついでにネカフェに行って動画収集をしてくることにした。 ネカフェの駐車場に車を止め、ネカフェに入りネットに接続。持って行ったHDを繋いで収集用のソフトを立ち上げ収集の準備完了。収集を始めながら昼食の買い出しに隣の吉野家で弁当を買ってきて食べながら収集。 家の速度が十倍以上に上がったと喜びはしたものの、光の接続速度は家の十倍以上で速くなったと喜んではみてもこんな程度ではブロードバンドとは烏滸がましくて言えないな…と苦笑いしてしまう。 三時間ほど過ごし十ギガ程度収集してから車屋へ向かったのだが、担当者は不在であったので、詳しい話はついに聞けなかった。責任の所在をはっきりさせたかったのだが、このまま有耶無耶…と言うことも十分にあり得る。が、余りに度が過ぎてしまうとクレーマーと思われるのも癪であるからこちらの対応は難しいと感じた。 直った?車に乗って帰宅。途中頼まれた薬を買ったり、夕食用の寿司を買って家に戻り、婆にはその旨を伝え夕食用の寿司を渡し、部屋に戻って一人晩酌。一人で動画をみたりくつろぎながら夕方を過ごしていた。 今更ながらに感じるのはISDNの遅さであろうか?。ま、最低限のメールの遣り取りには不満は無かったものの昨今のパソコン事情を考えるとISDNでは満足な環境とは言えない。ISDNから十倍以上の速度になった今でも満足な環境とは言えない。やはり最低でも1M以上の速度が必要では無かろうか?。と無い物ねだりしていても始まらないので、今の環境で行っていくしか無いだろう。 ADSLになったらネカフェとは縁切りか?とも思っていたのだが、どうしても欲しい物を探すのには快適な環境で…となるから、縁切り宣言にはまだまだ時期が早すぎると言うことかな?。 そういや、ネカフェに到着前に無性にトイレに行きたくなり思いついたのは。からになったペットボトルにしちゃったらどうか?と言うことだった。実際にはそんな考えが頭を過ぎったのは事実であるが、もしも失敗して零してしまったらそっちの方が大変だな…と考え結局は無理やり我慢したのだが、我慢できない人はペットボトルにでもしちゃうのだろうか?。
2005/07/03
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数々のエラーが出まくった日々も終演を告げ新たなMBの導入にも踏み切ったおかげか?、はたまたケースに付属していたケースファンの使用を取り止め新たなる排気ファンに変えたことが項を生じたのか?それとも梅雨入り前まではあれほどの暑さであったのが梅雨入りと共に気温もぐっと下がったおかげでケースの内部温度が下がった所為かは断定できないが取り敢えずは安定した動作をしているようであるから嬉しいところだ。 落ち着いたのはハード的な事だけでなく、ソフト的な事も総て入れ直した事も案外的を射ているのかもね。 それに加えて、やっと待ち望んだ待望のADSLの導入が出来た事もおおきかったと言えるだろう。近年のパソ使用はネット環境を切り離して考えることは出来ない物であっただけにブロードバンドの入り口が我が町にも見えた事は大きいと言えよう。 それにしたって、最寄りの基地局との距離は七キロ余り、お世辞にもノイズが載って回線状況は良いとは言えない状態ではあるが、それにしたって都内でADSLを導入した時の速度と遜色ない速度での使用は今までのISDN時代と比較しても十数倍の速度での使用となるからこれならパソコンの啓蒙活動も出来る下地はついに出来たかな?と言うところだろう。 連日のパソのセットアップに関わっての夜更かしもやっと終演を告げることが出来るのかも知れないと、心から嬉しく思った。 今朝は朝からボランティアに行った。手ぶらで出かけたが公民館の状況が判らないと手の出しようが無いからね。公民館に着いて早々ADSLの開設の立ち会いをしてパソコンの設定の追加を行って居ると、パソコンに尋ねたい事があると僕の母ぐらいの女性がやってきた。兼ねてからそういった需要があると思われると聞いていたので無理のない範囲で答えて置いた。 他では作表の仕方をどうすれば良いかと尋ねられたので手軽に簡単に作れる方法で教えてあげることが出来たので良かった。少しでも希望者の希望に応えることが出来たかな?。 家では1Mの半分にも満たない速度しか出なかったのだが、公民館ではパソコンのスペックは十年前のレベルであっても2Mに欠ける速度が出ていたのがとても羨ましかった。基地局の側で有る無しで差が出やすい特性のあるのがADSLであるというのは理解しているのだが、目の前でスペック的に差のあるマシンで見せられると気持ち的には納得は出来かねると言うところかな。 昼には一応終えたのだが、ネットへのレスポンスが上がれば必然的に中高生の利用頻度は増えるに違い無い。が、半数のマシンは僕がセットアップを行っている関係上?未だネットへは繋げることが出来ずにいるから、来週までには何とか対処したいとは思っている。 一応役場から依頼され…という形でお金を貰ってメンテを請け負っている人が居るには居るのだが、お金を受け取っているならそれなりに対処して欲しいという気分だ。 昨日の件があったから夕食は手抜きで済ませた。ちと自己嫌悪。明日の晩は親父が出かけて居ないから簡単に寿司でも買ってきて済ませようかな?。さて、兼ねてからネット遊びは長いこと放置して来たのだが、ADSL導入出来たことだし解禁かな…。
2005/07/02
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MBのヒートシンクファンがMBから外れて落ちてしまったことから始まったセットアップだが、巡り巡って結局WINXPの再セットアップと言うことで落ち着こうとしている。 あれほどXPよりは2000の方がXPよりも使いやすいとか言ってきたけど、使っている時間が長くなればなるほど、使いやすさは新しい物に馴染んでしまい。結局古い物は使いづらく感じてしまうのかも知れない。 今日も朝から病院に行く準備。途中で弁当を買って病院の駐車場にて食べてから病院に入りマッサージ>リハ>診察を受けることに…。リハの担当が言うことは尤もすぎて考えさせられ、病院を出るときには少しブルーになっていた。 病院を出た後は保険屋と話をしてから車屋と話をし日曜に車を受け取りに行く約束をしたのだが、今回の一連の修理に至る話の中で車屋から一言も謝りの話は出たかどうか?。そもそも、今回の原因となった壊れた箇所の放置の件の責任の最も大きく感じなければいけないのは車屋にあるのでは?。それなのに自己のミスは謝りもせずにそのまま流してしまおうという風な姿勢には怒りを感じてしまう。 結局、悪天候の中をまっすぐ帰宅し、パソのセットアップを行いながら夕食には煮麺をさっと作って食事にしたのだが、作ったら作ったで親父が外出してしまいイライラしてしまう。ま、時々はタイミングがずれてしまうこともあるやね。 パソコンのセットアップもさることながら、久しぶりのADSLのセットアップでも少し手間取ってしまった。原因はただのADSLモデムだと聞いていたのが、実際に届いたのはルータタイプでしかも性能が上がっていたことからだったのだ。僕が使っていた当時はルータタイプはまだ無く、ルータと言えば別途に自分で購入し自分で細かな設定が必要だったのだが、今やルータタイプが全盛になり性能的にも別途のルータを必要としない程度になっていたなんて…。 自分の持つ知識が最新であると考えていただけに、時代からずれていた事実には少なからず衝撃を受けた思いがした。 最寄りの基地局からの距離、電話回線のノイズ等を考えると速度的には想定通りでISDNからADSLへの変更はかけた費用分の効果は十分にありそうだと言える。てか、この距離でこのノイズで今の速度が…と考えると、初期のADSL開設の時に距離的には今の1/3程度という距離で今と変わらぬ速度だったことを考えると進歩は無かった訳じゃ無く。進化しているからこその速度と言えるだろう。
2005/07/01
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