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岐でも町村合併が田舎であれば珍しくも無い昨今だが、ご多分に漏れず何年か前に以前の群から何故だか隣の群へと移籍?していたのが今日を最後に町名が消滅し、何で?と言う名の市へと移り変わることがいよいよ明日でと言うことになった。 病院の行き帰り、往復百数十キロという距離と時間があるからその間間を持たせようとラジオをかけて居るのだが、流れてくるラジオは町の町村合併に関する事ばかり…。 そんなラジオに耳を傾けながら町が無くなるんだな…とあれやこれやと思いを巡らせていた。そもそも今回の合併で町にとっては赤字財政の解消?を狙ったのかも知れないけれど、合併したからと言って良いことばかりでも無いだろう。 そもそも、政府ですら大きな政府から小さな政府へ…と目指して居るのに今回の合併で小さな行政を目指すのであれば過疎地域はより過疎地域へとなって行くのかも知れない。 今のメリットよりも将来のデメリットが大きかったと僕は考えているのだが、果たして答えはどのように出るのだろうか?。 今朝は起きだして共済の請求書書き。その後は座敷の換気に窓を開けて最初の入院の時のフイルムを持って病院へと出たのだが、途中で財布を忘れていたことに事に気づき慌てて家に一度戻って財布を持って再出発。 今日はいつもの病院に行く前に別の病院によってMRIの撮影をしてからなので財布を忘れては大変なことになったに違いない。ま、途中で気づいたから良かったのだけどね。 MRIの撮影は以前にも行ったことのある病院だったので特に心配はしていなかったのだが、撮影の時緊張で頭皮が微妙に動いて頭に止めてるテープが少しずれてしまって少し焦ったのだが、撮影に影響は無かった様で一安心だった。 撮影したMRIを持って何時もの病院に行き担当医に撮影したばかりのMRIと最初の病院で撮影したフイルムを見せ、脳神経外科の担当の医師のCTを見ての言葉を伝えてみると良かったと言っていた。昨日も書いたが良かったはどちらの意味で使っているのだろう?。 撮影したMRIは持ち帰って、次回脳神経外科を訪ねるときに持って行き担当医に以前に撮影したときの物と見比べて意見書を書いて貰うことに…。けど、書いて貰った物で今後何かが変化するのだろうか?と疑問に思った。 ネットで症状固定の際にMRIで首を撮影しフイルム上で判別すると言うことが書いてあったが、来月で六ヶ月となるから症状固定と医師が言い出すかどうか?だな。 マッサージは昨日の注射の効果が麻痺を止めてくれたおかげか、何時もならマッサージを受けても正直気持ちが良いと感じたことはとても少ないのだが、注射のおかげかマッサージがとても心地よかった。 帰る途中で夕食に使う物を買って帰宅。風呂の追い炊きを準備し夕食のおかずは買っておいた鮭をバター焼きして、残ったバターでキノコを軽く炒めて鮭に乗せて出来上がりとした。 自分の晩酌用としては鮭のバター焼きとキノコの炒め物だけでは少ないと思ったのでキャベツの千切りを加えドレッシングをかけて晩酌用とし、自室に持ち帰って晩酌を楽しんだ。 そういや、朝出かけるときにパソを立ち上げネットに繋いで居ると突然停電。年に何度かあるので数分で通電するだろうと思っていると案の定五分もしないで復旧した。何時もなら「またか?」と思ってお終いにするのだが、今回は電力会社にクレームを入れてみた。正直HDが壊れる可能性も否定できないからね。 結果は病院の帰りにやっと連絡が届いて過去一年の事例を順を追って教えて貰った。何処の土地と比較しても停電の発生率は高くPCを使い続ける為には対策を立てないと立ち上げっぱなしは難しいと言う事だけは判明した。残念。
2005/08/31
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週末が終えると月曜がやってきた…。当たり前と言えばそれまでなのだが、二年も無職を続けてくるとさすがに曜日の感覚がずれてきているらしい。 起きだしてすぐに座敷の換気のために窓を開け空気の入れ換えを行った。そろそろ半月ほども換気をこまめにしているつもりなのだが、夕方窓を閉めた座敷は朝にはすっかり篭もった空気に変わっているからその辺を何とかしたいと考えているのだが氷点下に外気が冷たくなるまでには何とかならない物かな?。 原因は座敷の下の土がすっかり湿りきって居るからなのだろうが、家を建て替えない限り無理なのかも知れない。 着替えて出かける準備をし、親父に頼まれ姉の家に行き親父のズボンを受け取ってその足で脳神経外科を尋ねむち打ちの担当医の紹介状を渡し何を口にするかと思いきや「お金が検査にかかるけど構わないの?」ときたもんだ。むち打ちでかかっている病院の院長とは偉い違いだ…。院長の人を疑ってかかっている感じで言うのとは偉い違いだと院長に対して不快な気分を再度味わった。 CTはものの十分ほどで取り終え、取ったばかりのCTを見ながら担当医が言ったのは「何も変化は無いね」との事だった。当たり前と言えばそうなのだけど、直らないのはおかしい?脳梗塞でも起こしてるんじゃ無いか?と言った院長を思い出し不快指数はアップした。 一応MRIの検査も確実を期すならすべきと言うことで明日のMRIの予約を申し込みお金を支払って病院を後にし、続いてむち打ちの病院に行きマッサージ&リハビリ&診察を受けた。 担当医にもう一方の脳外の担当医がCTでは以前と代わり無しと告げると良かった…と言っていたが、「良かった」とはどういう意味だったのだろう?と考えてしまった。むち打ちにさらに脳梗塞が加わらなくて良かったですね?と言う意味だったのか穿って見てしまう僕には何とも理解が出来なかった。 病院を後にし帰路につき途中食材を買い求め今夜は…色々考えてみたのだが結局牡蠣フライを揚げて夕食のおかずにした。作った後は自室で晩酌。その後は雑誌で面白そうなGoogle Earthと言うソフトをダウンロードしてパソに組み込みあれやこれやと試してみていた。とても面白かったが俺が住む土地は過疎地であるから細かな表示が出来なかったのは寂しい気がした。けど、関東に住んでいるならそれなりに楽しめるかも知れない。
2005/08/30
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先週末で通院も遂に九十日を超えたから、共済の通院限度が九十日分しか出ないと聞いていたから請求のための診断書を書いて貰うことにして頼んできた。 保険の説明書には百八十日を限度として書かれていたが、払うのは九十日分以上は駄目?というのはどうしてなのだろう?。漠然と納得は出来ている物の何かだよね。 保険の唱い文句は良いけれど、じゃあ実際の時にどうか?何て加入するときは考えもしないで入り何か起こったときに「こんなはずじゃ…」と考える人が多いのだろう。 もう二年前になる入院の時も、保険を切り替える前は入院したら一日二万円と言う保険に入って居たのだが入ってから三四年も経つと保険に支払う金が勿体なくなって安価な共済に加入して…結果があれだったからね。 先週末は肩に痛みを覚えていたが、今日は先週ほどでは無いからまずは一安心。と言っても肩から肘手首にかけての痺れは残ったまま、足は…と言えばこのところどうにも引きずったままで過ごすことが多い。 自社の搭乗者保険の締め切りは再来月の半ば頃まで…となっているが、それまでに肩や足が事故前と同様に動かすことが出来るようになるかどうか?医師を含め自分でも判らない。 それに症状固定となった時直って無くて後遺症診断を受けて認定されるかどうか?と言う不安も大きい。現状のままで…となったら就職の心配だってあるだろうしこの先どうして…と考え始めたらあれやこれやと考えが広がって切りが無い。 何も考えず治療に専念するのが一番なんだろうけど、「もし…」と考えてしまってどうしようも無い。 整形外科から神経外科に転院したいな…と考える今日この頃である。 搭乗者保険の満期が来たら通院はリハのあるときだけに減らすつもりで居る。その上で可能性がある限りは通院治療を続けるつもりなのだが、その後は財布と相談して…になるのだろう?。 今日も病院に行くため家を出て取り敢えず町の銀行に行って通帳記入をしてみたら、公民館のボランティアの手間代が入金されていたので、これで明日の紹介状を持って行く病院代を気にせずに行けると少しほっとした。 その足で病院に行き診察を受けマッサージをして家路につき途中少し買い物をして帰宅。帰宅後は買ってきた弁当を食べながらガラスの靴を見始め夕飯の支度を始めるまで見続けた。 適当な時間になったところで風呂場に行き追い炊きを用意し、台所に行って冷凍庫に置いていたカレーを取り出しレンジで加熱し食事の用意は終了。 夕食は久しぶりに皆でテーブルを囲んで食事をしたのだが、カレーだからさっさと食べて自室へ戻ってこうして日記を書いている。そういやお盆の時体重計に載って以来計ってなかったから計ってみたらこのところの夕飯のご飯抜きが効いているのか無事に春先の体重に戻っていた。 これで今しばらく続けて体重をもう少し落とせるように努力しなくちゃね。
2005/08/29
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朝起きると隣の二十四畳の座敷の換気を行い洗濯の準備をして洗濯開始。洗濯が終えたら今度は干してのんびりとした昼間を過ごし、夕方になったら夕食の準備を始め、出来上がったところで冷蔵庫に入っていたビールで晩酌。 その間昨年集めた動画鑑賞を行い、現在も継続中。こうしてのんびりとした一日は過ぎようとしている。たまには何も考えずにこうして過ごすのも悪くは無いかな?。
2005/08/28
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インターネットが確かに今は流行っては居る物の、この流れもいつまで続くかは誰にも判らないだろう。僕がネットに足を踏み入れ始めた切っ掛けはパソ通で、その当時は隆盛を誇っていた時期で、誰があの時こうしてパソ通が無くなってしまうだろうなどと考えた人は少なかったに違いない。 ネットが免許制とかになるという話がちらほら聞こえ始めて来たが、それにしたって、免許制にするという前に一度すべて白紙に戻してからでないと難しいだろうから、どこに話が流れて行くのかは想像も難しい気がしている。 けど、ネットが世界的であるということを考えると免許制というのは日本だけの導入というのは難しいだろう。てか、ネットはそれ自体が一つの大きな空間と多くの人に認識されている今枠に填めようというのに無理があるのではあるまいか?。 とか何とか言ってみたが、パソ通からインターネット時代へと急激に流れた事を考えると、インターネットと言えどもこれが一つの世界として認知されるのもそんなに長い時間では無いような気がするのは僕だけの考えだろうか?。 そのインターネットの世界にしたって、つい五年ほど前にはネットを使ったファイル交換があれほど頻繁に行われていたのに、違法ファイル交換者が、見せしめのように捕まったり、ファイル交換ソフト制作者が捕まったりし、結果そういうソフトを作る人間が居なくなったのも事実である。 インターネットは今後何処に流れて行くのだろう?。などと具にも付かないことをふと考えてみた。 今日は朝から公民館のボランティアに出かけ、誰もいないPCルームで一人パソを立ち上げながらサンドイッチやお握りでで、朝食券昼食を食べた。部屋の窓、廊下の窓を開けると台風一過の青空がとても気持ち良かった。それに部屋や廊下を通り抜ける風は夏の物では無く、すでに秋の風の冷たさになっていた。 終日一人で誰も来ないPCルームで過ごし、時間が来たので公民館に鍵をかけ途中買い物をして帰宅。家に帰ると風呂の追い炊きをし、夕食の準備を始め肉野菜炒めと薯蕷で夕食のおかずは完成。 自分の分と発泡酒で自室で晩酌。のほほんと取り貯めたTV録画を見ながら夜を過ごすことに…。
2005/08/27
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このところ、つか風呂を電気式から屋外の給湯器に変えてから日々の風呂掃除が日課になりつつある。だから気になって気がついたのかも知れないが、つい数年前までは毎日のように風呂に入って居た婆がどうした訳か風呂にはいるのは隔日にと変化して来ている。 風呂に入る事にすら疲れると感じるようになってきたか?、それとも入浴すら面倒と思うようになってきたのか?。こういった日々の行動で老いを感じてしまうと言うのは何だが先は余りないかな?そんな気がする今日この頃だ。 人は誰でも老いるのは順番だから仕方が無いと言うより、老いるのは当たり前の事だと思うけど人生の折り返しを過ぎつつあると考える自分も後半戦と言う自覚が少しは必要なんだとは思うが、言葉ほど真剣には考えていない気がする。 今日は朝起きると病院へと向かった。TVのニュースでは台風が大きなニュースになっているけど、幸いにして北東北は見事に進路から外れ朝から非道い天気という昨日の予報とは裏腹に盛岡への道筋では雲の切れ間からはうっすらと青空が覗いていた。 しかも、明日の天気は真夏に帰ったかのような三十度を超えると予想される天気だと言うから明日は相当に暑くなるのだろう。 姉の家に寄ってから病院へと行きマッサージ>リハ>診察と受けた。僕の感じではリハと医師の意志の疎通が出来てないみたいというところが気にかかる。てか、今日は担当医の虫の居所が悪かったのか話はどうにも噛み合わなかった。 女だからと言うのは少し違う気もするが、僕が思うに気分次第で対応に変化があると患者が感じる時点でOutって気がする。だが、取り敢えず今は担当医と揉めても良いとは考えちゃ居ないから矛は出さずに隠したままにして置いた。 出来ればこのまま症状固定、後遺障害診断書を貰うまではごちゃごちゃ言いたくない気分である。 そのまま途中マックによって百円バーガーを買って食べながらボランティアに向かい、五分遅れで到着し、ボランティアという名の留守番をした。 時間が来たので家に帰り、風呂を洗って夕食のおかず作りを開始。今夜は簡単な野菜と豆腐を煮た物と鯖のたったあげ。作った後で風呂の給湯を開始し、自室で晩酌。 今夜は映画でも見ようかな?そんな気分になっている。明日は明日でボランティア。終日収集活動に勤しむことになりそうな予感ぽい。
2005/08/26
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病院の事務に担当医が書いた紹介状のコピーを貰えないか?と言ってみたところ断られてしまった。病院の事務には事務なりの考えが合ったのかも知れないけれど、正直僕的には全然納得はしていないが、一応コピーを戴けないのですね!と念を入れそうだと言われたので引き下がって置いた。 だけどね、その紹介状は僕がお願いして書いて貰った訳でもないし、むろん病院が料金を支払って検査をして貰う訳でも無い。担当医から言われて僕がそれなら口答では間違いがあってはならないから書面にして欲しいとは言ったが、僕が望んでの検査と言う訳では無い。担当医がもう一つの担当医の意見を聞きたいと言うので僕が有料で行ってくるのだし…時間も経費を使うのも僕なのに、その内容は僕には教えられない…なんて馬鹿な話があるだろうか?。 一応明日病院に行き担当医に紹介状のコピーを貰えないかどうかの話をしてみるつもりであるが、もしも拒否されたらどうしてくれようかな?。つうか僕が持ってゆくのを拒否してみようかな?。そうしたらどうなるのだろう?。 今日は六時前から起きだして親父の農薬散布の手伝いをした。少しやませ気味の下手の風邪が吹き山々は靄に包まれていたが、天気予報を信じるなら昼近くには青空が顔を出すことになるだろう。 手伝いと言っても軽作業でむち打ちの体でも出来る作業と言えたけれど、去年の今頃の自分の動きを考えると相当な差があると感じた。てか、今年の初めは筋トレしていた事を考えると今の動きはまるでぎこちない物としか思えない。 少し予定はずれたが昼までには作業は終了、着替えて病院へと向かった。途中姉の家に親父から頼まれた物を届けそのまま病院へ。病院では肩胛骨の部分の痛みをマッサージの人に言おうかどうしようか考えて結局言わず仕舞。診察の時医師にその話をすると少し様子を見ましょうと言われたので従った。 帰る途中で食材を買い求め帰宅。帰宅後は夕食のおかず作りをし、食卓に並べ、風呂は追い炊きし、温泉の元を入れて入れるようにして置いた。湯船はさすがに二日目…という感じだったから入れたのだが、今後も二日目は温泉の元を使って…と言うことにするかね。
2005/08/25
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今日も朝から通院のため車で家を出た。出がけに大工が風呂の給湯器を取り付けるときに剥がした壁材を新たに取り付けるために来ていたので婆が工事の人と話をするようにと言っていたが、親父と大工の間で話は出来ているだろうから…と僕は見ないで家を後にした。 途中、公民館の事務の人から連絡が入り急遽土曜だけでなく、金曜にも出て欲しいとの事だったので、何も考えずに引き受けることにした。が、引き受けた後でよくよく考えてみるとほぼ無料のボランティアに対し、通院は体が楽になることに加え金にもなる事を考えると通院を止めるのも考え物だな…と考え通院の時間をずらしてボランティアに出ることを思い立った。 病院で診察の受付の際に時間的にどうかな?と尋ねてみると時間を前倒しすればどちらにも間に合いそうと言うことが判ってまずは一安心。 診察を受け、マッサージをし昼食を食べて帰宅。自室で撮り貯めた録画を見つつ夕食の準備をするまで時間をつぶし、それから風呂を洗って夕飯の準備を行うことに…。 夕飯のおかずを作り、僕は自室で晩酌、食べた食器を台所に持ってゆくと、親父から今年は山葡萄の買い取りが中止になった事を聞かされた。少々納得できない気もしたが、単価が高いことを考えれば、地元の生産者優先にするのは仕方がない事だと思うから新たな出荷先が見つかると良いな。
2005/08/24
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昨日の主任看護婦の話しぶりでは、戻ってくるのは何時になるやら…?風な口ぶりであったから、昨日の今日で復活してるとは思いもしなかったが、蓋を開けてみたら復活。。していた。 昨日はまだ担当医に話しも出来ていないと言っていた系列の病院への紹介状も診察の時にはちょうど書いていたところで、これなら昨日の時点で僕に何も言わなくても良かったのに…と思ってしまうほど。 けど、昨日は今日がこうなると誰も予想が出来なかったからあの様に医師は何時来るかは判らないという発言になったのだろうから仕方がないと言えないことも無いかな?。 朝から親父は山葡萄の講習を兼ねた親睦会に出かけていった。泊まりを込みで四万円と言うからさぞや美味しい物を食べてくるに違いない。そこで僕は今夜は遅くなると婆さんに言って家を出、病院に向かった。 途中おじさんの会社の事務所に立ち寄って、パソコンを立ち上げ幾つかのHPを見れるようにして置いた。昨晩電話がありバギーについて調べて欲しいとの事だったが、自分で探せば良いのに…と思いつつも叔母さんには何時も世話になっているからこれぐらいは仕方がないな…と考えてのことだった。 その後、病院に行き診察>リハ>マッサージを受けてびょぷいんを後にし、何時も行くネカフェに行き収集活動。婆が出がけに遅くなるなら美味しい物を…と言っていたが、食べた物はと言うと、吉野家の弁当、ネカフェのミートソースで、不味くも無いが美味しいと言う程の物でも無かった。 ネカフェを後にし、途中アルコールを買って帰ってきたのは日付が変わる少し前でこうして長い一日が終えようとして居る。
2005/08/23
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先週、最後に病院に行った時に担当医師に伝言を頼んでいたのだが、今日病院に行ったときに、主任看護婦に呼ばれて何事か?と思って行って話を聞いたて見ると、如何にも申し訳なさそうに伝言はまだしてない旨を話し始めた。 急いで居たのは僕の方では無く医師の方であるからそれなら明日通院した際に自分の口で…と話してみると、明日も担当医は来るかどうか解らないとか…。なら何時になったら?と尋ねてみると本人から連絡が入らないと解らないとの事。 今週中には診断書を書いて貰わなきゃ…とまで言うと家庭の事情でとか言っていた。予定が立たない家庭の事情と言ったら、僕とそんなに年齢は違わないだろうから身内が事故か事件に巻き込まれてしまって目処がたたないのだろう。と予想できたから、それじゃ困るなどと無理は言わずに、「んじゃ、先生が来たら…と言う事で」と大人?の返事をして置いた。 何事かと詮索する気は無いけれど、医師と言えども人間だよな…と考えた瞬間だった。 朝起きると曇天だった、が雨は降っては居なかったのだが、ネットで天気予報を調べると雨模様なのだが、雨は降っては居なかったから親父に頼まれた弁当を作るかと起きだし、裏の畑できんぴらを作ろうかとアスパラを一本とった頃から雨が落ち始めたので弁当作りは中止とした。 部屋に戻ってベッドで横になったら寝てしまい気づいたときには出かける時間となっていたので本日も通院のため出かけることに…。 病院に到着し歩いてみると何時もの様に引きずる事が無かったが五分もすると引きずって居た。病院ではマッサージ&診察。マッサージは肩と肘の感覚が以前からおかしく、マッサージで揉んで貰って居るのだが、自分の体の一部という感じは無く何か上に被せた肉を揉まれている様な違和感があった。この事は医師には言ってないが言わなきゃいけないよね。そう考えて診察を待っていたのだが、診察は院長という話を思い出し、以前の不信感から嫌だな…と考えていたら予定は未定だったようで、蓋を開けたら院長では無くて一安心だったものの言わず終い。 途中買い物と給油を済ませて帰宅。帰ってから撮ってあったF1の録画を見て夕食の準備まで時間を過ごし、それから風呂の掃除&夕食の準備を行い、風呂の給湯を行いつつ自室で晩酌を楽しんだ。 その後は給湯を止め自室にてのほほんと寛ぐことに。日記を書いたら映画鑑賞でもしようかな?。そいでもって一風呂浴びてからおやすみなさい。
2005/08/22
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こんな事言ってはいけないのかも知れないが、その顔を見た瞬間これが死相なのかな?と思いそのままベッドの陰に隠れるように病人の顔は見ないまま親父の帰るという言葉を待って病室に佇んでいた。 もう末期で年内持たないのでは?、と叔母に話を聞かされたのは先日東京に行く前だったから一月は前だったろうか?。何でも四国の方の海岸線に住む人によく見られる病気で親から子供に遺伝するという病気らしいが、発病は早くなく五十代になってからの発病が多いという事だった。血液の癌との事だが今の時代にまだそんな病気があるのかと半信半疑に感じていた。 新宿のおっかあの時は死ぬ一週間前まで平気に病院に見舞いに行っていた俺だが、顔を見た瞬間顔を背けてしまったのは病人に対する気持ちの所為が大きかったのかも知れない。 人間って気持ちの持ちようでどうにでもなるのだな…と今回はつくづく感じた。正直患者も見舞いは遠慮して欲しいと言ってたから、本人が嫌がるのなら…と行くことを拒んで居たのだが、常々自分が病気で末期になったら一人で逝きたいと考えて居たから、他の人に会いたくないという気持ちは解らないでもないと考えていた。 新宿のおっかあの時は見舞はかまわないと聞いてたし、毎回訪ねる度に次回の約束をしていたから毎週のように見舞って居たのだが、今回のように顔を見た瞬間顔を背ける事は無かった。 かける言葉を探すことが出来なかった。 今日は朝から親父のお供で病院に行った。お供と言う事は当然親父が道を知っているだろうと考えて出かけたのだが、目的地が近いかな?と思ったところで親父が道を知らないと言い始めたからさあ大変。 慌てて携帯で地図を検索しどうにか場所を探して何とか病院へと向かった。病院の中の話は先に書いたからここからは帰りの話を…。 途中で昼飯を食べて帰ると言うことになり、親父と一緒に定食屋で昼食。最初はラーメンとご飯ものと言ってた親父は蓋を開けてみると何と、ステーキ定食!普通ステーキと言えば牛が当たり前だと思うのだが、出てきた牛肉をみて「何だ牛か…」おひおひステーキ肉が豚だとでも思っていたのかい。 家に帰ると僕はそのまま自室へ直行。しばしくつろいだ後で今度は夕食の準備を…。今夜は薯蕷とアジフライ。作るだけ作った後で、風呂の追い炊きをし、自室へ自分の分のおかずと発泡酒を持って晩酌。 こうして今日も過ぎて行くのであった。夜は恒例のボー…。
2005/08/21
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晩酌を済ませ、台所に食べた食器を持って行ったときの事だ。夕飯前にトウモロコシを食べていた婆はやはりというかおかずに手をつけていなかった。ただでさえ食が細いのに夕飯前に食べていたら手をつけ無いのも仕方が無いかな?。とも思うのだが、婆が「とうもろこし食べないのか?」と発した一言についカチンとして「五月蠅い!食べたかったら食べる」と言い残して自室へと戻ってきた。 少し言い過ぎたかな…と考えていると東京の友人から電話が入り、これから花火だと言う。友人が花火と言うのは二子玉の花火で、川崎と同日と言うことが多く、同日の場合は顔を左右に忙しく動かしながら花火を楽しく見たものだ。 懐かしいと思いながらしばし談笑。ニフティのフォーラムが解消してこのかた参加人数は年々減少しているとか。仕方が無いとはいえ残す方向では出来なかったのかな?。 近いうち東京に出るときがあったら一緒に酒でも飲もうと言って電話を切ったが、今年中に行けるだろうか?。 今日は朝からボランティア。ボランティアと言っても、大抵は個人的な事に時間は使えるのでセットアップ途中のパソと外付けHD何かを持って家を出街の公民館に出向いてみると、遅れると言っていた本人が先に来ていたので拍子抜けした。 PCルームに持ち込み認識しないHDを認識させるべくあれやこれや試したのだが結局は上手くいかなかった。けど、HDの位置を修正できたのは収穫だったかもしれない。 昼に午前中の収穫のジャガイモと人参を使ったカレーをご馳走になって帰宅。風呂を洗おうと水抜きを始めベッドで軽く横になったつもりが気付くともう夕飯のおかず作りを始める時間。 でも、風呂を洗い、夕飯のおかずを作って晩酌。その後部屋で休んでいると親父がやってきて叔母さんの旦那の見舞いの話になったので明日は見舞いに行くことになった。正直、死期が近づいている人を見舞うのは気が重いから行きたくは無いのだが、親父の付き添いだけで良いと言うことだから仕方がないかな…。
2005/08/20
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最近?映画にもなったしTVでも番組が公開中の電車男ネットを知る人には結構悪評?高い2ちゃんねるを社会的には良い感じと思わせるのに一役買うのかもしれない。2ちゃんは情報収集の為に出入りはしたことはあるけれど、公開の板でチャットのようにカキコが流れるのは知らなかった…。 つうか、チャットは一時出入りしてたこともあるから雰囲気はそれなりには知っているつもりであるから話の流れも(^_^)3 フムフムと頷ける話が多いと思っているが、社会的にはそこまで認知されているかどうかは…されるわけ無いか…。 本になる前に評判だった…という話は聞いたことはあったのだが、2ちゃんのカキコと聞いてわざわざ見ることもないか…と思っていたのだが、どうやら食わず嫌いだった様で、見てみたら意外に楽しむことができた。 TV版では割合年齢が近い男女という設定だが、映画の方は三十路の女性と若い男という組み合わせで、僕的に彼女の名前の由来のHERMESのTeacupを送った事などから考えても実年齢はTVの設定よりも映画の方に近かったのではあるまいか?と想像できた。 ま、本を読んだ訳でも無いからあくまでも想像でしかないがね。 今日は朝起きて弁当を作りしばし休憩した後、町の公民館でボランティアを行いに出かけた。ボランティアと言えば聞こえは良いが、実際にはネットで収集活動を行っていただけで、時折子供たちの相手もするにはしたのだが、特にこれといった質問も無かったから厚めたいものを収集していただけ。 夕方には終えて帰宅し夕食のおかず作りを行ったのだが、どうにもこのところ出来上がりに不満がある。気が入らないから仕上げに失敗しているのかもね。 そういや、数日前からHDが一個認識できなくなっていたのだが、今朝方ついに機動不能に陥ったので05年だというのにWIN2000に入れ替える事にして、現在作業続行中。不具合は沢山あるが取り敢えず使えるようにはしなくちゃね。 明日はボランティアにパソを持ち込んでセットアップの続きを行うかな?。
2005/08/19
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共済金の請求日数が満期に近づいてきたので必要な書類を用意するために保険会社に連絡をし交通事故証明関連の書類のコピーを送ってもらった。届いた書類を見て意味不明な所があったので保険の担当に電話を入れ判らなかった点を尋ねその上で今後どのような流れになるのかを尋ねてみた。 一つは他には見せないで…という書類にあった解決見込み額という数字について尋ねた。僕の予想では物損の分のこちら側保険会社の物損負担金額なのかな?と思っていたのだが、その金額は保険会社で事故の受付の後任意に打ち込んで出された物だと言うことだった。 車の修理費は加害者側は八十九万円程度、被害者であるこちらは六十八万円程度かかったと言うことであるが、事故比率が加害者九でこちらが一であるから合算金額の一割をこちらが負担と言うことになったようだ。 総合計で百五十万を超えた修理費がかかり、実質こちらは十五万程度と言うことか?。 兼ねてから心配であった今後の流れを尋ねて見たのだが、医師が症状固定と言うまでは通い続けた方が良いと言う話は前と変わらなかった。ネットとかでむち打ち三ヶ月説を良く見聞きしているのだが、医師が症状固定を言い出さない限りはまだまだ先は長そう…。 交通事故の場合三ヶ月で終わらなかったら次は六ヶ月を一つの目安とするようだから、六ヶ月目は…と考えると十月に入ってから山があるのかも知れない。そういや、脳出血の後遺症云々と医師が言い出してそれを脳外の担当医に診断して貰うように…と言う話が出ているから症状固定の準備なのかな?と疑っている気持が僕の中にある。 だが、リハの担当からは長い目で見れば直る可能性は有ると言うから果たして真実はどちらなの?と言う思いがする。まあ、脳外の担当がどのような診断を下すかで症状固定云々と後遺障害云々の話が出てくることになるのかもね。 事故を起こしたのが四月で今が八月だから先は長いというか、症状固定の話が出る頃に後遺症が何も残ってなければ良いのだが、今残っている肩、肘、手首、膝裏、太ももに残る痺れが綺麗に消えてくれればそれに越したことは無い。が、残る可能性が少なくないからそこからまた色んな事で悩まなくてはいけないのかもね。 今日も朝から病院に行くために車で出かけた。盆中の混み具合が嘘のように何時もの見慣れた道路風景に戻っていた。盆(夏)が過ぎてゆく寂しさをふと感じた。 姉の家で親父に買ったズボンを受け取り、そのまま病院へと向かって診察>マッサージ>リハと受けたのだが、マッサージの人数が来週には元に戻ると聞いているから来週からは病院はまた午後に来るつもり…。 帰りがけに昼食を食べ帰路につき、途中食材を少し買って帰宅。帰宅後はしばし休憩した後夕食を作る準備をした。本日はゴーヤチャンプルもどきと薯蕷にしたのだが、このところゴーヤチャンプルを作るときどうしてもフライパンにこびてしまって今ひとつ…。味は悪くは無いのだが作り手としてはどうにもね…。 作った後を片付けて発泡酒とゴーヤチャンプルを持って自室で晩酌。盆からこのかた夕飯の時に米粒を口にしていない。てか、これは自分で考えてのこと。 そういや、地震の時地震が起きてから十数分後に安否確認のメールが届いたのだが、返事はi-modeが混んでいるのかなかなか出すことが出来なかった。けど、連絡できたらちょうだいとの事だったから、返事を出したら返信が届くかと思いきや…それっきり。嬉しさも尻すぼみかな…。
2005/08/18
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人には得手な人不得手な人とそれぞれが居て、不得手であっても知り合いとしてカウントする人、カウントすらしない人と色々居る。 他人のことを語る前に自分で言うなら、少しでも嫌だな…と思ったら近づかないようにしているから自然と相手に伝わって居るのでは無かろうか?。と言うより僕はどちらかというと自分の感覚を信じて多少苦手であっても自分の感覚ではNOでは無いと言う場合は極力避けようとはしない事が多い。ただ、最初は嫌と感じてなかったにも関わらず、ある時ふとした瞬間にとても嫌になりそれ以降は顔も見ないようにしている場合もある。 と、ここまで書いて人のことは言えないな…と反省。実は僕の知人同士が反りが合わないと言うか、一方からどうやら避けられているのかな?と言われたのだが、それに対して的確な答えをすることは出来ずに答えを誤魔化してしまったのだ。 以前にも似たような事があって僕はその間と言うか、片方に一方の肩を持つような発言をして一方との付き合いを無くしたことがある。なんで?と思うことはあっても後悔した訳では無い。が、良い話し相手だっただけに失った痛みを感じていた。 相性というのは男女の仲にも似ていて、仲の良いときは問題が起きても一晩経てば流してしまえる物かも知れないが、一度仲が微妙な関係に陥ったときは関係の皸に楔を打ち込んで亀裂をより深めてしまう物なのかも知れない。 今日も朝から病院に行き診察を受けマッサージをして帰宅。帰ると座敷の喚起のため窓を開け放ち空気の換気を行った。盆の間換気して居たはずなのに締め切った座敷は空気が籠もってとても重かった。重い理由は換気が足りていないだけで無く家の構造上の問題も大きいのかも知れない。 しばらく自室で休んで、夕食を作りに台所に行き、姉の作った肉の煮物に火を通し野菜を切って炒め肉の煮汁で煮浸しにし、更に肉を載せその上に野菜の煮浸しを載せたものと、心太を皿に盛りつけ出来上がりとした。 夕食は自分用に作った皿と発泡酒を持って自室で晩酌。盆中は居間で晩酌をしていたのだが自室で一人で…というのも落ち着いて良い物だ。
2005/08/17
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もし…あの時こうしていたら…と言うことは少なからず皆が持って居る経験では無かろうか?。「if」と僕は何度となく考える。あの時僕が選択を違えていたなら今も僕の側にはあの娘は居たのだろうか?とね。 もうあの娘と言う年齢では無くなって居るのかも知れないが、それでも僕の中ではやはりあの娘としか言いようが無い。だから…大人になっても良い年齢なのに自分が大人であるという自覚すら持てない大人なのかもね。 今日の地震で元嫁達から続々とメールが届いた心配してくれてるんだ…ととても嬉しい気分になった。らぶれたーの返事が無いと以前書いたが、再度書いたメールを読み直してみると直接的な求愛とは受け取っては居ないのかも知れないと思った。そういや、かつて言いたいことはきちんと言わなきゃ伝わらないと言われたことがあったから、そう言ったニュアンスのメールでは伝わってはいないのかも知れないと思った。やはりそう言うことはきちんと相手の目を見て話さなきゃ良い結果が出るにせよ、悪い結果が出るにせよケジメが付かないだろうからね。 表題と離れてきたからこの辺で…。 今日は盆最後の日だというのに病院に行き診察を受けマッサージをして貰いリハビリをした。担当医にブロック注射が切れた状況、体の近況その他を伝えると今日は僕の言うことを逐一カルテに書き込んでいた。 二ヶ月くらい前から右足の違和感の話をしては居たが、今回ほど豆に尋ねてくることは無かったから、医師と言えどもその日の気分に左右されることが大きいのだな…と実感した。 思い切って今のままなのかどうかを尋ねて見たのだが、脳外の担当医の診断を待ってその上で…という風に返事を貰った。しかしと言うかかかしというか、どのような判断を言われるかは不安じゃ無いと言ったら嘘になる。 直らない?と言うか直る可能性が低いというならそれならそれで、後遺障害診断書にきちんとその旨を書いて貰いたいと思っているのだが、今までの診断書を考えると詳しい説明はどうにも省かれているようで言いようには考えることが出来ない。 病院を後にし帰路につき、途中吉野家で昼食を食べ買い物をして帰宅。家に帰ってみると座敷の盆飾りは片付けられ姉達は帰っていたので家の中は閑散としていた。 送り火を焚きに墓に行って帰ってきたのだが、墓参りの人数も盆の初日と昨日までの人の多さが嘘のような静けさだった。盆が過ぎると野山は一気に秋景色に変わってくる。 そうそう数日前よりパソがまたしても挙動不審な動きを見せ始めている。しかもHDの一つが認識しなくなっているのだが、パソを引っ張り出す面倒を考えるとどうにも躊躇してしまう。これもむち打ちの悪い影響だな。
2005/08/16
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盆休みも二日目、今朝方までは他に遊び相手も居たようだから俺に構って欲しいと言うこともなかったのだが、他の人達が帰り始め家に他に遊び相手が居なくなってくると当然というように構ってと口にはしないが、部屋に入り浸って煩わしいことこの上なし。赤の他人なら怒鳴りつけて追い出すことも出来るのだが血縁とも成るとなかなかね…。 姪っ子と言っても年に数回しか会うこともないから懐かれても可愛いと思えないから尚更むかついてしまう。ま、そんなことも明日になれば帰ってしまうからそれまでの我慢なんだけどね。 明日の晩になればまた、親父と婆と俺だけの生活に逆戻り、そうなったら婆は夏バテでも起こさないと良いけどね。 僕と言えば盆前に切れ始めた結果を病院にて言わなきゃいけないし、今後の予定というか見通しをそろそろ聞いて置かなきゃいけないかもと考えている。
2005/08/15
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昨日に引き続きぼーっとしたままお盆に突入。朝墓参りした後は朝から酒を飲んでの会食となった。会食の相手は伯母の家族達こうして、孫曾孫が揃うなんて珍しい事だろう?。 夕べの今日で昼寝をした所為か腰が痛い。その腰の痛さにしても強ち薬が切れ始めた事と関係は有るのかも知れない。とは言え薬が切れ始めてから体の動きは悪くなり始め調子は良いとは言えない状態になってきている。 そういや、家のことを親父に相談を持ちかけられる度に違和感を覚えている。親父にしてみれば、跡取りに話しているだけ…なのかも知れないけれど、僕にしてみたら跡取りの心構えが出来てる訳ではないから違和感を覚えてしまうのだろう。 家の跡取り問題に今の家の事情が絡み僕はどうにも家を出れる状況には成りそうもない…けど、それがまた僕の爆発の元にならないとは言えないし、体の問題も絡んでくるからどれが最適とは言い難い。脳出血の後遺症だけなら…近場で出来る範囲の仕事を見つけて…と言えたのだが、むち打ちの後遺症を考えると近場で…という選択肢は限りなく可能性は低いと言えるだろう。 このことを考える度に俺はどうすれば???と自問してしまう。答えが出ないのに先の不安で考えてしまう悪循環の繰り返し…。
2005/08/14
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朝からのんびりと盆前の一日を過ごす。やったことと言えばほんの少々の手伝いと寝転がっていただけ。昨日から薬が切れかかってきていると感じ始めて居たのだが、今日は更に薬が切れて要ることを明確に感じていた。
2005/08/13
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後二月も経てばこの場で日記を書き始めて一年という日が近づいている。コメント付けたり、コメント返したり…そんな関係の人達でさえ一年と持たなかった人は半数には達するだろうか?。 パソ通の頃から考えれば新しく現れる人もいればひっそりと消えてゆく人もいるし、かと思えばこの場を去る旨を発言して消えゆく人も多々居た。 出会いと別れを繰り返しながら時が過ぎてゆくのはリアル世界だけの話じゃ無くて、ネットの中でも現実世界と同じように出会いと別れはついて回る。 もうすぐ一年になるのだが、先月?位から旧HPを復活させているからこの場を使っている意味は…もう無いような気もしてるからこの先はどうした物かな?…。 今日も元気?に通院だ~。取り敢えず薬が切れかかる兆候は無いから良いけど、切れかかったらどんなんなるかが不安大。 出がけに事故証明発行をしに郵便局にて手続きを済ませ病院に向かい、途中蕎麦で昼食を食べて病院へと向かった。 病院ではリハ>マッサージ>診察と受けた。リハで昨日ビールのケースを落としそうになった事を伝えると実際に似たような状況を作って体の何処の動きが悪いかを教えて貰うことが出来た。一時は重い物を持てなくなってしまうのでは?と言う恐怖感に包まれていたのだが、体の使い方次第では何とかなりそうと言う手応えが有ったのは良かった。 ただね、同じ事を担当医に話したときの担当医の様子から考えると保険会社との話は良い物では無かったのかも…と不安を覚える物だった。 まあ、僕の考え過ぎかも知れないが担当医も人の子だから体調その他によって色よい返事が出来るときと、そうでないときがあるのだろう。そうでなかったら?何か院長から言われたのかな?などと考えた。 今週末から薬が切れ始める頃と重なるから、今回で三度目と言うこともあるが切れたときの落差を自分なりに再確認したいと考えている。薬の薬効はと言うと、個人的な感覚では回を重ねる事に効きは弱まってきているのでは?と感じている。同じように薬が切れたときの感じも弱くなってきていると嬉しいのだが…。 とこれを書いている今は薬効が薄れかかってきているのを実感している。つうか、帰る途中から少しづつ「あれ?効かなくなってきてるのかな?」と感じ始めていたのだが、今は切れ始めてると自覚している。左半身が異様に重く感じ、ちょっとした動きですら緩慢になりつつあるかも…。
2005/08/12
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正直かける言葉は見つからない、嫌、見つけることが出来ない。当たり障りのない挨拶なら言えるかも知れないけれど、そんな言葉を言うのは違うと思うから…。 だからこの場を使って伝えるね…。貴方のことを考えたときふと頭に浮かんだのはある愛の歌?で「愛とは決して後悔しないこと…」と言う台詞があったな…と言うこと。 色んな形の愛はあるけど、あなた方夫婦の愛はあなた方夫婦だけの愛の形であったのでしょうね。 今は凄く辛い時かも知れないけれど、止まない雨が無いように、闇夜だって何時かは必ず朝が来るように、貴方の悲しみが何時かは癒される日が来るでしょう。
2005/08/11
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家に帰る途中、親父に頼まれたビールを買って帰ろうと安価に買える店で買おうと棚からビールの入ったケースを下ろそうとして落としそうになって左腕の肘が使えない事の再確認が出来た。 てか、普段そういう風に肘を使って荷物の上げ下ろしをしないと使えない?と言うことを失念しがちで有るのだが、こういった事があると今更ながらの再確認?とでも言うべきか?。 明日のでも担当医にこの話を伝えようか?と思うのだが、その前に保険会社との話はどのような物であったかを尋ねる方が先なのかもね。 けど、荷物すら満足に持てないなんてこの先どうすれば良いのかな?。反対の手で持てば取り敢えずはOKなのだがその手でばかり持つこともままならないだろうしね。 やはり、まずは担当医に…と言うのが順当かな?。去年までは脳出血の後遺症が有っても、持ち運びに支障は出なかった物が、むち打ちの後遺症でこんな程度のことにも支障が出てしまうとは…今回の件の示談が済んだら就職探さなきゃならないけど、取り敢えず何でも…から出来る範囲で…の範囲が狭められて来ている気がする。それとも、この先普通?に使えるようになるのかな?明るい材料は乏しく暗い影に覆われつつある…。 今日も取り敢えず病院に行ってきて、今夜は伯母から御指名があったので夕食のおかず作りをすることになった。散々迷って作ったのは蒸し鶏とレタスとわかめのサラダ山葵風味、薯蕷、ゴーヤチャンプル。ゴーヤチャンプルは一度に作るには量が多すぎて今一だったかも、薯蕷はそれなりに、サラダは山葵風味が評判は良かったかも。ただし婆的には不可なのだろう箸が付かなかった。
2005/08/11
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今日は診察の時に今日保険会社の人が来るから治療状況とかを話さなくてはいけないと言われた。ついにくるべき物が来たか…という気分。つい数週前に保険会社からの連絡があってブロック注射を打って…と話をした事を話し、その話し合いの席で僕が抱えている問題を伝えて欲しい旨を担当医に伝えて置いた。 昨日まで問題だったCT&MRIの話は振れること無く、注射の効果はやはり有ったと伝えはしたが、本音で言うと一番最初の効果ほど顕著には感じていない僕が居る。ただし上げられない肩から上に腕が上げられるのは効果があった証拠だろう。 治療費打ち切り云々の話はまだ保険会社から出た訳では無いけれど、近い将来出てくるのは間違いない。てか、打ち切り宣言をする前提で担当医と話をするのだろう。 一応治療打ち切りは治癒がもう見込めないと判断した時点で…と聞いているから何時なっても不思議では無いと僕は感じているのだが、その辺は担当医はどう考えて居るのかな?現状では昨年の今頃と同じような作業はとても出来ない旨は伝えてあるが、そこんところの担当医の判断を聞いていないから何とも言えないな…。 明日か明後日か診察の際に担当医と会えれば保険会社との話を聞くことが出来るかも知れないけれど、進行形の話であるからどう転ぶかはそれぞれの思惑次第だと思う。 通院にしても三ヶ月説とネットで見聞きして居たから先月で治療打ち切りを保険会社が言い出すのでは…と考えていたのだが実際には四ヶ月を超えている。ただし、担当医以外からはもうそろそろ劇的に変化は見込めない時間になりつつあるから現状維持の覚悟は持った方が良いかも…と言われ始めている。 ま、完治?は無理だから後遺障害を覚悟しろ?という事だろう。これを僕に当て嵌めて言うなら体を使う仕事を選択するなら忙しくなる時期にはブロック注射をして作業をすることを覚悟…となるのかな?。 そうすると問題になってくるのは示談の話になるのかも…。僕は身内みたいに性善説を今更信じている訳じゃ無く、むしろ性悪説と考えているから。示談の話は割り引いて聞こうと話が出る前から考えている。しかも、示談の提示があったらそれが適切であるかどうかしかるべき人に相談したいとも思っている。ま、それにしても示談の話が出てからの話になるけどね。 示談の話の前に保険会社に通院保険の請求が先になるだろうし、もう一つの通院請求の話も示談の前にあるかも知れないから話はこの秋口にごちゃ着く事は間違いない。 しかもその時期は毎日山葡萄の収穫もあるからごちゃごちゃ処かぐちゃぐちゃ…状態になってしまうかもね。 その日が来ることを想定しては思いっきり溜め息を付いている僕が居た。 今朝も朝から弁当作り。ただし今朝は卵焼きを作って入れて親父に駄目出しをされてしまった。昨日親父の代わりに血液検査の結果を聞いてきて親父に伝えたからだろう。そりゃ正常な数値の倍以上と以上に高い数値がコレステロールで検出されたら誰だって気にして当然だからね。 しばしくつろいだ後、お盆ように何時もは通路&物置に使っている縁側から荷物を自室に運び入れ、取り敢えずお盆の準備を行った。で、軽い気持でプレハブを建てるなら…と伯母に話をしてみたら諫められた。伯母が言うことも判らないでは無いけれど、元僕の部屋である二階を直して使えるようにする意味があるかどうか…。 建ってから三十五年以上経過してる家は外面も内面もすでにボロボロで十年も住むとは僕には考えられないからそこを直して使うという発想は僕にはちょっとね…。意見の違いは有っても仕方が無い事だと思うから抗うことなくスルーして置いた。 公民館のボランティアの時に頼まれたノートのセットアップした物を車に積んで出かけ公民館に立ち寄って渡すことを頼み今度のボランティアの時に鍵を開けるように言われ鍵を預かった。 その後病院に行って来て風呂場を洗ったり、懸案であったプラズマのネット委の接続を行い夕飯。今夜も伯母さんが作った物を食べたのだが、明日は作って欲しいと言われたから作らなくちゃね…。 晩酌時におおっぴらに酒が飲めるのは伯母さんが居るときだけだから、今夜も気分良く自室にて日記を書くことに…。一昨日直に出したラブレターの返事は無いままだが、身の回りの状況が落ち着いてない現状では楽しみ?悲しみ?は先である方が良いと言えるかもね。
2005/08/10
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昨日の検診時の話を色々考えた結果、納得できないまでも有耶無耶には出来ないと考え担当医に経過を話し、その上で昨日の話を先方の系列病院に診断依頼をするに当たっては、僕があれこれ言うのは言葉が上手く伝わらない可能性もあるから、依頼が妥当と担当医が判断するなら依頼する旨を文書に認めて欲しいと伝えた。 今後、治療も続くだろうし、傷害が残る場合も考えられるので診断書も書いて貰わなくてはいけないから、下手に出て言っていた。すると担当医曰く、貴方の言うことに一理ある。どういう事由で診断を依頼するのか昨日の医師に話をしてその上で必要と言うなら依頼も考えるけれど、その前に当病院にてCTを録って脳外の先生と相談するのが先かも…とにかく相談の上経過は後日伝えますと言われた。 僕が腹を立てた医師はどうやら院長らしいのだが、僕の担当医が逆らえるかどうかは判らない。けど僕の言葉に正当性があると感じた様だから、依頼する場合はその旨の文書を出してくるのかも知れない。 ま、僕としては話の流れから言っても、僕から診断を依頼する事は考えていないから必要と医師達が判断するならそれはそれで受け入れるだけ…。 取り敢えず担当医と話をし、一応は信頼関係はまだあると確認できただけでOKてな感じか。けど、このところネットでよく見かける周囲に対する不信感を実感してストレスが増大中って感じかな?。 今日も、朝から弁当を作ってしばし休息の後農協へと金を下ろしに出かけた。農協で勝手に解約という違法な事があった事の確認をしてくれた女子職員は愛想良く応対してくれては居たが、その後の農協の応対に不信感が拭えないから素っ気ない態度でしか出来なかった。 そのまま病院に向かったのだが、途中食事でもして…と考えはしたが結局空腹のまま病院に入りリハ>マッサージ>診察と受けたが細かくは上記に…。そういや、リハの担当からも昨日の医師と似たような話が出たのでリハにも不信感を感じ始めたかも…。担当医の診察の際に昨日の医師に感じた不信感も有ったからか、本当はリハには不適切では?と考えているブロック注射を自身の再確認という意味で打って貰うことにした。さてこの結果はどう出るやら…。 病院も終えたので親父に頼まれた目薬を買って帰路につき、途中町内の検診の再結果(親父)を聞くため内科の病院に立ち寄って結果を聞いて帰宅。 家に帰り着くと伯母さん夫婦が来ていたので僕の夕飯当番は伯母さん達が居る間は休憩となった。
2005/08/09
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今日も朝から弁当作り、合間を縫うようにノートパソのセットアップをも行った。セットアップは前回破損させた…という罪悪感も有ったから当然ロハで受けた。もちろん?当初は上書きで初期データは残して…と言うつもりで始めるには始めたのだが、二度、三度と行っても上書きは上手く行かなかったので、初期化をしてもOKと言われていたので初期化&Officeのセットアップまでは行うことに…。 そうしている間に壊れた電気風呂の代わりに給湯器を取り付ける工事が来たので大方の作業が終えるまでは出かけることも出来ずに作業を見守る事にした。 雨中の作業はご苦労さんだな…と思いつつも有料の作業なのだから仕方が無いか…という気がしないでもない。やっとこさ給湯出来ることが判ったので病院に行く事にした。 病院は午後の診察に間に合ったが、診察は大失態であった。てか、診察医は最初の受け答えから僕の言うことに疑問符だったので、僕もそれに反発したのがいけなかったのかも知れない。 医師と患者は双方信頼関係を持たないと駄目だよね。つい無効が最初から疑問符付きで話をするなら痛くもないけど痛いと言い続けようかなと思ってしまった。 つうか、もう一方の担当医にこちらから申し入れを行うのであるから言葉の行き違いが有ってはいけないと思うから、明日にでも担当医と話せたら今日の医師に言われたことをそのまま伝え、その上でこうこうした理由で云々という事を書面化して…と言う事を伝えたいと考えている。 正直、医師にはありのままを伝えその上で…徒考えて居るのだが、その医師に語り?と思われてる?と患者が感じた時点で関係はOutだよね。てか、正直有りの儘を伝えた事がいけなかったの?と言う感じなのかな?。 んな事を色々考えながら帰宅。だからか頭がとっても疲れてしまった。むち打ち患者には周囲の不理解と医師の…云々の書き込みをネットで見かけるがとても理解できる今日だった。 帰ってくる途中で見かけた食材を買い求める店で見かけた料理の仕方つうか、料理のパンフの色に「美味しそう」と感じたので今夜の夕食のおかずは海老と卵のケチャップ煮?赤の色合いがとても美味しそうに見えたのだが、僕が作った色合いは…というとオレンジ色。正直美味しそうな色には遠かったが味は僕的にはOKだった。だがご飯にはどうだったのかな?。 夕食は僕は買ってきたフランスパンと発泡酒とおかずでこの組み合わせならOKだったのだがご飯とは組み合わせ的にはどうだったのだろう?。最も夕飯用には薯蕷も作ったからご飯にはOKだったかも知れない。 食べて僕はそのまま僕はベッドで眠ってしまっていたのだが、親父に風呂の使い方の説明をしていなかったので風呂場に行ってみると…。風呂場の様子は以前の電気を使った風呂と同じになっていたので使い方を親父に知らせなきゃいけないよな…と思った。 さて、これから一風呂入ってから寝るかね…。
2005/08/08
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切っ掛けは何を考えていたのかは、もう何日も前のことだから忘れてしまったが、二十代に成り立ての頃、毎晩のように聞かされ、ついには自分からも聞くようになっていたシャンソン(金子ゆかり)を聞くようになっていた。 あれはバイト仲間の山ちゃんを同居させたのが切っ掛けだったのかも知れない。恋に憧れてた頃に聞いたシャンソンは悲しい別れの歌が多かったと記憶していたのだが、その別れが悲しければ悲しいほどシャンソンはよく似合っていたように覚えていた。 何を考えてシャンソンを聴いたら泣けるかな?と思った物か…近場のCD売り場でシャンソンは有りますか?ろ尋ねてみるとまるで珍しい物でも見るような感じで「シャンソンですか?店長~~」と逃げられた。 その店では見つけることは出来なかったが、数日かけて盛岡市内で見つけることが出来たのだが、昔のようにカリカリ音を刻むようなレコードで楽しむことは出来なかったがそれなりに昔を楽しむことは出来た。 だが、二十代に成り立ての頃の様ながむしゃらな恋愛はもう出来ないかな?と考えている四十代になった僕が居た。 今日は朝から親父の農薬散布の手伝い。と言っても体が完全というわけでは無いから手伝える範囲で…だけどね。六時前から始めたので昼前までにはどうにか終了。夕方までうだうだと過ごし夕食のおかずは心太とフライ二品。揚げた油が良かったのかカラリと揚がってサクサクして美味しかった。 その後風呂に入りに出かけたのだが、出かけるときになって夜風が涼しくなる筒有ることに気づいた。てか、ほんの数日前までは夜になっても暑かったのだが、今夜は涼しい…と言うことは北東北には秋の訪れが見え始めたと言うことだろう。 都下ならまだまだ熱帯夜が続いて夜涼しいなんてまだまだ先のことだろうけど、北東北では涼しい夜が訪れようとしているのだ。何か嬉しい反面微妙に悲しい気分かな?。 とは言え寝苦しい夜から解放されるのは間違いない。
2005/08/07
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函館2歳S 函館(日) 9R 3連単 フォーメーション 1着:11 2着:05,06 3着:01,05,06,09 各100円(計600円) 合計 600円 さて、結果は如何に…。
2005/08/07
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ここ数日何となく書きたいことが有ったのだが、それを思い出すのは何時も日記を書いた後だからついつい書きそびれて数日経って「そういや書きたいことがあったのだが、何だっけ…?」とすっかり失念してしまっている今日この頃。 やはり、書きたいこと優先して日記に書かなきゃ書かないで居る間に忘れてしまって居るんだよね。けど、書きたかった事ってどんな話だったかな?。ネットの知人が消えていった話、友人の話、病気の話、それとも示談の話だったかしら?。考えれば考えるほど遠く離れてしまっている様な気がしてならない。 ま、そのうちふと思い出したときにでもまた書くことにしようとは思う物、その時は対象となる人間は違っていても似たような内容になるのだろうな…。 今日も朝起きると弁当作り。広くも無い台所だから婆が水仕事を行っている間は作れないから腹の中で毒づいていた。作り時間はこの時間と知っているはずなのに…嫌味だよねと感じている僕の考えが嫌味なのかもね。 弁当を作って部屋に戻りしばし休んで着替えて公民館のボランティアへと向かった。今日も今日でPCの利用者は少なくて手持ちぶさたの僕は外付けHDを持ち込んで収集活動に勤しんだ。 結局夕方まで収集活動。帰る直前に以前OSの入れ替えを頼まれていた人から「やっぱりお願いします」と言われて入れ替え作業を行うことになった。 家に帰り夕食のおかず作り開始。家に帰るまでは今夜のおかずはフライにしようと考えていたのだが、実際帰宅してみると揚げ物という気分では無かったので薯蕷と炒め煮を作っておかずとした。婆はと言うと冷たい水ばかり飲んで殆ど食べてなかった。食べれないと言うのは判らないでもないが無理にでも食べなきゃ体力が持たないのにね。
2005/08/06
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ここ数ヶ月、つうかハッキリ言うと事故以降お腹が下り気味になって時々困っている。これって神経性の下痢?なのかな?それほどストレスにはなってない様に考えては居たのだが、頭の中と体は別で、案外体の答えの方が正しい?のかも知れないね。 事故った直後は体に対した異変は感じてなかったのだが、こうして時間が経ってみると後遺症?と呼ばれる症状は確実に出てきている訳で、事故後の示談の件にしてもネットで情報を集めていると色々な問題に出くわす事も少なくないと言うことも散見する。しかも、良く周囲の見る目が云々という事も見聞きしてたし、実際に自分でも似たような事が有ったり言われたりしたりすると、僕は加害者なのかな?とまで思ってしまいがちで、そんな繰り返しが腹の調子を悪くしている一環にもなっているのではあるまいか?。 取り敢えず、昨年の今頃のような体に取り敢えずは戻れれば…という望みはどうも叶いそうも無いのは判ってきては居るが、それならその分も貰いたいと考えるのはいけない事なのかな?。 事故加害者側は誠実に応対してくれるはず…と言う身内は居るが、ネットで見聞きしてる応対を考えると誠実な応対と言うより保険会社にとっての必要最低限のレベルで応対が基本線では無いのかな?と考えている僕が居る。こんな考え方も被害者意識丸出し…なのかな。 午前中に病院に行き診察>リハ>マッサージとこなした。診察では二回目までは十日に一回とか毎週とか言っていた担当医だったが、三度目は…とは言い出す様子が無かった。山葡萄の収穫が始まったなら打って貰おうかな?と個人的には考えているのだが、けどそれをやったら再度一から始め直したリハがまた根底から覆す事になってしまうのかな?。 リハの後はマッサージをして帰宅の徒につく。途中夕食の食材を買い求め帰宅。夕食は買い求めた刺身を取り分けて盛りつけ夕食。婆の何気ない一言で婆の生きてきた頃と僕との格差を感じてしまう。婆の頃には贅沢と思われて居たことが今では珍しくも無い事何だけどね。婆さん的には何の気無しで言った事なのだろうが…世代が変わると意思の疎通は限りなく難しくなるな…と考えた瞬間だった。
2005/08/05
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ここ数日暑い日が続いていた所為か?、それとも単に担当医の言うような症状の現れ方には波があって良いときもあれば、悪いときもあると言っていたから、案外今日はその調子が悪い日なのかな?。 と言うくらい肩が変に重く感じている。足の関節の方は昨日までよりはだいぶ増しになっては来ているが、それでもまだ普通に歩くよりは引きづり気味に歩く方が楽というのも何だかな…という感じかもね。 マッサージには肩が重かったから期待していたのだが、効果は…というと重さを少し散らした程度の感覚でしかなかった。というかそれ以前にほぼ毎日受けているマッサージなのだが効果の程は気休め程度にしか感じたことは無いのが実情かも。 病院で治療効果が有った順番を考えると真っ先に効果があったのはリハビリ、次に効果があったのはブロック注射なのだがリハビリには呼び戻しのような物は皆無で有ったのだが、効果が一番だったブロック注射は効果が有っただけ呼び戻しもとても強く行って帰って来て効果の程は疑問符が付く。もっとも薬が効いている間は元の状態に戻っているから快適さでは一番と言えるだろう。 差詰め、こんなに肩が重いのでは今日あたりブロック注射をして貰うのか?と考えては居たが先々を考えてか今日は注射は無しだった。代わりに?そろそろ六ヶ月が近づいてきているが、この辺までで症状に改善が見受けられないと言うことは、この先ずっとこの状態のままである可能性は少なくないと言われて、やはりそうなのかな?と自分でも考えていたことの裏付けが取れた?。 けど、環境の変化が有ればそれを切っ掛けに改善されることもあり得ると聞いたのは朗報と言えるかも?。その為には家を出る事を考えなくてはいけないのかもね。 今朝も朝から弁当作り、弁当を作ってしばし休憩した後婆に伯母さんの家まで野菜を届けることを頼まれたので伯母さんの家に持って行った。すると、もう一人の伯母さんも居たのでしばし世間話。つい示談の交渉の話の相談を持ちかけてみると、もう一人の伯母さんは保険会社は適正な支払いで応じてくれるはず…とネットで見聞きする話とは全く反対の保険会社側の話に終始したのでその話はそこまででスルーした。 その後はネカフェで少し収集活動をし、病院にてマッサージ>診察とこなし帰宅。 夕食のおかずはゴーヤチャンプルもどきを作って食卓に並べ、僕は自分の分と発泡酒を持って自室へと戻って晩酌。ちんたらと夜を過ごすことに…。 そうそう、我が家の部分修理が行われつつあるのだが、部分回収ではとても追いつきそうにないから立て直しを考えた方が良いのかも知れないと僕は思っている。だけど、婆的には駄目だと思うし、親父的にも駄目だと思うからこうして直しながら今しばらく過ごすしか無いのだろう。親父的には母と二人で建てた家という思い入れも有るだろうしね。 けど、俺的に考えるとしたらこの体でローンライダーに成れるとは思いもしない…と言うことは先が無いと言うことか。。
2005/08/04
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暑い…なんてこんな気温で言っていたら関東以南の人間には涼しいだろ!とブーイングを受けるかも知れないけれど、冷房も無い部屋では30度に満たない部屋でも湿気はあるしパソは熱暴走をするのでは?と考え付けっぱなしの外出なんてとても考えられない。 ネットで調べたこの土地の今の気温は26度。都内なら凌ぎやすい気温と感じるのかも知れないけれど、土地に住む者にはこの気温でも暑くて寝苦しい夜と言えるだろう。 その昔この土地に住み慣れた頃には日中は暑いと感じることは有っても夜は凌ぎやすいと感じていた物なのだが、今では暑くてこのままじゃ寝苦しいと感じているのは加齢によって体が環境の変化に対応しきれなくなってそれでこう感じているのかな…とさえ思ってしまう。 正直な話、都内と違って暑さに苦しむ期間は半分以下だとは頭の中では判っては居てもそれでもやっぱり冷房が欲しいから入れようかな?と考える時が時々ある。 けど…本音で言うならむち打ちの件が無事示談まで終えたならまたしても家を出たいと考えている僕が居る。考えては居るが現実に出来るかどうかは別なんだけどね。 今の僕にとって実家は安らげる場所では無い。むしろ周囲に身内の居ない状況の方が遙かに安らげるのでは無いのかな?。とまで感じてる現況がある。加えて言うならここで誰かと恋愛できる可能性は限りなく低いだろうしそう言う対象となる異性の存在も皆無に近いから、どうしても意識がこの土地に残るという選択肢を僕に考えさせる事は無い。 もし僕がこの先もここに残って…という選択を選ぶとしたら、好きな娘が側に一緒に居てくれたなら考えないでもない…などと想像してる僕が居る。 今日は午前中は農協が家に来るのを待ってから出かけ銀行にて親父に頼まれたお金をおろし、午前中に病院に行き午前中に病院を済ませ帰路につき、今日は蕎麦で無くラーメンを食べて帰宅。 自室にて夕食時間の直前まで動画鑑賞をし、夕食の時間前にはコロッケを揚げ(コロッケカレー用)、カレーもそのまま温めるだけでは…と考え茄子を素揚げしてカレーに入れることにした。夕食はコロッケカレーにして食べたのだが、コロッケは正直美味しくなかった。 夕食後は自室にて音声ファイルを聞いた。エロイ内容は僕の興味を引くには十分だった。
2005/08/03
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事故加害者側保険会社より連絡が入った。いよいよ打ち切り通告か?と思ったら僕のその後の経過を尋ねてきたので、ありのままに現在の状況を伝えた。ブロック注射で効果はあったが、薬の切れたときの落差が酷いこと。家の仕事を手伝ったりしているが体の動きに制限があり結構辛いと言うことを伝えた。 すると「もう少しがんばって下さい」との言葉を貰った。このがんばって…とはリハビリをがんばって…という意味なのかな?。身障の人達と過去に交流を持った経験から「がんばって…」は禁句だなと感じている僕はがんばれって今以上何をガンバレと言ってるの?と食って掛かりたい気にさえなった。 けど、ネットで見聞きしてるところに依るとむち打ちでの通院は三ヶ月で打ち切りとなる場合が多いと聞いているから打ち切り宣言が出ないだけまだましだったのかな?と思った。 反面、体に残る後遺症と折り合いを付けて生活して行かなくてはならないのか?。と言う自覚を覚えると何だかな…とため息が出てしまう。数ヶ月も経てば消えるのでは?と思った後遺症とこれからずっと付き合って行かなくちゃならないなんて…。 今日は朝から遠縁の人が来て風呂の見積もりを依頼。これから病院へと行きリハ>マッサージ>診察、そしてDoCoMoに寄ってFOMAとムーバのデュアルの申し込みをしてくる予定。 まずは出かける前に遠縁の親戚に頼んだ風呂の給湯器の打ち合わせをし、隣町のDoCoMoにてデュアルネットの申し込みを済ませ使い方を教わって病院方向に向かった。 途中、最近お気に入りの蕎麦屋で昼食を食べ病院に行きリハビリを受けたのだが、ブロック注射の悪影響か今までリハビリで構築してきた体の動かし方だが、見事にブロック注射の所為でリハビリを始める以前の状態へと戻ってしまっているらしい。 このところの足の動きが悪くなったのも、筋肉の硬直を感じるようになったのもその所為と言えるのかもね。あれほど体の動きを軽くさせてくれたブロック注射の弊害が見事なまでに現れるなんて…皮肉なものだよね。 リハの後はマッサージを受け診察を受け取り敢えず経過報告をして置いた。弊害の報告に驚いたのか?次のブロック注射をそろそろ…と言うはずであったのだがそう言う声はでずじまいだった。リハの駄目出しを聞いたらしょうがない決断かもね。 病院を後にし車屋に行き点検を終えた車を引き取って帰宅。一週間ぶりで乗った車のハンドルはとても重く感じた。左の痺れが増してるだけではなく、慣れの問題も有っての事だろう。 そのまま帰宅。帰ってきて風呂の給湯器の据え付け工事の見積もりを出しに来ていたのでしばしお付き合い。何処かで見た顔だな…と感じた職人は中学の同級生だった。最後に顔を見たのは高校の頃だったから二十何年ぶりかで見た顔だから懐かしさを感じはしたが、個人的な話しかけはしなかった。工事の予定は来週早々で遅くても十日頃までには工事は完了する予定。 夕食のおかずは鯖の塩焼きと心太。脂が載った鯖は美味しいには美味しかったけど、小さな切り身で正解だった。明日は昨日作ったカレーを温め直して夕食にすることにしようと思う。 夕食を食べたら部屋でのんびりするつもり…。つうか、左半身の調子がだいぶ悪い。脳出血は悪化することは無いと聞いているから、可能性として高いのはむち打ちの傷害だ。とすると何だかな…。
2005/08/02
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昨日は妄想を日記に書きながら…連絡を取るとしたら…メールでも出そうかとまで考えはしたが実行はしなかった。こういう事を伝えるとしたらメールでは駄目だ…と僕の心が叫んだからだ。 一夜明け今朝も弁当を作って部屋で一休みをし、着替えて今日は病院の梯子をすることに。最初は脳外に行って昨日考えた体の痺れの脳出血とむち打ちの切り分けはほぼ僕の予想通りであることは判ったが脚部に関してはどうだろう?と言う内容だった。残念!。 けど、脳外の先生が言うには僕が懸念していたようにブロック注射の多様は好ましくないとの見解を聞くことが出来た。また、体の痺れ等は数値的に表すことが出来ないから…と言われある程度はそうなのかな?と言う思いは有ったがまさか…という感が強い。 そうなると、後遺症判定で神経診断は医学的な判断は難しいと言うことらしく、その結果むち打ちでゴネ得…というような事がまかり通っていると言われるのだろう。確かにそう言う人達が存在するのは事実だろうけど、本当に後遺症に悩まされる人にとってはそう言う人達は大きな迷惑になっている。 色々先生から聞くことが出来たのは良かったけれど、それはまた今後あるであろう示談交渉の難しさを予感させる物でもあった。 午前中に脳外の病院に行き、昼はネカフェでCDのコピーをし午後は何時もの病院に行きマッサージ?診察とこなした。ここのマッサージの一人に疑いの目で見られているのでは?と感じるところが大きいから何となく嫌な気分。こういうのを被害者意識と言うのかもね。 病院の後は帰宅し何となくカレーを作り始め最初は一晩寝かせたカレーを明日の夜に…と考えたのだが予定変更し今夜はカレーにしちゃった。で、夕食後は自室にて日記を書き始めたところで親父に誘われ風呂に入りに出かけ、帰ってきてまた日記を書くことに…。
2005/08/01
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