全2件 (2件中 1-2件目)
1

現在形の批評 #104(舞台)・悪い芝居『カナヅチ女、夜泳ぐ』7月14日 王子小劇場 ソワレ3.11以後に生の肯定をいかに提示するか 悪い芝居を観始めた2007年から約4年ほどの作品には、悪意と毒っ気を創り手と観客双方にぶつける批評性が根底に流れていた。そこに変化が見受けられたのは、2011年1月公演の『キョム!』。この作品では、作・演出の山崎彬が演劇することの責任を明確に背負ったと感じさせられた。今作はそれともまた違い、過去の自分を未来の自分が救うという「肯定」と「希望」が押し出されていた。 18歳で田舎から上京し、30歳を目前に挫折して故郷へ戻った海野螢。舞台は、都会生活にまみれて過去の記憶を失った螢が、それを取り戻してゆく様を描く。その過程で、何の目的もなく田舎から飛び出したこと、上京中は同棲する男と自堕落な生活を送っていたことなどが判明する。挙句の果てには、故郷へ戻る4年前にはその男とアパートの屋上から飛び降り自殺を図っていた。しかしそんな彼女を、22年後の自分が時間を「泳いで」遡り、説得しに来るのだ。最終的には、いかに不本意な人生であっても人との関わりや経験の末に「今」が成り立っていることが肯定される。 螢は特異体質の持ち主である。上京した当初まで、突発的に身体が浮くというものがそれで、浮きそうな時は誰かに身体を力尽くで押さえてもらわねばならなかった。田舎への不満と都会生活へのなじめなさという、どちらの地にも帰属できない浮遊した感覚の謂いが込められている。だが、東京で自堕落な生活を送る内に生じた慣れと諦めによって、特異体質であることすら忘れていた。ところが、 螢が河童の父親と人間の母親から生まれた、空を飛べる河童人間という事実を思い出す。そして、浮遊した感覚を、自身を助ける能力へと反転させるのである。 山崎の成熟した筆致が感じ取れるのは、件の能力が発見される過程で展開する、「人生と時間の関係を、重力を用いて表現」されるシーンだ。人生とは、生まれた瞬間にビルの屋上(子宮)から時間(空)へと放り出され、背中から地面へ落ちる(死)までを過ごすものでしかない。したがって、自分が見ることができるのは常に上空=過去であり、背中の後ろにある未来を見ようとしても、風の抵抗を受けて決して垣間見ることができない……。これは、なかなかに人の肺腑を衝く人生観である。それを踏まえれば、今にも飛び降り自殺を図らんとする螢は、何もしなくとも作用する重力に、さらにそれを二乗している状態である。それ故に、下降する重力のベクトルを反転させんと飛び上がり、時空を越えて過去と未来の自分が邂逅する様が、本作の見どころとなっている。 未来時制が飛び込む後半以降は、時間軸に整合性がつかないようになっており、観客を混乱させる。また、いささか唐突と思えるくらいの河童人間の要素も同様で、あえて荒唐無稽さを演出することで、時空間の変容を見せようという意図が感じられる。 その一方で、自分で自分を説得する展開を含めて、全てはあらかじめ決められた「運命」でしかなのでは、とも思わされる。先に記した人生と重力の関係のように、「重力に身を委ねるしかない」という諦念もまた真である。その限りでは、これまでの作品にもあったドライな目差しの方が強い印象を残す。そもそも舞台の始まりと終わりは、故郷へ戻る夜行バスの座席で寝入るシーンとなっており、劇内容全てが、故郷へ辿り着くまでに車中で見た夢とも読める。それ故に、「希望」や「肯定」が物語の枠内で完結している感が拭えない。そうなると、俳優は夢物語を体現するための要素でしかなくなるため、観客が肌身としてそれらを感得することが困難になる。劇中、螢が空を飛ぶシーンがある。単に周りの俳優が体を支えているにすぎないことを、ベクトルを反転させるという物語上のスペクタクルへといかに昇華させるか。そのすり合わせのないまま、あまりにも機械的にこなす様に、俳優の内実のなさを感じてしまった。 人がこの世に生きていることを肯定するテーマは、近年の多くの若手劇団の作風となっている。とりわけ3.11という非常事態を通過した世情では、自身の生を肯定したくなる気持ちも理解できる。しかし、そのことがあまりにも無自覚に示されてやいまいか。生きることの肯定は演劇の現前性や一回性と親和性を持つとはいえ、そこに居直っているだけでは本当の〈生の肯定〉は達成はされまい。逆に言えば、演劇における「今-ここ」性をどのように顕現させるかは、改めて問い直されねばならないテーマではある。その達成は物語内で完結させるだけでなく、俳優との接点をいかに見出すかにかかっているだろう。 悪意と批評性の方向で「今-ここ」性を示した山崎彬と悪い芝居が、「肯定」の面でどのようにそこに到達することができるか。それが示せた時、この劇団はほかの若手集団より頭一つ抜ける存在になる。
Jul 29, 2012
悪い芝居 『カナヅチ女、夜泳ぐ』7月14日 王子小劇場 ソワレ演劇批評サイト『wonderland』に短評掲載。
Jul 21, 2012
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()
![]()
